怒り(上)(下)

著 者:吉田修一
出版社:中央公論新社
出版日:2014年1月25日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 冒頭にある殺人事件が提示される。八王子郊外の新興住宅地で、男が住人の夫婦を次々と殺した。廊下に被害者の血で書かれた「怒」という文字を残して。物語はこの事件から1年後から始まる。犯人の山神一也はまだ捕まっていない。

 別々の場所に住む4人のストーリーを、それぞれ追う形で物語は進む。外房の港町の漁協で働く槙洋平と、その娘の愛子。大手通信系の会社に勤めるゲイの藤田優馬。母と共に沖縄の離島に逃げるように移住してきた高校生の小宮山泉。そして山神一也の事件を追う八王子署捜査一課の北見壮介。

 山神一也の事件から1年後に、洋平・愛子、優馬、泉のそれぞれのところに若い男性が現れる。職を探して漁港に現れた男。新宿のサウナで膝を抱えて座っていた男。沖縄の無人島で野宿をしていた男。過去も素性も定かではない男ばかりだ。

 そうであるにも関わらず、彼らは男を受け入れ る。自分たち自身が心の痛みを知っているからだ。その男によって、それぞれの暮らしに波紋が広がる。最初は戸惑いの波紋、次には安堵と喜び。しかしやがて、不審の波紋となり、それは御しきれない大波となって、彼らを翻弄する。

 著者は心に傷を負った人々を描くのがうまい。ちょっと憎らしいぐらいだ。登場人物たちは、狂気に駆られた犯人を除けば、善き人たちばかりだ。挫折や不幸を経験し、ある者はだれかに追われながら、それぞれに日々を懸命に生きている。そうしていれば、喜びを感じる瞬間もある。

 しかし、その喜びの時にさえ、物語は緊張感を湛えている。そして哀しい。洋平は愛子の幸せを願いながら、心のどこかで「この子に普通の幸せが訪れるはずがない」と怯えている。そうしたことがとてもとても哀しい。
 

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