著 者:岩尾俊兵
出版社:講談社
出版日:2024年1月20日 第1刷 3月18日第6刷 発行
評 価:☆☆(説明)
帯の「人新世の「資本論」]の斎藤幸平氏の推薦を読んで「面白そう!」と思って読んだ本
世界は経営でできている。「貧乏」も「家庭」も「恋愛」も「勉強」も「虚栄」も「心労」も「就活」も「仕事」も「憤怒」も「健康」も「孤独」も「老後」も「芸術」も「科学」も「歴史」も、そして「人生」も経営でできている。というのが本書での著者の主張。
もちろんここでいう「経営」とは、企業経営やお金儲けを指していない。「経営」と聞いて多くの人が思い浮かべる「固定観念」と相いれない(著者はこのことも問題だとおっしゃる)。著者が言う「本来の経営」とは何なのか?ありがたいことに「はじめに」に明記してある。それは、
価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、
中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、
究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、
豊かな共同体を創り上げること
「経営って、そんな大層なことだったっけ?」と私は思ったけれど、このくらい大層な定義を持ってすれば、「世界」だって経営でできていると言えそうなのは確かだ。
冒頭に書いた「貧乏」「家庭」以下の各項目は、本書の章立てに沿っている。第1章は「貧乏は経営でできている」第2章は「家庭は経営でできている」(以下同様)。そして各章には、それぞれ失敗例が次々と書かれていて、例えば家事の分担を巡って衝突する夫婦関係を描写する。
そのあとにこれは「経営の欠如が原因」と締めくくる。恋愛で理想の相手と結ばれないのも、頑張って勉強しても成果が出ないのも、部下の仕事ぶりが心配で手助けして却って迷惑がられるのにも「経営の欠如」が見られる…
正直に言うと、読み進めるのがつらい時もあった。どうしようもない失敗例ばかり読まされて辟易してしまった。時々解決策らしきものが挟まるのだけれど、冗談なのか本気なのかわからないような(たぶん冗談)もので、悪ふざけに感じる。
著者は本書のことを「令和冷笑体エッセイ」と評していて「令和の文化人を思い浮かべると、なぜかみんな冷笑系だ」ということが理由らしい。私は「冷笑系の著名人」がキライだ。だから「令和冷笑体エッセイ」ともそりが合わないのだろう。
そんなわけで、あまりおススメはしないけれど、もし読まれるなら「はじめに」の次に「おわりに」を読んでから本文を読むといいと思う。「おわりに」を時々読み返してもいい。そうすれば「悪ふざけ」に紛れた著者の真面目な部分が見える。
「おわりに」は、私もすごく共感した。
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