5.ノンフィクション

スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実

書影

著 者:ルーク・ハーディング 訳:三木俊哉
出版社:日経BP社
出版日:2014年5月26日 第1版第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 R+(レビュープラス)様にて献本いただきました。感謝。

 2013年6月の、エドワード・スノーデン氏による、アメリカ国家安全保障局(NSA)が、世界中の個人情報を収集していたことを暴露・告発した事件のドキュメンタリー。

 スノーデン氏は、元CIAおよびNSAの局員。NSAではシステム管理者として機密情報にアクセスすることができた。そこで、NSAがインターネットの通信の盗聴やサーバーへの侵入によって、世界中の人々の通話、Eメール、検索履歴などを収集していることを知る。

 米国民に対する広範なこのような情報の収集は、合衆国憲法(修正第四条)に違反する。そう考えたスノーデン氏は、国家によるこの重大な裏切りを告発するために、機密文書を公開した。本書は、この告発に至るスノーデン氏の経歴から、告発後の数か月を、多方面からの取材によって克明に追う。

 「事実は小説より奇なり」(「推薦のことば」を寄せた元外務省主任分析官の佐藤優さんもそう書いていた)。苔むしたこんな言葉が読み終わって浮かんだ。1年前のことゆえ記憶に新しい方もいるだろうが、スノーデン氏は、香港に身を潜めながら情報を公開し、追手をかわすために中南米へ向かう。その途中のモスクワの空港のトランジットエリアで足止めされるが、39日後にロシアへの亡命が認められた。サスペンス小説さながらの緊迫感だ。

 著者は英国の新聞社「ガーディアン」の海外特派員。スノーデン氏が持つ機密情報を最初に公開したのが、ガーディアン米国なので、本書を記すための好位置にいたことは確かだ。しかし、わずか1年前の(見方によっては現在進行形の)事件のため、関係者が容易にすべてを話してくれたとは思えない。これだけ克明に再現できたのは驚異的。本書は現代史の貴重な記録だと思う。

 この後は書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ。 

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皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上)(下)

書影
書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2013年12月20日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 古代ローマの1200年の歴史(「ローマ人の物語」全15巻)を描き切ったと思ったら、「ローマ亡き後の地中海世界()()」、「十字軍物語()()(3)」と、コンスタントに著作を発表し続ける著者。熟練の職人のようなストイックさと気迫が感じられる。

 本書は、13世紀の初めの神聖ローマ帝国皇帝・シチリア王のフリードリッヒ二世の生涯を描いたもの。正直に言って「抜群の知名度」という人物ではないだろう。私はよく知らなかった。しかし同時期の年代記作者にラテン語で「STVPOR MVNDI(世界の驚異)」と称され、ヨーロッパの教養人ならこう言えば誰のことか分かる、という傑出した人物なのだそうだ。

 如何に傑出した人物であったかは、本書を読めば分かる。例を挙げると、彼は、ヨーロッパ初の国立大学である「ナポリ大学」を創設し、十字軍を率いてパレスチナに赴いて無血で聖都イェルサレムを解放し、「メルフィ憲章」を発布して法治国家を実現した。つまり、文化芸術学問を理解し、軍事の才能に秀で、開明的な統治者であったのだ。

 しかし当時は教会の権威が絶対の時代。彼は、教会の権威を傷つけたとして何度も法王によって「破門」されてしまう。生まれるのが早すぎたのだ。文化芸術学問が花開くのは、これより100年後のルネサンスのころで、彼が構想した統治機構は、570年後のフランス大革命を待たないと再び歴史に登場しない。

 このような感じで、フリードリッヒ二世の業績と、法王との激突の歴史が、臨場感あふれる筆致で描かれている。私としては本書は著者の代表作になるのではないかと思う。

 ところで、これまでの著作から、著者がカエサルが大好きだということが分かっている。カエサルほど男くさくないけれど、きっと著者はフリードリッヒ二世のことも好きになったんだろうな、と思う。

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里山資本主義-日本経済は「安心の原理」で動く

書影

著 者:藻谷浩介 NHK広島取材班
出版社:株式会社KADOKAWA
出版日:2013年7月10日 初版発行 12月20日 第7刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 共著者の藻谷浩介さんをテレビで拝見して、どんな考えをお持ちなのか気になっていたので、書店で平積みになっていた本書を手に取って見た。私は知らなかったのだけれど、中央公論新社の「新書大賞2014」の大賞を受賞したそうだ。

 タイトルの「里山資本主義」は、「かつて人間が手を入れてきた休眠資産を再利用することで、原価0円からの経済再生、コミュニティ復活を果たす現象」と定義されている。ただ、これではよく分からないと思うので、私なりの捉え方を説明する。

 「里山」というのは人が住んでいる場所に隣接した山林のこと。かつては人の手が入り、建築資材としての木材や燃料としての薪、木の実や果実といった食料などの資源を得ていた。資源の購入費用としてのコストはほぼゼロ円で、適切に管理すれば持続的・永続的に資源を得ることができた。

 「里山資本主義」は、こうした里山の利用のように、「地域内で」燃料や食料を調達し資金が循環する経済モデルのこと。本書では「マネー資本主義」や「グローバル経済」に対置、あるいはこれを補完するものとして語られている。

 著者は問いかける。「われわれが生きていくのに必要なのは、お金だろうか。それとも水と食料と燃料だろうか」と。「お金があっても食料や燃料が手に入らない」という経験を、私たちは東日本大震災の時にしている。長野県に住む私は、つい2週間前の大雪の時にもそうした事態に直面した。これは、暮らしの危機管理の問題でもあるのだ。

 必要なのは「お金」ではない。それは自明だ。それなのに、私たちの社会は「お金」を中心に回っている。それは「水も食料も燃料も、お金がないと手に入れられない」という前提だからなのだけれど、実はそうでない暮らしもある。

 本書にはその実例が豊富に紹介されている。岡山県真庭市では、製材で出る木くずを使った発電と、ペレットボイラーの利用で市全体で消費するエネルギーの11%を木のエネルギーでまかなっている。オーストリアのギュッシングという町は、なんとエネルギーの72%を自給している。

 とにかくお金をドンドンつぎ込んでグルグル回して...という「アベノミクス」や、「原発はベースロード電源」というエネルギー基本計画に、違和感や不安を感じる方に一読していただきたい。本書が「じゃぁどうしたら?」の答えになるかもしれない。

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タックス・ヘイブン 逃げていく税金

書影

著 者:志賀 櫻
出版社:岩波書店
出版日:2013年3月19日 第1刷発行 7月16日 第3刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 大学生の娘が教科書として読んでいた本。ちょっと面白そうだったので借りて読んだ。

 著者の経歴がスゴイ。東京大学に在学中に司法試験に合格。大蔵省に入省して主計局主計官に。これで十分スゴイのだけれど、国際機関での日本国メンバーや、出向して大使館参事官や県警本部長を務めたこともある。さらにイスラエルで紛争地に迷い込んでしまって銃撃を受けるという修羅場もくぐる。趣味は「ショットガンの雉子撃ち」。まるで劇画の主人公のようだ。

 本書は、著者のこのような経歴の中で、特に租税分野の国際交渉の豊富な経験を踏まえて、「タックス・ヘイブン(租税回避地)」の実像を明らかにするものだ。タックス・ヘイブンとは一般的には、税を課さない国や地域のこと。取引をそこを経由させることで、税を免れたり資金の出所を隠ぺいしたりすることができる。

 本書では企業名は挙げていないけれど、アップルやグーグルなどの超優良巨大企業が、法人税をどこの国にもほとんど納めていないことは、様々な報道で明らかになっている。日本でもオリンパスやAIJの事件でその存在が知られた「ケイマン諸島」などが、タックス・ヘイブンとして有名だけれど、その他にもいろいろあるらしい。それを主要施策としている国もあるし、ロンドンやニューヨーク市場のオフショア・マーケットもそれに類する。

 ここまでの紹介では、著者の経歴と同じぐらい劇画の中の世界で、私たちとあまり関係がないように感じることだろう。暴力団やテロ組織の資金洗浄にも使われることを思えば、私たちの暮らしの安全に関わる。大企業や富裕層が支払うべき税金を支払わなければ、その分の負担は私たちのような「真面目な納税者」にシワ寄せがくる。いや今現在きている。

 現在は弁護士である著者は、このタックス・ヘイブン退治に執念を燃やしているようだ。本書もそのために実情を広く知らせる目的がある。私たち「真面目な納税者」も知っておくべきことかもしれない。

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実践! 田舎力 小さくても経済が回る5つの方法

書影

著 者:金丸弘美
出版社:NHK出版
出版日:2013年8月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「田舎力」とは、自然、食、景観、人、職人技、などの地域の資源を、上手に活用して「地域おこし」に結びつける力のことを言う。「田舎力のある人」は、知恵と工夫でものづくりを実践したり、地域にあるもののよさをうまく引き出したりし、自らの思いを語り愛情を持って「地域づくり」に取り組んでいる。

 著者は「地域活性化アドバイザー」として全国を飛び回り、講演やアドバイスを行っている。専門のテーマは「食と環境からの地域再生」。本書はその活動で、全都道府県、数百の地方自治体を訪れて得た知見をまとめたもの。数多くの事例の紹介と共に、専門である「食」をテーマとした地域おこしについては、実践的な手法がで詳細に紹介されていて、たいへん有用な本だ。

 実践的な手法の一部を紹介すると「地元食材のテキストづくり」が筆頭にあげられる。「テキスト」とは、その食材についての歴史、品種、特徴、栽培法といった基礎データはもちろん、加工法、料理、出荷窓口、生産地、栄養価、味、香り、見た目などを、誰でもわかるように解説した資料のこと。

 「食」に限らず、自分たちはその良さが分かっていても、それを外の人に伝えるのはなかなか難しい。言葉で書いた手渡せるものがあれば前に進みやすいだろう。いやその前に、このテキストづくりの作業を通して、自分たち自身が再発見することも多いだろうし、多くの人が関わることでネットワークもできる。紙を並べて眺めることは、アイデア出しの常套手段でもある。一石二鳥にも三鳥にもなる。

 それから、サブタイトルの「(小さくても)経済が回る」は、大事なことだ。「こんなことまで経済か」と嘆息する向きもあるだろう。確かに金儲け主義では地域おこしはできない。しかし、自前の財源がなければ事業が継続できない。補助金頼みで一過性のイベントに終わった事例も多い。「経済」の重視は、「失敗の事例」も多く知っている著者の経験から導き出されたものだろう。

※たった今、報道ステーションで、新潟県十日町の限界集落に移住した、坂下可奈子さんを紹介していて、彼女の口からも「小さくても(経済が)回る」という言葉が出てきた。改めて、これがキーワードなんだと思う。
参考:坂下可奈子さんのブログ「きぼうしゅうらく」

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アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ

書影

著 者:ジョー・マーチャント 訳:木村博江
出版社:文藝春秋
出版日:2009年5月15日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は「アンティキテラの機械」と呼ばれる、ギリシアの小島「アンティキテラ島」の沿岸の海底から引き上げられた、ブロンズ製の機械にまつわるドキュメンタリー。私は、この機械の事を昨年末のNHKの番組「古代ギリシャ 驚異の天文コンピューター」で知って、すごく魅きつけられた。そして、私が入っているSNS「本カフェ」のメンバーさんに、この本のことを教えてもらった。

 「アンティキテラの機械」のことをもう少し。1900年に海綿獲りのダイバーが、沈没船の積荷だと思われる、海底に散乱するたくさんのブロンズ像を見つける。その後、政府肝煎りの回収作業が行われ、この機械もブロンズや陶器などの美術品と共に引き上げられる。
 しばらく放置されていた、この腐蝕したブロンズと木の塊から、いくつもの歯車と古代ギリシャ文字が発見される。200ほどもの細かい歯が付いている大きな歯車。それにいくつもの歯車が精巧に組み合わされている。

 これは古代の時計、あるいは何かを計測するか計算する機械だ、と考えられた。しかし、それはあり得ないことだった。他の積荷などから、この機械は2000年は前のものだと推定されたが、我々の文明がこれだけの精巧な技術を獲得するのは、ヨーロッパの中世。1000年は後のことなのだ。

 驚きはその精巧な技術にだけではない。この機械が表しているものは、どうやら天体の運行のシミュレーションらしい。惑星の運行はもちろん、太陽と地球と月の位置関係の何十年周期の繰り返しや、日蝕月蝕が正確に表現されている。天動説の時代だから、観測から導き出したわけだけれど、その精密な観測と洞察力に驚く。

 私は「歯車」が大好きだ。回転数や力の方向を変える正確無比な動きが美しいと思う。変なヤツだと思わないで欲しい。なぜなら、そういう人は少なくないようなのだ。本書に登場するのは、この機械に魅了された数々の科学者たち。その記録を、人間臭い部分を含めて綴っている。

 X線による撮影技術やコンピュータによる画像処理の発達によって、現在ではこの機械についての解明がかなり進んでいる。ただ本書は、この機械の解説ではなく、この機械と科学者たちの100年に及ぶドキュメンタリーを主軸にしたものだ。私としては、この機械の動作や機能について、もう少し詳しく丁寧な解説が欲しかったが、それは別の機会を期待することにする。

(2013.7.29追記)
「アンティキテラの機械」の動きを再現したCGを見つけました。見とれてしまいました。
YOUTUBE「Virtual Reconstruction of the Antikythera Mechanism」

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理系の子 高校生科学オリンピックの青春

書影

著 者:ジュディ・ダットン 訳:横山啓明
出版社:文藝春秋
出版日:2012年3月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 元マイクロソフト社長の成毛眞さんが代表を務める書評サイト「HONZ」で、昨年の年間ベスト第1位となった本。本書は、インテル国際学生科学フェア(ISEF)という高校生の科学オリンピックの出場者を取材したノンフィクションだ。

 米国ではサイエンス・フェアと呼ばれる、地域や州ごとなどで開催される、中高生の自由研究の発表会が盛んなのだそうだ。日本で似たものを探せば「夏休みの自由研究」のコンクール。ISEFは、そのサイエンス・フェアの頂点に位置することになる。

 しかしISEFに出品される研究は、「夏休みの自由研究」と聞いて、多くの人が思い浮かべるものとは質的に異なる。例えば、14歳のテイラーが出品したのは「自作の核融合炉」!!!。驚きで呆然としてしまうが、さらに驚くべきことは、彼の出品が最優秀ではないことだ。

 蜂群崩壊症候群というミツバチの大量死に関する研究、馬との触れ合いによる人間の心の治療の研究、音楽を使った自閉症の子供たちへの教育プログラムの開発、カーボンナノチューブの研究による新素材の開発。例を挙げるのはもう十分だと思う。彼らの研究はレベルや実用性において、大学や企業の研究室のそれと比べて遜色ない。いや、大きく凌駕しているものさえある。

 「米国の天才」をこれでもかと紹介した本、別世界の話。ここまでの紹介では、そんな印象を持ったと思う。それは本書のほんの一部分で、多くを費やして記されているのは、彼がISEFに出品するまでの道のりだ。場合によっては2歳の頃から生い立ちを書き起こしている。

 彼らが何故その研究をしているのか?それは彼らの人生と深い関わりがある。彼らの誰一人として、何不自由なく恵まれた暮らしをしてきたわけではない。多くは並み外れた逆境を跳ね返してきたのだ。本人と家族の踏ん張りと、必要な時の必要な出会いがあって、この偉業は為されている。そこには感動と、「もしかしたら私(の子ども)も」と思えるものがある。

 最後に。ISEFは50以上の国から1500人もの参加がある。もちろん日本からの参加もある。巻末にISEF2011に参加し「地球科学部門」の第3位ほかを受賞した、千葉の田中里桜さんの「特別寄稿」が収録されている。「日本ではどうなんだろう?」という気がかりは、これで幾分晴れた。

※さらに嬉しいニュースもある。5月20日にISEF2013で、里桜さんの弟の尭さんが、同部門の最優秀賞を受賞したそうだ。
日本代表生徒初の快挙! 2013 年インテル国際学生科学技術フェアで部門最優秀賞を受賞

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日本の選択 あなたはどちらを選びますか?

書影

著 者:池上彰
出版社:角川書店
出版日:2012年12月10日 初版発行 12月25日 再版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 複雑な問題を、丁寧に分かりやすく説明してくれる池上彰さんの近著。日本が抱える10個の問題の選択について解説している。書かれたのは昨年末の総選挙の直前、投票の前に本書を読んでいたら、1票の行き先が違った、という人もいるかもしれない。

 10個の問題とは、「消費税」「社会保障制度」「ものづくり」「領土問題」「日本維新の会」「大学の秋入学」「教育員会制度」「原発」「選挙制度」「震災がれき」。それぞれを、必要であればその起源まで遡って説明し、「賛成」「反対」などの「どちらを選びますか?」という選択を読者に促す。

 本書は一昨年の震災後まもなく出版された「先送りできない日本 」を受けて作られたもの。著者は本書の「おわりに」で、前書を「もう先送りなどできない状態のはず」と希望を込めて世の中に送り出したのに、「その後の状況に驚きを通り越して呆れることも多々」と、その心情を吐露している。

 「先送り」は事態をより困難にするばかり。政治家や官僚には期待できないと踏んだ著者が、私たち国民に「選択をすべきだ」と言っているわけだ。しかし著者は、丁寧に分かりやすく説明してくれるが、答えを示してはくれない。それを決めるのは、私たち一人一人。私たちも永らく「選択」せずに来てしまったらしい。

 最後に。池上彰さんは得難い人材だと思う。混迷の時代にこういう人が現れたことは幸運でさえある。ただ、テレビも活字メディアも池上さんに頼り過ぎのような気がする。今日もテレビで「巨大地震」をテーマに4時間スペシャルが組まれていた。

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日本でいちばん元気な商店街

書影

著 者:加瀬清志
出版社:ほおずき書籍
出版日:2012年6月9日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「岩村田商店街がこんなことになってるなんて知らなかった」。この本を読みながら、何度かそう思った。

 本書は、長野県佐久市にある岩村田本町商店街の「復活の道」の記録。「復活」と言っても、一度は滅んでしまたわけではもちろんない。ただ、全国には「シャッター通り」などと揶揄される、空き店舗や閉店中の店が多い商店街が多いが、この商店街もかつてはそんな状態だった。

 実はこの商店街は、私の家から車で約1時間の場所にある。この商店街の隣の通りに、子ども向けの科学館があって、さらに1kmぐらいのところに、大型の商業施設の集積もある。だから、私の子どもが小さい頃には、何度か行ったことがある。あれは10年ぐらい前だろうか?その時に通ったこの商店街は、シャッターが目立っていた。その時の記憶が、冒頭に書いた私の思いにつながっている。

 「復活の道」の記録は、16年前の「岩村田本町商店街振興組合」の設立に始まる。この組合は、商店街の若手経営者たちが、親世代の商店街の役員たちに退陣を迫って実現し、設立したものだ。文章で書けばこの1文、本書でも2ページしかないが、こんなことがそう簡単にできるわけがない。

 つまりは、若手経営者たちの危機感とヤル気がホンモノだったということだろう。この後は、イベント、コミュニティスペース、チャレンジショップと、敢えて言えば、商店街の「活性化計画」でよく見る事業が続く。しかし、だからこの商店街の事業も凡庸だと言うのではない。逆に「よく見る事業」がうまく行っている事実は、この商店街の非凡さを表している。危機感とヤル気がその事業に魂を入れているからだろう。

 「よく見る事業」でないものもある。それは、商店街直営のお店や食堂、さらに学習塾や託児所もある。私の知る限りでは、商店街直営と言えば駐車場やコミュニティスペースが定番で、お店を経営する例は珍しいと思う。ここには実は重要なポイントが潜んでいる。それは商店街を「経営する」という観点と、「商店街は誰のものか?」という命題への答えだ。

 岩村田本町商店街が、今後も成功事例であり続けるかどうかは分からない。近いうちに行ってみようと思うが、本書に書かれたことは多少装飾されているのかもしれない。それでも、商店街に関わる皆さんには一読をおススメする。そしてまずは危機感とヤル気を感じて欲しい。

(追記)こんなニュースがありました。枝野経産相が岩村田本町商店街を訪問するそうです。
経産省幹部が商店街活性化で全国行脚 まず長野市に枝野経産相

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少年犯罪<減少>のパラドクス

書影

著 者:土井隆義
出版社:岩波書店
出版日:2012年3月29日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 新聞の書評欄に載っていて、興味があったので読んでみた。

 本書の話の前に「少年の犯罪」について。このことについて、私たちはここ十数年の間に様々な気持ちを味わった。その端緒は1997年の「神戸連続児童殺傷事件」で、犯人が14歳の中学生であったことに衝撃を受けた。続いて、2000年には17歳の少年の凶悪事件が相次いで、何か良くないことが起きていると感じた。

 マスコミは「キレる17歳」と言って煽り、「少年凶悪犯の推移」という急激な右肩上がりのグラフを掲載した。私たちは「少年たちが凶悪化し、その犯罪が激増している」と思い込んだ。その後、実はそのグラフの左側には急激な左肩上がりの数値があって、90年代後半の増加は「コブ」ぐらいの膨らみだったと知って..しかし何かが分かったわけでも、何かが解決したわけでもない。

 こんな話をしたのは、本書はこの文脈の後に位置づけられるからだ。本書が明らかにしたところによると、例の「コブ」以降「少年凶悪犯」は減少を続けている。暮らしの中での感触だけでなく、貧困率や失業率などの統計上の数字も若者たちを取り巻く環境は厳しさを増しているにも関わらず。本書はこの「パラドクス」の解明を試みる。少年の犯罪が減少しているのは何故なのか?それは若者にとってどういう意味を持つのか?

 著者は様々統計や調査を駆使し、目標と達成手段とのギャップに注目した「アノミー論」を大きな枠組みとして使って、若者の犯罪を「抑止する」要因をあげていく。統計の扱い方が、上に挙げたマスコミの乱暴さとは対照的に、くどいほど慎重なことが印象的だ。例えば犯罪の検挙数は、取り締まる側の事情でも変わってしまう。そういった「攪乱要因」を丁寧に排除しながら考察を進めている。

 そうやって著者が挙げた要因は多岐に亘る。それぞれが、いちいちもっともだと思う。「劣悪な立場に置かれていたとしても、それに見合った程度の希望しか配分されていなければ、そこにフラストレーションは生じえない」などと聞けば悲しくなるけれど、私自身が見聞きする若者の言動とも合う。

 ただし本書には危うさも感じた。本書が統計を使った推論に過ぎないことだ。述べられているのは統計の数字の著者の解釈であって、いかに慎重に扱ったとしても、思い込みからは免れない。読んでいて「ムリヤリ感」を感じたことも少なくなかった。まったく別の解釈だって可能かもしれない。

 さらに、統計は全体の傾向を表す代わりに、個々の実態は捨象されてしまう。著者自身も「個人的な動機と社会的な原因は別ものだ」と述べている。しかし「別もの」であっても、考察の裏付けのためには必要な材料だと思う。たとえ少しでもいいから、直に若者の話を聞いてくれれば良かったと思う。

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