クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

著 者:ヤニス・バルファキス 訳:江口泰子
出版社:講談社
出版日:2021年9月13日 第1刷 9月14日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ひどいタイトルだと思うけれど、こんなタイトルでなければ読むこともなかったと思う本。

 2015年のギリシャの経済危機の際に財務大臣を務めた経済学者による異色の小説。

 主な登場人物は語りの「私」の他に4人。コスタはクレタ島生まれの天才エンジニア、アイリスは筋金入りのマルクス主義者の活動家、イヴァは元リーマン・ブラザーズの金融エンジニアでリバタリアン、トーマスはイヴァのひとり息子だ。時代は何度か前後するけれど「現在」は2025年、つまりは近未来で「コロナ危機」も過去のことになっている。

 描かれている物語はかなり突拍子もない。コスタが開発したシステムから意図しないメッセージが届くようになった。発信元はこの場所で、発信者は自分と同じDNAの持ち主。テストと実験を重ねた結果、システムが時空に小さな折り畳み構造をつくり出し、ワームホールが開いたらしいことが分かった。発信者は多元宇宙の別の世界のコスタだった。(区別のために、物語ではもう一つの世界のコスタを「コスティ」と呼んでいる)

 とまぁSF的な設定なわけだけれど、本書のキモはSFにはなくて、コスティが語ったもう一つの世界の内容にある。コスタとコスティの世界は、2008年の世界金融危機、リーマンショックのころに分岐し、コスティの世界では中央銀行を除いて銀行が廃止され、株式市場もなくなっている。つまり資本主義は終焉を迎えたということだ。

 例えば、会社の株式は社員全員が一株ずつ持ち、経営に関して平等な議決権を持つ。人々は中央銀行に口座を持ち、そこに基本給とボーナスが振り込まれる。基本給は全員が同額で、ボーナスは社員による一種の投票で決まる。その口座には、生まれた時にまとまった資金が振り込まれる。社会資本の還元として年齢に応じた一定額の配当もある。

 ここで描かれる社会モデルは、経済学者らしいとても緻密に吟味されたものだ。それでもリアリティを批判して冷笑するのは簡単だ。共産主義と同一して「失敗は歴史的事実」と相手にもしないこともできる。細かい論点を突いて「あり得なさ」を指摘することもできるだろう。でも、ここで大事なのは、私たちには「オルタナティブ(別の選択肢)」がある、ということだ。

 1980年代にマーガレット・サッチャーが「There is no alternative」と盛んに言い、安倍元首相が「この道しかない」なんてまねしていたけれど、そう言われると、妙な力強さを錯覚で感じてそんな気がしてしまう。でも「別の選択肢」はあるのだ。私たちが選びさえすれば..。

 冒頭に「異色の小説」と書いたけれど、実は著者の理想を小説の形で主張した異色の「ポスト資本主義宣言」だった。

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