2.小説

六番目の小夜子

書影

著 者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:1998年8月20日 発行 2000年3月5日 7刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作。1992年に新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズの1冊として刊行されたものを、1998年に単行本として再刊された。著者について私の周囲には、絶大な賛辞を送る人がいる一方で、「どうしても受け入れられない」という人もいる。私は基本的には好きな作家さんなのだけれど、鏡の多面体のそれぞれの面を見るように、作品によって全く違うテイストを受け取ることになって、戸惑ってもいる。

 舞台は地方の進学校。主な登場人物たちはそこの高校3年生の男女。その学校には秘された行事がある。3年に一度生徒の中から「サヨコ」と呼ばれる者が選ばれる。選ばれた生徒は他の生徒に気付かれることなく、様々なことをしなくてはならない。そこに「沙世子」という名の美少女が転校してきて...。
 「サヨコ」がすること自体は、多少大変だろうけれどまぁ他愛のないことだ。しかし、15年に亘る過去5人の「サヨコ」は伝説化し、その中には怪談めいたものもある。タイトルの通り今年の「サヨコ」は6人目なのだ。当然、誰が「サヨコ」なのか、というミステリーに読者の関心が向かう。

 しかし本書は、そんな読者の関心などお構いなしにドンドンと多方向に発展する。これは、ミステリーなのかホラーなのか青春小説なのか、「多面体」のようなその後の作品群が垣間見えるような作品だった。何もキッチリと分類できなくてはダメだというのではない。しかし、読んでいてどこに連れて行かれるのか分からないので不安になった。
 特に、唐突にゾクゾクするほど怖いシーンに出会うのが何より不安になる。お化けも悪魔も出てこないのだけれど、予感だけですごく怖い。異様にテンションが張り詰めるそんなシーンが要所にあるのだ。

 このようにホラーの傾向はあるものの、私は全体としては高校生の青春小説の色合いを強く感じた。その意味では読後感は悪くないし、私は好きだ。ただこのモザイクのような物語はちょっとした衝撃だ。肌に合えばこの上なく魅力的だし、何かを掛け違えれば受け入れ難いものになってしまう。合うか否かはギャンブルかもしれない。

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植物図鑑

書影

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2009年6月30日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 草食系男子を拾った二十代後半女子の物語。肉食系とは限らないけれど、自衛隊などのマッチョな戦闘職種男子の恋愛を数多く描いた著者が、料理はじめ家事全般を人並み以上にこなすスマートな男子に恋してしまった女子を描くとどうなるのか?

 主人公さやかが恋した相手のイツキは、草食系といってもタダ者ではない。「よかったら俺を拾ってくれませんか」。さやかのマンションの玄関前で行き倒れていたイツキがさやかにかけたセリフがこれだ。「捨て犬みたいにそんな、あんた」と言うさやかに返した言葉がさらにスゴイ。異論はあるだろうが、私はこれは確信犯だと思う。相当切れる頭脳の持ち主でなければ、こんなことは言えない。
 「相当切れる」という私の第一印象はおそらく正しく、常に「こうして欲しい」と思うちょっと上を行くイツキの言動は、さやかの心を捉えてしまう。ある意味「絶対彼氏」だ。もしかして著者の妄想が実体化したものかも?

 そうそう、書き忘れましたが「草食系」というのは自分から女性を求めないという意味で、イツキはまさにそういうヤツなんだけれど、もう一つの意味がある。イツキは文字通り「草を食べる」のだ。植物図鑑並みの、いや「食べる」ことに関してはそれを上回る植物の知識の持ち主で、河原や道端の草の食し方を心得ている。しかもイツキが料理した草はとても美味いらしい。
 男の私から見れば、出来すぎのイツキに嫌味の一つも投げたくなるが、彼にも色々と背負うモノがあるようなので許す。フキやフキノウトウ、ツクシやノビル、ミントにヨモギ、私も山野草やハーブは好きだし、もっと他の草も愛情を込めた料理にするイツキを好ましく思う。最終章が切なくも幸せ。

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宵山万華鏡

書影

著 者:森見登美彦
出版社:集英社
出版日:2009年7月10日 第1刷 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 京都という街は不思議な街だ。私が住んでいたのはもう25年も前なのだが、人口150万人近い大都市なのに、何かの折に物の怪の気配を感じることがあった。それは糺の森を歩いている時であったり、鴨川の流れを眺めているときであったりする。そして、大繁華街である河原町界隈でさえ、そういった気配から無縁ではなかった。
 縦横に延びる路地に、空気の濃さと温度が違うように感じる場所がある。その頃は、気味が悪いとは思ったがそれ以上深くは考えなかった。もしかしたら異世界と通じるスポットだったのかもしれない。何といっても1200年前からそこには人の営みがあったのだから。本書は、京都の街のそんな不思議な雰囲気を思い出す、ちょっと背筋が冷えるファンタジーだった。

 宵山とは、京都の三大祭りの一つである祇園祭本祭の前日のこと。ご存知の方も多いと思うが、京都の祇園祭は7月を通じて行われ、17日の山鉾巡行でクライマックスを迎える。宵山はその前日で、山や鉾が各町内に祭られる。それをつなぐように大量の露店がでて、京都の中心街がまるごとお祭り一色になる。何キロか四方の巨大な神社の境内が出現したかのようだ。
 本書は、主人公を替えて基本的にはその宵山の1日のことが語られる。バレエ教室に通う姉妹、高校の友人に会いに来た青年、劇団の裏方をやっていた大学生、会社員の女性、...。一見して関係のないそれぞれの1日が、宵山での不思議な出来事に収れんしていく。著者はこんなこともできたのか、と言ってはあまりに失礼だ。バカバカしい腐れ大学生のナサケナイ妄想だけを書く人ではないのだ。

 とは言え、「バカバカしい妄想」を期待する読者もいるはず。そういった方もご安心を、見ようによっては、今回のバカバカしさはスケールが違う。「よくやった」と、拍手したいぐらいだ。しかし、冒頭に書いた「不思議」の方に存在感がある。著者の「腐れ大学生モノ」はちょっと合わないな、という方にもオススメだ。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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沼地のある森を抜けて

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2005年8月30日発行 2005年11月5日4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 今まで読んだ著者の作品は、時間の流れがゆったりしているというか、私たちとは違う時間と空間というか、とにかく穏やかな感じのする物語だった。現実感が少し薄れた感じと言っても良い。それらに比べると、本書はなぜか心が休まらない居心地の悪さを感じた。
 それは本書が現代の都会を主な舞台としている現実感のせいではない。物語の不思議さ加減で言えば、飛びぬけて不思議な物語なのだ。(「家守綺譚」は妖怪の類が次々に登場する不思議な物語だけれど、100年以上前の日本には居たのではないかと思わせる)何てったって「ぬか床」がうめくのだ。そこから人が出てくるのだ。

 主人公の久美は化学メーカーの研究室で働く独身女性。両親を交通事故で亡くし、兄弟はいない。ある時、二人いる叔母の一人が亡くなり「ぬか床」を受け継いだ。もう一人の叔母の話によると、曾祖父母が故郷の島を出るときにただ一つ持って出てきたもの。その後、代々の女たちが世話をしてきたらしい。
 これがうめくし、人まで出てくる「ぬか床」だ。叔母からは「あなたが引き継ぐしかない」と、家の宿命だと言われたけれど迷惑千万だ。案の定、このぬか床に生活を翻弄されることになる。しかし、これも叔母の言だが久美には「素質がある」らしく、研究者としての知識も助けになって、この不思議をよく理解しようとし始める。

 私が、心が休まらないと感じたのは、ぬか床から人が現れる異様さもあるが、それよりも久美が背負った厄介ごとが憂鬱なものだったせいだ。しかし、久美はしっかりと考えて行動を開始した。物語後半は、久美のルーツに関わるちょっとスケールの大きなドラマに展開する。ちゃんと人の体温が感じられる物語にもなっているところはさすがだ。
 それから、久美の物語に挟み込まれるように、「島」の中で分裂を繰り返す「僕」の物語が綴られる。現実とは思えない暗喩に満ちた物語。まるで村上春樹さんの短編のようだ。この部分は、意欲的な実験作品なのかもしれない。

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英国太平記 セントアンドリューズの歌

書影

著 者:小林正典
出版社:早川書房
出版日:2009年5月25日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 日本人の著者が書いた、英国の歴史物語。今から700年前の1286年から1329年の40年余りのスコットランドを舞台とした戦乱の時代を描いたものだ。日本の南北朝時代の戦乱を描いた「太平記」と時代も内容も類似している。「英国太平記」というタイトルは、なかなか的を射ている。

 物語の当時の英国は1つの国ではなく、イングランド、スコットランドに分かれ、それぞれに王家を戴きながらも、実質的には有力な諸侯が領地を治めていた。そして、事故でスコットランド王アレクサンダー三世が亡くなってしまう。王の血を引くのは、ノルウェー王に嫁いだ娘が生んだ3歳の幼女のみ。これが物語の始まり。
 隣国イングランドの侵攻とスコットランドの防衛を中心に、スコットランド内の諸侯の駆け引き、当時は当たり前にあった政略結婚による、複雑な家族・人間関係が、これが処女作とは思えない筆致で描かれる。いくつかの戦闘では、戦術と推移が手に取るように分かるのも素晴らしい。

 そして、本書が実に活き活きとした歴史物語となっているのは、第一にはもちろん著者の力によるものだが、これに加えるべきは、描かれている出来事そのものの魅力だ。私が英国史はおろか西欧史にも明るくないだけだと言えばそれまでだが、こんなドラマティックな物語があったのかと、うれしい驚きの経験だった。
 最後にひとつ。戦乱の物語の常で、主要な登場人物は全て男性。男たちがある者は上を目指し、あるものは情のために、別の者は保身のために動く。それに対して、女性たちは戦いには出ないが、それぞれの信念で動く。女性を主人公に据えた日本の戦国時代の物語があるように、「英国女太平記」というのも面白いかもしれない。

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Story Seller(ストーリーセラー)

書影

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2009年2月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌「小説新潮」の2008年5月号別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。伊坂幸太郎、有川浩、近藤史恵、佐藤友哉、本多孝好、道尾秀介、米澤穂信の7人の書き下ろし短編が収録されている。
 伊坂幸太郎さん、有川浩さんは私が好きだと公言している作家さんだし、近藤史恵さんは「サクリファイス」を読んで関心度が急上昇中。しかも収録されているのは「サクリファイス」の外伝だという。文庫で860円とは安くはないが、私にとっては何ともお買い得な1冊だ。私が注目した3人以外の4人も、それぞれに文学賞を受賞された方々だそうで、出版社が「物語のドリームチーム」なんて言うのも分かる。

 伊坂さんの作品は、短いながらもちょっと捻りの効いた伊坂作品らしいモノ。近藤さんの作品は「サクリファイス」のテイストそのままの外伝。すごく良かったとは言えないが、まぁ期待通りだった。ちょっと不満があるのは有川さんの作品。この作品は私は好きになれない。著者が「悪意」や「悲劇」も描けることは分かっているが、読後感は大事にしてほしい。
 「ドリームチーム」でもいつも最高のパフォーマンスが出せるとは限らない。一流選手も調整不足で良い結果を出せないことがある。詳しくは分からないが、雑誌に向けての書き下ろしと1冊の単行本の出版とは、かける時間や推敲の量が違うのかもしれない。奇しくも有川さんの作品は、雑誌にたくさんの物語を身を削るように書く小説家の話。著者もあんな風に雑誌に作品を書いているのかもと思うのはいけないことだろうか?

 そんな想像から、小説を読むなら文芸誌よりも本として出版されたものを読む方が良いのではないかと思った(例え文芸誌に連載されたものをまとめて単行本として出版するにしても)。ただ、文芸誌にも良いところはある。それは、新しい作家さんとの出会いだ。
 本を買うならなおさらだが、図書館で借りるにしても未知の作家さんの本を手にすることは限られている。その点、本書は私が知らない4人の作家さんの作品を読む機会になった。どの作品にもちょっと毒があるのだけれど、もう1冊ぐらい読んでみようかな、と思う。

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プリンセス・トヨトミ

書影

著 者:万城目学
出版社:文藝春秋
出版日:2009年3月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「鹿男あをによし」で奈良、「鴨川ホルモー」で京都を舞台に、奇抜な着想で物語を描き出した著者が、次に舞台に選んだのは出身地の大阪だ。さらに詳しく言うと、大阪城の南に位置する急坂の商店街「空堀商店街」。視界さえ開ければ大阪城天守閣が拝めるくらいの距離だ。タイトルの中の「トヨトミ」はもちろん、かつての大阪城の主であった「豊臣家」のことで、「プリンセス」ももちろん「姫」だ。本書は、多くの人がタイトルを見て思ったとおりに「豊臣家の姫」の物語。
 そうは言っても、奇抜な着想が特長である著者のことだから、一筋縄ではいかない。物語はあらぬ方向へ向かい、信じ難い出来事を引き起こしながら、豊臣家の姫の物語に収れんしていく。

 主人公の名前は真田大輔。大阪には信州上田の真田家が好きな人が多い。空堀商店街の近くに真田山という地名があるが、ここは大阪冬の陣の際に真田幸村が真田丸という出城を築いて奮戦した地の跡と言われている。夏の陣での幸村の戦死の地と言われている安居神社では今でも幸村祭が行われる。
 上田の人に聞いたのだが、大阪で上田から来たと言ったら「真田は太閤さんの味方だから」と言っておマケしてもらったそうだ。400年以上前の出来事が今の大阪の人の心に生き続けている。本書では真田家のことは匂わせる程度にしか書かれていないが、このことはストーリーに大きく関わっている。

 表紙は、本書の準主人公である会計検査院の調査官3人が、お堀越しに大阪城天守閣を仰ぎ見る絵だ。実は私はこれとそっくりな構図の大阪城を見たことがある。大阪に出張で深夜にホテルに入って、翌朝の朝食をとったホテルのレストランから間近に見えた大阪城がこんな感じだった。関西に生まれ育っても大阪城を見る機会はそんなにないものだ。その威容にしばし圧倒されたのを覚えている。
 上に書いた「信じがたい出来事」というのは、ある目的を持った仕掛けなのだが、私に言わせれば「大仕掛け過ぎる」。しかし、大阪城のあの威容をいつも感じて、400年以上前の出来事を胸に抱いている大阪の人々なら、これぐらいの空想はアリなのかもしれない。

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三匹のおっさん

書影

著 者:有川浩
出版社:文藝春秋
出版日:2009年3月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 有川浩さんの最新作。図書館戦争シリーズで甘々のラブストーリーを展開して、「別冊1」ではついに私の「耐甘さ」の限界に達した後、様々な糖度のラブストリーを放ち続けた著者の最新作。その主人公は、何と還暦を迎えたじいさんの3人組(本人たちは「じいさん」と呼ばれたくはないようなので、タイトルは「おっさん」なのだ)。これでラブストーリーはツライ?著者の新境地か?

 物語は、おっさんの1人である、清田清一(通称キヨ)が勤め上げたゼネコンを定年退職する辺りから始まる。本書はキヨの「地域デビュー」の物語でもある。団塊の世代が定年後に地域に自分の居場所や暮らしを見つけることが「地域デビュー」。定番と言えばボランティア活動なんかだろう。キヨの考えもボランティアなのだが、その内容は定番とはとても言えない。キヨが思いついたボランティアは「自警団」だ。
 自警団のメンバーは3人。キヨは長らく剣道場の師範をしていた。長い物を持たせればちょっとした侍だ。仲間のシゲは柔道家で、こちらは組ませれば敵なし。もう1人のノリは町工場の経営者、腕っぷしは強くないが頭脳派。一撃必殺(殺さないように調節してある)のスタンガンを自作できる、ある意味では一番キケンなおっさんだ。

 楽しめた。痛快だった。街のチンピラにレイプ犯に詐欺師、悪徳商法..と、悪いヤツらが次々登場しては3人の成敗を受ける。還暦を迎えるとはいえ、武道の達人2人と自作メカで武装したおっさんだから、生半可なワルなんかひとたまりもない。抵抗しても武力で制圧されてオワリだ。(法律的にはちょっとヤリ過ぎかもしれない)
 冒頭の「著者の新境地か?」の答えはYESでありNOでもある。これまでの一連の作品で「ラブコメ」なんてなんか気恥かしい、という人でも本書はOKだろう。だからYES。しかし、ちょっと甘いラブストーリーが、ワル者成敗の痛快物語にしっかり絡んでいるし、家族の絆もあれば、犯罪のダークな描写まで含めて、著者のこれまでの作品の魅力や傾向は健在。新境地というよりは、ちょっと趣向を変えてみた、というところかも。それでNO。

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サクリファイス

書影

著 者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2007年8月30日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2008年の本屋大賞の第2位(ちなみにその年の第1位は「ゴールデンスランバー」)。読んでみたいとは思ったのだけれど、受賞直後は図書館の予約が殺到して借りられなかった。以来事あるごとに思い出していたところ、るるる☆さんのブログで見ておススメもいただいたので読んでみた。

 物語の舞台は自転車のロードレース。何度かスポーツニュースで、集団やタテ1列になって道路を駆け抜けていくレースの映像を観たことはあるし、「ツール・ド・フランス」なんて大会の名前も知っている。知っているけれど、本書を読んで「知らないも同然だった」と思った。本書で自転車ロードレースを知って興味を持つ人もいるだろう。結構奥が深いのだ。
 レースだから、よーいドン!(とは言わないだろうけれど)でスタートして、早くゴールした者が勝ちというのは変わらない。基本的には個人競技だ。でも、上級のレースではチームのメンバーが役割分担して、エースを勝たせるという団体競技になっている。エース以外の役割は、エースの風除けになったり、エースの自転車に故障があれば自分のを差し出すなんてことだってある。
 つまり、エースを勝たせるための犠牲。タイトルの「サクリファイス」には、自転車ロードレース特有の意味が込められている。そして、読み終わって分かる、もう1つ別の意味も。

 読んでいて「風が強く吹いている」を思い出した。あちらは駅伝のランナーの話だ。どちらもレース中は1人で様々思いを胸に走る。そこには葛藤やドラマがある。走るスポーツは物語向きなのかもしれない。
 だとしても、自転車ロードレースの選手が抱える葛藤は、傍目には並大抵のものではない。エースを勝たせるためのアシストは、どんなに良い仕事をしても記録には一切残らない。エースにならなかったほとんどの選手は、全選手生活で1度の優勝も表彰台もない。しかし、プロになるほどの実力はあるのだ。当然、上を目指す心は抑えられないはずだ。250ページ足らずの小品ながら、読み応えアリだ。

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図書室の海

書影

著 者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:2002年2月20日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 恩田陸の短編集。表題作を含む2編の書き下ろしを除いて、様々な出版社の様々な雑誌に掲載されたものを1冊にまとめたものらしい。全部で10編が収録されている。著者によるあとがきに、それぞれの短編の背景が短く書かれているので、短編を読んだ後にそれぞれの背景を読んでみることをお勧めする。
 その理由は、今読んだ作品をもう一度かみしめることができるからだが、それだけではない。続けて読んでいると話にノリきれない時があるのだ。本を読むときには、無意識にでも「これはミステリー」「これはファンタジー」という心構えがあって、それで物語に入り込んでいけるのだと思う。ところが、ご存じのように著者はコメディーから感動悲話、またはホラーまで幅広いジャンルの作品を手がけている。この短編集もそれらが混在しているので、心構えができなかったり、間違えていたりするのだ。
 前の作品の余韻を残して友情物語かと思っていたら、どうも怪しげな展開になって「これはホラーだったんだ」という時などは、茫然としてしまった。だから、1編終わるごとにあとがきを読んで一拍置くことで、気持ちをリセットして次に行けば良いんじゃないかと思う。

 そういったことで、私は今一つ消化不良気味に読み終えてしまった。もともとホラーが好きではないこともその一因だと思う。それから、「夜のピクニック」の前日談が収められていることが、本書を手に取った理由の一つで、本編を深く読み解く何かがあるかと期待したが、そういったものはほとんどなかった。本編から想像できる前日、といったものだった。これもあとがきを読んで納得。この短編は「夜のピクニック」の予告編として書かれたものだそうだ。普通に考えて予告編に、物語の核心を書いてしまわないだろう。  少し古めではあるが、著者の変幻自在さがお好みの方は、未読なら読まれるといいだろう。そうではない方、著者の特定のジャンルや作品が好き、という方は読み方を工夫されるといいと思う。

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