27.三浦しをん

まほろ駅前狂騒曲

著 者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2013年10月30日第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「まほろ駅前多田便利軒」「まほろ駅前番外地」に続くシリーズ第3弾。舞台と登場人物は、これまでの2作でお馴染みの場所と人々だ。

 物語は、主人公の多田が営む便利屋「多田便利軒」に、高校時代の同級生の行天が転がり込んで、3年目を迎える正月から始まり、その年の大晦日で終わる。級生と言っても友だちではない。会話したことすらない。これまでの2年間と同様、多田は行天の言動に振り回されっ放しだ。

 今回は、「家庭と健康食品協会(略称:HHFA)」という無農薬野菜を販売する団体、バス会社の間引き運転の監視に執念を燃やす「多田便利軒」の常連客、多田が預かることになった4歳の少女の「はる」らを中心に騒動が巻き起こる。そして何と、多田にはロマンスの種が...。(星くんって、いい人だったんだね。)

 多田も行天も、自由に飄々と生きているように見えるが、実は過去の出来事によって精神にダメージを受けている。著者は、本書を「完結編」のつもりで書いたそうだ。そのためなのだろう、彼らの(特に行天の)ダメージの原因が語られ、その救済が描かれている。

 「完結編」ということだが、この終わり方で多田と行天がこのまま大人しくしているはずがない。著者もインタビューで「……どうですかね(笑)」なんて答えている。続編を希望。

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著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2013年10月25日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、2006~2007年に「小説すばる」に掲載された作品を、2008年に単行本として刊行し、さらにそれを文庫化したもの。

 巻末の吉田篤弘さんによる解説にの冒頭に、「さて、読み終えた皆様、まずは声を揃えて「まいったなぁ」と言い合いましょう」とある。吉田さんの意図とは若干意味合いが違ったが、読み終えた後の私の第一声はまさに「まいったなぁ」だった。

 著者の三浦しをんさんは私の大好きな作家さんで、最近のものに偏っているけれど、小説とエッセイを合わせて十数冊の作品を読んだ。そのほとんどが「明るく前向き」な空気が包んでいたので、そんな物語を想像していた。人間の内面をこんなに黒々と見せる作品だったとは..。

 章ごとに主人公が何人か入れ替わる。1人目は、美浜島という人口271人の島に住む中学生の信之。信之が主人公の第一章は、島ののどかな景色と暮らしから始まる。しかしその島を大きな災害が襲う。それは島の住人のほとんどの命を奪うほどの荒々しいものだった。

 その災害のさ中にもう一つの事件が起きる。信之は同級生の美花を助けるために、「そいつを殺して」という声にしたがって人を殺めてしまう。島を襲った災害とこの事件とは、信之から確実に何かを失わせてしまった。

 第二章以降はそれから20年後の物語。信之の妻の南海子(なみこ)と、信之の美浜島時代の年下の幼馴染の輔(たすく)、それから信之の3人が入れ替わりで主人公となる。災害と事件は信之らの人生を変えてしまっただけでなく、その後の人生にまで重くのしかかる。

 数多くの「悪意」が描かれる。信之や輔の「悪意」も描かれるが、それは「敬慕」やら「憐憫」やらが入り組んだ「屈折」を伴うもので、100%の「悪意」とは違う。しかし、それが折り重なることで、100%の「悪意」よりもさらに醜悪な姿を見せる。

 出版社のWebサイトに、単行本刊行時のインタビューが載っている。「何作か明るい作品が続いていたので、"当然、そうじゃない部分も当然あるよ"と作品という形でお見せできてよかったです。」とのことだ。

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政と源

著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2013年8月31日 初刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 最近は、出す作品が必ずと言っていいほどヒットする著者の最新作。

 タイトルの漢字2文字は2人の主人公の名の1文字ずつだ。有田国政と堀源二郎。2人とも御年73歳。墨田区Y町という荒川と隅田川に挟まれた町で共に暮らしてきた。「幼馴染」という言葉で表すにはあまりに長い付き合い。
 気心の知れた2人だけれど、その生い立ちはずいぶん違う。国政は銀行員として定年まで勤め上げた。言わば堅い人生。源二郎は子どものころに「つまみ簪(かんざし)」職人に弟子入り。以来その道一本で来た職人。傍から見ると「自由人」そのものだ。

 物語は6章からなり。夏から少しずつ季節が移ろって翌年春までの、1年足らずの期間の出来事をつづる。途中で挿入される2人の子供時代のことや、それぞれの結婚にまつわるエピソードが、現在の2人の関係に通じていて、しみじみとさせられる。

 「しみじみ」の一方で、突然「笑いのツボ」を刺激されて、呼吸困難に陥る。主な原因は源二郎の言動にある。冒頭の葬儀のシーンで登場した源二郎は、禿頭の耳の上に僅かに残った頭髪を「真っ赤」に染めている。こんな「自由な」源二郎が大真面目にやるあれこれが面白すぎる。

 73歳になってもつまらないことで喧嘩をしたり拗ねたりと、子どものようだ。2人の境遇はそれぞれに寂しさを抱えている。それでも願わくば、このような年寄りになってみたい...

 第1章の扉絵を見て「じいさん萌えかよ!」と声が出た。少女漫画のイケメンキャラのようなじいさんが2人。カッコよすぎる。
 そうそう「つまみ簪」がわからない人は、Yotubeで「つまみ簪」と検索するといくつかの動画が表示されるので、見てみるといいと思う。

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神去なあなあ夜話

著 者:三浦しをん
出版社:徳間書店
出版日:2012年11月30日 初刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「お仕事小説 林業編」の「神去なあなあ日常」の続編。主人公の平野勇気が、架空の読者に向かって綴る手記の体裁を取った、7つの短編からなる連作短編集。

 勇気は、高校卒業後に母親と先生に謀られて、三重県の山奥の神去村に放り込まれて林業に携わり、曲折はありながらも村で1年間を過ごした。その間に勇気の心には、村と林業への愛情が芽生え、村の方も勇気を受け入れるようになった。と、ここまでが前作の内容。

 今回は勇気が、神去村の起源となる伝説や、居候先のヨキとみきの夫婦のなれそめ、村のお稲荷さんの言い伝え、そして20年前の痛ましい出来事などを、親しい人たちから聞く。もちろん前作から引き続き、勇気と彼が慕う年上の女性である直紀さんとの関係の進展も描かれる、居候先のシゲばあちゃんのユーモアも健在だ。

 昔語りが多いこともあって、物語を一つづつ静かに積み上げる感じだ。前作にあった、オオヤマヅミさんという山神を祭る大祭のような盛り上がりはない。しかし、その抑え目な調子に、二十歳になった勇気の成長を感じるし、山村の日常にも合っていると思う。

 前作の物語が、勇気の神去村の「現在」の体験だとすれば、本書は、勇気が神去村の「過去」あるいは「記憶」に触れる体験だと言える。小さな村の社会は共通の「記憶」が積み重なって出来上がっている。今回の体験は、勇気が村の一員となるために必要なことであったし、村が勇気に懐を開いた証でもあると思う。

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本屋さんで待ちあわせ

著 者:三浦しをん
出版社:大和書房
出版日:2012年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 讀賣新聞の「読書委員」を務めておられた著者による「書評集」。讀賣新聞の他に日経新聞などに書いた記事が約80本と、「東海道四谷怪談」についてのエッセイを12本、さらに「おわりに」に20本あまりの本の紹介が収録されている。「一日の大半を本や漫画を読んで過ごしている(本人談)」というだけあって、膨大な読書量が伺える。

 率直に言って肩すかしを食った気持ちがした。先日紹介した「お友だちからお願いします」のことを、著者は「よそゆき仕様」と言っていたが、本書はさらに改まった感じ。前書と違ってニヤニヤするところはほとんどなかった。つまり私は、ニヤニヤやゲラゲラを期待していたわけだ。(「おわりに」でBLをまとめて紹介しているのが、著者らしいのだけれど、私はBLには興味がないので)

 作家が他の人の本を評するのは難しいのかもしれない。「ピンとこなかったものについては、最初から黙して語らない」そうなので、悪くは書かないまでも、面白可笑しく評してしまうのも不謹慎かもしれないし。100を優に超える紹介作品の中に、小説がわずかしかないのも、同業者の難しさ故かもしれない。

 とは言え、本書は「書評集」だ。そもそもニヤニヤやゲラゲラを期待すべきものではない。本書は「ブックガイド」としては私には有益な本だった。「東海道四谷怪談」をちゃんと読んでみようと思った。そして何よりも紹介されているのが、読んだことがないどころか、聞いたこともない本ばかりなのだ。「読みたい本リスト」に何冊も書き加えることになった。

 ※本書と「お友だちからお願いします」はセットなようだ。両方の素敵な装画を手がけたのは、イラストレーターのスカイエマさん。表紙の絵を並べて見ると、そこに物語が立ち上ってくる。

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お友だちからお願いします

著 者:三浦しをん
出版社:大和書房
出版日:2012年8月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「お友だちからお願いします」。タイトルのこの言葉を見て、私がまっ先に思ったのが「ねるとん紅鯨団」という、20年以上も前のテレビ番組のことだ。「お願いします!」-「お友だちからなら」というやり取りに、何の関係もない私もちょっと嬉しくなった。この言葉は、幸せなハニカミと結びついているのだ。(「何のことか分からん」という方もいるだろう。ゴメンナサイ。)

 本書は著者が2006年から2012年にかけて、新聞や雑誌などから依頼を受けて書いたエッセイ95編を収めたエッセイ集。著者の小説は好きで何冊か読んでいる。そしてエッセイが面白いことは聞き知っているのだけれど、これまで読む機会がなく、本書が私にとって初めてのしをんさんのエッセイ。

 「はじめに」によると、「ふだん「アホ」としか言いようのないエッセイを書いている」著者にとっては、依頼をいただいて書いた本書の作品は「よそゆき仕様」なのだそうだ。本書は「お友だち未満」の人に向ける少しすまし顔の本。そして「お友だち」から先への期待という、冒頭に書いたような幸せなハニカミを感じる本でもある。

 このように紹介すると、生真面目な印象が漂う。でも、「よそゆき仕様」からも滲み出る(著者は「地金」が出るとおっしゃっている)ものがあり、私は95編のほとんどでニヤニヤしっぱなしだった(おかげで家族から何度も変な目で見られた)。「よそゆき仕様」でこんなことを書いてしまうなんて、ふだんのエッセイはどんなものなのだろう?

 著者の作品のファンにはちょっと嬉しいこともある。「風が強く吹いている」「神去なあなあ日常」「仏果を得ず」などの作品の裏話的なエッセイもあるのだ。そして私は、新幹線で「京都あたりでお昼に食べよう」と買ったヒレカツ弁当を、品川に停車中に箸を付けてしまうしをんさんが好きになった。お友だちになりたい(その先は、ちょっと...)。

(2012.11.18 追記)
この本と1セットになる「本屋さんで待ちあわせ」も読みました。表紙の絵を並べて見ると、物語が立ち上がってきます。

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木暮荘物語

著 者:三浦しをん
出版社:祥伝社
出版日:2010年11月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 祥伝社の「Feel Love」という小説季刊誌に掲載された連作短編7編を収録。ちなみに「Feel Love」のキャッチコピーは「100%恋愛小説誌」。

 著者の作品は最新刊の「舟を編む」をはじめとして、「風が強く吹いている」「神去なあなあ日常」「仏果を得ず」と、他人にもおススメできる爽やかな作品が沢山ある。しかし本書は、他人におススメするのは微妙な、なんとも評し難い作品だった。70歳を過ぎた男性がデリヘル嬢を呼ぶ物語を、どんな顔をして薦めればいいのだ?

 もちろんこの男性の話は7編あるうちの1編にすぎない。しかし他の短編も、柱に〇〇〇(←自粛)の形のものがはえてくるとか、階下の部屋を覗くとか、道を外れた感じの物語が並んでいる。そう言えば、「きみはポラリス」も「普通ではない」恋愛短編集だった。著者が描くと「恋愛」はこんなにバリエーション豊かになるのだ。

 舞台の中心は、小田急線世田谷代田駅近くにある、木造二階建ての古ぼけたアパート「木暮荘」。住人は、大家の木暮、花屋に勤める坂田、外食チェーンの社員の神崎、女子大生の光子の4人。彼らと彼らを取り巻く関係者が順番に物語の主人公になる。

 上に書いたことで何となく分かるかと思うが、語られているのは主人公たちの「性」にまつわる物語。それもちょっと変化球。部分的にはエロ小説かと思う場面もあるが、読み終わって振り返えると別の思いが残っている。東京の私鉄沿線の、真面目で(はないかもしれないけれど)善人の人々の暮らしが、切なく慎ましく微笑ましい。

※著者の最新作で本屋大賞受賞作品「舟を編む」の映画化が決まったそうです。
 主演は松田龍平さん、共演は宮崎あおいさん。宮崎あおいさんは、「天地明察(2010年大賞」「神様のカルテ(2010年2位)」に続いての本屋大賞作品でのヒロイン役。(ついでに「陰日向に咲く(2007年8位)も)本屋大賞女優と言って差し支えないでしょう。

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まほろ駅前番外地

著 者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2009年10月15日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「まほろ駅前多田便利軒」の続編。前作は、2006年上半期の直木賞を受賞し、昨年4月には、瑛太さん、松田龍平さんの主演で映画化されている。そして本書も、テレビ東京でドラマ化され、来年放送される予定。しかも、キャストは映画と同じ2人が務めるそうだ。これは楽しみ。

 主人公は、多田啓介と行天春彦。多田は、まほろ市という架空の街(一説によると町田市がモデルらしい)の駅前で「多田便利軒」という便利屋を営む。行天は、多田の高校時代の同級生。特に多田と仲が良かったわけでもないのだけれど、「多田便利軒」の助手として居候している。

 助手としての役にほぼ立っていない行天を筆頭にして、この物語の登場人物たちは、端役に至るまで個性が豊かだ。ヤクザまがいの青年、ちょっとボケ気味なおばあちゃん、妙に大人びた食えない小学生の少年、バスの間引き運転の証拠をつかむことに執念を燃やす老人...。

 実は彼らは、前作にも登場している。本書は7つの短編からなる短編集なのだけれど、その内の4編は、前作で登場した彼らの物語なのだ。個性豊かな登場人物たちだし、それぞれにファンもいるようだ。1回登場させただけではもったいない。
 つまりこの4編は、前作の読者へのボーナストラックのようなものだ。「続編」と書いたが、タイトル中の「番外地」が醸し出すように「番外編」でもあるのだ。

 他3編を含めた7編の中で、「食えない小学生」の田村由良くんの話「由良公は運が悪い」が、私は一番楽しめた。家族で公園に行く予定の休日に、両親の都合が急に悪くなった。一人で出かけて友だちを呼び出そうと取り出した携帯電話が電池切れ...。「運が悪い」ことが続いたが、極めつけは「行天と出会ったこと」。でも由良くん、けっこう楽しかったよね。

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シティ・マラソンズ

著 者:三浦しをん、あさのあつこ、近藤史恵
出版社:文藝春秋
出版日:2010年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、スポーツ用品メーカーのアシックスの「マラソン三都物語」というプロモーションで、3人の人気女性作家がそれぞれ書き下ろした短編を収録したもの。その3人というのは、三浦しをんさん、あさのあつこさん、近藤史恵さん。これは贅沢だ。

 「三都物語」の「三都」とは、ニューヨーク、東京、パリの3つ。それぞれで毎年3万5~6千人もの市民ランナーが参加する、シティマラソン大会が催されている。三浦さんが「ニューヨークシティマラソン」あさのさんが「東京マラソン」、近藤さんが「パリマラソン」。それぞれのマラソン大会を題材にした物語を書き下ろしている。

 マラソン大会当日を描いたのは、三浦さんだけ。主人公を大会の参加者にしなかったのは、あさのさんだけ。主人公が陸上経験者じゃないのは、近藤さんだけ。三者三様だ。しかし、共通するものも見える。それは「回復」の物語だ。

 3人の主人公たちは、それぞれ挫折を経験している。いや、それは挫折とも言えないかもしれない。人生のどこかに置き忘れてしまったもの。そこの部分には穴が空いているので、本人もそうと気づかないけれど満たされない思いが募っている。そんな感じ。

 その穴がマラソンに関わることで埋められる。きっと「走る」ということは、人間の欲求や感情と深く結びついているのだと思う。小さな子どもたちを広い場所に連れて行くと、意味もなく駆け出すのは、それが気持ちいいからだ。

 そう、元来「走る」ことは気持ちいい。タイムや順位に拘れば辛いことが多くなる。しかし3万5千人もの参加者の多くは、気持ちよさを求めて集うのだろう。ネットには各大会の優勝記録が載っているけれど、記録には残らない何万何十万もの参加者と、その周辺の一人ひとりに物語があることを、本書は教えてくれる。

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舟を編む

著 者:三浦しをん
出版社:光文社
出版日:2011年9月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 前回の「くちびるに歌を」に続いて、本書も今年の本屋大賞ノミネート作品。

 駅伝に林業に文楽と、誰もが知っているけれど、多くの人は良く知らない世界を活写してきた著者が、今回描いたのは「辞書」。日本人で一度も辞書のお世話になったことのない人はいないんじゃないかと思う。しかし、辞書がどう作られるのかを、知っている人は少ないだろう。

 舞台は、玄武書房という出版社の辞書編集部。「大渡海」という新しい辞書を作ろうとしている。何十万語(「大渡海」は23万語)もについて、正確かつ納得のいく説明と用例を、一つ一つ決めていくのだから、10年なんかではとても無理。しかも「言葉は生き物」だから、日々の生活の中での「用例採集」も欠かせない。辞書を新しく作る、ということは、生活や場合によっては半生を捧げるような一大事業なのだ。

 まぁそんな仕事だから「変わり者」にしか務まらないのかもしれない。登場人物の多くが「変わった人」だ。本書は章ごとに主人公が何人か入れ替わる。その主人公の一人の女性が、初対面の「感じのいいひと」と言葉を交わして、「ああ、このひとも変人なんだ。まことに残念だ」と思うところが印象的だった。

 取り分け変わっているのが馬締光也、四捨五入すれば30歳だ。古びた木造アパートで書物に埋もれて暮らし、「あがる」と「のぼる」の違いを考えるのに没頭して、目の前で今まで話していた人の存在を忘れてしまう。さらに言えば彼が忘れてしまったのは、なんと彼の意中の人で、彼女には「謹啓」から始まる便箋15枚ものラブレター(本人は「恋文」と呼ぶ)を書いた。

 馬締の言葉に対する熱意というか執着は、辞書の編集に向いていて、天職とも言える。しかし、入れ替わりで登場する章ごとの主人公たちが、必ずしも馬締のように辞書の編集に向いているわけではない(少なくとも本人はそう思っている)。しかしその全員が、いや他の登場人物も殆どが、名前が付いていないアルバイトでさえ、与えられた立場と役割を精一杯全うしようとする。その姿が本書に勢いと清々しさを与えている。

 ちなみに「舟を編む」というタイトルは辞書の名前の「大渡海」と同様に、「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために、ひとは辞書という舟に乗る」という思いから来ている。
 私もブログの記事を書くときに、必ずと言っていいほど辞書のお世話になっている(紙の辞書ではなくネット辞書だけれど)。思いを的確に表す言葉を探すために。それは見つかったり、結局見つけられなかったりするけれど。

(2012.7.14 追記)
本書の映画化が決まったそうです。主演は松田龍平さん、共演は宮崎あおいさん。宮崎あおいさんは、「天地明察(2010年大賞」「神様のカルテ(2010年2位)」に続いての本屋大賞作品でのヒロイン役。(ついでに「陰日向に咲く(2007年8位)も)本屋大賞女優と言って差し支えないでしょう。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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