2K.原田マハ

フーテンのマハ

書影

著 者:原田マハ
出版社:集英社
出版日:2018年5月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「サロメ」「たゆたえども沈まず」。史実を巧みに取り入れた「アートミステリー」作品で異彩を放つ著者の、紀行文&エッセイ。

 タイトルの「フーテンのマハ」は著者の自称。「人生で失くした途方に暮れるものは何か?」と訊かれたら迷わず「旅」と答えるほど、旅が好きで、移動が好きだそうだ。小学校二年生の時に「男はつらいよ」を観て、それ以来、寅さんが憧れ。それで「フーテンのマハ」。

 行先を決める以外は事前に準備をしない、旅先では忙しく観光やショッピングをしたりしない、そういう旅が著者はお好みらしい。キュレーターなので「(特定の)絵を見に行く」旅もあるけれど、本書を読む限りは「おいしいものを食べる」が、旅の目的になることが多いようだ。

 著者の行き先と食べたものを並べてみると、「青森で「奇跡のリンゴ」のスープ」「金沢で蟹炒飯」「能登半島の穴水でカキ(を食べまくり)」「高松でうどん」「大阪の北新地で餃子」「高知でも餃子(桂浜も坂本龍馬の生家も行かずに)」「中国の西安でも餃子(餃子の発祥の地らしい)」。著者は殊のほか餃子が好きらしい。

 すごく楽しめた。語り口がユーモアたっぷり、いやいや語られるエピソードがそもそもユーモアたっぷりだ。冒頭から間もないところで紹介される「やってしまったヘンな買い物目録」なんて、最高に面白い。ニューヨークで買った乾電池とか、ケニアで買った太鼓とか、岐阜で買った「須恵器」とか。

 その他に「たゆたえども沈まず」を描くためのゴッホの取材の話や、デビュー作「カフーを待ちわびて」につながる出会いの話などもあって、著者の作品の読者なら間違いなく興味をそそられる。そんなエッセイを多数収録。おススメ。

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たゆたえども沈まず

書影

著 者:原田マハ
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者はフリーのキュレーターで、その美術の知識を生かした作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」ではアンリ・ルソー、「暗幕のゲルニカ」ではパブロ・ピカソ、「サロメ」ではオーブリー・ビアズリーを題材に、史実を巧み取り入れた物語に仕上げている。そして本書の題材は、フィンセント・ファン・ゴッホ。

 主人公は、ファン・ゴッホの弟のテオと、パリで日本美術を扱う美術商の専務である加納重吉。舞台はパリ。時代は1880年代後半から90年にかけて、ファン・ゴッホが亡くなるころまで。ちなみに、ファン・ゴッホの評価が確たるものになるのは没後なので、本書の中では、高く評価する人はいるものの、まだ日の目を見ない時期。

 主人公のテオはパリの画廊で働いていた。兄のフィンセントも、かつてはその画廊で働いていたが、曲折があって今はベルギーに滞在して聖職者を目指している。もう一人の主人公の重吉は、学校の先輩の林忠正が美術商を営むパリにやってきた。忠正は単身渡仏して美術商を興し、目下パリの美術市場に「ジャポニズム」という名の嵐をもたらす風雲児となっていた。

 物語はこの後、いわば商売敵であるテオと重吉の「親友」と呼ぶに相応しい交流、テオの献身的な支えによって絵に打ち込むフィンセント、この兄弟の日本美術とりわけ浮世絵への傾倒、これらに対する忠正の影響、等々を描く。美術に対する知識と優しさをふんだんに織り交ぜて描く。

 これは面白かった。読み応えがあった。繰り返しになるけれど、本書は「史実を巧み取り入れたフィクション」。どの部分が史実でどの部分がそうでないかは、私には分からない。ただ重吉は架空の人物らしいが、その他の主要な人物は実在している。背景となる出来事などは多くが史実。本書を読めば、ファン・ゴッホや印象派以降の美術に詳しくなって、興味が湧くこと必定だと思う。

 また、著者の一連の作品は「アートミステリー」と位置付けられていて、ミステリーの要素があったが、今回はそれがない。インタビューで著者自身が「今回は、ミステリーやホラーといったジャンルの要素を極力排してみました。直球勝負の物語が読者に届くと本望です」と応えている。著者はズシンとくるいい球を投げた。

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サロメ

書影

著 者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2017年1月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 まず、タイトルの「サロメ」について。「サロメ」というのはアイルランド出身の作家オスカー・ワイルドが1891年に書いた、新約聖書の一節を元にした戯曲の名前。まずフランス語で書かれたが、3年後に英訳版が出版される。その挿絵にイングランド出身の画家オーブリー・ビアズリーのペン画が使われている。

 最初に「サロメ」についての説明を書いたのは、本書がこうした史実に基づいたフィクションだからだ。著者の原田マハさんはフリーのキュレーターで、同様の美術作品にまつわる虚実ないまぜになった作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」。どちらもとても面白い。

 物語の大半は、オーブリー・ビアズリーの姉、メイベルの目を通して描かれる。オーブリーの絵の才能を誰よりも評価し、献身的に支える姉として。オーブリーがオスカー・ワイルドに出会い、評価される現場にも傍らで立ち会い、オーブリーがオスカー・ワイルドに魅入られていく様も、その目で見て心を痛めた。歓喜の瞬間を経て破滅へと向かう物語だ。

 表紙にオーブリー・ピアズリーその人が描いた「サロメ」の一場面の絵が使われている。オーブリーが描く絵には、物語の中で「微細」「緻密」「圧倒的」「豊穣」「異端」「狂気」などとたくさんの形容詞がついてる。実物を見て、それが意味するところが分かる。そして、物語自体もその絵のように妖しく破滅的な雰囲気が満ちている。

 上に書いた他の2作にも共通する特徴なのだけれど、本書には現代の研究者が登場する。オーブリー・ビアズリーとオスカー・ワイルドを、それぞれ研究する男性と女性。芸術家と研究者のそれぞれの時代の物語が交差する。今回は研究者の時代のパートが控えめだけれど、この構成の工夫は著者の持ち味となっている。

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楽園のカンヴァス

書影

著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2012年1月20日 発行 2013年1月15日 21刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞第6位の「暗幕のゲルニカ」の著者による2012年の作品。こちらは山本周五郎賞受賞作で、本屋大賞は第3位だ。著者は、デビュー11年で小説作品が40作あまりという多作な作家だ。その中で「暗幕のゲルニカ」と本書には多くの共通点がある。

 主人公はティム・ブラウン。30歳。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のアシスタント・キュレーター。彼の元に上司のチーフ・キュレーター宛の手紙が誤って届く。上司の名前はトム・ブラウン。差出人がタイプミスをしたらしい。その手紙には「アンリ・ルソーの未発見の作品の調査をしてもらいたい」と書いてあった。

 ティムは上司のトムに成りすまして、調査を依頼してきた「伝説のコレクター」の元に駆けつける。そこにはティムと同じように調査を依頼されたもう一人の研究者、オリエ・ハヤカワが居た。二人でそれぞれ真贋の判断と講評を行って、より優れた講評をした方に、「取り扱い権利」を譲渡する。依頼の意図はそういう趣向のゲームへの参加だったのだ。

 これは面白かった。ちなみに私は4月に本屋大賞の予想をした時に、「暗幕のゲルニカ」を「大賞」と予想している。その「暗幕のゲルニカ」とも甲乙をつけ難い。

 「多くの共通点がある」と先に書いた。それは例えば両作品とも、絵画を巡るアートミステリーであること、異なる時代を行き来してストーリーが進むこと、異なる時代は一見すると断絶しているけれど、実はつながりがあること、などなど。そして何よりも読者を絵画の世界に引き込むこと。

 実は、ティムの元に件の手紙が届くのは第二章で、物語のプロローグともいえる第一章が、(当たり前だけれど)それより前にある。そこは、第二章の17年後の日本、早川織絵(オリエ・ハヤカワ)が倉敷の大原美術館で監視員として登場する。そして、ティム・ブラウンはMoMAのチーフ・キュレーターになっている。この第一章の存在が、物語を数段面白くしている。満足。

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暗幕のゲルニカ

書影

著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2016年3月25日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。この著者の作品を読むのは初めて。読んだことはないけれど「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」という作品の名前は知っていた。

 主人公は2人の女性。一人は八神瑤子。40代。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターだ。もう一人はドラ・マール。物語の初めは20代後半。芸術家、写真家、そしてパブロ・ピカソの愛人。物語は瑤子が生きる2001年から2003年と、ドラが生きる1937年から1945年を、響きあうようにして交互に描く。

 2001年の米国同時多発テロ事件「9.11」で、瑤子は最愛の夫を亡くす。その後、米国は対テロ戦争に突き進んでいった。「アメリカこそが正義」と言って。MoMAで「マティスとピカソ」という企画を進めていた瑤子は、企画を「ピカソの戦争」と改める。戦争の愚かさを訴えるために。ピカソがゲルニカを描いて戦争を糾弾したように。

 ドラのパートは、スペイン内戦から第二次世界大戦に至る時期、ピカソがゲルニカを描いた、まさにその時を克明につづる。「ゲルニカ空爆」は、ピカソの祖国スペインで起きた、史上初の無差別爆撃。それに怒ったピカソがゲルニカを描く。それは絵画によるピカソの戦いだった。

 これは面白かった。すごく楽しめた。巻末に「本作は史実に基づいたフィクションです」と書いてある。物語の骨格が「史実」で構築されている。だから本当にあったような臨場感がある。著者はMoMAに勤めていたこともある現役のキュレーター、その意味でも説得力がある。

 私にとって「9.11」は「同時代の出来事」。キナ臭くなってきた現在ともつながっている。それに対してスペイン内戦や第二次世界大戦は「教科書で習った出来事」。この二つの間には分断があった。本書も瑤子のパートとドラのパートにも最初は分断があった。

 それが一人の登場人物が、どちらパートにも登場することによってつながる。私の中でもスペイン内戦から現在までが地続きになった。考えてみれば第二次世界大戦と「9.11」は60年も離れていないのだ。ピカソが怒りまくって糾弾した戦争は、残念ながら世界からなくなる気配がない。

 最後に。タイトルにある「暗幕」は、形を変えて何度か登場する。「暗幕は何かをその後ろに隠す。しかし時として「隠す」ことによって、その後ろにある何かが持つメッセージを、より強く意識させてしまう。皮肉なことに。

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