3.ミステリー

運命の書(上)(下)

書影
書影

著 者:ブラッド・メルツァー 訳:越前敏弥
出版社:角川書店
出版日:2008年1月31日初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は米国ではヒットを何作かモノにしていて、そこそこの人気作家であるらしい。日本では有名とは言えない、少なくとも私は寡聞にして本書を手に取るまで知らなかった。

 ストーリーは、8年前の米国大統領暗殺未遂事件から始まる。主人公は大統領の下級補佐官であるウェス。その暗殺未遂事件で流れ弾を受け、顔の右半分を損傷して、傷は目立たなくなって来たが神経は元に戻らなかった。
 その暗殺未遂事件で、次席補佐官であったボイルは、胸に銃弾を受け死亡してしまった。ボイルを大統領の車に乗せたのはウェスであり、彼はそのことで、許してもらうことのできない負い目を感じている。
 しかし、事件から8年後、マレーシアで整形したボイルに出くわし(褐色の瞳に薄青い斑点という目の特徴で気づいた)、事件の裏にある陰謀に感づいて協力者とともに真相を追ってゆく。

 それなりに面白かった。いわゆるノンストップ、ジェットコースターストーリー。ジャンル的にはポリティカルミステリーとでも言うのでしょうか、登場人物は、米国の元大統領とその側近たち、そして、CIA、FBI、シークレット・サービス。米国のテレビドラマが好んで使う配役だ。「ザ・ホワイトハウス」が大好きな私としては、「大統領次席補佐官」なんて人が出てくるだけで、ちょっとワクワクしてしまう。

 でも、「それなりに」面白かった、という言い方が表す通り、ちょっと評価としては微妙な感じだ。
 書名の「運命の書」から連想されるのは、1つは宗教的なウンチク本、またはそれを下敷きにしたミステリー。そうでなければ、例えば「中世に書かれた書物が発見され、そこには現代を見事に予言してあり、それによると近い将来...」、といった「○○の大予言」的なものかと思う。
 本書は、敢えて言えば前者にあたる。宗教的な狂信的殺人者が出てくるし、フリーメイソンの秘密や暗号解読めいたものもある。しかし、ほんの味付け程度の扱いで、本筋に関わってはこない。
 さらに、この位置づけの小説ですぐに思い浮かぶ本に「ダ・ヴィンチ・コード」があり、本書の宣伝でも「ダ・ヴィンチ・コードの次に読むべきもの」と謳われている。訳者が「ダ・ヴィンチ・コード」の訳者なので、こういうのもありなのかと思うが、あれを期待して本書を読んだのでは肩すかしをくらうだろう。買わせるための文句としては良いが、結果的に本書の評価を下げてしまうのではないか。本書は、あくまでも米国のポリティカルミステリーとして売った方が正解だと思う。

 タイトルや宣伝文句を、本の評価に含めて良いかどうかはわからないので、それらをヌキにしても、上下巻700ページ余りは長すぎた。せっかくスピード感があるのだから、もっとギュッと濃縮した方が楽しめたと思う。

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

アヒルと鴨のコインロッカー

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:東京創元社
出版日:2003年11月25日初版 2004年1月30日3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 東京創元社のミステリ・フロンティア第1回配本。「ミステリ・フロンティア」とは、東京創元社のWEBページによれば「次世代を担う新鋭たちのレーベル」ということで、本書は吉川英治文学新人賞を受賞している。つまり、新鋭作家として頭角を現しつつあったころの作品だ。

 新鋭という意気込みのせいか、物語にもとんがった感じが伝わってくる。登場する悪党は徹底してイカれてるし、暴力的にちょっと生々しいシーンもある。
 でも、著者の構成のうまさはこの作品でもうならせてくれる。後半を読んでいて「あれは、こういうことだったのか」と思い当って前のページを繰ると、実にうまく伏線として忍ばせてある。最初に読んだ時には全く別の意味合いを持っていたものが、後で浮かび上がってくる仕組みだ。
 先日、脚本家の三谷幸喜さんが、マジックのミスディレクションとドラマの脚本の伏線との類似性を新聞のコラムで書いていらっしゃったが、まさに、その通り。

 主人公は、この春大学生となってこの町(仙台かな?)にやってきた青年、椎名。彼が、アパートの隣人である河崎に、本屋の襲撃を持ちかけられるのが、本書の発端。
 しかし、本当の物語は2年前から始まり、椎名はその物語の最後の場面で途中参加しただけだった。2年前に、河崎と、彼の以前の交際相手の琴美、琴美の当時の彼氏であるブータン人留学生のドルジの3人が、ある事件に巻き込まれる。その3人の物語の果てに、椎名が遭遇した本屋の襲撃がある。
 ストーリーは、椎名を1人称とした現在と、琴美を1人称とした2年前の事件を行き来しながら、徐々に1つにより合されていく。上の4人以外にも登場人物が個性的で、最後まで物語を楽しむことができる。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

工学部・水柿助教授の日常

書影

著 者:森博嗣
出版社:幻冬舎
出版日:2001年1月10日第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 「ゾラ・一撃・さようなら」という本の著者の作品。前回読んだ「ゾラ~」がそんなに良くなかったのだけれど、それはハードボイルド系で、著者としては珍しい系統だったらしい。それで、もう1冊読んでみようと思って手に取ったのが本書。
 ところが、これがさらに珍しい系統だったということが、読んでいてわかった。そして前回よりさらに良くなかった。ミステリ作家さんのミステリ以外の本をまた選んでしまったわけで、迂闊なことこの上ない。反省。

 内容は、某国立大学工学部助教授の水柿先生の、特に劇的なことが起きるわけでもない生活が綴られている。奥さんの須磨子さんがミステリ好きなので、日常のちょっとした不思議を話して、奥さんに感心してもらうのが、水柿先生の喜びだ。しかし、須磨子さんの要求レベルは高く、先生が話す不思議の多くは奥さん的には失格なのだ。
 チョコチョコと小噺になりそうなエピソードがちりばめられている。ホテルの部屋で盗まれた教授のカバンが、数日後ホテルから忘れ物として届けられた。ホテルが盗難事件をしらばっくれているわけではない。その真相は?とか、大学の庭にできたミステリーサークルの謎、とかだ。
 まぁ、そこの部分はちょっとは面白い。でも、所々に著者自身がツッコミを入れて茶化しているところがあって(後述の「小説なのに伏字なのは変ではないか?」のように)、おちゃらけたヨタ話を聞いているようだった。全体としても退屈だったし。

 雑誌に連載したものを単行本にしたということだ。小説なんだけれど、大学の先生である著者の体験を聞いているような雰囲気が漂う。大学の名前がNやMやOと伏字なのはまだしも、何人かの名前だけがSとかHとかになっているのは、著者も言っているが、小説なのに変だ。これは部分的には実話だ、ということなのだろう。
 だから、著者のファンには面白いのかもしれない。好きな作家の素顔が少し垣間見えて。ただ、私には合わなかったようだ。これも著者自身が入れているツッコミの通り、「なんと、こんなのが本に?」「誰が買うんだ?」というのが、私の感想をうまく言い当てている。

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ゾラ・一撃・さようなら

書影

著 者:森博嗣
出版社:集英社
出版日:2007年8月31日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 図書館の本棚で気になっていた作家さん。何度か手に取って見たことはあるものの、その時々に他に読みたい本があったりして、初めて読んだのが本書。「よく出ている本」のコーナーにあった。この記事を書くに当たって書誌データを検索して、幅広く多作な作家であることが分かった。本書のようなハードボイルド系は、珍しいらしい。

 ストーリーは、探偵である主人公の頚城(くびき)悦男が、志木真知子という美しい女性から依頼を受けるところから始まる。「天使の演習」という美術品を、ある男から取り返して欲しいということだ。ある男とは元都知事で、彼は「ゾラ」という暗殺者に命を狙われているという。
 主人公の頚城の視点から書かれた事件の推移の中に、ほんの少しだけ真知子を一人称にしたページが挟まっている。それが互いの微妙な心理のズレを表現していて効果的だとも言えるし、完全にネタバレで推理の面白さを削いでしまっているとも言える。私はどちらかと言えば後者の感じ方が強かった。
 270ページと、多くはないページ数で、4章の起承転結を付けているわけでムリもないのだが、話の進展がストレートすぎる。主人公の仕事は1度も破綻することなく進んで、調子良すぎるし、登場する若い女性が揃って彼に好意を寄せるのはどうも不自然な気がする。

 読みやすさという点では申し分ないので、軽い読み物が欲しい時にはいいだろう。最初にも書いたが、著者は多作であり、本書は系統的には珍しい部類にあたる。他も作品ももう少し読んでみようかと思う。

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ゴールデンスランバー

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2007年11月30日発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 帯に「伊坂的娯楽小説突抜頂点」とある。宣伝文句に珍しくウソはなく、最新刊の本書は伊坂作品の(現時点での)頂点を極めたと思う。そのくらい他を圧倒して面白い。もちろん他の作品が面白くないわけではない。しかし、スピード感、良い意味で読者の予想を裏切るストーリー展開、巧妙な伏線と、著者渾身の作品を受け取った感じがする。

 ストーリーは、首相の暗殺事件に始まる。仙台でのパレードの最中に、ラジコンのヘリコプターを使った爆発で現職の首相が暗殺されてしまう。主人公は、その犯人に仕立て上げられてしまった男、青柳雅春。彼を取り巻く人々に、陰に日向に支援を受けて、警察の追及から逃げる、逃げる、逃げる。逃亡の記録がスリリングに、時にユーモアを交えてつづられる。
 五部からなる本作の、第四部が本編とも言えるこの逃亡記だが、第三部までに事件のあらましが紹介されてしまっているので、読者はある程度何か起こるかを知っていて読むことになる。正直言って、第四部読み始めのころは、こういった構成を恨んだ。何が起こるか分かっていて、それを確認するのでは何が面白いのかと。
 しかし、第四部を読み進めていてふと気が付いた。「もう夜中の2時だ。明日も会社に行かなければならないのに。」そのくらい引き込まれていたわけで、自分でも意外だった。

 構成の話で言えば、第三部はノンフィクションライターによる事件から20年後の調査書で、事件の後日談が紹介されている。面白い構成だとは思うが、伊坂作品の中には、時制が前後する作品が時々あるので、特に気にしていなかった。
 しかし、読了後にキアさんのブログ「活字中毒日記」の紹介を読んで、「もう一度第三部を読み返すと…」とあったので、私も読み返してみた。そうしたら、また別の発見があった。(これに気付いてすごく満足した。)著者は、この順番であれば読者が気が付かないかも、と知っていてこういう構成にしたのだろう。一本取られた。そして、キアさんに感謝。
 青柳雅春のその後の人生がどうなったか、読み終わってそれがわからない方は、もう1度、第三部を読むことをおススメする。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

フィッシュストーリー

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2007年1月30日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 表題の「フィッシュストーリー」の他、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「ポテチ」の4篇を収めた短篇集。
 伊坂幸太郎の作品を読むのは本書で4冊目。毎回、よく練られた展開と小気味いいトリックで楽しませてくれる。本書の4篇もそれぞれに仕掛けがあり、ウマい!という感じ。

 ストーリーを一番楽しむことができたのは「フィッシュストーリー」だ。フィッシュストーリーとは、ホラ話、大げさな話のこと。釣った魚のことは大体実際より大きめに言うことが、言葉の由来らしい。
 「僕の孤独が魚だったとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに鯨でさえ逃げ出すに違いない。」という一節から始まる小説を通じて、40数年の時を越えた4つの物語がつながる。それも、一連の物語の発端となる、ミュージシャンのレコーディングの時に、マネージャが言うヨタ話に、大まかに沿った形で続く3つの物語が起きる。
 それぞれの物語も、ありそうでなさそうな限りなくホラ話に近い話。それらが細~い糸で、しかししっかりと結び合わさっている。いやいや大したものだ。

 もう一つ良かったのは「ポテチ」。重力ピエロにも登場する、黒澤という本業は泥棒で、副業が探偵というハードボイルドなおじさんが良い味を出している。ちょっとした人情話なんだけど、登場人物の振る舞いが可笑しくて笑えた。

 他の2篇は、少し期待ハズレだった。もちろんストーリーに仕掛けはあるのだけれど、今一歩平板な印象がしてしまった。短篇になり切らない習作といった感じか。
 特に「動物園のエンジン」は、ある人物が動物園の敷地から足を離したとたんに、辺りが暗くなり音のボリュームも下がる、という独特な設定で一旦はその世界に引き込まれた。それなのに、この設定はその後のストーリーに一切絡まない。残念だった。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ななつのこ

書影

著 者:加納朋子
出版社:東京創元社
出版日:1992年9月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ささらさや」の著者の作家としてのデビュー作品。第3回鮎川哲也賞受賞作。鮎川哲也賞というのは、長編推理小説に贈られる賞。本書がいわゆる推理小説かというと、そうではないと思う。巻末に選考委員の選評が載っていて、著者の力量は認めながらも、これを長編推理小説として良いものかどうか?、と悩んだ跡を見て取ることができる。悩んだ上で賞を贈っているのだから、本書が問題を抱えいてもなお捨てがたい優れた作品であった、ということなのだろう。

 殺人事件も起きなければスパイも登場しない。ここで起きる事件は、デパートの屋上のビニールの恐竜が、一夜にして遠くはなれた保育園に現れた、とか、夜に畑からスイカを盗まれた、とかいうことだ。著者が扉のページで書いている言葉を借りれば、「日常に溢れている謎解き」がふんだんに盛り込まれている。
 筋立ては、複雑かつ巧みだ。「ななつのこ」という架空の小説の中で、「あやめ」さんという名の女性が、その小説の主人公である「はやて」が体験する様々な不思議の謎解きをしてみせる。そして、本書の主人公である「駒子」と「ななつのこ」の作者である「綾乃」の往復書簡の中では、駒子が体験する事件の謎解きを綾乃がしてみせる。さらに….、と2重3重の入れ子構造になっている。

 これだけの入り組んだストーリーを、混乱することもなく一気に読ませる筆運びが、著者の力量の表れだ。迷いながらも本作を選定した選考委員の気持ちも分かる気がする。そして感謝する。これは長編推理小説ではない、として選考されなければ本書を手にすることはなかっただろう。もしかしたら、後に続く著者の作品群を読む機会もなかったかもしれないのだから。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

重力ピエロ

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2006年7月1日発行 2007年11月30日14刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2003年に発表された作品で、著者紹介欄によると「ミステリファン以外の読者からも喝采をもって迎えられ」た、ということだ。2006年に出た文庫版で読んだ。

 主人公は、遺伝子関係の会社員、泉水。絵の才能があるハンサムな弟、春と、末期癌で入院中の父がいる。ストーリーは、泉水と春の兄弟を中心に進み、泉水の回想として家族の過去の出来事が語られる。そして、結末に向けて長い坂を上るように静かに盛り上がる。
 泉水の家族には、公然となった秘密がある。それは、春がレイプ犯によって母が身ごもらされた子どもであることだ。何とも重々しい設定だ。父が生むことを決断したのだが、それが正解であったのかどうかは、今もって誰にもわからない。
 「泉水も春も私の息子ですよ」と、動じることなく言い切る父の態度に救われはするが、家族につきまとう影は払いようがない。春の絵の才能さえ、レイプ犯の血を受け継いだのではないかと言われてしまう始末だ。

 泉水の職業や春の才能などの設定に無駄がなく、ストーリーに絡んでくる。連続放火事件が事の発端なのだが、放火とグラフィティアート(壁に描かれた落書き)に深い相関があり、事件のナゾを解くカギは遺伝子にある。また、家族の過去の悲劇とも深く関わっていた。
 徐々に明らかになってくる真実と、気の利いたエピソードの重層構造で読ませる、技ありの作品で、評判になったのもうなずける。

 少し残念に思うのは、ストーリーに意外性がほとんど無いことだ。もちろん、最初からすべて分かってしまうような単純なストーリーではない。でも、徐々に明かされることを追って行くと、中盤ぐらいで読者が「もしかしたら」と予想してしまい、そのとおりになってしまうのではないかと思う。少なくとも私はそうだった。結末に向かっての道筋がまっすぐな感じなのだ。
 それから、読んでいてつらくなってしまう時があった。レイプという凶悪な犯罪に対する嫌悪感だと思う。母の事件の他にも何度か、そういったシーンや話題が出てくる。この小説に限って言えば、重要な要素であるので取り除きがたいことは分かる。しかし、嫌な気持ちになってしまった。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

チルドレン

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
出版日:2004年5月20日第1刷 2004年6月16日第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 短編小説のふりをした長編小説です。と著者が言うように、収められている5つの話は、時間を前後しながらつながっている。「終末のフール」と似たスタイルだ。(「終末のフール」の方が後の作品なので、こういう言い方はおかしいかもしれないけど)

 1本目の「バンク」で、ウマイ!と思った。それぞれの話には小さなナゾがあって、最後になって解き明かされるのだけれど、このナゾ解きが実にスッキリとさせてくれる。「それは、都合が良すぎるんじゃないの?」ということがない。クリスティーの短編のように心地よい騙され方ができる。(ちょっとホメ過ぎか?中にはナゾが早くから分かってしまったものあるけれど)

 主な登場人物は5人の男女。盲目の永瀬、その恋人の優子、2人の友人の鴨居と陣内、陣内の後輩の武藤。5つの話は、1人称で語る人が変わるので、主人公というのは1人に特定されていない。しかも、時間が10年は前後するので、5人が全員登場する話はない。

 私が惹かれたのは永瀬。頭の回転の良さ、推理力、視覚以外の研ぎ澄まされた感覚によってナゾを解く。盲目であることで不快な目に遭うこともあるが、常に冷静て紳士的である。

 異彩を放つのは陣内だ。彼が1人称で語る話はないが、5つの話すべてに登場する。主人公という言い方は合わないかもしれないが、彼を中心に展開した「長編」であることは間違いない。
 陣内はハッキリ言って「ハタ迷惑」だ。その場に合っていなくても本音や正論を吐く。もちろん本音と正論は全く違うもので、時には正反対のこともあるから、陣内の言うことは時によってバラバラだ。なのに、友人は彼の元を離れていかないし、家裁の調査官である彼を慕う元不良少年少女が大勢いる。
 それは彼のウラオモテのないありさまがいいのだろう。こんなエピソードが挿入されている。
–永瀬は、盲目だというだけで通りすがりの女性に5千円渡されてしまう。彼女には悪意はないのだが、永瀬のことを自分より「かわいそう」な存在と見ているわけで、そうしたことが永瀬や優子の心に影を落とす。陣内も憤慨する。「(目が見えないことなど)そんなの関係ねえだろ」「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」–

 私が永瀬に惹かれたのにも、もっと言えばこれだけ頭脳明晰な男を、著者がイヤ味なく描くことができたのも、永瀬が盲目であるという事実から自由ではありえない。しかし、陣内は違うらしい。まったく素直な気持ちで、友人を見ることができるのだ。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

終末のフール

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2006年3月30日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2007年本屋大賞の第4位。小惑星の衝突によって、あと3年で人類が滅びるという設定で、仙台北部のヒルズタウンという20年前にできたマンションの8組の住人の生活を、時に交差しながら描く短編集。

 あと3年で死ぬことがわかっている、(本当は小惑星なんて衝突しないんじゃないかという期待が心の片隅にあるとしても)ある種の極限状態。しかし、登場する人々の行為はそれにしては穏やかだ。
 それもそのはずで、小惑星衝突が明らかになったのは5年前、当初は大混乱し、暴動も殺人もそして自殺も数限りなく起きて、自制心を失った人々はその頃に死んでしまったり、捕まったりして、街からいなくなってしまった。今、残っているのはそうした混乱をなんとか乗り越えた人々なのだ。

 8編を通して感じるのは、終わりが見えるということが、人の心を鮮明にするということ。自分がしなくてはならないこと、本当にしたいことが初めて分かる。
 それは、家族の関係の修復であったり、贖罪であったりと色々だ。難病の子どもを抱えた父親は、子どもを残して自分が死んでしまう可能性がほとんどなくなったことに、この上なく幸せを感じている。
 もちろん、どうせあと3年で終わるのだから、そんな面倒くさいことをしてもしょうがない、と思う人もいる。しかし、より良き人生を送りたいと思う人が多いのではないだろうか。

 あと3年で終わりなのに、少なくなったとは言えスーパーは開いているし、そこで商品を買うのにお金を払う。そのことを不思議に思う場面がある。財産や金銭に価値があるようには思えないのに。案外、今までのやり方を変えることはできないのかもしれない。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)