ヒア・カムズ・ザ・サン

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2014年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第10弾。

 舞台は、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。前作の「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」の続き。「東京バンドワゴン」を営む堀田家の1年を描く。

 今回も、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。ミステリーの方は、白い影が見えるとかすすり泣きが聞こえるとかの幽霊騒ぎ、近くの区立図書館に古書が置かれるという謎の事件、宮内庁からの招かざる客、等々。

 人情話の方は、ご近所の青年の恋愛がらみの騒動や、以前に堀田家に救われたかつての不良少年(今は一児の父)の話、万引き少年の更生の機会、等々。それから、今回は少し悲しい別れもいくつかある。

 前作のレビューで「子どもたちの成長が楽しみになってきた」と書いたけれど、今回はその成長をはっきりと感じることができた。高校2年生の花陽ちゃんの啖呵がよかった。そして、登場回数は多くなくても、今回の一番の主役は、中学3年生の研人くんだ。何とも甘酸っぱいことになった。

 このシリーズのタイトルは、第1作を除いてビートルズの曲名(第3作「スタンド・バイ・ミー」はジョン・レノンによるカバー)。これまではその巻のイメージに「何となく合っている」感じだった。今回は、ストーリーにうまくはまっている。

 Here comes the sun, and I say It’s alright. ♪

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失敗の本質 日本軍の組織論的研究

書影

著 者:戸部良一、鎌田伸一、野中郁次郎ほか
出版社:中央公論新社
出版日:1991年8月10日 初版 2015年5月20日 53刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は1984年の発行の後30年あまりの間に、何度か注目をされてきた。例えば東日本大震災の後の政府の対応や、それ以前の危機管理の問題点を指摘する際に、多く言及されたという。何か大きな「失敗」や「危機」を感じた時に立ち返って紐解く、そんな本らしい。

 副題に「日本軍の組織論的研究」とある。本書は大東亜戦争時の日本軍の戦い方(特に失敗した戦い方)を、組織論の観点から研究したもの。その研究成果を、現代の日本の組織への教訓として活用することを目的としている。

 第三章まであるうちの第一章は、具体的な作戦を紹介、分析している。取り上げられた作戦は「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」「インパール作戦」「レイテ海戦」「沖縄戦」の6つ。

 本書のキモはこの後で、第二章で6つの事例から共通する要素を取り出して、第三章でさらに理論的な考察を深めている。例えば「あいまいな戦略目的」「主観的で帰納的な戦略策定」「属人的な組織の統合」「プロセスや動機を重視した評価」などの項目が上がっている。

 正直に言って読むのに忍耐を強いられた。特に第一章がつらい。要約や妥協をすることなく作戦を詳細に記してあり、膨大な情報量に圧倒されて一読しただけでは頭に入らない。この章はケーススタディのケースにあたる部分なので、短く要約してしまうわけにはいかないのも分かるけれど、それにしても細かい。

 最後に。本書が、著者たちの英知の結晶で大変な労作だということはよくわかる。ただ、第二章と三章で抽出された項目は、「戦略・目的はあいまいではいけませんね」といった、ごくありふれたものばかりだと思う。

 それでもなお本書が「名著」と言われるに値するのは、「大東亜戦争時の日本軍の戦い方の研究」という大仕掛けによるところが大きい。いきなり「戦略・目的は明確に」と言われてもありがたくもなんともないからだ。これってつまり「プロセスや動機を重視した評価」ってこと?というのはひねくれ過ぎか。

 ※本書はなかなか手ごわいです、挫折した方には「「超」入門 失敗の本質」がおススメ。

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ひなこまち

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2015年12月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」  シリーズの第11作。このシリーズは、巻によって長編あり短編ありのバラエティに富んでいるのだけれど、本作は5編からなる連作短編集。それぞれの短編が完結しながら、全体で一つの出来事を追う形になっている。

 1編目のタイトルは「ろくでなしの船箪笥」。主人公の一太郎は病弱のため出歩いたり遊んだりすることが少なく、友達と呼べる仲間もあまりいない。その数少ない友達の一人の七之助が来て、助けてほしいという。祖父から形見として残された船箪笥が開かない、しかもその船箪笥が来てから、気味の悪いことが起こるようになった、と言う。

 2編目は「ばくのふだ」悪夢を食べるというあの「ばく」の話。3編目は「ひなこまち」江戸で一番美しい娘を選んで、その娘をモデルにひな人形を作る、という趣向。4編目は「さくらがり」一太郎たちとしては珍しく、花見をしに上野へ出かける。5編目は「河童の秘薬」1編目の「ろくでなしの船箪笥」で河童を助けた、その恩返しにもらった秘薬が騒動を起こす。

 「河童を助けた」と、何の補足もなく書いたけれど、このシリーズでは、河童はもちろん、付喪神や貧乏神やらの人ならぬ妖(あやかし)が、特に説明もなく驚きもなく登場する。知らないうちに他人の夢の中に入り込んでしまったり..。つまり「何でもあり」になってしまうのだけれど、今回もその「何でもあり」ぶりが楽しかった。

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図書館の魔女 第一巻

書影

著 者:高田大介
出版社:講談社
出版日:2016年4月15日 第1刷 6月28日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 講談社の公募文学新人賞である「メフィスト賞」受賞作品。つまり著者のデビュー作。文庫の帯に「「読書メーター」読みたい本ランキング(文庫部門)日間 週間 月間、すべて1位」と書いてあって、興味をひかれたので読んでみた。

 主人公は、山里で生まれ育った少年のキリヒト。舞台は西大陸と東大陸が狭い海を挟んで対峙する架空の世界。数多くの部族国家が鎬を削りあっているが、この100年ほどは安寧の時を過ごしている。本書は権謀術数が渦巻く世界を描いた、全4巻からなる異世界ファンタジーの1巻目。

 キリヒトは師に連れられて、「一ノ谷」と呼ばれる街にある「高い塔」に来る。「一ノ谷」とは東大陸の西端、諸州諸民族が行き交う要所にあって、この世界に覇権を布く王都。「高い塔」には「図書館」がある。キリヒトはその図書館を統べる「図書館の魔女」に仕えるためにやって来たのだ。

 これ、面白そうだ。図書館には叡智が詰まっている。図書館を観念的に捉えてそういう言い方をすることがある。しかし、本書では「図書館の魔女」は、その叡智を自分のものとしたかのようで、内政外交の意思決定に的確な意見を述べる。先代の「図書館の魔法使い」は、同盟諸州に書簡を送って同盟市戦争を未然に防いだことで知られている。

 「図書館」にこういう意味や役割を持たせた卓越性や、そこに配置した人々の意外性がとても興味を掻き立てる。どういう意外性かは、敢えて書かないけれど、およそその場に似つかわしくない個性が、それぞれの役割を演じる。正直に言って、壮大な遠回りをしている気がするが、それがいいのだろう。

 「面白そうだ」と推察の形にしているのは、まだ分からないからだ。全4巻の1巻目だから、ほとんど何も起きていない。それでもページを繰る手を止めることなく読めた。次巻以降に期待大だ。

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これは経費で落ちません! 経理部の森若さん

書影

著 者:青木祐子
出版社:集英社
出版日:2016年5月25日 第1刷 2017年2月28日 第9刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨年5月の発売以来、じわじわと部数を伸ばして重版を重ねて、私が購入した本を見ると、1年足らずで9刷になっていた。どうやら先月には続編も出たらしい。

 主人公は森若沙名子。27歳。天天コーポレーションという石鹸や入浴剤、化粧品などのメーカーの経理部に勤めている。社員が持ってくる領収書の経理処理をする。中には用途不明にものもあり、物語の冒頭に受け取った領収書には「4800円、たこ焼き代」と書いてあった。

 タイトルからは「たこ焼き?これは経費で落ちませんよ!」という流れが想像できるし、物語自体も「経費使い込み社員vsそれを見破る経理部員」式かと思われる。ところが「たこ焼き」は経費で落ちるし、物語もそういうものではない。

 ではどういう物語かと言えば、天天コーポレーションの営業部や秘書課や開発室で起きる、ちょっとした事件簿だ。大きな犯罪というよりは、駆け引きや行き違い。森若さん自身の恋や身の上のことも少しある。

 面白く読めた。「使い込みを見破る経理部員」の話でなくてよかった。巨悪に立ち向かう「正義」はカッコいいけれど、社内規定に合わない領収書をはねつける「正義」はウケないし(もちろん必要な正義だとは思うけれど)。

 森若さんは経理担当らしく、几帳面だし情に流されることもない。しかし「正義」の人でもない。彼女が心に留めているのは「フェア」ではなくて「イーブン」であること。互いに得るものがあれば「公正」や「公平」にはこだわらない。そういう主人公の態度が、この物語を小気味よいものにしている。

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ニッポンの裁判

書影

著 者:瀬木比呂志
出版社:講談社
出版日:2015年1月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、各地の地裁、高裁、最高裁で務めた、裁判官として30年あまりのキャリアの持ち主。2012年に大学教授に転身、その前後から著作も多い。本書は2015年に「第2回城山三郎賞」を受賞している。

 本書は、現在の日本の裁判のあり方とその問題点について、具体的な例を挙げながら論じたもの。より端的にくだけた言い方をすれば「日本の裁判はこんなにダメダメな状態になっている」ということが書いてある。

 例えば、日本の刑事司法の有罪率が99.9%であること。その背景には、身柄を拘束して精神的圧迫を利用して自白を得る「人質司法」、「ストーリー」に沿った予断を持った取り調べ、などがある。そして本書のテーマである「裁判」では、裁判官がその「ストーリー」に乗ってしまう。裁判官が正しい(社会常識に照らしてという意味だけでなく、法的な意味でも)結論を出すとは限らない。

 さらに深刻なこともある。裁判官が出す判決は「統制されている」というのだ。最高裁判所事務総局という組織が、研究会や論文発表などを通して、全国の地裁、高裁の判決をコントロールする仕組みがある。重ねて深刻なことに、このコントロールには、その時の政権の意向が大きく働いている、ということだ。

 具体例としては、2001年に名誉棄損の損害賠償額が一気に高額化した例が挙げられている。それまで100万円以下がほとんどだったものが、500万~770万円になった。これは、メディア・週刊誌の政権批判に不満を募らせた自・公両党の突き上げの結果なのだそうだ。衆議院法務委員会でのこれを裏付ける最高裁判所事務総局の答弁も残っている。

 読み終わって裁判所に裏切られた気持ちがした。私たちはイメージとして「裁判所」=「法の番人」=「正義の機関」と思っていないだろうか?三権分立の一角として「最後の砦」と思っていないだろうか?本書を読めば、そんなのは全くの思い過ごしに過ぎないことが分かる。これは相当ヤバイ。

 しかし考えてみれば、裁判所だって最高裁判所長官を頂点としたヒエラルキーなのだ。そして最高裁判所の長官は内閣の指名、判事は内閣の任命。裁判官という専門職が要所を占めていはいるが、実体は官僚組織と変わらない。国有地払下げに関する書類を「すべて廃棄した」と言い、「調査するつもりはない」とうそぶいている、あの人たちと同じなのだ。

 本書を読んだ方が「絶望」してしまわないことを祈るばかりだ。

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ふたつのしるし

書影

著 者:宮下奈都
出版社:幻冬舎
出版日:2017年4月15日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2016年の本屋大賞を「羊と鋼の森」で受賞した、宮下奈都さんの2014年の作品。元は、若い女性を対象とした季刊の文芸誌「GINGER L.」に連載されたものらしい。

 主人公は二人のハル。柏木温之(はるゆき)と、大野遥名(はるな)。温之は勉強ができなかった。何かに集中すると他のことは見えない聞こえない、その場から一歩も動かない。遥名は優等生だった。でも、学校生活を無難に過ごすために、甘ったるいばかっぽいしゃべり方をしている。本書は二人がそれぞれ小学一年生と中学一年生の春から始まる30年を、数年ごとに描く。

 集団からはみ出さないように苦心する遥名と、「はみ出さないように」という考えを持ち合わせない温之。正反対のようでいて、二人とも「不器用」という点で共通する(遥名は器用過ぎて一周回って不器用だ)。そのためか、二人にはお互いには見える「しるし」があるらしい。その「しるし」がいつか二人を結びつける。

 不幸なことも起きるし心が痛む場面もあるけれど、全体として心温まる優しい物語だった。それは、二人の周囲にいつも誰か理解してくれる人がいたからだ。物語の最初から最後まで登場する友達も、ほんの少しだけの関わりの人もいる。「人は他人との関わりの中で生きている」と改めて思った。

 少し気になったこともある。二人の出会いの場面が不自然に感じることだ。二人は出会うべくして出会った、互いには見える「しるし」がある。さらにはその時には「特別」な事情もある。そういう説明はできるのだけれど、やっぱり「そんなんでいいの?」と。ただ、この物語の元々の想定読者である「若い女性」には、案外すんなり受け入れられるのかもしれない。

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村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!

書影

著 者:大森望、豊﨑由美
出版社:河出書房新社
出版日:2017年4月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「はじめに」で、大森望さんが「「騎士団長殺し」メッタ斬り!というタイトルの本を出す誘惑には抵抗できなかった」と書いていらっしゃるけれど、私はこのタイトルを書店で見て、読んでみたいという誘惑に抗えなかった。なんと不埒な便乗商品か。でも「私の想いに近い」という確信めいたものも感じた。

 著者のお二人は共に「書評家」。私はお二人の書評をあまり読んだことがないのだけれど、「辛口の書評」という印象がある。それはたぶん「文学賞メッタ斬り!」という作品のことを知っているからだと思う。本書も、唐突に「メッタ斬り!」なんていう企画が湧いて出たわけではなくて、これまでの「メッタ斬り!」の系譜の中にある。

 内容は、表題の「「騎士団長殺し」メッタ斬り!」のほか、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」「1Q84 Book1、2」「1Q84 Book3 女のいない男たち」のそれぞれの「メッタ斬り!」の4部構成で、全編が著者お二人の対談形式。

 すごく面白かった。何かの役に立ちそうとか、気付きがあったとか、そういうことはない。ただ「私の想いに近い」という最初の直観は正しかった。だから読んでいて楽しかった。

 本書は村上作品の欠点を指摘する本だ。ここで大事なのは「しっかり読み込んだ上で」欠点を指摘する、という点だ。豊﨑さんが行った時系列の整理は見事なものだし、俎上にあげる細かいエピソードは、その作品だけでなく、他の村上作品、さらには他の作家の作品との関わりにまで及んで分析されている。自称「ハルキスト」のどのくらいの割合の人が、これに太刀打ちできるだろう?

 最後に。「私の想いに近い」と感じた理由の一つに、著者と私の近さがある。お二人は同い年で私の2歳上という年齢の近さ。そのために人生のほぼ同じタイミングで同じ村上作品に出会っている。大学生の時に「風の歌を聴け」でハマったのも同じ。新作が発表されるのが楽しみなのも、がっかりすることがあっても「次を期待しよう」っていつも思えるのも同じ。もちろん生きてきた時代も同じだ。それで大森さんの次の言葉に深い共感を覚えた。

 僕は「ドラゴンクエストⅦ」を思い出しましたね(笑)。「ドラクエの新作は、やっぱり発売日に買って、ヨーイドンではじめないとね」って毎回楽しみにして、ずっとやってたんだけど、2000年に出た「Ⅶ」のときに初めて思ったんですよ、「あれ?・・・このゲーム何が面白いんだろう?」って

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ハリネズミの願い

書影

著 者:トーン・テレヘン 訳:長山さき
出版社:新潮社
出版日:2016年6月30日 発行 8月5日 4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞の翻訳小説部門の第1位。

 著者はオランダの作家・詩人。子どもたちのために動物が主人公の絵本や物語を、30年以上にわたって書き続けてきた。本書は、近年大人向けに発表している「どうぶつたちの小説」シリーズの中の一冊。森に一人で住んでいるハリネズミが主人公の、59章からなるお話。メルヘン。読む前は「ハリネズミのジレンマ」が思い浮かんだけれど、そうではなかった。

 ハリネズミは動物たちに手紙を書いた。「親愛なるどうぶつたちへ/ぼくの家にあそびに来るよう、/きみたちみんなを招待します。」...その後に書き足した。「でも、だれも来なくてもだいじょうぶです。」...手紙は戸棚の引き出ししまって、送るのはやめた。お客様に来て欲しいけれど、本当に来たらどうしよう、という逡巡が分かる。主人公のハリネズミはそういう性格。

 斯くして自分の頭の中でお客様が来た時のことを思い浮かべる。もしもヒキガエルが来たら、もしもサイが来たら、もしもクマが来たら、もしも...。誰が来たとしても、思う浮かぶのは「大変なことになる」ことばかり。ヒキガエルは怒りまくって、サイには宙に放り投げられ、クマはハチミツを一人で平らげたあと、家中を探してもうお菓子がないと分かると帰ってしまった。

 まぁこんな感じで、ほとんどハリネズミの空想が最後まで続く。たくさんの動物が出てるけれど、ハリネズミが実際に会ったのは「アリ」と「リス」だけだ(と思う)。

 引っ込み思案のハリネズミくんの空想は、それぞれの動物の雰囲気に何となく合っていて、時にバカバカしいぐらい大げさで、まぁまぁ笑える。ハリネズミくん自身にとっては、大変な目に合っているんだけれど、どっちにしたって空想だから、実害はないし。それにいいことだってちゃんとある。

 ただ、「大人向けに発表している」ということだけれど、楽しむには子どもの視点が必要かも。例えば子どもに話してあげるとか。一章ずつ少しずつ読むのもいいかもしれない。著者は長年、52個の物語を書いて「週めくりカレンダー」に仕立ててきたそうだから。

 実際に会った「アリ」と「リス」の時は大変なことにならない。「心配しているようなことにはならないから、やってみればどう?」。そんなメッセージも潜んでいるのかもしれない。 

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ゴリラは戦わない 平和主義、家族愛、楽天的

書影

著 者:山極壽一、小菅正夫
出版社:中央公論新社
出版日:2017年2月10日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 京都大学第26代総長で、ゴリラ研究の第一人者の山極壽一先生と、旭山動物園で行動展示を取り入れて一躍有名にした、前園長の小菅正夫さんとの対談本。人間より他の動物たちの方により愛着があるんじゃないか、と思われるお二人。以前に一緒にコンゴにゴリラを見に行ったことがある。そのあたりのことから掘り起こして、ゴリラについて語り合う。

 ゴリラはシルバーバックと呼ばれる、大人のオスをリーダーにした群れで暮らす。そのリーダーは群れのメンバーに信頼されてなる。何かあれば前面に立つ。でも相手を威嚇することはあるけれど、若いオスを除いて喧嘩はしないらしい。タイトルの通り「ゴリラは戦わない」のだそうだ。

 それに対してニホンザルのボスは力で群れを従える。もし群れを離れて他の集団に行くと最下位のオスになってしまうらしい。力を示さないとボスとして認められない。「あえて勝とうとしない、でも負けない」ゴリラ社会と、「勝ち続けていないと自分の地位が脅かされる」ニホンザル社会の違いがある。

 話題としては面白い話で、その他のたくさんの「ゴリラ」ネタもあってそれだけでも興味深い本だ。しかし、それだけではない。「ヒトと近い類人猿であるゴリラの社会を知ることによって、人間のことをよく知る」ということもできる。以前に読んだ山極先生の「京大式 おもろい勉強法」にもそんなことが書いてあった。

 さて、ゴリラとニホンザルの比較によって見えた人間のこととは?人間の社会がニホンザルに近づいているのでは?ということかも。つまり「勝ち続けていないと自分の地位が脅かされる」...。

 もうひとつ。ゴリラと、ニホンザルやチンバンジーとの違い。相手の出方を待つこと。相対した時の間の取り方が長い。相手がどうするかを予測して、もの凄く考えているらしい。すぐに手をださない。

 山極先生はこんなことも言っている。「だから、ゴリラにとって、人間はアホなんですよ。ちょっとチンパンジーに似ていてね

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