2O.森沢明夫

ぷくぷく

書影

著 者:森沢明夫
出版社:小学館
出版日:2019年12月2日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 金子みすゞさんの「みんなちがって、みんないい」を思い出した本。

 著者の作品は、人と人との結びつきの大切さが描かれていて、私はとても好きだ。「虹の岬の喫茶店」「キッチン風見鶏」「たまちゃんのおつかい便」。まだ読んでない作品を見つけたので手に取ってみた。

 主人公は、なんと琉金のユキちゃん。イズミという24歳の一人暮らしの女性の部屋で飼われている。夏祭りの金魚すくいで、イズミが何度もすくい損ねたあと、金魚すくいのおじさんに「この子がいい」と無理を言ってもらってきた。

 ユキちゃんは哲学的なことも考える。

 「勝つことも負けることもできず、受け取るだけで与えることができないまま、ひたすら続いていく未来。その茫洋とした未来を自力では変えようがないことに思い至ったとき、ボクはかすかなめまいを覚えていた」とか。

 物語は、ユキちゃんの目を通して見える、イズミの暮らしの喜びや哀しみを描く。例えば、どうやらイズミに恋人ができたらしく、上機嫌で二人分のお弁当を作る様子とか。例えば、朝アラームが鳴っても起きられず、そのまま布団の中に潜り込んで、元気なく昼頃まで過ごしてしまう様子とか。

 元気がない様子も含めて、ほのぼのとした20代の女性の暮らしをちょっと覗き見する、という趣向かと思っていた。そうしたら、思いのほか心の深い部分に抱えたものが明らかにされて、たじろいでしまった。金魚鉢の中のユキちゃんの「孤独」ともシンクロする部分があって、ますます奥深くなっていく。

 冒頭に「人と人との結びつきの大切さ」を書いたけれど、それは本書でもそうで、イズミにはチーコという親友がいて、彼女の果たした役割がとても大きい。こんな友達がいてうらやましい、と思った。

 最後に。チーコの言葉を引用。

 「わたしね、思うんだ。「違い」と「嫌い」は、まったくの別モノで、絶対にイコールじゃないって

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たまちゃんのおつかい便

書影

著 者:森沢明夫
出版社:実業之日本社
出版日:2016年6月15日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 海辺の町の磯の香りや、そこで暮らす人々の温かさを感じた本。

 著者の作品は「虹の岬の喫茶店」「キッチン風見鶏」を読んだ。どちらもとても良かった。

 主人公は葉山珠美、親しい人からは「たまちゃん」と呼ばれている。20歳。青羽町という海辺の町の出身。翡翠色の清流の青羽川が作った扇状地で、紺碧の海に面している。美しい所だけれど、頭に「ど」がつく田舎で、地元の人たちのつながりが濃密。実家は父の正太郎が営む「居酒屋たなぼた」。

 物語は病院から始まる。正太郎が腫瘍の切除手術を受けているからだ。手術の終わりを待つたまちゃんには、正太郎に言わないといけないことがあった。青羽町に戻ってきて起業しようと思っていること。そのために、通っていた都会の大学をもう辞めてしまったこと。起業して始めるのは、町のお年寄りに食品や生活用品を届ける「移動販売」だ。

 この後物語は、無事に父の了解と後押しを受けて、たまちゃんが移動販売の「たまちゃんのおつかい便」を始めて軌道に乗せていく様を描く。

 たまちゃんの周辺の人々がいい。父の正太郎、継母のシャーリーン、祖母の静子、その友人の千代子、たまちゃんの同級生の壮介、おなじく同級生の真紀、真紀の姉の理沙、移動販売の師匠の正三、お客さまの初音...。みんないろいろある。例えば、真紀は引きこもりだし、正三は元やくざだし、シャーリーンはフィリピン人だ。(フィリピン人だからなんだ?外国人差別か?と思われるかもしれないけれど、この設定は本書に欠かせないものになっている。)

 たまちゃんのすごいところは、たまちゃんが「たまちゃんのお使い便」を始めたことで、上にあげた全員の暮らしが、よい方向に変わったことだ。それは著者のすごいところでもあって、たまちゃんを描くことで、たくさんの人の心情や暮らしまで描いている。秀作だと思う。

 正直に言って、冒頭でたまちゃんの起業の話が出た時には「そんな思いつきで始めてもうまく行きっこない」と感じたけれど、後でたまちゃんはけっこう周到だったことが分かる。なんだろう?この細かなリアリティは?と思っていたら、「あとがき」でモデルがいることが分かった。なるほど。

 心に残った言葉。わたしを夢見心地にさせたその声を、わたしは記憶のいちばん浅いところにタトゥーのようにしっかりと刻み付けておいた。

 「記憶の深いところに..」「心の奥の方に..」はよく見かけるけれど、「浅いところに..」は初めて(だと思う)。こういうことを意識的にできるといいなと思った、うれしかったこと、よかったことを、記憶の浅いところに刻んでおけば、すぐに思い出せる。

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キッチン風見鶏

書影

著 者:森沢明夫
出版社:角川春樹事務所
出版日:2018年6月18日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 以前に読んだ「虹の岬の喫茶店」が良かったことを覚えていて、著者の新刊が出ていたのを書店で見つけて手に取ってみた。

 物語の舞台は「キッチン風見鶏」という名の洋食屋。港町の長い坂道を9合目まで登って折れた路地の行き止まりにある。ここの従業員やお客さんなどの数人の視点が、長くても数十ページで入れ替わって、物語が進んでいく。

 その数人の一人が坂田翔平。24歳。「キッチン風見鶏」のアルバイトでウェイター。漫画家志望。あるマンガ雑誌の新人賞に応募して落選したばかり。翔平は実は「見える人」なのだ。幽霊が。このお店には、雨の日に幽霊が出る。翔平に訴えるように見つめてくる幽霊が。

 主要な人物をあと二人。一人は鳥居絵里。32歳。「キッチン風見鶏」の三代目のオーナーシェフ。プロファイリングが得意。お客の様子を見て、好みとか健康状態を当てて、料理の味を調整している。もう一人は、宮久保寿々。「港の占いの館」で占い師として働いている。実は彼女も「見える人」。相談者の守護霊と話せるので「外さない」。

 幽霊やら守護霊やらが出て来るけれど、怖くて背筋が冷える物語ではない。翔平の漫画の話、絵里と絵里に心を寄せるお客の話、余命宣告された絵里の母親の話、寿々と翔平の出会いの話、そして雨の日に出る幽霊の話。たくさんの物語が同時進行で進み、そのすべての基調にあるのは「誰かを思いやる心」だ。冷えるどころか心が温まる物語。

 最後に。心に残った言葉。「心のままに生きなさい

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虹の岬の喫茶店

書影

著 者:森沢明夫
出版社:幻冬舎
出版日:2013年11月15日 初版 2014年9月25日 13版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2012年にラジオドラマ化、2014年には「ふしぎな岬の物語」というタイトルで、本書を原作とした映画が、吉永小百合さん主演で公開されている。友達から借りて読んだ。

 岬の先端にある小さな喫茶店が舞台。その喫茶店は、半島にある国道のトンネルの出口の、ガードレールの切れ目の小道を行ったところにある。海を挟んで向かい側にも半島があって、その向こうに富士山が見える。(千葉県に実在する喫茶店がモチーフだそうだ)

 舞台をこんなに詳しく書いたのにはわけがある。ここから見た景色が、物語の重要なキーになっているからだ。繰り返し描写されるこの景色を、読者は思い浮かべながら読み進めることになる。(「実在する喫茶店がモチーフ」なんて知ったら、行って見たくなるだろう)

 全部で6章あって、それぞれで主人公が変わる。第1章は妻を亡くしたばかりの男、克彦と4歳の娘の物語。「虹さがしの冒険」に出かけて、この喫茶店に、そして店の壁にかけられた虹の絵にたどり着く。この絵と喫茶店の主の悦子に出会い、克彦の人生が少しだけ変わる。

 その後の各章も、この喫茶店に来た人々が主人公となる。それぞれにちょっとした問題や重荷を抱えている。そして、ここでの出来事によって、人生が少しだけ変わる。抱えた問題や重荷が解決するわけではない。けれども、大事な変化が起きている。

 章が進むごとに、この喫茶店と悦子のことも明らかになってくる。こんな辺鄙な岬の先端の喫茶店に、どうして悦子はいるのか?そこにはある願いがあるのだけれど、その願いは遂げられるのか?何人もの人生が交錯する物語を横軸に、悦子の願いを縦軸に、美しい海の景色を背景に、心温まる秀作。

映画「ふしぎな岬の物語」公式サイト

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