スカイ・クロラ

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2001年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 人気ミステリー作家による近未来小説。5巻と番外編の1巻からなるシリーズの1作目。8月に押井守監督で映画が公開されるそうだ。と、このように書いたけれど、これらはすべて後知恵として仕入れたもので、この記事を書くためにネット検索していて知った。
 この本を読んだ直接のきっかけは、写真ブログをやっていらっしゃるliquidfishさんに薦められたから。著者の本を2冊読んだのだけれど、今一つピンとこないでいたところ、「スカイ・クロラ」シリーズがおすすめ、というコメントをいただいたんです。

 そして本書は、不思議な魅力に満ちた本だった。フワフワとした不安定な浮遊感が全編を通じて漂っていて、それでいていつか重大なことが起きるのではないかという、張りつめた感じがあって、それが物語を引っ張る。
 読み終わって振り返ると、不安定な浮遊感は、この物語世界の設定が明らかにされないまま、様々な出来事に付き合わされるからだ。そして、読み終わっても完全には明らかになってはいない。張りつめた感じは、主人公たちが抱えている宿命の行き止まり感、あるいは逆にゴールが見えない焦燥感が伝わってくるのだと思う。

 物語の舞台は、おそらく近未来の日本、戦争中だ。おそらくと書いたのは、人物の名前が日本名なのだが、充てられる漢字がちょっと変。地名も戦闘機の名前も漢字なんだけれど、どれも標準的な感覚(そういうものがあれば、だけど)から微妙にズレている。こういったことも不安定感を醸し出す装置になっているように思う。
 ストーリーは、ある基地に配属された優秀なエースパイロットである主人公カンナミが、何回かの出撃を繰り返しながら、基地や周辺の人々との関わりを深めていく。彼らの何人かはある宿命を背負っている。彼ら自身はその宿命のことを知っているのだが、読者には終盤まで伏せられている。

 本書を読み終わっても、設定の不透明さが明らかにならないのは、本書が5部作の1冊目だからだろう。まだ物語は2割しか語られていない。しかも、時間的には5部作の最後にあたるらしい。巧いというか、ミステリー作家らしいというか、技巧的というのか。
 こういう場合は、気になる人は2作目を読むしかない。読めば、1作目より良くわかり、良く楽しめそうな期待があるから。著者の術中にはまるのを承知で。

 最後に映画化について。単行本の美しい装丁もそうだが、物語もとても映像的だ。戦闘機乗りが主人公だから、空のシーンが何度もあるが、空から見た地上や、空中戦などの描写が絵のようだ。映画にしたいと思ったヒトがいるのは必然だろう。
 そして、押井守監督で映画化というのも、もしかしたら必然なのかも。押井監督のアニメ作品と相通じるものを感じる。草薙水素という本書の準主人公の名前も、攻殻機動隊の主人公の名前と酷似しているし。

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ワーキングプア 日本を蝕む病

書影

著 者:NHKスペシャル「ワーキングプア」取材班
出版社:ポプラ社
出版日:2007年6月11日第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2006年の7月と12月に放送されたNHKスペシャル「ワーキングプア ~働いても働いても豊かになれない~」「ワーキングプア2 ~努力すれば抜け出せますか~」の取材を基に、数多くの事例を紹介するドキュメンタリー作品。この国を蝕む「新貧困」問題を問う議論するための絶好の事例集となっている。

 「新貧困」や「ワーキングプア」とはどういったことか?「ワーキングプア」とは、「働いても生活保護水準以下の暮らしを強いられている人たち」と、本書の中では紹介されている。「新貧困」については、明確に定義されている箇所はないようだ。しかし、海外に目を向けて、飢餓に直面するような「貧困」と区別するために「新」を冠した、ということのようだ。 
 新しい事態を表すためには、新しい言葉が必要となる。「新貧困」という言葉自体が適切なのかどうかはまだ判断できないが、「貧困」と区別したのは正解であると思う。なぜなら、報道番組やワイドショーのコメンテーターの中に、「世界の飢餓に苦しむ人に比べれば、日本はまだいい方ですよ」とか、「日本ほど格差のない社会は、世界中見渡しても数すくないんじゃないですか」という発言をする人が散見されるからである。
 意図的であるのかどうかは別にして、より程度のひどいものを持ち出すことで、問題を軽く(あるいは問題なんかないように)見せる手法だ。同じ「貧困」という言葉で括れば程度の差で比較してしまう。だから違う言葉で語った方が良いと思うのだ。確かに飢餓に直面する「貧困」に比べれば、日本の「貧困」問題はその悲惨さにおいて大したことがないのかもしれないから。

 しかし、問題は確かにそこにあって、放置しておけない状態にまで悪化している。本書はそれを分らせてくれる。政治家や官僚の皆さんには、是非目を通してもらいたい。

 「ワーキングプア」にも一括りにして言えないほど、様々なパターンがある。どんなに真剣に職探しをしても「派遣」や「日雇い」などの不安定な職しか見つからない、子育てをしながらパートを2つ掛け持ちしても月収が10数万円にしかならない女性、海外の安い労働力との競争で単価を極限まで切り詰められて、働き詰めでも手元にほとんど現金が残らない中小零細企業など。
 様々な例の中には、政策の失敗と思われるものも少なくない。労働者派遣法の改正は、企業活動にはプラスの効果があったかもしれないが、働く者の立場を危うくしたことは否めない。政府が打った「自立支援」策は、結果的に補助すべき人々をさらに窮地に陥れている。

 政策の失敗とまでは言い切れないが、衝撃を受けたのは岐阜の繊維産業の惨状だ。安い中国製品との競争で仕事が減ったり、単価が安くなったりした。このことは想像の範囲内で、もはや到る所で同じ問題が起きている。ここの問題はさらに根が深い。中国などから研修生や実習生という名目で来日した人々が7,000人もいて、同じ現場で働く労働人口の実に4割も占めるという。
 その研修生、実習生が時給200円で、日に10時間以上、月に1日あるかないかの休みで就労しているというのだ。これはもちろん違法で許されることではないのだが、競争はこの条件を含んでいて、異常な低水準の単価で行われている。法律を守る業者はいずれ退場するしかないのが現状だ。

 日本は高品質で容易にマネのできない製品で勝負、という経済界や官僚の勇ましいカケ声は一見前向きでもっともらしい。しかし、その「Made in Japan」を中国からの研修生、実習生が低賃金で作っているのでは、そのカケ声は虚ろにしか響かない。
 この研修生、実習生の制度は、日本の発展途上国に対する国際貢献を目的として制度化された。違法行為を想定した制度などないだろうが、国の政策には違いない。国の政策が国の産業と国民を窮地に追い込んでいることも事実なのだ。

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流れ行く者 守り人短編集

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2008年4月初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズの外伝の短編集。バルサ13歳、タンダ11歳の時の物語。バルサが故郷のカンバルから養い親のジグロと共に逃げ出してから7年。バルサはトロガイの家にジグロとともに暮らしていて、その麓にタンダが住む村がある。
 バルサとタンダの関係を紐解く、そして本編ではほとんど語られなかったジグロの人となりを垣間見ることができる。「浮き籾」「ラフラ<賭事師>」「流れ行く者」の3編と、超短編「寒のふるまい」の1編を収録。

 心に残ったのは「浮き籾」と「流れ行く者」の2編。
 「浮き籾」では、タンダの住む村の暮らしと情景が、目に浮かぶかのように描き出される。村人たちが共同して稲を育て、害虫に立ち向かい、収穫する。人々は工夫して生活を営み、大人は家族と村を守り、子どもには子どもの役割がありそれを果たす。
 「守り人」シリーズの舞台は、その多くが宮廷であったり、街であったりして、農村は物語の背景に押しやられていた。本当は、国の大部分が農村であったはず。この農村が、「守り人」シリーズの終盤では破壊される。平和が侵されるということは、この暮らしが破壊されるということでもあったわけだ。

 さらに、ここで描かれているのは幼いバルサとタンダの心の交流だ。なんと言ってもタンダが幼い。11歳ということだが、もっと幼い4,5歳かと思うような振る舞いもする。それに比べると、バルサはたった2つ年上なだけだがしっかりしている。
 タンダは薬草師としての才能の片鱗を見せているが、何としても幼い。バルサから見れば「守ってあげる」対象でしかなかったと思う。それが、年を経てタンダを必要とするように発展するのだが、そういった兆しは見当たらない。そこの部分の物語は、知りたいような知りたくないような微妙な気分だ。

 次は、表題作の「流れ行く者」。ジグロはバルサの庇護者として、普通の親とは違った方法で彼女を護る。娘に短槍を持たせて護衛の旅に連れてくるなど、周囲からも護衛士仲間からも、なかなか理解されない。しかし、ジグロは自分がいつ死ぬともわからないことも、自分が死ねばバルサは自分で自身を守るしかないことも知っている。
 そしていよいよ危機が迫った時には「自分の命を守ることに、全力をつくせ。」という言葉にすべての思いを乗せるしかないのだ。

 しかし、バルサはジグロに守られるだけの存在ではなかった。重傷を負い、高熱を出して倒れたジグロを救ったのは、バルサの機転と厚い介抱によるものだ。逃亡生活の7年の間に、2人の関係はお互いを必要とするものになっていた。バルサは「闇の守り人」でジグロの思いを改めて受け止めることになるが、そこにはさらに複雑な感情が渦巻いていそうだ。

 本書は、「守り人」シリーズの読者を対象としたものだと思った方が良い。本書だけ読んでも面白いかもしれないが、その面白さ半端なものになってしまうだろう。逆に言えば「守り人」シリーズの読者にはオススメ。読めば、シリーズの世界観や人間関係に何か感じるものが必ずあるはず。

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ビーケーワンの「書評の鉄人」に選出されました。

 先週、オススメ書評に選んでもらった、オンライン書店のビーケーワンが、今度は私を「書評の鉄人」に選出してくださいました。
 丁寧なお褒めの言葉を添えて紹介していただきました。特に「購入の参考とするのにピッタリ!」というのは、私にとっては何よりの一言です。
 このブログを始めた理由の一つは、私の感想を読んで、「この本を読みたい」と思った人がその本を読む、そして読んだ感想を聞かせてもらえる、そんなことが起きたら素敵だな、と思ったことなんです。
 ですから、購入の参考(私としては、図書館で借りて読む参考でも良いんですが)になる、って言ってもらえるのは、自分が考えてやってきたことを認めてもらえたようでうれしいです。

ダメなものは、タメになる テレビやゲームは頭を良くしている

書影

著 者:スティーブン・ジョンソン 訳:山形浩生 守岡桜
出版社:翔泳社
出版日:2006年10月3日初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本書が、いわゆる「ゲーム脳」をはじめとする、ゲームやテレビを見るとバカになるだけでなく、脳に悪影響を及ぼして人格破壊さえ引き起こす、という言説へのアンチテーゼになっていることは間違いない。「テレビゲームは頭を良くしている」という副題は、そういった言説を「信じている」、もしくは「そうかもしれない」と思っている、良識のある人たちにとって、挑戦的でさえある。挑戦的すぎて、読もうともしないのではないかと懸念される。
 だからこそ敢えてゲームやテレビを排斥しようとする「良識のある人」にも読んでもらいたい。そういった人には、バランスとして「ゲーム脳」と相反する書籍を読む必要があると思うからだ。

 内容について言えば、評価と落胆が相半ばする。挑戦的なサブタイトルに反して、非常に冷静な分析が続く。しかし、それは別の言い方をすれば、インパクトがあるようなことは書かれていない、とも言える。それ故、評価は☆3つとした。

 でも、著者がこの本を出した意図は、サブタイトルが表すような、テレビやゲームを全面的に擁護し、それが頭を良くすることを知らしめることではない。「メディアの暴力表現は現実の暴力につながるのか否か」「テレビゲームがキレやすい子どもを作っているのか否か」という議論をヤメにして、あるいは、こういう議論だけではなくて、メディアやテレビゲームの悪影響も効用も同じように研究して、読書や野外活動やその他の体験とのバランスや「適切な摂取量」を考察するための議論をしようよ、ということなのである。
 この作者の隠れた意図に興味がおありでしたら、一読をオススメします。

ここから先は、詳しい内容に触れています。
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再び、ビーケーワンのオススメ書評に

 オンライン書店ビーケーワン 書評ポータルで、再び「今週のオススメ書評」に選ばれました。書評ブログ仲間?の、ゆんさんに教えてもらいました。

 今回は、「崖の国物語8 真冬の騎士」の書評です。少し前にこのブログに書いた記事です。私のオススメのシリーズなのですが、ビーケーワンでちょっと検索したところ、1本の書評もついていなかったので、多くの人に推薦したいと思って投稿した次第です。

 1回しかダメなのかと思ってたけれど、2回目もあるんですね。と、言うことは3回目もあるということで...。ガンバロウ!

鴨川ホルモー

書影

著 者:万城目学
出版社:産業編集センター
出版日:2006年4月20日第1刷 2007年4月30日第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2007年の本屋大賞の第6位。本作でボイルドエッグズ新人賞を受賞して世に出た著者のデビュー作でもある。本屋大賞での受賞を知った時から読んでみたいと思っていたが、タイミングが合わず、今になってしまった。

 舞台は京都の街、登場人物の殆どは大学生、そのまた大部分は京都大学の学生だ。主人公は、サークル勧誘のコンパで知り合った女子に一目惚れした、男子京大生の安倍。彼が入ったそのサークルの名は「京都大学青竜会」。
 普通であれば、こんな怪しげなサークルに入ったりはしないが、彼は、一目惚れした理想の「鼻」の持ち主である早良京子の顔、いや鼻を見たいがために、サークルの例会に顔を出してしまう。

 サークルの名の「青竜」は、北の「玄武」、西の「白虎」、南の「朱雀」に並ぶ東の「青竜」がその名の由来。ご存じの方もおられようが、これらはキトラ古墳の壁画に描かれた四神獣であり、陰陽道に通じる。そして、京都大学は京都の街の東に位置する。ということは、残りの3神獣に対応するグループが存在する、ということだ。
 さて「ホルモー」とは何であるのか、についてはネタバレになってしまうので詳しくは伏せる、青竜会を含む4つのグループで行われるものとだけしておこう。

 「ホルモー」が何であるかが明らかになるまでの前半1/3は、ストーリーがどこへ向かうのか分からないこともあり、平板な感じがする、ちょっとしたユーモアを交えた甘酸っぱい青春小説のようだ。
 しかし、まさかそんな!と言う感じの「ホルモー」の内容が明らかになる中盤以降、スピード感が増して一気に読めるようになる。各賞を受賞したのはダテじゃないのだ。
 まぁ、単なるウケ狙いかと思うところや、強引な展開もある。京都や京大生の内輪話っぽいところもあって、そういうのがイヤな人もいるだろうなぁと思う。しかし、ウケ狙いも結構、これがハマる人もいる。私はどちらかと言えばそのクチだ。
 そして、読み終わった時に改めて気が付く。これは、やっぱり甘酸っぱい青春小説だったのだ。ドシャブリの雨の中「私が好きなのは、あなたなのよ!」と告白する式の図がお好みの方は、是非一読を。笑いと感動をダブルで味わえます。

 多くの人が既に指摘していることではあるが、森見登美彦氏の作品とかぶりまくる。どちらが良いかは、もはや好き嫌いの問題だと思う。敢えて言えば、森見氏の方がキャラクターが濃いか。
 余談ではあるが、森見氏のブログ「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」のしばらく前の記事によると、森見氏は氏のお母様から「鹿男あをによし、観てるよ」というメールを受け取ったそうである。「鹿男~」は言わずと知れた、テレビドラマ化された万城目氏のヒット作だ。森見母は最高だ。

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なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?

書影

著 者:枝廣淳子 小田理一郎
出版社:東洋経済新報社
出版日:2007年3月29日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 サブタイトルが「小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」というもので、こっちの方がタイトルより本書の内容を端的に表している。

 「システム思考」というのは、物事を要素と要素のつながりに着目した「システム」として捉えることで、問題の解決策やより良いコミュニケーションを導き出す手法のこと。私はこのことを知らなかったので、「システィマティック(体系的)な考え方」のことかと思っていたがそうではない。それどころか、英語でSystematicsと言えば「分類学」のことだが、「システム思考」はその対極と言えなくもない。
 なぜなら、システム思考では、個々の要素を個別に分類したり細かく分析することでは問題を捉えられないというところから発しているからだ。ずいぶん前に読んだ「複雑な世界、単純な法則」で解説されていた「ネットワーク科学」と通じるものがあると思う。

 あるべき姿を描き出すための「時系列変化パターングラフ」や、物事の構造を明らかにし、問題解決のポイントを見つけ出す「ループ図」などのツールを使って、望ましい問題解決やコミュニケーションを導き出す。本書にはこれらツールの使い方が、実践例を用いながら紹介されているので、興味を持った方は一読をオススメする。私もさっそく応用してみようと思っている。

 タイトルに「解決策」という言葉もあることだし、本書に「問題解決」の手法を求める向きは多いだろうが、私は「問題解決やコミュニケーション…」という具合に、添え物のように後に続く「コミュニケーション」のための、システム思考のツールの利用に光明を見た。
 このことは、本書にも「システム思考の効用」の1つとして解説されている。つまり、先に挙げたツールは、一目で言わんとすることが分かる、という効用がある。
 物事を言葉で説明しようとすると、どうしても1つずつ順番に話すしかない。すると肝心の部分に行き着く前に、反論されたり質問されたりして話がずれていってしまう、ひどい時には自分が責められていると思って怒り出されてしまう。こんな経験の1つ2つは誰でも持っているのではないだろうか?ビジュアルに最初からすべてを目にすれば、こうしたことは避けられるはずだ。

 「怒り出す」ということから、もう1つ。
 「システム思考」では、問題について人や状況を責めない。あくまでも構造に問題点を求める。「あなたがちゃんとやらないから、こんなことになった。」と言いたい状況は多々起きる。しかし、そう言って問題が解決したことがあまりないのも事実だ。
 問題点を人に持っていくと、その人と私は、向かい合って対決することになる。しかし、構造に問題点を求めると、その人と私は共に問題解決にあたる仲間になる、というわけだ。

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運命の書(上)(下)

書影
書影

著 者:ブラッド・メルツァー 訳:越前敏弥
出版社:角川書店
出版日:2008年1月31日初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は米国ではヒットを何作かモノにしていて、そこそこの人気作家であるらしい。日本では有名とは言えない、少なくとも私は寡聞にして本書を手に取るまで知らなかった。

 ストーリーは、8年前の米国大統領暗殺未遂事件から始まる。主人公は大統領の下級補佐官であるウェス。その暗殺未遂事件で流れ弾を受け、顔の右半分を損傷して、傷は目立たなくなって来たが神経は元に戻らなかった。
 その暗殺未遂事件で、次席補佐官であったボイルは、胸に銃弾を受け死亡してしまった。ボイルを大統領の車に乗せたのはウェスであり、彼はそのことで、許してもらうことのできない負い目を感じている。
 しかし、事件から8年後、マレーシアで整形したボイルに出くわし(褐色の瞳に薄青い斑点という目の特徴で気づいた)、事件の裏にある陰謀に感づいて協力者とともに真相を追ってゆく。

 それなりに面白かった。いわゆるノンストップ、ジェットコースターストーリー。ジャンル的にはポリティカルミステリーとでも言うのでしょうか、登場人物は、米国の元大統領とその側近たち、そして、CIA、FBI、シークレット・サービス。米国のテレビドラマが好んで使う配役だ。「ザ・ホワイトハウス」が大好きな私としては、「大統領次席補佐官」なんて人が出てくるだけで、ちょっとワクワクしてしまう。

 でも、「それなりに」面白かった、という言い方が表す通り、ちょっと評価としては微妙な感じだ。
 書名の「運命の書」から連想されるのは、1つは宗教的なウンチク本、またはそれを下敷きにしたミステリー。そうでなければ、例えば「中世に書かれた書物が発見され、そこには現代を見事に予言してあり、それによると近い将来...」、といった「○○の大予言」的なものかと思う。
 本書は、敢えて言えば前者にあたる。宗教的な狂信的殺人者が出てくるし、フリーメイソンの秘密や暗号解読めいたものもある。しかし、ほんの味付け程度の扱いで、本筋に関わってはこない。
 さらに、この位置づけの小説ですぐに思い浮かぶ本に「ダ・ヴィンチ・コード」があり、本書の宣伝でも「ダ・ヴィンチ・コードの次に読むべきもの」と謳われている。訳者が「ダ・ヴィンチ・コード」の訳者なので、こういうのもありなのかと思うが、あれを期待して本書を読んだのでは肩すかしをくらうだろう。買わせるための文句としては良いが、結果的に本書の評価を下げてしまうのではないか。本書は、あくまでも米国のポリティカルミステリーとして売った方が正解だと思う。

 タイトルや宣伝文句を、本の評価に含めて良いかどうかはわからないので、それらをヌキにしても、上下巻700ページ余りは長すぎた。せっかくスピード感があるのだから、もっとギュッと濃縮した方が楽しめたと思う。

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青い鳥

書影

著 者:重松清
出版社:新潮社
出版日:2007年7月20日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この作家さんの本を読むのは初めてだ。このところ何人かの方の書評のブログを巡回していて、度々お目にかかったので、どんなお話を書かれるのだとうと気になっていた。どうも、人の心のひだを丁寧に描写される、心に沁み入る物語を書かれるらしいのだけれど。
 それで、図書館の棚にあった比較的新しめの本書を手にとってみた。読んでみて、他の方が書かれている感想に合点がいった。そこには心の深いところに届く、そんな物語が綴られていた。

 本書は8編からなる短編集。舞台は中学校。作品ごとに違う学校だけれど、そこには、色々な理由でひとりぼっちな子どもがいる。学校では一言も発せない女の子、教室に自分の居場所がない男の子、転校してきて学校に馴染めない男の子...
 そして、8編通して登場する非常勤の国語教師、村内。彼は吃音者でカ行とタ行と濁音がなめらかに出てこない。だから授業はとても聞き取りにくい。彼を採用するなんて「非常勤講師はそんなに人手不足なのだろうか」とある生徒の感想にある。

 しかし、彼はひとりぼっちの子どものそばに寄り添う。寄り添われている本人でさえ気が付かないほど、そっと寄り添う。そうすることで、その子はひとりぼっちではなくなり、何かに気付き、何かを乗り越えることができる。そして、村内先生は言う「間に合って良かった。」
 あらすじを追うだけなら、同じような話は今までにも幾度も聞いただろう。しかし、本書がありきたりの話とは違うのは、ひとりぼっちの子どもたちを丁寧に描いていることだ。その子がなぜそうなったのか?子どもを取り巻く様々な出来事が、その子の心に傷を残す。

 正直、読んでいてつらく感じたこともあった。心身どちらかが疲れていたら読めないだろう。私が特につらかったのは、父親が交通事故を起こした女の子の話だ。事故で父親を亡くしたのではない。父親が事故の加害者として他人を死なせてしまったのだ。10年以上前の出来事が、彼女にそして家族の心に影を落とす。そう、事件の後にも人は生きていかねばならないのだ。

 村内先生が吃音者なのは、著者自身の経験と無縁ではないだろう。しかし、表紙に小さな字で書いてある My teacher cannot speak well. So when he speaks, he says something important. という英文がその意味を端的に表している。

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