政府はもう嘘をつけない

書影

著 者:堤未果
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年7月10日 初版 8月5日 再版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の近刊の「政府は必ず嘘をつく 増補版」の続編。タイトルとしては前作の問題提起としての「嘘をつく政府」に対して、「嘘をつかせない(見抜く)」方法を考察するという主旨と読める。実際、本書の結びはそうなのだけれど、そこに至るまでの大部分は、米国発の「強欲資本主義」によって、およそあらゆるものに値札を付けてお金で買う姿が描かれる。

 第1章は、現在佳境を迎えている米国の大統領選挙がテーマ。ここで買われるのは米国の「政策」だ。オバマ大統領が2012年の選挙で集めた政治献金はなんと約1000億円。大口スポンサーは「全米貿易協議会」、シェブロンやボーイング、モンサント、ウォルマートと言ったグローバル企業からなる財界団体だ。

 「今や「政治」は非常に優良な「投資商品」」と、米国の投資アナリストは言う。ざっくりした計算で、政治献金やロビー活動費、選挙費用や天下り人件費などで、年間約2兆円だそうだ。莫大な金額にも感じるが、全米の企業利益総額の1%程度だそうで、それで自分たちに都合のいい政策を買えるのなら、確かにローリスク・ハイリターンだ。

 そして一旦値札がついたものは、グローバル市場で誰でも買えるようになる。産油国はオイルマネーで米国の政策を買っているし、実は日本だってバイヤーの一人らしい。「日本政府がTPP推進のためのロビー活動をしている」と、大手通信社ブルームバーグが報道した。このことは何を意味しているのだろう?少なくとも日本政府からの説明を聞いたことがない。

 第2章では「日本が瀕する危険な状況」が描かれる。ここで買われるのは日本の「教育」や「医療」など。「特区」で風穴があくと、そこから商品化が拡がってしまう。第3章は「海外ニュース」がテーマ。ここで買われるのは「ニュース」自体だ。「戦争広告代理店」でも明らかにされているが、国際政治ニュースは、誰かが何かの意図を持って流している。

 そして一旦値札がつけられると、米国の政策と同じで誰でも買えるようなる。そうなると資金力のあるものに都合よくコントロールされてしまう。「それでいいんですか?」と著者は問いかける。それでいいはずがない。

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陸王

書影

著 者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2016年7月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「下町ロケット」「下町ロケット2」「ルーズヴェルト・ゲーム」など、中小中堅企業の製造業の底力を描いた「経済小説」に定評のある(もちろん「半沢直樹」でも有名な)著者の最新刊。

 今回の舞台も製造業。ただし今回は、ロケットやエレクトロニクスといった「硬い」素材ではなくて、柔らかい素材を使う企業。付け加えれば「柔らかくて強い」素材を使う。今回の舞台は「足袋」の製造メーカーの「こはぜ屋」。

 「こはぜ屋」は1913年創業、100年を超える老舗だ。洋装が主流になって久しいが、綿々と足袋を作り続けてきた。幸いなことにここまではやって来られたが、売上の減少が止まらない以上、いずれは限界が訪れるのは明らかだ。

 そんな「こはぜ屋」の社長の宮沢紘一が、新規事業として考えたのが「ランニングシューズ」業界への進出だ。健康のために走るアマチュアランナーからトップアスリートまで、競技人口は多い。足袋とシューズだから、全く関係がないわけではない。現に「こはぜ屋」にはかつて「マラソン足袋」という商品があった。

 物語は「こはぜ屋」がランニングシューズ業界に挑む一進一退が描かれる。「全く関係がないわけではない」ぐらいの関係で、何とかなるほど、ビジネスは甘くない。陸上競技はすでに巨大資本が研究開発にしのぎを削る状態だからなおさらだ。

 それでも「一退」してもそこから「一進」する。著者のこれまでの作品と同じく、事業にかける「熱量」と「技術」が重要な要素となって、「こはぜ屋」は前に進む。もうひとう忘れてはならないのは「誠実さ」か。

 著者のこのジャンルの作品の面白さには安定感がある。「マンネリ」ではなく「安定」だ。

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壇蜜日記

書影

著 者:壇蜜
出版社:幻冬舎
出版日:2014年10月10日 第1刷 2016年7月15日 第7刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は久米宏さんと一緒に「久米書店」という、本を紹介する番組に出演されていて、何回か見たことがある。その時「あぁこの人はとても頭のいい人なんだなぁ」と思った覚えがある。

 例えば、ゲストの言葉を聞いて、それを著者が別の言葉で言い換えて確かめることが多いのだけれど、言い換えた言葉の方がうまく言えてたりするのだ。

 というわけで、著者に少し興味があったので、書店で本書を見かけた時に購入して読んでみた。

 2013年10月7日から2014年8月16日までの約10か月間、毎日の日付と共に、多い日で10行(300字ぐらい)、少ない日は1行だけの文章が並んでいる。日記だから、その日あったことや思ったことが記されている。

 内容は、コンビニで猫のコミックを買い、ドラッグストアで洗濯洗剤の詰め替え用を買う、という暮らしの一コマや、仕事で出かけた先であったことなど。「久米書店」のことも書かれていた。それから家族のことも少し。

 一見するととりとめのないつれづれ書きだ。ただ、全体としては意外と(いや予想通りに)内省的な思考を感じる。時折登場する短い日記には、底のしれない空虚さえ見える。

 ある日の日記。「そんなに価値のあるタレントじゃないのは分かっています。だけどもう少しだけ褒めたり笑ったり優しくしてもらえないでしょうか...って、となりの人に言えたら。

 著者は、生きにくい世界を生きているらしい。

(2016.9.25追記)
「久米書店」は9月25日で終了し、10月7日から曜日と時間を変えて「久米書店midnight~夜の本の虫~」という番組が始まるそうです。

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切り裂きジャックの告白

書影

著 者:中山七里
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年12月25日 初版 2015年4月15日 4版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨年の4月にテレビ朝日系列で放送された同名のテレビ番組の原作。今月の24日にその第2弾「刑事 犬養隼人」が放送されることもあって読んでみた。

 主人公は警視庁捜査一課の刑事の犬養隼人。事件は、深川署の真向かいの公園で起きた殺人事件。若い女性が絞殺の上、内臓を抜き取られて放置されるという異常な事件。現場は凄惨を極めていた。

 この事件は、19世紀の英国で起きた、世界の犯罪史上最も有名といっても過言ではない殺人事件を想起させる。「切り裂きジャック」。その事件でも被害者たちは臓器を持ち去られていた。

 そして今回の事件の犯人から「ジャック」を名乗る犯行声明が、テレビ局に届く。こんな異常な事件をマスコミが放っておくはずがなく、恐らくは犯人の意図である「劇場型犯罪」の様相を呈していく。

 犬養はどうも「男のウソを見抜く」という特殊な能力があるらしい。今回の捜査では、あまり発揮されないようだけれど(女のウソは見抜けない)、これまでの事件では役に立ったのだろう。「捜査一課のエース」ということになっている。

 ストーリーが練られた面白い作品だった。ネタバレになるので、あまり詳しく言わないけれど、マスコミやネットの陰湿な部分や、臓器移植、生命倫理などを取り込んだ、重厚な(悪く言えば重々しい)物語になっている。

 こんな凄惨な事件の物語を、テレビでよくやったなぁ、と思う。

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日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

書影

著 者:矢部宏冶
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2016年5月31日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルと出版日から、昨年9月に参議院で可決した「安全保障関連法」をテーマとした本だと、想像されるがそうではない。この本が扱うのは、1950年代に遡って、旧日米安保条約の締結に至る日米両国の動きから書き起こした、戦後の「この国のあり方」の根本ともいえる内容だ。

 ただし、それはもちろん先ごろの「安全保障関連法」につながっている。あの時の議論は「集団的自衛権」を巡って錯綜していた。最終盤の参議院の委員会は、「人間かまくら」という異様で醜悪な光景を晒して、怒号の中で幕を閉じた。どうしてあんなことになったのか?

 本書の「まえがき」には、本書に書かれていることを知ると「あのとき起きていた出来事の本質は、あっけないほどかんたんに理解できる」とある。

 ここで重要なのは、太平洋戦争の戦後処理において、アメリカ軍が日本をどうしようと思っていたか?だ。それは、いろいろなことをすっ飛ばして言うと「日本が将来持つことになる軍隊は、アメリカ軍の指揮下に入れる」ということだ。

 これでは完全に従属国扱いで、独立した国家とは見なされていない。だからもちろん日本側は反発したし、旧日米安保条約はそんなことは書き込まれなかった。ただし...。この「ただし」の後と、上で「すっ飛ばした」いろいろなことが、難解な外交文書を多数扱う割には、わかりやすく書かれている。

 「まえがき」にあったことは偽りではなかった。確かにあの混乱ぶりの本質が簡単に理解できる。しかしそれは、私たちにとって、より深い混乱と絶望を招く。それで終わらずに前に進めるように、著者は提言を述べている。その提言を実現するために必要なのは、私たちの「本気度」だと思う。

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黄金の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」「烏は主を選ばない」に続く、八咫烏シリーズの第3弾。本書で物語が大きく動き出した感じだ。これまでの2巻は、それはそれで面白かったが、シリーズが描く物語としては序章、まだ何も始まってなかったことが分かる。

 八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界。平安京にも似たその宮廷が舞台。本書の主人公は前作「烏は主を選ばない」と同じで、地方貴族の家の少年の雪哉。前作での皇太子である若宮の側仕えを終えて帰郷していた。

 事の発端は、雪哉の故郷で起きた事件。人間でいうと「クスリでもやった」ように正気を失った八咫烏が、雪哉の目の前で女性と子どもを襲った。さらにこの事件の調査の途中で「大猿が村人たちを喰らい尽くして、集落をひとつ全滅させる」という凄惨な出来事が起きる。

 物語はこの後、舞台を中央の宮廷に移して、この2つの事件を追う。そこで展開される出来事は、この八咫烏が支配する世界の存在そのものを揺るがす深刻な問題へと行き着く。

 読んでいて「あぁこう来るのか!」と思った。著者がどのように考えておられるかはわからないけれど、小野不由美さんの「十二国記」と重なる世界観を感じる。この世界は、まだまだ広がりがある、まだまだ物語は発展する、そんな予感が充満している。

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ドキュメント 戦争広告代理店

書影

著 者:高木徹
出版社:講談社
出版日:2002年6月30日 第1刷 7月23日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書の紹介の前に一つ質問。次に書いた「仮定の話」を読んで、どのように感じますか?

 世界のどこかで紛争が起きました。民間の広告代理店(PR企業)が紛争当事国の一方と契約して、メディアを使ったPR戦略によって、もう一方の当事国が極悪人であるかのような印象を作り上げたとします。これによってその国は、国際連合から追放されたあげくに、首都が多国籍軍の空爆を受けて破壊されました。

 お気付きの方もいるだろうけれど、「仮定の話」とした上のことは、実は、本書に書かれた実話だ。1990年代に起きたボスニア・ヘルツェゴビナのユーゴスラビア連邦からの独立の際の紛争時のことだ。本書は、ボスニアと契約を結んだ米国のPR企業ルーダー・フィン社の「活躍」を克明に記している。

 「どのように感じますか?」という冒頭の質問に戻ると、私はひどい話だと感じだ。お金のためなら何でもやっていいのか?そうじゃないだろうと思った。ところが、誰もがそう思うわけではないらしい。

 さきほど、ルーダー・フィン社のことを「米国のPR企業」と紹介したが、日本では「広告代理店」と呼ばれる業種だけれど、両者には違いがある。具体的には、米国では他国の政府も顧客になり得るし、広告宣伝や調査だけでなく、文字通りあらゆる手段を使う。ロビー活動はもちろん、政府高官や官僚などに直接的に働きかけることもある。

 ということで、ルーダー・フィン社がボスニアと契約しても別に特別なことではない(実際、ユーゴスラビア連邦の他の国は他のPR企業を契約していた)。存在が確認されていない「強制収容所」のニュースを広めて、敵対するセルビアを貶めても、それは業務の一環だ。そのために使った写真が、全く無関係な写真だったことが後で分かったとしても、結果オーライだ。

 そしてこれは(米国人全員が共有しているとは言わないけれど)米国的価値観では、是とされているらしい。ルーダー・フィン社のこの一連の活動は、全米PR協会の年間最優秀PR賞の、部門最高位賞を受賞した。「ボスニア・ヘルツェゴビナの危機を救った」という評価だ。

 怖い怖い。これでは力のある米国のPR企業がついた方が「正義」になってしまう。あれから20年あまり、世界で紛争が絶えたことはなく、時折その当事者が「正義」と「悪」に別れたけれど、それがPR企業によってつくられたものではない、とは言い切れない。いやむしろその疑いを持ってしかるべきだろう。怖い怖い。

 実は、もっと怖いことがある。この一連の出来事の発端に、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府が決定した「セルビアとの紛争に世界を巻き込む」という国策があるのだ。つまり「他国を戦争に巻き込もう」と考える国が実際にあって、欧米諸国はまんまとその手に乗ってしまったわけだ。

 昨年に何度も聞いた「他国の戦争に巻き込まれることはあり得ません」なんて言葉が空しく聞こえる。あれが空約束にならないことを祈る。

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「稼げる男」と「稼げない男」の健康マネジメント

書影

著 者:水野雅浩
出版社:明日香出版社
出版日:2016年8月19日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の水野雅浩さまから献本いただきました。感謝。

 まずは著者の紹介。著者は、介護サービス事業の全国展開に携わった後、香港で高級日本食レストランの立ち上げに参画。そこで世界のビジネスエリートとの交流を深め、「健康マネジメント」の概念に触れる。アンチエイジングサプリメントの商品開発にも携わり、これらのキャリアを生かして「健康マネジメント」のセミナーや企業への助言などを行っている。

 ビジネスマンとして世界で通用する「稼げる」人材は、「若々しく」て「太らなく」て「疲れない」人で、そのための土台となる「健康」を保つことが「健康マネジメント」の目的。そのためには「食事」「睡眠」「運動」「ストレスケア」の4つの分野の底上げが必要、とのこと。というわけで、この4つに「基本習慣」を加えた5つの章に分けて、「稼げる男」の習慣を、本書では50項目紹介している。

 全部の項目に「稼げる男は○○で、稼げない男は□□」というタイトルがついている。例えば「稼げる男は腹八分目にし、稼げない男は満腹にする」とかだ。その他には「~は階段を使い、~はエレベーターを使う」「~はシーツを替え、~は枕カバーも替えない」「~は自然に触れ、~は人工物に囲まれる」などなど。

 例として挙げたものを見て「当たり前じゃない?」と思った方も多いだろう。そう、全部ではないけれど50項目の大部分は、誰でも知識としては持っている「健康にいいこと」だ。「~はいい油を摂取し、~は悪い油を摂取する」なんて、「いい/悪い」と言ってしまっていて「そりゃそうだろ!」と突っ込みたくなるものもある。

 当たり前であっても、それでも私はこの本を読んでよかったと思う。社会人になって30年になり、仕事で成果を出すには健康であることが必要で、その健康は意識していないと手に入らないことは、実感として分かっていた。分かっているのに、私に足りなかった「具体的な習慣」が、この本にはたくさん書いてあるからだ。それを読んで新しく始めてみたこともある(願わくば、習慣になるまで続きますように)。

 最後にひとつ、心に残った言葉を。「食事は、空腹を満たすためだけではなく、栄養素をとり入れ(るためのもの)」。私が口から入れたものだけで私は作られる。

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烏は主を選ばない

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月25日 第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」の続編。いや「続編」という言い方は正確ではなくて、本書は前作と全く同じ時間に起きた別の出来事を描いた物語。著者はインタビューで、当初は前作と本書がひとつの物語だったことを明かしている。だから「続編」よりは「下巻」、いや「裏編(そんな言葉ないと思うけど)」とか「SideB」とかが適切な表現か。

 改めてシリーズを紹介すると、私たちと同じ人の形になっている八咫烏の世界、平安京に似た宮廷を舞台としたファンタジー・ミステリーだ。前作では、皇太子である若宮の后選びを舞台に、后候補となった4人の姫たちを描いた。

 そして本書の主人公は、若宮の近習となった少年の雪哉。雪哉の目を通して、前作でほとんど何も明かされなかった、若宮に起きた出来事が描かれる。「若宮の后選び」という時間を、后候補の姫たちの側から描いた前作と、若宮の側から描いた本書、2作でひとつの物語、というわけだ。

 とは言うものの、本書では「若宮の后選び」は、ほとんど描かれない。描かれているのは「后選び」どころではない、その身を危うくするような事件だ。若宮は、10年前の政変で兄を追い落として皇太子の座に就いた。その兄の一派が巻き返しを図ってきたのだ。

 面白かった。人気が出るのも頷ける。前作の美しい姫が4人も登場するキラキラした感じから一変、気を抜くと殺されてしまうようなハードボイルドな展開。信頼と裏切り。正義と悪。ジャンプのマンガのようでワクワクさせる。

 「ぼんくら次男」と呼ばれている雪哉と、「うつけ」扱いされている若宮。「解説」にも書いてあったが、物語の主要な登場人物で「ぼんくら」や「うつけ」として現れて、本当にそうだった試しはない。本当の姿が早々にチラっと見えるのも楽しい。

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新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

書影

著 者:北野武
出版社:幻冬舎
出版日:2015年9月10日 第1刷 2015年9月25日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 北野武さんが「道徳」についてツッコミを入れた本。明確には書かれていないけれど「道徳の教科化」という背景がある。2018年に小学校で、翌年には中学校で「特別の教科」としての指導が始まる。

 もうひとつ。著者は何か具体的な道徳の教材を読んで、本書を記している。もしかしたらその教材を読んだことが、本書を書いたきっかけだったかもしれない。その教材は、おそらく文部科学省が制作した「私たちの道徳」だ。

 全部で5章42項の短めの文章が収録されている。第一章のタイトルは「道徳はツッコミ放題」。例えば「なぜ本を読みながら歩いていた二宮金次郎は銅像になって、スマホ片手に歩いている女子高生は目の敵にされるのか」なんていう項目がある。そういう芸風なのか性格なのか、皮肉で斜に構えた文章が続く。

 そんな芸風(性格?)の著者が、一定の評価を受け尊敬もされているのは、映画監督としての実績の他に、辛辣な皮肉の中に一片の真実が光るからだろう。例えば「道徳を教えるのと、良心を育てるのは別のことなのだ」なんて言葉は至言だと思う。「公共心を芽生えさせるなんて目的で、道徳を押しつけてはいけない」は今の社会に必要な警句だろう。

 最後に。サブタイトルの「いいことをすると気持ちがいい」について。著者が読んだ教材に、お年寄りに席を譲る、という場面のイラストに「いいことをすると気持ちがいいよ」と書いてあるそうだ。(「私たちの道徳」の32ページにもそう書いてある)。これを「席を譲るのは、気持ちがいいという対価を受け取るためなのか」と、ひどくご立腹のようだ。

 私としては、著者の言いたいことは分からないでもないけれど、これに拘泥し過ぎだと思う。他の部分でも何度も触れているし、サブタイトルにまでしているし。でも、実際のページを見ると、詩の中の一行に過ぎないし、「気持ちいいからいいことをしよう」と書いてあるわけではない。

 付け加えると、著者自身も「いいことをすると気持ちがいい」ことは自体は否定していない。私も、人に親切にしたり、何かをしてもらった時にお礼を言ったり、困っている人を助けることができたりした時には、「気持ちいい」と感じる。そういうことを子どもたちにも伝えたいと思う。

参考:道徳教育用教材「私たちの道徳」について:文部科学省

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