キアズマ

書影

著 者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2013年4月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」に続く、自転車のロードレースの世界を描く4作目。これまでの3作は、白石誓という才能と機会に恵まれたプロレーサーが主人公。本作は別の主人公を立て、舞台も大学の自転車部に移った。新シリーズのスタート、ということだろうか。

 主人公は岸田正樹、大学の1年生。高校の3年間をフランスで過ごし、帰国してから1年浪人して入学。物語の始まりは、まだ入学から1週間にならない頃、愛車のモペット(自転車オートバイ)で下校中、自転車部の櫻井のロードバイクと小さな接触事故を起こしたことだ。

 その接触事故が発端となってさらなる事故が起き、自転車の部長の村上がケガをしてしまう。正樹に責任があるとも思えないのだけれど、彼には芯の通った生真面目さがある。村上に「自転車部に入れ」と言われ、最初は拒否するのだけれど、「1年だけなら」という条件が出て、話をしている内に心がざわめき、唇が勝手に動いていた「わかりました。それじゃ1年だけ」

 前作までのプロのレースチームとちがって、大学自転車部が舞台なためか、何があっても爽やかだ。速さを競う激しいスポーツだから、勝者と敗者を生み、そこには確執や衝突があり、トラブルにも発展する。「命を賭ける覚悟」なんて言葉も出てくる。それでも大学スポーツだから。欲得よりは速く前に進みたい純粋さが勝る、と感じるのは少し能天気に過ぎるか?

 正樹も櫻井も20歳前の若者には重い過去を背負っている。そしてあの小さな接触事故がなければ、おそらく言葉を交わすこともなかっただろう。タイトルの「キアズマ」は、細胞分裂の際に染色体の交換が起きた「X字形」のことを言うらしい。転じて「交わるはずのないものが交わった」この物語を表している。

 前3作で重要な役回りを演じた、チーム・オッジの赤城が、ちょっとだけ登場する。これはファンサービスか、今後の展開への布石か?後者であれば、さらなる続編が楽しみだ。

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アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ

書影

著 者:ジョー・マーチャント 訳:木村博江
出版社:文藝春秋
出版日:2009年5月15日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は「アンティキテラの機械」と呼ばれる、ギリシアの小島「アンティキテラ島」の沿岸の海底から引き上げられた、ブロンズ製の機械にまつわるドキュメンタリー。私は、この機械の事を昨年末のNHKの番組「古代ギリシャ 驚異の天文コンピューター」で知って、すごく魅きつけられた。そして、私が入っているSNS「本カフェ」のメンバーさんに、この本のことを教えてもらった。

 「アンティキテラの機械」のことをもう少し。1900年に海綿獲りのダイバーが、沈没船の積荷だと思われる、海底に散乱するたくさんのブロンズ像を見つける。その後、政府肝煎りの回収作業が行われ、この機械もブロンズや陶器などの美術品と共に引き上げられる。
 しばらく放置されていた、この腐蝕したブロンズと木の塊から、いくつもの歯車と古代ギリシャ文字が発見される。200ほどもの細かい歯が付いている大きな歯車。それにいくつもの歯車が精巧に組み合わされている。

 これは古代の時計、あるいは何かを計測するか計算する機械だ、と考えられた。しかし、それはあり得ないことだった。他の積荷などから、この機械は2000年は前のものだと推定されたが、我々の文明がこれだけの精巧な技術を獲得するのは、ヨーロッパの中世。1000年は後のことなのだ。

 驚きはその精巧な技術にだけではない。この機械が表しているものは、どうやら天体の運行のシミュレーションらしい。惑星の運行はもちろん、太陽と地球と月の位置関係の何十年周期の繰り返しや、日蝕月蝕が正確に表現されている。天動説の時代だから、観測から導き出したわけだけれど、その精密な観測と洞察力に驚く。

 私は「歯車」が大好きだ。回転数や力の方向を変える正確無比な動きが美しいと思う。変なヤツだと思わないで欲しい。なぜなら、そういう人は少なくないようなのだ。本書に登場するのは、この機械に魅了された数々の科学者たち。その記録を、人間臭い部分を含めて綴っている。

 X線による撮影技術やコンピュータによる画像処理の発達によって、現在ではこの機械についての解明がかなり進んでいる。ただ本書は、この機械の解説ではなく、この機械と科学者たちの100年に及ぶドキュメンタリーを主軸にしたものだ。私としては、この機械の動作や機能について、もう少し詳しく丁寧な解説が欲しかったが、それは別の機会を期待することにする。

(2013.7.29追記)
「アンティキテラの機械」の動きを再現したCGを見つけました。見とれてしまいました。
YOUTUBE「Virtual Reconstruction of the Antikythera Mechanism」

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スタンド・バイ・ミー

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2008年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」「シー・ラブズ・ユー」に続く、「東京バンドワゴン」シリーズの第3弾。

 シリーズ通して舞台となっているのが、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。登場人物もほぼ同じ、ただしだんだんと増えている。実は「東京バンドワゴン」を営む堀田家も、結婚したり子どもが生まれたりで人数が増え、今や12人と6匹という大家族になっている。

 表紙ウラに間取り図が載っていて、これを見ると仏間にも納戸にも人が暮らしていて、家のキャパシティを越えてしまっている。さらに人が増えそうな気配もあって、どうしたものか?ということが目下の問題(のひとつ)。どうにもならんでしょ?と思っていたが....なるほど。

 章ごとに小さな事件や大きな事件が起きる。例えば「年配のご婦人が、繰り返し本を3冊並べ替えて帰る」というような小さな事件、「(ロックンロールの大スターでもある)我南人の隠し子騒動が週刊誌にすっぱ抜かれる」という大きな事件。これを堀田家+周辺の仲間の総力を挙げて解決する。ちょっと「力技」もあるけれど、あまり人を傷付けることなく、何とかまあるく収まってホッとする。

 前作「シー・ラブズ・ユー」のレビューで、「東京バンドワゴン」は、女性たちによって支えられている、ということを書いたけれど、今回は、当主の勘一の孫の青の奥さん、すずみさんが魅せてくれた。京都の「いけず」のじいさん相手に「てやんでぇ」と啖呵を切って...若い女性の「てやんでぇ」に、じいさんたちといっしょに私ものけぞった。けど、カッコよかった。

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神様のカルテ3

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2012年8月13日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「神様のカルテ2」に続く第3弾。私が読んだ昨年8月発行の初版第1刷についている帯には「累計218万部」とある。それから1年になろうとしているので、もしかしたら300万部に到達しているのかもしれない。来年には「神様のカルテ2」の映画が公開される。今は未達でも300万部超えは時間の問題だろう。

 前作から引き続き、舞台・登場人物はほぼ同じ。松本市にある民間病院が舞台で、そこの内科のお医者さん、栗原一止(いちと)が主人公。他の登場人物は、病院の医師や看護師と患者、一止の妻のハルと一止が住むボロアパート「御嶽荘」の住人ら。

 ただ、何から何まで前作と同じでは、空気が澱んでしまう。新しいドラマを生むためには、そこに外の風を入れる必要がある。その「そとの風」が、小幡奈美という内科の女医。医師になって12年目、消化器の専門家のベテランで、人当たりが良くてしかも美人。リンゴを丸かじりするのはちょっと意外だけれど、そのギャップさえも魅力的に見える。

 これだけなら、多忙を極める医療現場に吹く涼風だけれど、もちろんそんなことはない。看護師長に「意外に人を見る目がない」と言われた一止は、なかなか気が付かないけれど、小幡先生には問題があり、曲げられない信念もある。そしてその信念は、一止に影響を与えずにいない。

 「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です。」繰り返し登場する夏目漱石の名言が心に残る。随所に「いい話」や「出会いと別れ」を入れながら、今回は物語が大きく動いた。次回はあるのだろうか?

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青空のルーレット

書影

著 者:辻内智貴
出版社:筑摩書房
出版日:2001年5月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の6月の指定図書。

 表題作「青空のルーレット」と、2000年の太宰治賞受賞作「多輝子ちゃん」の2編を収録。著者はデザインの専門学校を出て、しばらくソロシンガーとしてレコード会社に在籍、バンド活動を経て作家デビュー、という経歴の持ち主だ。

 私としては「青空のルーレット」の方が楽しめた。主人公はタツオ。ビルの窓拭きが彼の仕事。仲間たちと来る日も来る日も、ビルの外側をロープでぶら下がって窓を拭く。この物語は、彼ら「窓拭き」たちの汗臭くも爽やかな群像劇だ。

 窓拭きたちは、他にやりたいことがある。音楽、芝居、デザイン、写真、マンガ...。いつかそれで喰えるようになることを夢見ている。夢ではお腹に溜まらないし、家賃だって払わなければいけないから、窓を拭いている。極めてシンプルな職業観、人生観を持っているのだ。

 彼らの職業観、人生観と同じぐらい、この物語はシンプルにできている。イヤな奴はとことんイヤな奴だし、タツオの仲間たちはイイ奴らだ。「世間から見れば、少し外れているように見えるかもしれないけれど、俺たちは大事なモノは失ってないゼ」という、メッセージもシンプル。だから伝わりやすい。ラストで読者は、ためらいなく喝采を送れる。

 「あとがき」によると、著者には「窓拭き」の経験があるようだ。もしかしたらタツオには著者自身が投影されているのかもしれない。同じように「多輝子ちゃん」にも、ミュージシャンとしての著者の経験が織り込まれているようだ。その思い入れの強さをヒシヒシと感じる。もっとも強すぎて多少くどく感じたのが残念だ。

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時のみぞ知る(上)(下)

書影
書影

著 者:ジェフリー・アーチャー 訳:戸田裕之
出版社:新潮社
出版日:2013年5月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 英国のベストセラー作家、ジェフリー・アーチャーの最新作。詳細は不明だけれど帯には「全英1位」の文字が躍る。

 これは面白かった。著者の作品は、主人公の生涯を描く長編(サーガ)、サスペンス・ミステリー、短編集の3種類に分類されるそうだけれど、これは1番目の「サーガ」になる。これまでたくさんの著者の作品を読んだけれど、この「サーガ」作品群が一番面白いと思う。

 舞台は英国西部の港湾都市ブリストル。時代は1919年から1940年。主人公はハリー・クリフトン。物語の始まりの年には、まだ母親のお腹の中だった。そして、本書の扉ページの前には、「クリフトン家」と「バリントン家」の家系図。本書はこの両家の人々の確執や友情を描く。

 ハリーは物心がつく前に父を亡くしている。家族の話によると戦争で戦死したそうだけれど、どうもそれは真実ではないらしい。母と祖父母、伯父と一緒に暮らしているが、暮らしぶりはなかなか厳しい。ただ、そのソプラノを見出され、奨学生として聖歌隊学校に進むことになり、そこで上流階級に属するバリントン家の長男ジャイルズと出会う。

 ハリーとジャイルズはそこで友情を育む。しかしハリーの父の死には、ジャイルズの父のヒューゴーが関係しているらしい。さらにハリーの母のメイジーとヒューゴーの間には、因縁が感じられる。二人の友情がいずれ過酷な運命に直面する予感を、ヒシヒシと感じさせながら物語が進む。

 読み終わってしばらく呆然としてしまった。こんな終わり方をするとは思っていなかった。実は本書は「クリフトン年代記」という長大な物語の第1部。巻末の「訳者あとがき」によると、英国では第3部まで発売されているそうだ(そしてまだ完結していない)。まだまだ続編があることへのワクワク感と、長い道のりに足を踏み入れてしまった戸惑いを、同時に感じた。

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僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか

書影

著 者:荻上チキ
出版社:幻冬舎
出版日:2012年11月30日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 タイトルを見て、自分の想いととても近いので読んでみようと思った。テレビで見る政治家や著名人の意見から、ネットに溢れるコメントまで、見渡せば「あれはこうだからダメだ」という批判ばかりが幅を利かせている。ダメだと思うことが多いからこうなっているのも事実。しかし、これでは前に進まない、もっとポジティブ(前向き)な意見交換が必要だ、と思っていた。

 著者も「はじめに」でこう書いている「他人の提案に対し、延々とダメ出しを加えるだけではなく、もっとこうしたほうがいいと提案しあう議論を加速させなくては、もうこの社会は持ちません」。「ダメ出し」に対して、ポジティブな提案を出すという意味の「ポジ出し」という言葉を作って、著者はこれを勧める。

 本書では、まず大雑把な見取り図として、1970年代以降の政治経済状況を見渡して、時代が予算を分捕って配る「配り合い」の競争から、どこの予算を減らすかの「削り合い」の競争の時代になったと見る。別のところを削らなければ、自分のところが削られるかもしれない。これが「足の引っ張り合い」、つまりダメの出し合いにつながっているわけだ。

 このあと、消費税法案、デフレ議論、生活保護、ネットカフェ条例、と次々とテーマを替えて、その問題点を浮き彫りにしていく。さらには、官僚やメディアのありようについてダメ出しする。???? 残念なことに、本書の初めから7割ぐらいまでは、色々な物事へのダメ出しが延々と続いている。タイトルとは正反対で、怒る気にさえならず呆れてしまった。そんな訳で☆は2つ。

 著者の名誉のために、そして何よりこの記事がダメ出しで終わらないために、3つ述べておく。1つ目。延々と続くダメ出しの中には「こうすべきだ」という提案も書かれている。これが著者が言う「ボジティブな提案」なのかもしれない。しかし「このやり方は間違いで、こっちの方が正しい」という言い方は、私にはダメ出しにしか思えなかった。

 2つ目。7割のダメ出しの残りの3割には、いいことも書いてあった。「倫理」と「功利」の2つのレンズと、社会疫学的なアプローチの話はその一つ。削り合い競争の中で、倫理的には必要な弱者や少数の利益は犠牲にされがちだ。しかし、疫学的なアプローチで予防的な解決策が取られれば、実は社会全体に対する功利的なメリットも大きい、といった見方だ。

 3つ目。最終的には「(読者の)あなたも何か行動しましょう」という話になる。そう言うだけあって、著者はすでに行動済みなのだ。難病や障害についての困ってることをシェアするメールマガジン「困ってるズ!」や、東日本大震災関連情報のサイト「復興アリーナ」、いじめ対策の情報サイト「ストップ!いじめナビ」。どれも有意義な試みだと思う。下にURLを紹介しておくので、興味のある方は覗いてみて欲しい。
・困ってるズ!: http://synodos.jp/komatterus/
・復興アリーナ: http://fukkou-arena.jp/
・ストップ!いじめナビ: http://stopijime.jp/

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シー・ラブズ・ユー

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2007年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第2弾。舞台は前作と同じで、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。登場人物もほぼ同じで、章ごとに少しずつ新しい登場人物が加わっていく。

 「文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決」、これは今の店主の勘一の父が記したもので、「東京バンドワゴン」を営む堀田家の家訓で、古本屋の壁に墨文字で書かれている。家訓が実質的な意味を持つ時代ではないけれど、堀田家の面々はそれをできるだけ守ろうとしている。

 この家訓が関係するのか、堀田家には近隣の諸問題を引き寄せる何かがあるらしい。例えば、カフェに赤ちゃんが置き去りにされたり、持ち込まれた本に細工がされていたり、謎の紳士が自分で売った本を変装して買い戻しに来たり..。そして、勘一をはじめとする堀田家の面々は家訓を守って、こうした「事件」に首を突っ込んでいく。

 今回は様々な「過去」が明らかになった。例えば、店の常連のIT会社の社長の過去。それは思いのほか重いもので、社長の現在と未来まで変えてしまうものだった。勘一の息子の我南人の亡くなった妻、秋実についても語られた。それは「東京バンドワゴン」の過去、とも言えるエピソードだった。

 2冊を読んで、チラリと感じたのは、堀田家には良い嫁さんに恵まれていること。勘一の妻でこの物語の語り手のサチ、我南人の妻の秋実、我南人の息子の紺の妻の亜美、同じく我南人の息子の青の妻すずみ。「東京バンドワゴン」は、女性たちによって支えられている(男性陣もがんばってはいるけれど)。

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図解 90分でわかる!日本で一番やさしい「アベノミクス」超入門

書影

著 者:永濱利廣
出版社:東洋経済新報社
出版日:2013年4月18日 第1刷発行 2013年6月3日 第4刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 今さら言うまでもないことだけれど「アベノミクス」とは、現在の第2次安倍内閣の一連の経済政策の通称。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3つを、「3本の矢」に例えたりして、なかなかネーミングセンスが良いらしく、今年の流行語大賞候補として取り沙汰されてもいる。

 著者はエコノミストで、プロフィールには「テレビ出演多数」とある。このテレビ出演などで「理解してもらえなかった」と感じることが多々あったことが、本書執筆のきっかけになったそうだ。理解してもらうために本を一冊書こうというのだから、真面目な方なのだろう。

 「真面目な方」らしく、良く言えば曖昧さやいい加減さがない、悪く言えば面白味や親近感の湧かない説明だった。きっと「日本一やさしい」ということはないだろう。経済を勉強中の学生さん、つまり基本的な経済用語の知識がある方、が読むのに良いぐらいかと思った

 本書の内容はまず、日本がデフレである理由、アベノミクスの狙い、アベノミクスへの反対意見、をそれぞれ1章を設けて解説する。そして、最終章のタイトルは「2~3年でデフレは終わり、日本経済は復活します」とくる。そう、著者は「アベノミクスは成功する」と考える一人であるらしい。

 「成功するのか」と安心するのは早い。「2~3年で...復活します」となっていることに、注目して欲しい。私たちが効果を実感できるまでに3年かかる。具体的には、月々の給料が上がるのは2016年ぐらいからだそうだ。私たちがそれまで我慢できなければ、「アベノミクス」は頓挫してしまう。

 本書の随所に「期待の醸成」という言葉が出てくる。「これから経済が良くなる」という「期待」こそが経済を良くする。「経済は感情で動く」という本があるが、その言葉どおりで「期待」という感情のエンジンが止まると、そこで終わってしまう。けっこう頼りない基盤の上に乗った政策なのだ。

 もちろんこんなことは著者も十分承知している。我慢してもらうためには「その後には必ず効果が実感できる」という、未来予想図を示す必要がある。本来はそれは政治の役割だが、誰もやらないので、それを自分でやることにしたのだろう。著者は「アベノミクスは成功する」というより、「成功して欲しい」と痛切に願っているのだと思う。

 その痛切な願いは著者だけのものではない。「デフレを脱却して、経済を活性化して、暮らしを明るくして欲しい」というのは、今の日本の国民の共通した願いだろう。その成否はあなたの我慢にかかっている、と言われたらどうするだろうか?私は我慢しようと思うのだけれど、さて我慢しきれるだろうか?

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知の逆転

書影

著 者:吉成真由美
出版社:NHK出版
出版日:2012年12月10日 第1刷発行 2013年5月20日 第11刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 DNAの二重らせんを解明したジェームズ・ワトソン、「人工知能の父」と呼ばれるマービン・ミンスキー、ニューヨーク・タイムズに「生きている人の中でおそらく最も重要な知識人」と評された言語学者ノーム・チョムスキー、「誰も知らないインターネット上最大の会社」アカマイ社のトム・レイトン、映画「レナードの朝」の原著者で神経学者のオリバー・サックス、『銃・病原菌・鉄』で人類と文明の発展について新たな知見を表したジャレド・ダイアモンド。現代の「叡智」とも言える6人へのインタビュー集。

 「知の逆転」というタイトルは、この6人について「限りなく真実を追い求め、学問の常識を逆転させた」という評価をして付けたものらしい。「常識を逆転」という評価には首肯しかねるが、「真実を追い求め」の部分は、確かにそうだと思った。この人たちは「自ら考えそれを検証する」ということを実践してきた。そのことが自信となって表れている。

 私はコンピュータ関連の仕事をしていることもあって、人口知能学者のマービン・ミンスキーと、アカマイ社のトム・レイトンの2人のインタビューが、特に印象に残った。

 ミンスキー氏は、事故後の福島原子力発電所でロボットに作業させることができなかったことに、深い失望と憤りを感じたそうだ。30年前のスリーマイル島事故の後に、「たとえ知能ロボットを作ることができなくても、リモコン操作できるロボットを..」という記事を書いた彼は、30年後に同じ事態に遭遇した。「チェスには勝ててもドアさえ開けられないコンピュータ」に、何の意味があるのか?というわけだ。

 レイトン氏のアカマイ社は、インターネット上の効率的な経路決定の技術を持っていて、グーグル、ヤフーなどの主要なサーチ・ポータルサイトのすべてと、メジャーなサイトの多くを顧客に持っている。推計ではインターネットの総情報量の15~30%が、アカマイ社を通して流れているらしい。

 「悪い奴になるほうがいい奴になるより簡単」というご時世で、セキュリティの攻防は熾烈を極めている。インタビューは、そのことについて詳しいのだけれど、私は別のところに目が留まった。それは、以前に読んだ「理系の子」の舞台となった、インテル国際学生科学フェア(ISEF)に、レイトン氏も出場した、という一文だ。少し誇張を許していただければ、その時の氏の経験が今のインターネットを支えている、と言える。

 6人全員に「特に若い人たちにどのような本を薦めますか」という、同じ質問をしている。どのような意図を持った質問なのか分からないが、それまでのインタビューとの脈絡がなく唐突な感じだ。ただその答え方が、それぞれの人の「素顔」が垣間見られるようで、意外とナイスな質問だったかもしれない。

  ナイスと言えば、インタビュアーを務めた著者も、いい仕事をしていると思った。「そんなのは当然」なのかも知れないけれど、しっかり準備をして臨んでいるようだった。さらに、このインタビューができることを喜んでいるようにも感じたけれど、さすがにそれは深読みが過ぎるか。

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