2.小説

からくりからくさ

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:1999年5月20日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 私の昨年読んだ本の6番に選んだ「家守綺譚 」の著者の作品。「西の魔女が死んだ」の著者と言った方が、あるいは通りが良いかもしれない。本書はずっと前にかりん。さんに紹介していただいたのを、それっきりにしていたのだけれど、先日、図書館の棚で見つけて手に取りました。いや、見つけたのではなく本に呼ばれたような感じです。探していたわけではなかったので。

 著者の他の作品に違わずこの本も不思議な空気の流れる物語だった。時代はいつぐらいだろうか?車で行き来する場面が結構あるので、現代に近いとは思うのだが、時間がゆっくりと流れる感じは、もう少し昔を思わせる。
 主人公は、蓉子。歳は二十歳ぐらいか。染織の工房で働いている。蓉子の祖母が他界し、その家を女子学生の下宿として間貸しするので、そこの管理人もしている。管理人とはいっても、間借りしているのは同年代の女性3人(与希子、紀久、マーガレット)だから、何となく、長い合宿生活のような感じだ。

 与希子、紀久は美大の学生、蓉子の父は画廊の経営者、与希子の父は画家、と蓉子や他の登場人物も含めて芸術肌の人々が揃う。そしてそれぞれが、自分の考える「あるべき美の形」を追い求める。それは時には頑ななまでで、そうした心のあり方が物語を大きく展開させる。
 また、蓉子が少女のころから心を寄せる「りかさん」という名の人形や、高名な能面師が軸となって、同居する4人の物語が撚り合わされていく。どこか牧歌的な下宿の共同生活からは想像できないドラマチックな展開に後半は目が離せない。
 中盤あたりから、様々な事実が明らかになり、時代も場所も縦横無尽に駆ける。目まぐるしくて、一体著者はどこに連れて行こうとしているのか?、と思ったこともあった。しかし、終わってみると物事は収まるところに収まり、著者が示そうとしたことも何となく分かる。おみごと、という他ない。

この後は、書評ではなく「織物」について、思ったことを書いています。興味がある方はどうぞ

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(さらに…)

CC:カーボンコピー

書影

著 者:幸田真音
出版社:中央公論新社
出版日:2008年11月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読売新聞の会員制WEBサイト「yorimo」でサイン入り本をいただきました。感謝。

 金融業界出身の経験を生かした「経済小説」が持ち味の著者の作品。私にとっては「あなたの余命教えます」に続いて2冊目になる。
 主人公は広告代理店のAE(アカウント・エグゼクティブ)として働く香純。AEとは聞きなれないが、広告の企画から制作・実施までの一連の責任を持つ営業職のこと。ある保険会社の広告を巡ってのアップダウンのある物語を、主人公と、主人公の元夫で現上司の社長と、保険会社の若い広報マンの3人の視点から描いている。

 実は私も広告主側の立場として、ちょっとだけ広告の仕事に携わったことがある。その立場から垣間見た制作側の様子に照らして、本書に描かれる主人公たちの奮闘ぶりは、かなりリアルだ。きっと、取材に基づくのだろう。そして、一つ一つの場面がとても精密に描かれる。テレビや映画の1カットを言葉で説明しようとしているかのようだ。
 しかし、リアリティが面白さにつながらないこともある。業界事情など場面場面で与えられる情報の殆どはストーリーには絡んでこない。伏線好きな私の読み方にも問題があるのだろうけれど、思わせぶりなシーン(私が勝手にそう思っているだけだけれど)があっても、後には続いていなくてちょっと残念。

 それで、肝心のストーリーの方だけれど、上に書いた勝手な「残念」を別にしても、もうひと工夫欲しかった。主人公が男の目から見てもすご~く「都合のいい女」でやりきれない思いがした。後半にミステリー要素が加わって盛り上がるのだけれど、広げた風呂敷がたたみ切れていない感じ。
 もっとも、本の読み方には色々あって、「個々の場面を楽しむ」という人もいるそうだ。精密な場面描写がされている本書では、広告営業の現場の雰囲気や、がむしゃらに働く女性の勢いが楽しめそうだ。別れた夫が社長、というシチュエーションもちょっと気になるし...。

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別冊 図書館戦争2

書影

著 者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2008年8月9日初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの登場人物の誰かを主人公に据えた「別冊」シリーズの第2弾。それで、今回は誰が主人公かと言うと、大方の予想通り「柴崎&手塚」のカップルです。「別冊1」でも特に進展がなかったので、次に誰を書くかとなればこの2人しかないでしょう。

 今回は、ベタ甘ではない。「堂上&郁」の戦闘形バカップルは、ベッドへの「投げっぱなしジャーマン」という変わった愛情表現を見せて、相変わらず甘々なのだが、主人公2人(特に柴崎)は「甘えたら負け」だとばかりに、どこまでもクールだからだ。
 甘いどころか、今回のストーリーはビターです、ダークです。激甘の前作の続きで甘いと思って食べてみたら苦い。カカオ90%のチョコレートのようだ。苦くてもチョコだし「好き」って言う人もいる。この話も苦いけれどイイ話になっている。苦さの向こう側でやっとあの2人は、お互いを想う気持ちを確かめ合うことができた。
 そしてダークさで言えば、図書館内乱での郁の査問会の時以上の暗~い展開。第一稿を読んだ著者の旦那さんが「後味があまりににも気持ち悪くて..」とおっしゃったという。確かに、こんな「悪意」はこのシリーズではあまりお目にかからなかった。(その後、旦那さんの感想が生かされたので、これから読む方は「後味」のことは心配しないで読んでも大丈夫。)

 本書にはもう1つ別の物語が収められている。図書特殊部隊の緒方副隊長の恋物語だ。扉前の登場人物紹介にも出ていない、マイナーキャラが主人公として登場。でも、私はこの話がすごく好きだ。☆4つの4つ目は、この話のための星だ。それは、求めあったり、ぶつかりあったりしない恋愛の形に心が落ち着くからかもしれない。または、私が緒方と歳が近いせいかもしれない。大人の恋心もイイものだ。
 大人の恋心と言えば、玄田隊長と折口さんの話も読みたい。「別冊」もこれにて幕引きらしいが、有川さん、そんなこと言わずにもう1冊書いてもらえないだろうか?

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卵のふわふわ

書影

著 者:宇江佐真理
出版社:講談社
出版日:2004年7月29日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 るるる☆さんのブログ「rururu☆cafe」で紹介されていたので読んでみた。読んでみて最初に感じたことは、「へぇ~こんな時代小説もあるんだぁ」ということ。ちょっとホロリと来ます。
 私が時代小説と聞いて思い浮かべるのは、吉川英治さんや池波正太郎さんの作品、私は読んだことはないけれど、司馬遼太郎さんも代表的な作家だろう。それらは、お奉行やお殿様、剣豪といった武士が活躍するものだ。もちろん、女性を主人公として書かれたものもあるが、そこで進行している出来事は、国盗りであったりお家騒動であったりと、やっぱり武士の出来事だ。
 そんな中で、本書は奉行所の役人の家に嫁いだ主人公、のぶの揺れる心をひたすらに丁寧に描く。奉行所の役人の家なので、誘拐や殺人などの事件は起きるには起きるのだが、妻であるのぶにはそうそう直接は絡んでこない。のぶの心を占める、いや本書のテーマは、のぶと夫の正一郎との関係にあるからだ。

 心に溝ができてしまった夫婦の話は、現代小説では珍しくもないが、時代が江戸時代となるとどうだろう。テレビの時代劇で、時々「人情もの」の回があって、家族や夫婦の再生を描くことはあるが、あくまで脇役であって、ここまで丁寧には描かれないだろう。
 別の見方をすると、夫婦の話を描くのに、時代を江戸時代にする必要はなかろう、とも言えるのだが、そういう意見は本書を読めば出てこなくなると思う。今より格段に女性の立場が脆かったあの時代にこの物語、だから成り立つ味わいがある。のぶの舅姑が実に味わい深い人たちなのだが、そのキャラクターもあの時代だからさらに引き立っている。現代とは違う時間の流れも感じられるし、実にしっくりと物語と時代がかみ合っているのだ。
 かみ合っているといえばタイトルの「卵のふわふわ」も、物語とうまくかみ合っている。本書の各章は食べ物の名前になっていて、後半になるとその食べ物が物語やのぶの心を動かすようになる。「卵のふわふわ」もある章の題で料理の名前だ。どんな料理かは読んでもらえば分かる。私はこの「卵のふわふわ」はもちろんだが、「心太(ところてん)」が食べたくなった。新しい形の時代小説に出会いたい方にはオススメだ。

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ホルモー六景

書影

著 者:万城目学
出版社:角川書店
出版日:2007年11月25日初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

  出版社のWEBサイトによると、18万部を突破し来春に映画公開が予定されている、著者のデビュー作「鴨川ホルモー」の続編ではなく、外伝的な短編集だ。前書の登場人物や周辺人物を主人公とした6編が収められている。それで「六景」。2007年に「野生時代」に毎月掲載されたものだ。

 今回、主人公となったのは、京都産業大学玄武組の女性2人、同志社大学の女性、京都産業大学玄武組と龍谷大学朱雀団のOBとOG、立命館大学白虎隊の女性、昔の京都大学の男性2人、そして我らが「凡ちゃん」の6組。女性が多いのは「ホルモー」という一種異様な競技とのミスマッチがドラマになりやすいからかもしれない。
 前書を読んだ時に、主人公の他2,3人以外は、人物像が殆ど描かれていなくて、ちょっと薄味に感じた。主人公が所属する京都大学青竜会に対する他の大学にも、魅力的なキャラクターの1人や2人いそうなのに、と思った。その点からすると、本書は「我が意を得たり」という感じだ。
 また、著者は本書ではいろいろな趣向を凝らしている。甘酸っぱい青春小説であったり、昭和初期の文豪を登場させたり、400年の時を越える思いを描いたり。著者の引き出しには、まだまだどんなアイデアが出番を待っているのだろうと、読み進める程に期待が高まる。

 だけれども...。読み終わって真っ先に思ったのは「もっと、青竜会の面々の話を読みたかったなぁ」だった。さっき「我が意を得たり」と書いた(言った)、舌の根も乾かぬうちにこんなことを書く(言う)のは、我ながら滅裂だとは思う。
 たぶん「本編で登場したあの人」の話の方が思い入れを持って面白く読めるのだろう。あの人にはこんな隠された物語が..とか、あの事件はこういうことだったのか..とか。だから、本書の私の一オシは、「凡ちゃん」が登場する第二景「ローマ風の休日」だ。「鴨川ホルモー」読者は、この1編だけでも読む価値アリ、オススメだ。

 表紙と章の表紙のイラストに注目。凡ちゃんって、こんなにかわいいのか!
 さらに、もう一言。「凡ちゃん、その井戸の底を照らして覗いてみてよ。カエルがいるハズなんだよ。」(←「有頂天家族」読者へのメッセージ)

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陰日向に咲く

書影

著 者:劇団ひとり
出版社:幻冬舎
出版日:2008年8月10日初版 2008年8月24日第4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 お笑い芸人の本だからと言って侮ってはいけない。この本は連作短編集としてよく練られている。ホームレスの人が放つ「自由の匂い」に魅かれて、試しに新宿の公園で暮らし始めた会社員を主人公とした「道草」など、5つの短編からなる。
 「よく練られた」とした理由は2つある。1つは、短編のそれぞれにちゃんとオチがあることだ。どんなオチかを言ってしまうわけにはいかないが、あっさりした品のあるオチだ。落語や漫才のオチに通じると感じたのは、著者の職業を知っているための先入観かもしれない。
 もう1つは、連作短編集として、5つの短編の各々が緩やかにつながっていることだ。ある短編の登場人物やエピソードが、別の短編でひょっこり顔を出す。1人称の視点が違うため、同じエピソードが全く違う形で語られる。何人もの人物をひとりで演じ分ける「劇団ひとり」ならではだ。と、これはちょっとウガった見方過ぎるか?(そう言えば、もう長い間、この人のそんな芸をテレビで見ないけれど)

 ただ、気になって仕方がないことがある。「見れていない」「届けれる」「つけれない」「借りれる」。本書の中に登場する言葉だが、これらは私の認識では「ら抜き言葉」で、文法上誤りとされている。
 私自身、他の人を批判できるほど正確な日本語を使っているわけではないし、「ら抜き」が言葉の「誤り」なのか「変化・進化」なのか、見解の相違や議論があることは認める。けれども私は、出版物は言語の用法については保守的であることを望むので、大変な違和感を持った。これは、出版社の校正で良としたのか、見逃したのか、作家の原稿を尊重したのか?

 さっと読めるし、話題になった本だから機会があれば読んで見るといいと思う。先ほど「よく練られている」と言った。でも、そんなに面白くはなかった。オチにつながるミスリードなどの、色々な工夫がどういうわけかあざとく感じられて、私自身も戸惑った。「なんて意地悪な読み方なんだろう」って。
 ここで、再び「先入観」の話。先入観から自由ではいられない。だから、私は「ら抜き言葉」を連発する著者を低く見て、その結果、意地悪な目で読んでしまったのかもしれない。なにしろ最初の「ら抜き」は、本文2ページ目に登場する。
 しかし、この本が良く売れたのも、著者の有名度と「お笑い芸人が書いた小説にしては..」という、先入観が私の場合とは違った向きに作用した結果かもしれない。

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蒲公英草紙 常野物語

書影

著 者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:2005年6月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 これは、泣かせる本だった。実を言うと、いよいよクライマックスというところで、ちょっと気になった場面があって、一旦は気持ちが落ち着いてしまった。それにも関わらす、気がつけば涙。ふいに目から涙がこぼれた。
 本書は、不思議な力を持つ「常野」の一族の人々や歴史を表した短編集「光の帝国」の続編、いや関連本と言った方が良いかもしれない。主人公というか、語り手は宮城県の山村に住む少女の峰子で、彼女は「常野」の者ではないので。
 今は年を取って娘と孫と一緒に東京に住んでいる峰子が、少女時代を述懐する形で物語が綴られている。「蒲公英草紙」は、峰子が自分の日記に付けた名前だ。家の窓から見える丘に群れ咲くタンポポが、峰子の故郷の原風景なのだ。

 物語の時代は、「新しい世紀を迎える」とあるから明治の中ごろか。峰子は、村の名前になっているほどの名家「槙村」の末娘の聡子のお話し相手としてお屋敷に上がる。そこには、様々な人が出入りし、中には長期に渡って逗留している人もいる。東京で洋画を学んだ画家、傷心の仏師、なんの役に立っているのかわからない発明家など。
 そんな槙村の家を「常野」の春田の親子4人が訪れる。短編集「光の帝国」の「大きな引き出し」で登場した、人の記憶や思いを丸ごと「しまう」能力を持つあの一族だ。もちろん彼らの能力は、物語で重要な役割を担う。私は「彼らの能力はこうして使うのか」と得心した。

 本書は、峰子の視点で槙村の人々を描き、「常に村のために」という「槙村の教え」を守った槙村家の悲話だ。そこに感動の、もっと言えば涙腺を刺激するツボがある。これだけでも本書の紹介として十分なのだが、蛇足と知りつつ、もう少し広い目で見て感じたことをいくつか述べる。
 槙村は、水害に会いやすい土地らしい。現在でもそうだが、100年前ではなおのこと、自然災害の前には人々は無力だ。大きな水害に合うと、村が1つ壊滅してしまう。この時代はこんなにも人々の生活が危ういものだったのだ。未来を見ることのできる「遠目」の能力は、こんな時代には至宝とも言えるだろう。
 しかし、その能力を以てしても時代のうねりには抗えない。語っている峰子の「今」は太平洋戦争の終戦の日なのだが、20世紀の前半分がどのような時代であったのかは知っての通り、戦乱の時代だ。「常野」の人々にはその予見はあったはずだが、どうしようもなかったのだ。
 いや、そんな「時代のうねり」などという大げさなものを持ち出さなくても、「常野」の力が及ばないことがある。本書の悲劇もその1つだ。

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親指の恋人

書影

著 者:石田衣良
出版社:小学館
出版日:2008年2月2日初版第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 この本は、私にはあまり合わなかった。いや、つまらないわけではない。筋書きはシンプルながら、一点に収束していくようなテンポのいい展開が、ページを繰る手を止まらせない。小説を技法と内容に分けることができるとすれば、技法は良いと言える。
 しかし、小説の評価を内容を抜きにしてすることはできない。私には、この小説に書いてある内容が合わない。「セックス、真実の愛、ドラッグ、自殺」。消耗しつくされた感がある言葉だが、本書の内容を表すキーワードだ。これに「不治の病」他が加われば、ケータイ小説の定番となるらしい。プロの人気作家である著者が、こんな本を書いたのは、ケータイ小説の流行をシニカルに意識してのことかと勘繰ってしまう。

 実は本書は別の意味で「ケータイ小説」そのものだ。主人公たちは、ケータイの出会い系サイトで知り合い、その後も何十通ものメールのやり取りをする。タイトルはケータイのメールを親指で打つことから付けられたものだ。
 主人公のスミオは、外資系投資銀行の社長を父に持ち有名大学に通う、何もかもを与えられた「勝ち組」、しかし希望がない。スミオが出会ったジュリアは、小さい頃から荒んだ生活を送り、今はパン工場で契約社員として働く。毎日立ちっぱなしでクリームパンを作り続けて年収200万。まぁ「負け組」の部類、しかし進学資金を貯めて大学に入ろうとしている。
 こんな2人が出会えば、お互いの不足する部分を補い合って、明るい未来を描くこともできるだろうが、本書はそうはならない。第一章の前の扉で結末が明かされているので、読者もそんなことは期待しないで読むことになる。

 スミオは、ただの金持ちの息子ではなく、心に深いキズを持っている。その分は割り引いて考えてやらなければならないが、それにしても行いが考えナシだ。家族や周囲のことを、いやジュリアのことも、自分のことさえちゃんと考えているのかどうかあやしいのだ。
 そんなことより何より、出会い系で知り合った女の子と、セックスの相性が良かったというだけのことで、お互いに「なくてはならない人」になり、その挙句にこんなことになってしまうなんて..。やはり受け入れ難い。

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ラブコメ今昔

書影

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2008年6月30日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 軍事オタク、自衛隊オタクの著者の甘~い短編集。収録されている6編全部、自衛官の恋愛を描いている。こんな本は日本中、いや世界中で著者にしか書けない。本書の前に出た「阪急電車」や「別冊図書館戦争1」で、私の耐えうる限界に達していた甘さ加減は、今回は少し控え目だったかも(もちろん「著者としては」だが)。甘いは甘いんだけれど「イイ話」が多くて楽しめた、少しウルウルした。

 ウルウルには訳があるように思う。自衛官は、私たちとは違った価値観や規律の下で生活している。例えば、階級による上下関係が強く上官の命令は絶対だ。一番の違いは、一朝有事があれば任務遂行のために命を賭すことを義務付けられていることだ。このことが、ストーリーに作用しドラマ性を盛り上げている。
 本書で紹介されるところによると、自衛官の結婚式での上官の祝辞の定番に「喧嘩を翌日に持ち越さず、朝は必ず笑顔で..」というのがあるそうだ。この言葉が意味することは、本来は祝宴では口にできないことだ。それを敢えて言うところが更に深刻なのだ。
 それで、自衛官の平均年齢は30台前半だというから、普通に考えれば「恋愛したい」「そろそろ結婚も」という年代だ。彼ら彼女らが危険を背負いながら、一方では普通の若者としての生活や感情も持っている。これはもしかしたら、自衛隊にはギュッと凝縮された恋愛のドラマの下地があるのでは..。

 と、著者が考えたかどうかは定かではない(おそらく違う)が、著者は本書の執筆前に、自衛官たちに取材をしている。収録の短編の多くには、取材に基づくモデルがいる。だから、著者がかなり甘い味付けを施したとしても、本書は自衛官の姿の一端を見せてくれていると言える。
 自衛官の姿の別の一端と言う意味で付け加える。彼ら彼女らは、このように普通の若者たちなのだが、国民の安全と国防のために訓練された精神を持っている。中東へ赴く青年や、領空侵犯を警戒する任務につく青年のエピソードがあるが、そこには強い使命感が伺える。
 これも本書によると、軍事オタクの多くは戦闘機や戦車などの「装備」にこそ興味があり、それに詳しいそうだ。しかし著者は、「装備」以上にそこにいる「人」に興味を持ち、取材をすることで詳しくなったのだろう。やはり、こんな本は世界中で著者にしか書けない。

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光の帝国 常野物語

書影

著 者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:1997年10月30日第1刷 2000年6月13日第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この本は、liquidfishさんに「暖かい、懐かしいような感じ」と薦めていただいて読みました。liquidfishさん、良い本を教えていだたいて感謝。

 「常野」とは、地名ではなくある一族の名前。一族の名前と言っても、全員が同じ姓をもつ血族ではなく、かつては共同体として生活していた人々の子孫たちだ。かれらを結び付ける共通点は、それぞれが常人にはない能力を持っていることだ。
 ある家系は、目にしたもの読んだもの全てを記憶することができる、別の家系は、未来を見ることができる、また別の家系は、遠くで起きている事柄を聞くことができる...といった具合だ。
 そして、本書は、今は全国に散って普通の人々の生活に馴染んで暮らしている、そういった特別な能力を持った人々の出来事を、様々な視点から綴った連作短編集だ。

 正直に言えば、この本にはしてやられた。「暖かい、懐かしいような感じ」と聞いていたし、最初の作品がその特殊な能力を使って、理解し合えずに死に別れた父と子を結びつける、いわゆる「泣かせるイイ話」で実際泣けたので、「感動する態勢」(そんな態勢があるとすればだが)で読んだ。しかし、そんな思いはあっさりと裏切られてしまった。
 2つ目、3つ目..と読み進めるうちに、どうも雲行きが怪しいことに気が付いた。「泣かせるイイ話」ばかりではない、それどころか相当ツライ話もあり、読み終わってあまりの救いのなさに呆然としてしまったこともあったぐらいだ。

 そう、私のような特別ではない人間は特別な能力にあこがれ、そのような力があればさぞかし人生が楽しいだろうと思う。しかし、「他の人とは違う」ということは、周囲の悪意を買うこともあれば、自らを深く傷つけることさえある。
 本書は、常野の人々の暮らしだけでなく、その苦悩や悲しい歴史をも生々しく描くことで、人間として幸せに前向きに生きることの尊さを際立たせている。
 「泣かせるイイ話」だと思って読んでいると、途中で読むのがつらくなるかもしれないが、それでも最後の1編まで通読してもらいたい。「暖かい、懐かしいような感じ」になれると思うので。

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