1B.畠中恵

うそうそ

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2006年5月30日 発行 6月15日 3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」シリーズの第5作。2、3、4作目は短編集なので、本書は第1作「しゃばけ」に続く2作目の長編作品になる。短編集も、しみじみとして良い作品があり良かったが、やはり長編は読み応えがあって格別だった。

 病弱で寝込んでばかりいる主人公の一太郎が、今回は湯治のためとは言え、箱根まで旅に出ることになった。今なら小田急ロマンスカーで新宿から1時間半だけれど、江戸時代には厳しい旅だったはずで、病弱な一太郎は大丈夫なのか?

 まぁ一太郎は大店の跡取り息子で、両親は一太郎には砂糖菓子のように甘い人たちなので、息子が疲れないように金に糸目を付けない旅程が組まれた。予定通り行けば、一太郎はほとんど歩かずに宿に着いて、湯につかることができる。..そしてもちろん、予定通りには行かない。

 人さらいに遭ったり、天狗の集団の襲撃を受けたり。病弱で、ちょっと外の冷たい空気に当たっただけで、具合が悪くなって寝込んでしまう一太郎には、なかなかに過酷な経験が待っていた。しかし、これも一太郎の成長には役立った。

 「私は何かの役に立っているのだろうか?」という、常に一太郎を悩ませる想いを吹っ切れるきかっけを、少しはつかんだようだ。タイトルの「うそうそ」は「嘘々」ではなく、江戸言葉で「きょろきょろ、うろうろとたずねまわるさま」だそうだ。一太郎は自分が居る意味を、未だきょろきょろと探している。

 舞台を江戸から箱根に移したことで、神様やら天狗やらの新しい「人ならぬ者」や、人間の新しいキャラクターたちも登場してにぎやかな感じだった。

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おまけのこ

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2005年8月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」から始まるシリーズの第4作。今回も短編集。表題作「おまけのこ」を含めて5つの短編が収められている。どの物語も問題の原因は妖ではなく、欲や疑心や病、自分でもよく分からない心の縛り、といった人間の内にあるものだった。

 前作「ねこのばば」で、「ハッピーエンドなのかどうか微妙だ」と書いた。本書の冒頭に収録の「こわい」は、その思いが一層進んだ物語だった。「狐者異(こわい)」は、仏にさえ厭われる妖の名前。関われば自分だけでなく、周囲の人間にまで災いを招く。
 それは「狐者異」が何か悪さをするからではなく、「狐者異」がそういう者だからなのだ。一太郎が一太郎であるのと同じで、本人にも変えることができない。ましてや、誰かの力で変えることなどできはしない。それでも一太郎は「受け止めよう」とする。

 これに比べて「おまけのこ」はハッピーエンドと言って良いだろう。他の作品が「妖の力を借りて問題解決」の一本道なのに対して、この作品では2本の物語が並行する。1本は人間が起こした事件、もう1本は「鳴家」の物語。「鳴家」は、恐ろしい顔をした小鬼なのだけれど、これが何とも憎めないかわいいヤツらなのだ。

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ねこのばば

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2006年12月1日発行 2008年11月30日 第29刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」「ぬしさまへ」に続く「しゃばけ」シリーズの第3作。今回も「ぬしさまへ」と同じく短編集。表題作の「ねこのばば」を含めて5つの短編が収められている。

 1つだけ挙げるとすると、最後に収録された「たまやたまや」が良かった。主人公の一太郎が、幼馴染のお春ちゃんの婚約者の調査に乗り出す。病弱で寝込みがちな一太郎が、走ったあげく、事件に巻き込まれて絶体絶命のピンチに陥る。珍しくサスペンス調なのだ。

 裏表紙に書いてある「若だんなと妖怪たちの不思議な人情推理帖」という言葉が、このシリーズを端的に表している。特に、物語全体に流れる雰囲気が、最後の「人情推理帖」という言葉に表れる。本書収録の5編とも、江戸庶民のひたむきさと切なさを感じる人情物語だった。

 実はどの物語にも根っからの「悪人」は登場しない。ほとんどの物語で殺人事件が起きて、もちろん犯人もいる。しかし、犯人は「悪人」だから人を殺めたわけではない。その境遇や人間的な弱さ故に人に手を掛けてしまう。だから、事件が解決しても、安堵と共に切なさが残る。喝采を挙げることもない。ハッピーエンドなのかどうか微妙だ。(「たまやたまや」は、私としてはハッピーエンドだと思う)

 病弱でも明るさを失わない主人公の一太郎と、妖怪たちのユーモラスなやり取りが、物語の切なさとのバランスを取っている。

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ぬしさまへ

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2005年12月1日発行 2009年12月5日 第40刷
評 価:☆☆☆(説明)

 先日の「しゃばけ」に引き続きで「しゃばけ」シリーズ第2作。長編だった前作とは違って、こちらは短編集。表題作の「ぬしさまへ」を含めて6つの短編が収められている。私の経験では、シリーズものの短編集は、本編に収まらなかったエピソードなどをまとめた外伝的なものが多かった。だから第2作にして短編集というのは、ちょっと驚いたのだけれど、これがなかなか良かった。

 私は知らなかったのだけれど、ミステリーの一分野に「ベッド・ディテクティヴ」(日本語にすると「ベッド探偵」)というのがあるそうだ。病気などを理由にベッドから出られない、自分では調査することができないという条件で、聞き知った話を基に推理力を働かせて事件を解決する。大店の長崎屋の跡取り息子でしょっちゅう寝込んでいる、主人公の一太郎が、妖たちの力を借りて難事件を解き明かす一連の短編は、この「ベッド探偵」?「ふとん探偵」?いや「寝込み探偵」か?

 6編すべて味のある物語だった。中でも良かったのは、「空のビードロ」「仁吉の思い人」「虹を見し事」の3編。「空のビードロ」は、一太郎の兄で幼くして長崎屋を出された松之助の物語。松之助は「しゃばけ」の終盤にストーリーに絡んでくるが、その顛末は余韻を残したままになっている。「しゃばけ」が描いた一太郎が兄を求めた物語は、この短編をもってようやく了となる。

 「仁吉の思い人」「虹を見し事」は、それぞれ形は違うけれど「届かぬ恋心」が中で描かれている。何とも切ない物語。甘やかされ放題に育ちながら、性根の真っ直ぐな一太郎は、周囲に世話をかけお店の役にはあまりたっていないと、自ら感じている。そして「虹を見し事」では、「私は本当にいらない人になってしまう」と胸中に思う。「今のあなたなら、そんなことにはならない」と教えてあげたい。

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しゃばけ

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2004年4月1日発行 2010年6月10日 第41刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2001年の日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。10年近くも前の作品だとは思ってなかったが、巷で話題の本という認識はずっとあった。時代もので妖怪が出てくるらしい、ということも知っていた。書店で文庫本を物色していて見つけて、「ちょっと読んでみるか」と購入した。

 舞台は江戸時代の江戸は日本橋の大店、回船問屋兼薬種問屋の長崎屋。主人公はそこの跡取り息子で17才になる一太郎。この一太郎が体が弱い。これまでに病で何度も死にそうになっている。ちょっと寒気に当たると寝込んでしまう。そのためか、一太郎の両親は息子にはめっぽう甘い。
 そして一太郎には、仁吉と佐助という2人の手代が付いて身の回りの世話をしているのだけれど、これが輪をかけて甘い。ちょっと咳きでもしようものなら、すぐに寝間の支度をして寝かせてしまう。そしてこの2人の手代は、一太郎の祖父が付けた齢千年の妖(妖怪)なのだ。

 物語冒頭は、そんな病弱な一太郎が、なぜか夜に一人で外出した帰り道。五つ過ぎというから、日没から2時間あまり。江戸時代の夜は真っ暗闇だ。そこで、殺人の現場に遭遇してしまう。殺人鬼に追われた一太郎に助力したのも、人ならぬ身の妖たちだった。
 この殺人事件は、やがてもっと大きな事件へとつながる、一太郎の身にも危険が迫る。岡っ引きの親分たちには解決できそうもない。どうやら、この事件は一太郎自身が解決しなければならないようなのだ。ちょっとムリをすれば寝込んでしまうのに...

 甘やかされ放題の一太郎なのに、奇跡的にも性根の真っ直ぐな責任感のある青年に育った。そういうところが好印象だ。仁吉と佐助の甘やかしっぷりも、いっそすがすがしい。謎解きと人情にコミカルな笑いをまぶした、江戸の街と妖たちが身近に感じられる作品。シリーズがたくさん出ている。「ちょっと読んでみるか」が、長い付き合いに発展しそうだ。

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