新・所得倍増論

著 者:デービッド・アトキンソン
出版社:東洋経済新報社
出版日:2016年12月22日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、現在は日本の国宝・重文級の文化財の補修を手掛ける会社の社長だけれど、前身は外資の超メジャーな金融機関を渡り歩いた敏腕アナリスト。その著作を読むのは「イギリス人アナリスト日本の国宝を守る」に続いて本書で2冊目。

 日本の企業の生産性(の低さ)に拘り抜いた本。前に読んだ本でも、世界第3位の日本のGDPは、日本人の勤勉さや技術力の高さが理由ではなくて「人口が多いからだ」、と書いていた。本書はそこにさらに切り込んだ内容。

 日本のGDPは世界第3位だけれど、1人あたりのGDPは第27位(IMFの調査)なのだ。「生産性が低い」というのは、主にこのことを指している。人口を分母とした指数ということもあり、上位には人口の少ない国が多い。しかし、3億人以上の人口がある米国は10位に入り、その数値は日本の1.5倍もある。

 ちょっと聡い人ならば「高齢化が原因じゃないか」と気が付くだろう。著者もそれには気が付いてちゃんと検証している。日本は生産活動をしていない高齢者の比率は大きいかもしれないが、失業率がとても低い。労働人口1人あたりGDPを計算すると、ランキングはもっと下がってしまうそうだ。

 本書では、この日本の「生産性の低さ」を様々な角度からデータを使って実証し、勤勉さや技術力の高さが、まったく役に立っていないことを証明して見せる。それだけではただの「すごく感じの悪い本」になってしまうので、最終章に「ではどうすべきか」という提案が書かれている。

 最終章はあるにしても、読んでいて心穏やかでないのは、私が日本人で、著者が外国人だからだろう。日本のことを悪く言われている気持ちになってしまう。実際、こういうことを講演や会合で言うと、それはそれは激しい反論に会うそうだ。

 それもあってか(本音は分からないが)、著者は「日本人はそれを活かせていないだけで、素晴らしい能力を持っている」というスタンスを崩さない。その能力を発揮できれば「GDPは1.5倍、年収は2倍になる(つまりタイトルの「所得倍増」)」ということだ。ここは反論したい気持ちを抑えて、真摯に耳を傾ける時だと思う。

 最後に。著者は「日本の企業(社会も)の効率化が進んでいない」と言うのだけれど、そこはちょっと違う気がする。そういう面はあるけれども、それよりも日本では「効率化」が、コストダウンと値下げに向いてしまっていることが、要因としてあると思う。「安く提供する」ことを「経営努力」と言ったりするように。

 ITの導入などで、同じ業務を少ない人数でできるようになった。その業務が生んだ果実を少なくなった人数で分ければ、1人当たりは増えるはず。そうではなくて果実を小さく、つまり「安く提供」してしまった。これでは「生産性」は向上しない。私たち労働者も楽にならない。経済も活性化しない。むしろ縮小する。

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2つのコメントが “新・所得倍増論”にありました

  1. 本読みの記録

    単なる悲観でも、無意味な楽観でもない現実:デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

    デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論作者: デービッド アトキンソン出版社/メーカー: 東洋経済新報社発売日: 2016/12/09メディア: 単行本 元ゴールドマン・サックスのアナリストで、現在は日本の文化財修復会社で社長を務める筆者が語るニッポン経済復活への方策。 筆者は日本の観光業、日本経済について様々な本を出しているのだが、本書が一番言いたかった内容(=集大成)なのだろう。 バブル時代から日本を見続け、なお、見捨てていない筆者の提言には学ぶべきところが非常に多い。 …

  2. 大町阿礼

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