物語と歩いてきた道

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2017年11月 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 物語には「違いを乗り越える力」がある。そのことを明瞭に感じた本。

 著者の上橋菜穂子さんは、平成元年(1989年)に「精霊の木」で小説家としてデビュー。その本の発行は2017年なので「29年目」。その著書は世界中で翻訳され、2014年には「国際アンデルセン賞作家賞」を受賞。本書はこれまでに書かれたエッセイやインタビュー記事、受賞式などでのスピーチが、全部を14編収録。一番古いものは1992年で著者が30歳の時、一番新しいものは2016年で著者が53歳の時のもの。

 著者は小説家だから、自分が紡いだ文章を本の形で世に出して、それは長く残っていく。一方で、エッセイやインタビューは文章として世には出るものの、長くは残らない。特にスピーチは「一瞬だけ人の目にとまり、すぐに消え去ってしまう運命にある」。本書はそれらを道に残る「足跡」として集めることで、著者がたどって来たくねくね道を浮かび上がらせようという試みだ。

 ひとつひとつの文章が、どれもこれも生き生きとして見える。おばあちゃんが語る物語を聞いて育ち、本が大好きだった少女時代。家の中でゴロゴロしていたい自分の背中を蹴っ飛ばすために選んだ文化人類学の道。作家になって深めた文化の差異を越えて他社と生きる「物語の力」。

 印象的なエピソードを一つ。幼い頃に石ころを蹴ろうとした瞬間、自分が石に吸い込まれたような感じになり、石の側から、蹴ろうとしている自分を見上げている錯覚が起きたそうだ。「あ、蹴られたら痛い」と思ったという。著者の深いところにあるのは、他社への理解なのだ思う。

 それは、石ころのエピソードで分かる著者が持って生まれた感覚と、文化人類学のフィールドワークで得た経験から培われ、強度を増したことなのだと推察する。文化人類学と物語、異なる分野の二つが著者の作品として昇華している。このことが、私にも不思議な安心感を与えてくれる。

 最後に。一文だけ引用。

 文化は、片方の手には剣を持っています。差異を見せつける分断の道具である剣を。しかし、もう一方の手は、他者に向けて伸ばし、手をつなぐための温かい手です。異なる人びと同士が、わかりあおうと伸ばす手なのです。

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