14.ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

ぼろイスのボス

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:野口絵美
出版社:徳間書店
出版日:2015年4月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の近刊。5年前に亡くなっていて、もう新しい作品は出ないはずだけれどと思っていた。この作品は既刊の短編集の「魔法!魔法!魔法!」に収録された1編に、佐竹美保さんの挿絵をふんだんに付けて独立させたものだそうだ。

 主人公はマーシャとサイモンの姉弟。二人の家には、むらさきとオレンジと水色のしましまの生地のイスが、昔からあった。クッションは傾いでいて、べたべたする茶色いシミが付いた、座り心地がひどく悪いイス。

 近所のおばさんが、そのイスに、古道具屋から持ってきた手品セットの液体をこぼしたり、杖でたたいたりした。翌日になると、そのイスがなくなって、その代わりに、むらさきとオレンジと水色のしましまの服を着た、太った人がいた。そこから大騒動...という物語。

 ドタバタが楽しかった。「近所のおばさん」というのが、「いつも忙しそうにしているけど、たいへんな仕事は他の人にやらせる人」で、こういう人は、著者の作品に時々でてくる。そんな所も面白かった。

 英語の原題は「Chair Person」。もちろん「Chairperson:議長」と「椅子人間」のダブルミーニング。

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ファンタジーを書く ダイアナ・ウィン・ジョーンズの回想

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:市田泉、田中薫子、野口絵美
出版社:徳間書店
出版日:2015年3月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は2011年の3月に亡くなった、英国の児童文学作家で「ファンタジーの女王」と呼ばれた、ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの講演やエッセイ、書評などをまとめたもの。私は著者の作品が好きで、これまでに30数作品を読んできた。

 偉大な作家が亡くなった後に、遺稿集が出版されることは珍しくない。しかし本書はそれらとは違う。本書は著者がガン宣告を受け余命数か月と告知された後に、著者自らが関わって編纂したものなのだ。

 その経緯が書かれた「著者前書き」を読んで衝撃を受けた。整理のために、長く引出しにしまわれた講演の原稿や、雑誌や新聞の原稿を再読するうちに、こう思い付いたそうだ。

 「これを本にしたら学生も楽しみ、おもしろがってくれるかもしれない。創作を教える教師や大学の講師に役立つかもしれない」。自らの死を前にこんなことを考えていたのだ。この前書きには、亡くなる4カ月前の日付が記されている。

 そして内容は宝物のようだった。他に人にとってもそうだとは言わない。たぶん違うと思う。しかし私にとっては、よくぞこれを出版し、また日本語版を出してくれた、と感謝の気持ちが湧いた。

 著者の生い立ちやいくつかの作品の創作の裏話が聞けた。「あの作品のあの人と、こっちの作品のこの人は、同じ人物の違う面を描いた」なんてことを知ることができた。

 本人のことだけではない、オックスフォードで教わった、J.R.R.トールキンやC.S.ルイスの授業の批評が書かれている。それから「ハリー・ポッター」のことも。著者の作品と似た、ユーモアを持ちつつ辛口の語り口で。

 ファンなら必読。そして、亡き著者の魂の安らかならんことを祈って。

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いたずらロバート

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:槙朝子
出版社:ブッキング
出版日:2003年11月1日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 ファンタジーの女王、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小品。

 主人公はヘザー。かつての貴族の邸宅に住んでいる少女。と言っても、ヘザーの家がお金持ちなのではない。メイン館という12世紀に建てられた館を、今はナショナルトラストが管理していて、一般の見学者に開放している。ヘザーの両親がそこの管理人として住み込みで働いている、というわけ。

 地所の端にある築山は、その昔に魔法を使ったとして処刑された男の人の墓だと言われている。その男の呼び名が「いたずらロバート」、つまり本書のタイトル。おどろおどろしい言い伝えの割には、親しみが湧く名前だ。

 言い伝えには、ヘザーが知らない続きがあって、築山のそばでロバートの名前を呼ぶと、ロバートが出てきてしまうそうだ。そんなこと知らないから、ちょっとむしゃくしゃしたことがあったヘザーは、大声でロバートを呼んでしまう。そして、言い伝えは本当だった。

 「いたずらロバート」と呼ばれるだけあって、ロバートはいたずら好き。見物客やら庭師やらがそのいたずらの被害にあう。当人たちにとっては「いたずら」で済まないんだけど、まぁ無邪気にいろいろとやらかしてくれる。

 本書には、著者の多くの作品に見られる捻った展開や辛口のユーモアはない。まぁ安心して読める「子ども向けの物語」と言える。

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チャーメインと魔法の家 -ハウルの動く城3-

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:市田泉
出版社:徳間書店
出版日:2013年5月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 副題は「ハウルの動く城3」。スタジオジブリの映画「ハウルの動く城」の原作となった「魔法使いハウルと火の悪魔」の続編。ちなみに「2」は「アブダラと空飛ぶ絨毯」。

 8年前に書いた「アブダラと空飛ぶ絨毯」のレビューを読み返すと、「続編」とは書かずに「姉妹編」と書いていた。たぶん、同じ時代の同じ世界の物語ではあるが、主人公はハウルでもソフィーでもカルシファーでもないし、彼らはほとんど登場しないからだろう。それに比べると本書は、ハウルたちの登場場面が多く、重要な役割もある。

 主人公はチャーメイン、本好きの14歳の少女。大おばさんの大おじさんに当たる魔法使いノーランドの家の留守番をすることになった。気乗りしない話だったけれど、家から出られたらやりたいことがあったので、それを実行することにした。それは王宮図書室で働きたい、と国王陛下に願い出ることだった。

 チャーメインは、お母さんが「上品に」育てようと(誤った認識なんだけれど)、家事を何もさせなかったので、家事全般が何もできない。おまけにノーランドの家は、ドアを出て右に行くか左に行くかで違う場所に出るという、ややこしい「魔法の家」だし、好奇心旺盛なチャーメインは色々試してみるしで、初日から大騒ぎになる。

 その後、王宮図書室での仕事に採用され、蔵書整理のために王宮に通うようになる。そこで王宮の中の何かを探っているソフィーたちと出会う。チャーメインは、知らないうちに王族のなかの陰謀に巻き込まれてしまう。

 この物語の見どころは2つ。1つ目はチャーメインの成長。「何もできない(しない)少女」が、「床に何かを落としたら、自分で拾うまでそこにころがってる」という、当たり前のことに気付く。そこから「何事も、自分で何とかしなくちゃいけない」と心に決めたのが成長の証だ。

 2つ目は、後半の悪い奴らをやっつける勧善懲悪の展開。ハウルやカルシファーたちの活躍が楽しめるので、ハウルのファンにはおススメ。ジョーンズ作品のファンにはお馴染みの「登場人物たちの意外な素顔」もある。ただ、同じくお馴染みのアクの強さや捻りに捻った展開は控えめ。素直なストーリーなので、より多くの人が楽しめる。

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星空から来た犬

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:原島文世
出版社:早川書房
出版日:2004年9月5日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 背表紙に「ファンタジィの女王ジョーンズの若き日の傑作」と書いてある。前に紹介した「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」が、著者の子供向けの作品の第1作で、出版されたのは1973年。本書の英国での出版は1975年だから、最初期の作品と言える。まぁ著者は1934年生まれだから、そのころは40代。「若き日」と言うのかどうか、意見の別れるところだけれど。

 物語は主人公の「天狼星シリウス」が被告として出廷する裁判のシーンから始まる。この「シリウス」とは、今の季節に南の低い夜空に輝く星の、あのシリウスのこと。この物語では、夜空の星々がそれぞれに人格を持っている。シリウスは高い階級の「光官」であったが、罪に問われて有罪となり、その罪を償うために地球へ送り出された。犬の姿となって。

 シリウスは記憶も失って、生まれたばかりの子犬となって人生?をやり直す。自分一匹だけで生きていけるはずもなく、いきなり生命の危機を迎えるが、そこを人間の少女キャスリーンに救われる。その後、太陽やら地球やら(もちろん彼ら?にも人格がある)に助けを得て記憶を取り戻し...という物語。

 辛口のユーモアや皮肉が著者の作品の持ち味の一つ。キャスリーンは父親が刑務所に入っている間、親戚の家に預けられている。その親戚がまぁイヤなヤツで、「こんな人子供の本に登場させていいのかな?」という感じなんだけれど、実は「ダメな大人」は著者の作品の定番。それは最初期作品からそうだったわけだ。

 ちなみに、シリウスは英語では「Dog Star」だからシリウスが犬になるのは、言葉遊びというか自然な成り行きでもある。(そういえば、ハリーポッターでもシリウス・ブラックが犬に変身していた)。それから原題の「Dogsbody」は「犬のからだ」だけれど、英語では物語に関連する別の意味もあるそうだ。
 この本の訳者は、以前にコメントをいただいたことのある原島文世さん。上の「ちなみに」以下は、原島さんによる「あとがき」の受け売りだ。ご本人は「読まなくもていい」なんて書かれているけれど、本書を読んだあとに是非「あとがき」を読んで欲しい。本書が一段深く理解できるようになるから。

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デイルマーク王国史4 時の彼方の王冠

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:三辺律子
出版社:東京創元社
出版日:2005年3月25日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「詩人たちの旅」「聖なる島々へ」「呪文の織り手」に続く、デイルマーク王国史4部作の第4作、つまり本書にてシリーズは完結。

 第1作2作は、王が不在となって領主たちが南北に分かれて争う同じ時代の物語で、第3作はずっと時代を遡ってデイルマーク王国が誕生する前、言わば神話の時代の物語だった。そして本書は再び第1作2作の時代へと戻る。

 主人公はメイウェン。13歳の女の子。何と200年後の「現代」から、物語の時代へ送り込まれる。そこで「唯一の者」の娘で、王国を再統一すると言われている少女、ノレスの身代わりとして、正統を示す王冠を求める旅をすることになる。
 その旅に同行するのが、メイウェンを過去に送った張本人のウェンドと、第1作に登場する詩人のヘステファンとモリル、第2作に登場するネイヴィスとミット、の5人。さらに、第3作に登場したタナクィらが姿と名前を変えて現れる。

 メイウェンを除く登場人物にはそれぞれ、これまでの物語に加えて、その後の経緯によって背負うことになった背景と思惑がある。その思惑の違いが旅の雰囲気に微妙な緊張感を生む。さらに、第3作の登場人物たちの「不死なる者」としての意思が絡んでくる。
 また、メイウェンが知る歴史では、この後はアミルという大王が登場して国を興すことになっている。その王はどこで登場するのか?そしてノレスという名は歴史に残っていないけれど、彼女は(つまりメイウェンは)どうなってしまったのか?目が離せない。

 読み終わって、これまでの3作は本書のためにあったと分かる。逆に、本書によってこれまでの3作が生きる。「現代」「物語の時代」「神話の時代」、これまでに描いてきた物語の、悠久の時間の流れを1か所に注ぎ込んだ、正に掉尾を飾る作品だった。

 シリーズ名の「デイルマーク王国史」の英語の原題は、Dalemark Quartet(デイルマーク四重奏)。つまり、この4作品は互いに響きあう関係になっている。前3作と本書には、実に細かい繋がりがいくつもある。それなしでも充分に面白いのだけれど、もしその繋がりを楽しみたければ、間をおかずに4作を読んだ方がいいと思う。

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ウィルキンズの歯と呪いの魔法

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:原島文世
出版社:早川書房
出版日:2006年3月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は1970年に大人向けの小説を1作出版しているが、子ども向けの作品としては1973年出版の本書が記念すべき第1作。「訳者あとがき」で、訳者の原島文世さんも触れておられるけれど、その後に50作以上も続く「DWJの世界」の出発点であり原型とも言える。

 主人公はジェスとフランクの姉弟。恐らく2人とも小学生。2人は、椅子を壊した罰として4か月間おこづかいなしにされてしまった。それで、こづかい稼ぎに思いついたのが「仕返し有限会社」。誰かの代わりに仕返しすることを請け負って、料金をもらおうという会社だ。

 そんなことを依頼する客がいるのか?と思うが、これがけっこういたのだ。ただし、お客は全員子どもだ。ジェスたちと同じように金欠で料金が払えない客ばかりで、ちっとも稼ぎにはならない。しかも、最初の仕事で手に入れたウィルキンズ君の歯のために、大変なトラブルに巻き込まれてしまう。

 そのトラブルとは..。近所に風体も言動もちょっとおかしな、ビティという女が住んでいる。彼女は魔女だという噂があるのだけれど、どうもその噂は本当らしく、友だちが次々とその呪いにかかってしまったのだ。物語はこの後、ジェスとフランクらの子ども連合とビティとの対決の構図を深めていく。

 元気な子どもたち、特に女の子の活躍は、著者のその後の作品に受け継がれる特徴で、まさに「原型」と言える。ビティの悪者ぶりにも、ジェスらの報復も容赦ない感じで、著者らしい。ただ、持ち味の捻りの効いた展開と辛口のユーモアは、まだ少々といったところ。

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アーヤと魔女

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:田中薫子
出版社:徳間書店
出版日:2012年7月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨年3月26日に亡くなった著者の遺作となった作品。本書については、著者が亡くなった時の公式ファンサイトの告知で出版が予告されていた。そこに、A short novel for younger readers とあった通り、120ページほどの短い物語で、すべての見開きには挿絵(カラーの挿絵もたくさん)がある、比較的低年齢向けの作品。

 主人公のアーヤは、孤児院で暮らす少女。何でも自分の思うようにしてくれる、この孤児院が大好きだ。だから里親となる人たちが子どもたち見に来る日には、わざとかわいくなくして引き取られないようにしていた。ところがある日、変わった夫婦に引き取られることになる。

 変わった夫婦というのは、黒く長い影のような背の高い男(おまけに角があるように見える)と、両目の色が違う青い髪の女。男の名前はマンドレーク、女の名前はベラ・ヤーガ。なんとこの夫婦は、魔法使いと魔女で、アーヤを助手としてこき使うために、引き取ったのだった。

 著者の主人公たちは、こんなことで参ってしまうような子どもたちではない。アーヤもあの手この手と反撃を試みる。実は、アーヤにも隠された過去があって...という物語。

 佐竹美保さんの挿絵が美しくて、楽しい絵本のようだ。低年齢向けだからか、ストーリーは比較的単純。著者の多くの作品に見られる捻った展開や、辛口のユーモアはほとんどない。まぁだから、大人のDWJファンにはちょっと物足りないかもしれない。ただ、主人公アーヤの「かわいくない」ところや、困難に正面から立ち向かう性格は、著者の作品の主人公そのものだ。

 低年齢向けだとしても、ちょっとあっさりしているし、登場人物や設定が生きていないように思う。これは全くの想像だけれど、「遺作」ということなので、特別な経緯があるのかもしれない。例えば、これからもう少し肉付けされる予定だったとか、アーヤを主人公にしたシリーズの第1作だったとか。

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デイルマーク王国史3 呪文の織り手

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:三辺律子
出版社:東京創元社
出版日:2004年11月26日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「詩人たちの旅」「聖なる島々へ」に続く、デイルマーク王国史4部作の第3作。これまでの2作とちがって、本書はデイルマーク王国が誕生する前の物語。いわば「デイルマーク王国前史」だ。

 主人公はタナクィという名の少女。デイルマークが「川の国」と呼ばれていたころの、シェリングという村に住む5人兄弟の四番目。機織りが得意で、織物の中に言葉を織り込むことができる。本書は、タナクィがローブに織り込んだ物語、という設定。

 異教徒のヒーザンとの戦いに、シェリングの男たちも、国王の求めに(自分たちが「国」に属しているという意識もあまりなかったが)応じる。その戦争で、タナクィの父は亡くなり、長兄のガルは精神を病んで戻ってくる。
 悲しい出来事はそれで終わりではなく、5兄弟はシェリングの人々から迫害を受ける。それは彼らがシェリングの他の人々とは違った容姿をしていたからだ。なんと、彼らはヒーザンの者たちとそっくりだった。

 物語はこの後、シェリングを脱出した5兄弟の苦難の旅を綴る。基本的には助け合いながらも、始終反発と喧嘩が絶えない。無理もない。長姉のロビンがまだ未婚なのだから、タナクィたちはまだほんの子どもなのに、不自由な逃亡生活を強いられているのだから。

 旅の中で、自分たちの由来と使命、信仰する「不死なる者」の本当の意味などに、ひとつひとつ扉を開けるように気付いていく。そして最後に決戦の時を迎える。

 デイルマーク王国史のこれまでの2作とも、著者の他の作品とも違った雰囲気の作品だった。人間の生死や、人間と自然と神々などの境界が混沌とした世界。「川」は、自然でもあり神でもあり誰かでもあるのだ。

 巻末に「デイルマーク用語集」が付いている。読み飛ばしてしまわず、目を通そう。この物語の位置付けが少し明瞭になる。さらに「解説」によると「さりげなく最終巻の予告編」になっているそうだ。

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デイルマーク王国史2 聖なる島々へ

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:田村美佐子
出版社:東京創元社
出版日:2004年10月22日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「詩人たちの旅」に続く、「デイルマーク王国史」4部作の第2作。「詩人たちの旅」とほぼ同時期の出来事を、舞台となる場所と登場人物を変えて綴る。

 今回の主な舞台は、南北に分かれて反目するデイルマーク王国の、最南端に位置するホーランド。伯爵による苛烈な圧政の元で、民衆の不満がたまっている。主人公は、そこで小作農の息子として生まれたミットと、伯爵家の三男の子どものヒルドリダとイネンの姉弟。
 庶民の生活は圧政に虐げられ、ミットは少年の身で反乱組織「ホーランド自由の民」の一員となり、伯爵暗殺計画の一翼を担う。ヒルドリダとイネンの姉弟は、裕福ではあっても自由にならない暮らしに不満を募らせていた。そして、一族を政治のコマとしか見ない祖父によって、ヒルドリダは9歳にして遠方にある「聖なる島々」の20歳の領主と婚約させられる。

 ミットと、ヒルドリダとイネンの姉弟。生まれ育ちが違い、それ故に色々な価値観も違う。おまけに姉弟にとっては、ミットは祖父の命を狙った人間。この相容れるところのない2組の少年少女が、偶然の出来事によって遭遇し、ヨットで海上を北を目指す。そして物語は何度かの起伏を経て終盤のスペクタクルへ向かう。

 なんとも頼もしい子どもたちだ。彼らはヨットを操ることができるし、夜間に交代で見張りに立つこともできる。相手の意見を聞き、受け入れるべきことは受け入れ、取るべき方針を決断することもできる。問題を先送りにしたり、身内を裏切ったりするダメダメな大人たちと好対照。「気丈な子どもと信用ならない大人」は、著者の後の作品にも共通する特長だ。

 本書は4部構成で、「圧政に抗するレジスタンス」の第1部、「追いつ追われつ」の第2部、「海洋冒険物語」の第3部、「魔法ファンタジー」の第4部と、1冊で様々な形式の物語が楽しめる。

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