著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2016年9月30日
評 価:☆☆☆(説明)
米国ミシガン州デトロイトにある「デトロイト美術館(DIA)」の、存続危機の実話を基にした物語。デトロイト美術館と、そこに展示されたセザンヌの絵画にまつわる、1969年と2013年の2つの時代に跨る物語を綴る4つの連作短編。
物語は2013年から始まる。主人公はフレッド・ウィル。68歳。デトロイトの自動車会社に溶接工として40年も務めたが、会社の業績悪化のため13年前に解雇された。がっくりしていたフレッドを励まし家計を支えたのが妻のジェシカ。彼女はフレッドに、ひとつだけお願いがあると言って告げた。
あなたがリタイアして、時間にも心にも余裕ができたら、一緒に行きたいと思ってたの。デトロイト美術館へ。
こうして幕を開けた物語は、この後、フレッドとジェシカの夫婦と、セザンヌ作「マダム・セザンヌ」とのエピソードを描き、次の短編で1969年に遡って、この絵と富豪のコレクターの親密さを紹介して、その次の短編で再び2013年に戻る。そこでの主人公は、ジェフリー・マクノイド。DIAのチーフキュレーター。描かれるのはDIAの存続危機と、実際に起きた奇跡。
100ページほどの小品なので「軽く読める本」として手に取ったもので、正直に言うと物語の内容には、大きな期待はしていなかった。ところが読んで強く惹きつけられた。分量が少ない分、シンプルな構成と的確な文章表現が、却って心を捉えた感じだ。
フレッドがDIAを訪れる4ページほどのシーンが素敵だ。著者の美術館への愛を感じる。その一部を紹介。
入るとすぐに広々としたホールが現れる。左右に配置された彫刻たちに見守られながら、大理石の床をまっすぐ進んでゆく。その瞬間、ほんの少し背筋が伸びる。そして、胸がわくわくしてくる。大好きなアートに向かい合う特別な時間がこれから始まるのだ。..
「楽園のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」などの、著者のアートミステリーは、画家や作品についての知識があった方が楽しめる、ということはあったと思う。しかし、本書は「美術にも美術館にも興味がない」という人に読んでもらいたい。フレッドのように、人生が変わって大切な「友だち」が見つかるかもしれないから。
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