熱源

著 者:川越宗一
出版社:文藝春秋
出版日:2019年8月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 2019年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 極寒の北の大地を舞台としているのに、物語が持つ圧倒的な熱量を感じた本。

 物語は、明治の初めごろに始まり昭和20年の終戦の年に終わる。約70年。舞台は北海道からサハリンに渡り、ウラジオストック、サンクトペテルブルク、パリへも飛ぶ。群像劇で主人公は複数いる。樺太出身のアイヌのヤヨマネクフとシシラトカ、2人の友人の千徳太郎治、樺太のアイヌのイペカラ、ポーランド人の民族学者のブロニスワフ・ピウスツキ、ソ連の女性兵士のクルニコワ。

 ヤヨマネクフら樺太出身のアイヌたちは、9歳の時に北海道に移り住み、冒頭の物語の始まりの時には15歳で、10歳の千徳太郎治とともに、和人(日本人)と同じ学校に通っていた。「諸君らは、立派な日本人にならねばなりません」と教えられるその学校では、意識された差別があり、意識されない差別もあった。しかし、維新から間もないこの頃には、筋の通った大人たちもいた。

 物語は、ヤヨマネクフたちの成長と、村を襲った疫病の悲劇などを描いた後、舞台がサハリンに移り、ポーランド人のブロニスワフが主人公となり、続いては樺太のアイヌのイペカラが主人公。そこから先は、イペカラがヤヨマネクフと出会い、ブロニスワフが千徳太郎治と出会い、シシラトカはヤヨマネクフと千徳太郎治と再会し……と、運命の糸が縦横に繋がって行く。

 圧倒された。テーマの訴求力と物語の構成力に。テーマは「私は何者か?」だと思う。アイヌとして生まれ日本の教育を受けたヤヨマネクフたち。祖国と母国語をロシアに奪われたロシア人のブロニスワフ。彼らのアイデンティティの悩みは分かりやすい。しかし、よく見ると登場人物の多くが、2つ以上の自分の成り立ちを抱えていて「私は何者か?」と常に問うている。それを決めるのは自分しかいない。

 構成力は、縦横に繋がる運命をリアリティを持って描いたことで分かる。実は登場人物の多くが実在で、実際のエピソードも多いらしい。リアリティはそれによる部分もあるけれど、ひとつのまとまりのある物語となったのは、著者の筆の力によるものだと思う。また、弾き手を代えながらも響く、アイヌの五弦琴の音が全編をひとつに繋ぐ役割を果たしている。その哀調を帯びた音が確かに聞こえた。

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