9.その他

スティーブ・ジョブズ -アップルをつくった天才

書影

著 者:筑摩書房編集部
出版社:筑摩書房
出版日:2014年8月25日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 図書館の書棚で見かけて手に取ってみた。スティーブ・ジョブズ氏の伝記なら、単行本にペーパーバックに漫画版まである、講談社から出版された公式伝記
があるけれど、発売当時に書店があの本で溢れかえっているのを見て、却って興ざめしてしまって読まずにいて、そのままになっていた。

 たまたま手に取ったのだけれど、本書のレーベル「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>
」がちょっと特徴的だった。このシリーズは中高生に向けた伝記シリーズ。「進路や生き方を考える上で「伝記」は格好の参考書だけれど、小学生向きか専門的なものが多く、中高生に薦められるものがなかなかない。「立派な人の紹介」の伝記ではなく、欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えたものだそうだ。

 本書の内容もとても特徴的だ。もちろん「伝記」であるから、スティーブ・ジョブズその人の軌跡が描かれている。超の付く有名な人物だから、その人生もかなりの部分は公になっていて、そのストーリーに特徴を出す余地はあまりない。特徴的なのはその「書きっぷり」にある。

 例えばこんな具合。ジョブズ氏が12歳の時にHP社の社長に電話をかけた部分。「それが彼にとってどれくらい大変だったか。あくまでも想像するしかないけれど、少なくとも生まれて初めて飛び込み台からプールや海に飛び込むくらいには、難しかったのではないだろうか。」

 さらに、このすぐ後には「断崖絶壁から飛び込むくらい」と、比喩がさらにスケールアップしている。万事がこんな調子なのだけれど、「伝記」にこんな風に書き手の意識(もっと端的に言えば興奮)が表れることは珍しいと思う。「想像するしかないけれど..」と言って、その想像が膨らんでいくことなんてちょっとないだろう。

 私は、これが筆者がMacユーザーで(自分がMacBook Airで原稿を書いていることまで、本文中で明かされている)ジョブズ氏への思い入れの強さの表れなのかと思っていた。しかし、もしかしたらこの「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」の特徴なのかもしれない。シリーズの他の本を読めば分かるはずだ。

 「欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えただけあって、ネガティブなエピソードもある。穏やかでウケのよさそうなものを一つ。

 ヒッピーとなって大学を中退したジョブズ氏は、「サンダル履き、肩までの長髪、何日も風呂に入っていない」という姿で、アタリ社に現れ「雇ってくれるまで帰らない」と言い張って、アタリ社で働くことになった。周囲の評判は最低。妙な臭いはするし、態度はでかい、言うことはきかない。

そして、それから半年も経たないうちに退社を申し出る。導師を探しにインドに行きたい、という理由。以下、ジョブズ氏と上司の会話。
 ジ:「導師を探しに行ってきます」
 上:「ほぉー、それはすごいな。手紙、くれよな」
 ジ:「旅費を援助してほしい」
 上:「ばか野郎」

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奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき

書影

著 者:ジル・ボルト・テイラー
出版社:新潮社
出版日:2009年2月25日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書を読むきっかけは、TED Talkのプレゼンテーション。脳卒中によって脳の機能がひとつずつ停止していく、という恐ろしい体験を、実に興味深くそして実にユーモアたっぷりに伝えていた。そのプレゼンターの著書があると聞いて読んでみた。

 著者の職業は「脳解剖学者」。脳卒中に襲われた当時は、ハーバード医学校で、若い研究者たちに人間の脳について教えていた。このことが、本書(とTED Talkのプレゼン)を、特別に興味深いものしている。なぜならこれが、脳の専門家が脳卒中を「内側から観察した」(おそらく世界で初めての)記録だからだ。

 さらに言えば、著者が脳の専門家であることは、ユーモアの源泉にもなっている。著者が、自分が脳卒中になったことを悟った時に心に閃いた言葉が「あぁ、なんてスゴイことなの!」で、小躍りしたくなるような気持ちになった、というのだから。

 内容は、「脳卒中になる前」「症状の進行とそれに伴う混乱」「そこからの回復」「新たな発見」と、大きく4つに分かれる。特に、症状の進行と回復の部分は、本当に興味深かった。外からの観察では到底得られない知見だと思う。例えば、著者は左脳の機能だけを失い、右脳と左脳の役割を、自らのこととして体験する。もちろん右脳左脳については、すでに様々な研究がされているが「体験」した人は少ない。

 心に残った例をひとつ。著者によると私たちの感情は、まず遭遇した状況に右脳が反応する。いやな目に会えば「恐れ」や「怒り」などを感じる。しかしその反応は90秒しか持たない。それ以上継続させるのは左脳の働きなのだ。

 
 つまり「恐れ」「怒り」「憎しみ」などの負の感情も(正の感情も)、90秒を超えて持つ場合には、左脳が「これは継続する」と選択したものなのだ。脳だって自分の身体なのだから、このことを意識さえすれば、選択をコントールできる。著者はそう主張する。

 下に紹介するTED Talkだけでも見てほしい。興味が湧いたら本書の一読をおススメする。
 TED Talk Jill Bolte Taylor: My stroke of insight

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泣いた赤おに

書影

著 者:浜田廣介 絵:梶山俊夫
出版社:偕成社
出版日:1993年1月 1刷 2011年5月 28刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ちょっと周辺で話題になったので読み直してみた。童話作家の浜田廣介さんの代表作。以前から学校の教科書にも採用されていたはずだから、ご存知の方も多いと思う。ちょっと調べてみたところ、今も小学校2年生の国語の教科書(教育出版社)に収録されているようだ。

 主人公は赤おに。人間とも仲良く暮らしていきたい、と思って自分の家の前に立札を立てる「ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。ドナタデモ オイデ クダサイ。オイシイ オカシガ ゴザイマス。オチャモ ワカシテ ゴザイマス。」

 人間たちは「まじめな気もちで書いたらしい」とは思ったものの、結局は「だまして、とってくうつもりじゃないかな」と言って、逃げて行ってしまう。その出来事に赤おにが自暴自棄なっているところに、友だちの青おにがやってきて、一計を案じる....。

 ご存知の方も多いだろうから、この先は省略。ご存知ない方は是非一読を。どうしても今すぐ知りたい方は、Wikipediaで紹介されているので参照いただきたい(文学作品をネットで結末まで紹介してしまうのはどうかと思うが)。

 「めでたしめでたし」では終わらない。どうしてこんなことになったのか?どうすれば良かったのか?大人になるとどうしても「正解」を求めてしまいがちだ。「童話」だから、何かしら分かりやすい「意味」があるはず、と思うのかもしれない。

 でも、本書には少なくとも分かりやすい意味や正解はない。絵本にしては量の多い文章は、細かい情景だけではなく、赤おにと青おにの心情を要所で描いている。著者は思いのほか、この物語を周到に創ったようだ。サッと読んで簡単に見つけた「正解」は、再読すると「そうじゃなかった」と思うことになる。

 よければやはりWikipediaではなく一読を。簡単には見つからない「正解」を探してみるのも悪くない。その際は、たくさんの版が出ている中で「原作全文を載せている」ものがおススメ。上に紹介した偕成社版は、巻末に「絵本化のための一部省略・再話等はしておりません」と書いてあった。

 この後は、書評ではなく「泣いた赤おに」についてのヨモヤマ話です。お付き合いいただける方はどうぞ。

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(さらに…)

2045年問題 コンピュータが人類を超える日

書影

著 者:松田卓也
出版社:廣済堂出版
出版日:2013年1月1日 第1版第1刷 8月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 友達のFacebookの投稿で「2045年問題」を知って、とても興味があったので読んでみた。

 「2045年問題」とは何か?コンピュータが人類全体の能力を超え、それ以降の歴史が予測できなくなる「技術的特異点(シンギュラリティ)」を、2045年に迎えるという予測があり、そのことがもたらすであろう問題を「2045年問題」と呼んでいる。欧米では研究が進んでいるが、日本ではこの問題について述べる研究者は、宇宙物理学者の著者を除けばほぼ皆無らしい。

 本書は、コンピュータの黎明期から書き起こして、スーパーコンピュータの技術を解説し、インターフェイスや人工知能の開発の最前線を伝えた後、「技術的特異点」の前後を展望する。私たちがすべき対応の話もあるが、それは必ずしも明るい未来を約束しない。

 世界初のコンピュータとされるのは、1946年の「エニアック(ENIAC)」。それから約70年で到達した一つのシンボルが、2011年に世界で第1位となった、スーパーコンピュータの「京」。「京」は、1秒間に1京回の計算ができる。それは著者が20年前に使っていたスーパーコンピュータの1000万倍の性能。問題の2045年までは30年ある。

 それでも計算能力の向上だけであれば、問題はないのかもしれない。しかし同時並行的に「人工知能」の開発が進むと話が違う。人間の知的活動をコンピュータが代替し、自らのプログラムの更新まで行うようになれば、コンピュータは独自の進化を遂げるようになる。それも人間が更新する何倍も速く正確に。それは人類にとって吉か凶か?それが予測できない。いや吉と考えられる理由は何もない。その不穏な予感が「2045年問題」の核心だと思う。

 詳しくは本書を読んでもらいたいが、未来学者たちが2045年以降に起きるかも?とするのは、かなりショッキングな出来事だ。しかしそれは2045年に突然起きることではなく、徐々に進行する。私はむしろこの徐々に起きる変化の方が気がかりだ。上に「人間の知的活動をコンピュータが代替し」と、さらりと書いたが、つまりは人間の仕事のほとんどをコンピュータが代替する、もっと端的に言えば「奪われる」ことになる。

 そもそも、コンピュータ技術は「人間を楽にする」ためのもので、人間の仕事を代替するのはその目的に適っている。それにも関わらず「奪われる」などとネガティブな表現をするのは、今の社会が「仕事がなければお金がもらえない」「お金がなければ生活できない」構造になっているからだ。

 未来が、人間が仕事から解放された「ユートピア」に向かうのか、生きる糧を奪われた「ディストピア」となるのか。それは社会の「仕事」と「お金」と「生活」のあり方によって決まる。今のままでは見通しは暗いと言わざるを得ない。

 興味をお持ちの方は、こちらの記事も参考になります。
 WIREDスペシャルページ「2045年、人類はトランセンデンスする?」

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「メシが食える大人」に育つ子どもの習慣

書影

著 者:高濱正伸
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年5月29日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は「花まる学習会」という、幼児から小学生までを対象とした学習塾の代表。「メシを食える大人」「魅力的な人」を育てる、を理念としている。度々メディアで紹介されているので、ご存知の方も多いだろう。そのうちの一つを見て興味があったので、本書を手に取ってみた。

 「メシが食える」が、どういうことを指すかの説明は明確にはないけれど、「自立して生きていける」という意味でいいと思う。本書では、そのための要素を5つに分けて、それぞれをつくる習慣を4~7個紹介している。

 その5つとは「すぐに折れない心」「面白がって考える頭」「周りの人とつながる感覚」「今すぐ行動したくなる体」「人生を思いっきり楽しむ力」。どれも大人になって役に立つ、異論はない。最後の「人生を~」は、話が大きくて捉えづらいが、「魅力的な人は楽しみ上手」ということで、花まる学習会の理念のもう一つと関わりがあるらしい。

 特に「あぁそうだな」と思ったのは「面白がって考える頭」の「観察力と表現力は、日常の会話で鍛えられる」という項目。普段暮らしていて、何か変化を感じたらそれを言葉にする。それで「観察する力」「表現力」の他に、「自分の言葉で考える力」「問題意識」などを養える。前髪を切った女の子に「髪、切ったんだね」というのもアリだ。

 もちろん本書は「親(大人)が読む」本なので、親としてどうするのか?という話になる。梅雨時に「なんかジメジメするね」と子どもが言ったら「梅雨なんだから当たり前だろ」と言って終わりではいけない。そういう時は「なぜでしょう?」と聞いて、子どもの言葉を引き出してみよう。

 この手の本では「特に目新しいことはなかった」という感想をよく聞く。本書も例外ではないだろう。私も上に書いた項目以外は特に「目新しい」とは思わなかった。ただ、自分の子供との接し方を振り返って、思うことがたくさんあった。つまり「目新しいこと」ではなくても、確認しておく意味は大きい。「15年前に読んでいれば」と思った。子どもと接するすべての大人は読んでみるといいと思う。

 最後に。「花まる学習会」については、メディアにはやたらとハイテンションな教室風景が紹介される。それを見た時には違和感を感じた。大きな声で唱和する子どもが不自然に思えたのだ。ただ、本書を読んでさらに少し調べてみて、あのハイテンションが「花まる学習会」の特徴的な一部ではあるけれど、本質ではないのだと思った。まぁ、本書はともかく「花まる学習会」をおススメすることまではしないけれど。

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嫌われる勇気

書影

著 者:岸見一郎 古賀史健
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2013年12月12日 第1刷発行 第10刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 新聞で紹介されていたので手に取ってみた。新聞の記事によると、すごく売れているらしい。この記事を書いている今現在(6月5日0時)、Amazonのベストセラーランキング第5位、「ビジネス・経済」カテゴリでは第1位だ。

 本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想「アドラー心理学」を紹介したもの。分かりやすさのためと、恐らくは「プラトンの対話篇」に習ったのだろう、青年と老人の対話形式で綴られている。

 青年は厳格な両親に育てられ、常に優秀な兄と比較された。そんな両親に反発を覚えながら、両親の意に沿うことができない自分を「価値がない」と感じる。さらにはそんな自分が嫌いだ。つまり相当に厄介な感情を抱えている。

 そんな青年に対して、老人は「人は変われるし、誰もが幸福になれる」と言う。その後に話されることも、青年には到底受け入れられないことばかり。ちょっと皮肉を込めて言うと、それでも青年は驚異的な我慢強さと礼儀正しさを発揮して、老人の言葉に耳を傾ける。

 一つだけアドラー心理学の特徴的な考え方を紹介する。それは「目的論」。例えば「ひきこもり」は、何か外の世界で起きたことが原因となって、外へ出ることに不安で家や自室にひきこもる、と考えられている。こうした考え方を「原因論」という。

 それに対して「目的論」は、まず「外に出たくない」という目的があって、それを実現するために不安という感情を作り出している、と考える。まぁこれだけでは「はぁ?」という感じで、素直に受け入れる人は少ないだろう。もちろん、本書ではもう少し丁寧な説明がある。

 本書は私には合わなかった。その理由は、私が今はこういう話を必要としていなかったからだと思う。このブログでこれまでにも何度か書いたけれど、自己啓発本はそれを必要としている人にしか届かないと思う。

 実は理由はまだある。こんなのは「心理学」という学問じゃないんじゃないか?という思いが邪魔をして素直に読めない。学問にしては物事の解釈が恣意的すぎる。それに本当に「心理学の三大巨頭」と称されているのだろうか?フロイトとユングを「心理学の巨頭」というのかさえ疑問なのだけれど。

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世界一ラクにできる確定申告

書影

著 者:原尚美 山田案稜
出版社:技術評論社
出版日:2013年12月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 フリー株式会社さまから献本いただきました。感謝。

 本書はちょっとユニークな本だ。先に言っておくと、本書は「free(フリー)」というクラウドシステムの会計ソフトの宣伝のために作られた本だ。この記事も宣伝めいたものになってしまったがご容赦いただきたい。

 もちろん書店で販売されている本なのだけれど、まぁ「宣伝」だけでは買う人もいないだろう。その点本書は、税理士らの2人の著者によって、「フリーランスと確定申告」をテーマに、なかなか興味深いアドバイスがいくつも書かれている。

 言ってみれば、「フリーランスは確定申告が大変でしょ」→「それをラクにする方法はこうだよ」→「そのためにはこのソフトが必要なんだよ」、という巧妙かつ明け透けな宣伝。それを本にして1580円(税別)で売る、というプロモーション方法がユニークだと思うのだ。

 アドバイスの一つを紹介する。「クレジットカードを、プライベート用とビジネス用の2枚を用意する」。もちろん引き落とし口座も別にする。あらゆる経費をビジネス用のカードで支払えば、カードの明細表が、そのまま「経費帳」になる、というわけ。

 会計ソフト「free」では、こういったクレジットカードやネットバンクなどの明細を自動で取り込むことができ、勘定科目まで予想してくれるそうだ。うまく機能すれば確かにラクだ。(クラウドシステムとカード取引のウェブシステムをリンクする危険性をどう考えるのか微妙だけれど)

 本書はずいぶん前にいただいていたのだけれど、記事を今日書いたのは、ちょうど明日(3月17日)が、今年の確定申告の期限だから。無事に申告と納税を済ませて一息ついたところで、来年にむけて参考にしたらどうだろう?

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日本人はなぜ存在するか

書影

著 者:與那覇潤
出版社:集英社
出版日:2013年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 新聞の書評欄で知った本。その記事には「気鋭の歴史学者が(中略)「日本人とは何か」というテーマに迫った」と書いてあった。面白そうなので手に取ってみた。

 結論から言うと、期待通りとはいかなかった。章建ては「日本人は存在するか」といった刺激的なものが並んでいるし、取り上げられる視点も「歴史」「国籍」「民族」「文化」と、なかなか語りがいのあるものが並んでいる。だたし、どれもちょっと論点がズレているように感じるのだ。

 例えば第1章の「日本人は存在するか」。こう聞かれたら「存在する(に決まってるじゃないか)」というのが大方の答えだろう。これに対して著者は、日本人の定義は何?と問い返す。国籍が日本?いま日本に住んでいる?...一律には決められないねぇ。つまり、定義が曖昧なのだから「存在する」という答えも自明ではない、というわけなのだ。

 質問を投げかけて答えを議論するのではなく、質問の方の曖昧さを指摘して「明確な答えは出ません」が答えでは、はぐらかされた気分だ。たいたい「日本人」が「存在するか」がテーマだったのに、「定義」の話に置き換わっている。上で「論点がズレている」と言ったのはそういうことだ。

 それから「再帰性」という社会学の用語が、本書を貫くキーワードになっている。これは、「認識」と「現実」がループする現象が生じることを指す。例えば「日本人は集団主義的」という認識が、日本人に集団主義的な行動を促し、そのことが最初の認識を補強し、そのことが....というループだ。さらに言えば「認識」が「現実」に先立つこともあるし、その「認識」が誤っていることさえある。

 著者はこの「再帰性」を使って、自明や定説とされるさまざまなことを覆す。日本の「国籍」「民族」「文化」といった大きなものから、「織田信長は歴史的な人物」という細かいものまで。この本の元が大学の講義だそうで、「ちょっと面白い話」としてはまぁいい。しかし、本にした場合は、それで何が言いたいのか?となってしまう。「あれも間違いこれは思い込みだ」と、手当たり次第にひっくり返して後に何も残らない。白けた気持ちで取り残されてしまった。

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「不快感」がスーッと消える本

書影

著 者:佐藤達三
出版社:PHP研究所
出版日:2013年11月1日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 著者の佐藤達三さまから献本いただきました。感謝。

 著者の肩書は「運気上昇トレーナー」。耳慣れない肩書き・職業だけれど、私が理解した範囲では、その人の運命や運気、能力を妨げる足かせを取り除くカウンセリングをされているらしい。その成果は目覚ましく、のべ4000人、対面でのセッションルームに来た方の9割以上の人生が好転しているそうだ。

 本書の主張の根幹はいたってシンプルだ。人間は生まれてきた時には、自由で好奇心旺盛で自信満々の、言わば「無敵」の存在だった。それが人間の本質であって、不快というものはそこにはない。だから、不快感は手放すことができる。そうすれば運気も上昇する。

 「人間の本質」の話は脇に置くと、著者の意見には共感を感じる。不快感というのは、マイナスのエネルギーを持った感情なので、それが過剰になれば運気にも影響するだろう。運気が下がると不快な出来事が起き、ますます不快感を募らせる、という悪循環。これを断ち切るには、意識的に不快感を手放すことが有効だ。

 ただし、このブログで度々同様のことを書いているが、こういった本が受け入れられて役に立ったとしたら、その人がちょうどその言葉を欲している時だったからだと思う。言い換えれば、その時以外に読んでも響かない。言い方は悪いが、捉えどころも中身もない本に思えることだろう。

 著者の対面のセッションの効果が大きいのは、そこに来る方がこうした言葉を求めている方が多いからだとも考えられる。「運気上昇トレーナー」の力を借りたい、と思う方は本書を手に取ってみるといいかもしれない。

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世の中それほど不公平じゃない

書影

著 者:浅田次郎
出版社:集英社
出版日:2013年11月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

  本書は、著者が2012年4月から2013年8月まで「週刊プレイボーイ」で連載した人生相談コラム「人生道場」を基に単行本化したもの。日本ペンクラブ会長で、裏社会にも精通し、ヘビースモーカー、無類のギャンブル好き、という強面な印象の著者と、「週刊プレイボーイ」という軟派の象徴のような雑誌との取り合わせが面白い。

 全部で69もの相談に、著者が正面から答える。連載前には切実な、あるいは聞くに堪えない気の毒な苦悩が寄せられるのでは?と、著者は構えていたそうだ。しかし、実際に届いた相談は、あほらしいほど平和な(つまりどうでもいいような)ものばかりだ。

 例として最初の方に載っていた相談をいくつか紹介する。「彼女に結婚を迫られています、うまく切り抜ける方法を教えてください」「フランスで金髪美女の彼女をつくりたい」「貧乳より巨乳のほうがやっぱりいいですか」「胸毛が濃くて悩んでいます」...

 ..自分で文字にしていて恥ずかしい。こんな相談をいくつか受けたあと、著者が編集者に言う「なんだこの投稿のセレクトは!ほとんどろくなものがないじゃないか」。編集者はこう返した「週プレ(週刊プレイボーイ)といえば基本はだいたいこんなもんです」。..なるほど納得。

 編集者の発言を紹介したが、本書は全編にわたって、著者(浅田次郎。61歳)と、編集者(石橋太朗。27歳)の掛け合いで進んでいく。「次郎と太朗の人生相談」という趣向らしい。

 大変に楽しませてもらった。その理由の第一は、あほらしい相談にも人生の深みを感じさせる回答を返す、著者の懐の広さと引出しの多さにある。相談者はこんな回答をもらえて果報者だと思う。そして理由の第二は、編集者の絶妙な質問と合いの手だ。文学界の重鎮を向こうに回して、よくその魅力を引き出したと思う。太朗くん、グッジョブ!

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