著 者:椎名誠
出版社:講談社
出版日:1990年9月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)
昨年の11月に三崎亜記さんの「失われた町」のレビューを書いた時に、本好きのためのSNS「本カフェ」で、(あまり科学的な裏付けのない独自の設定が)椎名誠さんのSF作品に似ている、という話を聞いて、何冊か紹介してもらったうちの1冊。感謝。
舞台は、陸地のほとんどが水没した未来世界。水棲の動植物が異様に進化していて、人間たちは、それらの脅威と闘いながら、ボートやさらに粗末な筏での漂流生活を強いられている。ただ、そんな説明はなく、いつ、なぜ、そうなったのか?国や共同体はどうなってしまったのか?そういう説明も一切ない。第1章で登場するホテルが水面から突き出ている景色で、「あぁ、沈んじゃったんだ」と気が付く。
主人公はハル。年齢は不明だが、小屋が付いた5×2メートルほどの「ハウス」と呼ばれる筏で、たった一人で旅していて、その前にも様々な経験があるようだから、もう大人なのだろう。その後の物語から感じられる雰囲気から、30代後半から40代の壮年かと思う。(「BOOKデータベース」の紹介では「青年ハル」と書いてあるけれど)
水流に乗って流れていく先々での邂逅を描く、一種のロードムービー。水面に屹立するホテルで、霧に閉ざされた停滞水域で、流木の島で、そして海の上で、ハルは様々な人や物と出会う。秩序を維持する一切の制度も体制もなく、向かい合った者同士の意思だけが意味を持つ。ハルはそんな世界を生き延びる。
何もかもがシンプルだ。筏船での漂流生活だから、ムダなものを持っている余裕がそもそもない。行く先を色々と考えても、水の流れに乗って移動するしかない。文字通りに身一つになった時に、人間はどうするのだろう?他人とどんな関係を結ぶのだろう?そんなことを考えた作品。
この後は、書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ。
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この物語の主人公ハルには目的がありません。ただ水流に乗ってその先へ進んでいくだけです。家族がいるのかどうかも分かりません。集団で暮らしていたこともあるようですが、そこを出て一人で漂流することにした理由も分かりません。
「ハルは何のために生きているのか?」果たすべき役割も目的もなく、その身一つで洋上にいるハルをつなぎ止めるものは何もありません。先日「希望の作り方」という本を読んだので、こんなことを思ったのかもしれません。そう、ハルには「希望」がないように思えるのです。
物語の随所で「ここで死んでしまうのならそれも仕方ない」という諦観が伺えます。それはそうでしょう、360度の水平線に囲まれた筏の上にいるのですから。しかし、それと同時に「死なないように」という用心深さもあります。これももっともです。そうでなければ、生き残っていられないでしょうから。
つまり生に対する「諦観」と、「生きていたい」という「執着」とまでいかないもっと自然体な感情を併せ持っています。「目的」や「希望」なんてなくても、「今生きている」こと自体が「明日も生きる理由」。ややこしいものを全部取り除くと、生き物はそもそもそんな摂理を持っているのかもしれません。