暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

著 者:堀川惠子
出版社:講談社
出版日:2021年7月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 戦争計画にあった「ナントカナル」という言葉が虚しく聞こえた本。

 2021年第48回大佛次郎賞受賞。尊敬する人生の先輩に薦められて読んだ。

 本書は太平洋戦争の戦時下に、広島市の宇品地区にあった「陸軍船舶司令部」に焦点を当てたノンフィクション。「陸軍船舶司令部」というのは、戦時下には参謀本部の直轄となり、戦場への兵隊や軍需品の輸送や上陸を支援する組織。

 キーマンとなるのはその「船舶司令部」の2人の司令官。一人は大正8年に宇品に着任した田尻昌次。上陸用舟艇の開発や組織改革を行い、日中戦争で実際の上陸作戦を指揮し、後に「船舶の神様」と呼ばれる。もう一人は昭和15年、田尻の退任後まもなく着任した佐伯文郎。太平洋戦争中の南アジアや太平洋への兵力の輸送に必要な船舶の手配に奔走、原爆投下後の広島の街の救援にも尽力した。

 「日本はこうして負けたんだな」ということが、これまでになく実感を持って分かる。もちろん敗戦の要因が「無謀な戦略」にあることはまず間違いなく、それを指摘する類書はたくさんある。「無謀な戦略」をもっと具体的に「ロジスティクスの軽視」として「南太平洋にまで長く伸びきった兵站線」を指摘する意見も少なくない。

 しかしこの「長く伸びきった兵站線」の実情を詳細に解明した本はどうだろう?。私は本書がその初めての本だと思う。「実情」を一言でいえば、要は「船が足りない」のだ。本書はその「足りなさ」を、具体例と数値を以てこれでもかというぐらい執拗に明らかにしていく。

 海に囲まれた日本からは、戦場に大量に兵力を送り込む手段は船しかない。輸送船は民間の客船を徴用したもので船員は民間人で火器も積んでいない。当然のように敵の標的されて損耗する一方なので数が足りなくなる(「損耗する」なんてモノのように書いたけれど、1隻撃沈されれば千人単位の兵士・船員が海の藻屑と消えるのだ)。さらには、日本軍の南アジアへの進出は資源を求めてのことだったけれど、その資源を日本へ輸送するための船がない。「船がないから船を新造できない」とう悪循環..。

 上に「本書がその初めての本だと思う」と書いたのには理由もある。本書の取材過程で、田尻昌次が残した全13巻のこれまで未発表で眠っていた手記を著者が発見した。それがなければここまでの事実の解明はできないだろうと思うからだ。発見された手記を基に今後の調査も期待できる。改めて資料の収集と保存の重要さを感じた。終戦から80年が経とうとしていることを考えれば、このような資料の発掘にはもうあまり時間がないかもしれない。

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