1.ファンタジー

いっちばん

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2010年12月1日 発行 2013年4月20日 7刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」シリーズの第7作。表題作「いっちばん」を含む5つの短編を収録した短編集。文庫版には、著者と漫画家の高橋留美子さんの対談が巻末に付いている。

 江戸の大店の跡取り息子で、極端に病弱な一太郎の周りで起きる騒動を描く、ということは5編に共通なのだけれど、少しずつ趣向が違う。一太郎が、馴染の妖たちの力を借りて小さな事件を解決する、というシリーズの主流を占める形のものは、最初に収録された表題作と5つ目の「ひなのちよがみ」ぐらいだ。

 2つ目の「いっぷく」は、小さな謎はあるものの事件は起きない。その代りに前作「ちんぷんかん」の中の一編とつながっている。3つ目の「天狗の使い魔」は、騒動を起こすのがなんと信濃の深山に住む大天狗。天狗と言えども妙に人間臭い。4つ目の「餡子は甘いか」は、主人公が一太郎の親友で菓子職人の栄吉。この物語で一皮むけたか。

 5つ目の「ひなのちよがみ」が面白かった。今回は一太郎が大店の跡取り息子として「商いための鍛錬」に挑む。紅白粉問屋のお雛ちゃんと許嫁の正三郎の仲違いを収めようというのだ。大店の主になれば、問題が起きれば対処を考えねばならないから、というわけなのだ。始終寝込んでいる一太郎に、男女の仲違いを収める機微など備わっているわけがない、と思うのだけれど、意外と的を射たアイデアが出てくる。しかし...。

 巻末の対談もいい。二人ともそれぞれ相手の作品が好きで、聞きたいことがあったようだ。それぞれの創作の内幕も分かって読者にとっても興味深い。高橋留美子さんは「うる星やつら」と「めぞん一刻」を同時に連載していたそうだ。そのバイタリティに脱帽。

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鹿の王(上)(下)

書影
書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:角川書店
出版日:2014年9月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで知られる著者は、作家デビュー25周年を迎え、今年3月には「国際アンデルセン賞 作家賞」を受賞。本書は受賞後の第一作。書下ろし長編。

 主人公はヴァン。年齢は40を過ぎたあたりか。強大な敵を相手に徹底抗戦を挑んだ戦士団「独角」の頭だった男。「独角」が全滅した戦いでだた一人生き残った。そして物語冒頭で起きた、彼が奴隷として働く岩塩鉱の人々を全滅させた疫病禍も生き抜いて逃走する。

 ヴァンと並んでもう一人重要な人物がいる。ホッサルという名の医術士で、物語の初めは若干26歳。医術、土木技術、工芸に優れ、数千年もの長きに亘って栄えた「古オタワル王国」始祖の血をひく。岩塩鉱での疫病の治療法を探る。

 物語は、前半はヴァンとホッサルのそれぞれのその後を描く。ヴァンは自分の居場所を見つけ、平穏に暮らしを始めた。しかし疫病を生き残った彼には、いくつもの追手が迫っていた。ホッサルも複雑な政治に巻き込まれ、やがて二人の運命が交わる。

 登場人物の一人が、問い詰めるヴァンに対して「複雑な事情があるのです」と答える場面があるが、まったくその通りで、この物語は複雑だ。いくつもの勢力が表と裏を使い分けながら駆け引きをして、いくつもの要素が絡み合って、複雑な模様の織物のような物語を織り上げている。

 国家、民族、宗教、生命、医療、倫理、親子、正義...ちょっと思いつくだけでもこうした要素が織り込まれている。だから様々な面があって、「こういう物語です」と言うことが難しい。でも敢えて一面だけ切り出すと、死ぬことだけを望んだ孤独なヴァンが、彼のことを慕い本当に心配する「身内」を得る、そんな物語だ。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された小説)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

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第九軍団のワシ

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:猪熊葉子
出版社:岩波書店
出版日:1972年7月10日 第1刷 1984年11月5日 第4刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 上橋菜穂子さんが、影響を受けた作家としていつも上げられるのが、著者であるサトクリフ。そして「明日は、いずこの空の下」で、数多い作品の中から3つ選んだ中の一つが、この「第九軍団のワシ」。どんな物語なのか楽しみに読んだ。

 舞台は2世紀のイギリス。ローマ帝国のブリテン平定の北方前線への圧力が強まっていたころ。主人公はマーカス。ブリテン南西部の町の守備隊の司令官として赴任してきた。まだ20歳ぐらいの青年だった。

 マーカスの父親も軍人だった。第九軍団(ヒスパナ軍団)という歴史ある部隊の第一大隊長だった。しかし12年前にその第九軍団は、ブリテン最北部の氏族を平定するために進軍したのち、忽然と消息を絶ってしまっていた。副司令官でもある父親が守っていた、第九軍団の象徴である黄金の「ワシ」の行方も分からなくなっていた。

 物語は、マーカスの負傷・軍団からの離脱から、療養を経て「ワシ」の探査行を縦軸に描く。そこに、後に無二の友となるエスカ、隣家の少女のコティアらとの出会いと関係の発展横軸に、さらに、征服者であるローマ人に対する、被征服者のブリテン人の複雑な感情を背景にして、重厚な作品となっている。

 上橋さんがのめり込んだのも分かる気がする。これまで私は著者の作品として何冊か読んだのだけれど、「アーサー王」や「オデュッセイア」など、原典のある作品ばかりだった。それも良かったのだけれど、オリジナル作品はさらに良かった。

 なんと、映画にもなっていた。
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思い出のマーニー

書影

著 者:ジョーン・G・ロビンソン 訳:松野正子
出版社:岩波書店
出版日:2014年5月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 現在公開中のスタジオジブリの映画「思い出のマーニー」の原作。映画の方は「もし評判が良ければ..」ぐらいなんだけれど、原作は読んでみようと思って手に取って見た。手元に届いて意外に思ったのは、400ページのけっこう厚い本だったこと。勝手な思い込みでだけれど、もう少し薄い本を想像していた。

 主人公はアンナという名の少女。もっと幼いころに両親を亡くし、プレストン夫妻という養父母に育てられた。物語は、喘息の転地療養のために、プレストン夫妻の古い友人であるペグ夫妻の元に、アンナが出発するシーンから始まる。

 この冒頭の短い出発のシーンに、アンナが抱えるものが暗示的に描かれている。喘息以外に「やってみようともしない」ことを大人たちが心配していること。普通の子どもたちが考えるような「友だち」とか「一緒に遊ぶ」とかいったことに興味がないこと。自分だけ「外側」にいるように感じていること...。そこには「心の問題」が垣間見える。

 ペグ夫妻の元でアンナは、行きたいところに行き、したいことをして暮らす。時に問題を起こすこともあるのだけれど、ペグ夫妻は、全面的にアンナを受け止めてくれる。そんな暮らしの中で、アンナは同じ歳ぐらいの少女マーニーと出会う。物語はこの後、アンナとマーニーの「大人たちには秘密の」面会を繰り返し描き、やがてそれも終わるときが来て...。

 マーニーの登場後に、私の頭に常にあったのは「マーニーとは誰なのか?」「そもそも実在するのか?」ということだ。もちろんマーニーはアンナと普通に話をするし、触れることもできる。しかし、その実在を危うくするようなことが、物語のそこここに潜んでいる。

 面白かった。アンナがかなり無茶な行いに及ぶので心配になってしまうが、そういった奔放さもこの物語には必要だったのだと思う。「マーニーとは誰なのか?」というミステリーの要素、子どもらしい無邪気さと少しの残酷さ、アンナの回復、そういったことが混然となって物語を引っ張っていく。

 最後に。どの版にあるのかどうか分からなけれど、私が読んだ「特装版」には河合隼雄氏による「「思い出のマーニー」を読む」という題の解説が付いていた。物語に「解説」なんて要らないという声もあるだろう。しかしこれは、物語全体に新しい光を当てる素晴らしい解説だと思う。

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薄妃の恋 僕僕先生

書影

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2008年9月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「僕僕先生」につづくシリーズ第2弾。主人公の王弁は、もともとは親の財産でノラクラと暮らしていたニート青年。前作では、師である僕僕先生の旅に同道して、大したことはできないけれど、他の人が真似できないことはできたりして、何となく弟子として認められた。

 今回は、それから5年後。王弁を残して神仙の世界へ行ってしまった僕僕先生が戻って来た。王弁と僕僕先生は再び旅に出る。今回は大陸を南下する。物語はその行く先々での事件→僕僕先生による王弁への「ムチャ振り」→解決、を描く。

 料理対決、豪雨に沈む街、許されざる愛、店の跡継ぎ問題、仇討ち…。とてもバラエティに富んだ事件が、2人の前に立ち現れる。もしかしたら僕僕先生の神通力を以てすれば、簡単に解決できそうな気もするが、修行の身の王弁が体当たりとも言える奮闘でことにあたる。

 前作より今回の方が楽しめた。舞台がずっと「こちら側の世界」だったからかもしれない。もちろん、こちら側の世界の事件であっても、裏には人外の者がたくさん関係している。そうした中に、親しみやすいキャラクターが登場していることも、楽しめた理由だろう。

 そのキャラクターとは、雷の子の砰(ばん)と人間の子の董虔(とうけん)、皮一枚の身体の薄妃(はくひ)さん。砰くんと董虔くんは「Fantasy Seller(ファンタジーセラー)」にも登場した。私にとってはこのシリーズの入り口になった存在。本書のタイトルでもある薄妃さんは、旅の途中で一行に加わった。この後も道ずれとなるのだろう。

 気になるキャラクターもいる。「面縛の道士」と呼ばれ、僕僕先生一行とは敵対する。この対立が今後の物語の展開の軸になるのだろうか?

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いたずらロバート

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:槙朝子
出版社:ブッキング
出版日:2003年11月1日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 ファンタジーの女王、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小品。

 主人公はヘザー。かつての貴族の邸宅に住んでいる少女。と言っても、ヘザーの家がお金持ちなのではない。メイン館という12世紀に建てられた館を、今はナショナルトラストが管理していて、一般の見学者に開放している。ヘザーの両親がそこの管理人として住み込みで働いている、というわけ。

 地所の端にある築山は、その昔に魔法を使ったとして処刑された男の人の墓だと言われている。その男の呼び名が「いたずらロバート」、つまり本書のタイトル。おどろおどろしい言い伝えの割には、親しみが湧く名前だ。

 言い伝えには、ヘザーが知らない続きがあって、築山のそばでロバートの名前を呼ぶと、ロバートが出てきてしまうそうだ。そんなこと知らないから、ちょっとむしゃくしゃしたことがあったヘザーは、大声でロバートを呼んでしまう。そして、言い伝えは本当だった。

 「いたずらロバート」と呼ばれるだけあって、ロバートはいたずら好き。見物客やら庭師やらがそのいたずらの被害にあう。当人たちにとっては「いたずら」で済まないんだけど、まぁ無邪気にいろいろとやらかしてくれる。

 本書には、著者の多くの作品に見られる捻った展開や辛口のユーモアはない。まぁ安心して読める「子ども向けの物語」と言える。

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僕僕先生

書影

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2006年11月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品は以前から気になっていたし、先日読んだ「Fantasy Seller(ファンタジーセラー)」に収録されていた作品もけっこう私の好みに合っていたので読んでみた。著者のデビュー作にして、2006年の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

 舞台は中国。時代は玄宗皇帝の治世の前半、つまり唐の絶頂期。県令という地方の行政長官の家に生まれた、王弁という22歳の若者が主人公。彼は、父が貯め込んだ財産で自分が無為に生きてもおつりがくることに気が付いて、仕事もしない勉学にも励まない、ダラダラとした暮らしをしていた。

 そんな彼が、父の使いで山の庵に住むという仙人を訪ねる。その彼を迎えたのが、姓は僕で名も僕という仙人。つまり僕僕先生。年齢は数千歳だか数万歳だか定かではない。それなのにこの先生、何と美少女の姿をしている。

 この出会いの後まもなく、王弁は僕僕先生の旅に同道することになる。その道中で、他の神仙の者たちや玄宗皇帝その人にも出会い、王弁自身も幾ばくかの才能を開眼させる。

 何とも楽しげな物語だった。僕僕先生は神仙の中でも一目置かれるような強力な仙人、王弁は今でいうニート青年。一見してアンバランスながら、王弁の中に何かを見た僕僕先生が導く、王弁の成長物語である。ただ、二十歳過ぎの青年と美少女という組み合わせが話を面白くする。いや、ややこしくする。

 普段は飄々とした僕僕先生が、真剣な表情を見せたり、かと思うと王弁に甘えたり。時々見せるいつもと違う側面に、物語の奥行を感じさせる。シリーズが現在7冊あるらしい。しばらくは楽しめそうだ。

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Fantasy Seller(ファンタジーセラー)

書影

編  者:新潮社ファンタジーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2011年6月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 大好評の「Story Seller」シリーズ(123Annex)の仲間ということで良いかと思う。ファンタジー作家さん7人の作品を収録したアンソロジー。7人に共通しているのは、ファンタジーノベル大賞で賞を受賞しているということ。

 収録順に作品名と著者を紹介する。「太郎君、東へ/畠中恵」「雷のお届けもの/仁木英之」「四畳半世界放浪記/森見登美彦」「暗いバス/堀川アサコ」「水鏡の虜/遠田潤子」「哭く戦艦/紫野貴李」「スミス氏の箱庭/石野晶」「赫夜島/宇月原晴明」。

 こうして列記してそれぞれの作品を思い出して感じるのは、ファンタジーには、ずいぶんと様々な作品があるのだということ。河童や雷や竜といった和製ファンタジーのキャラクターものや、古典文学をベースにした創作、怪奇現象やホラー色の強い題材、そして学園ものまで。(意外なことに、ファンタジーの定番の魔法系はなかった)

 私としては、馴染のある作家さんということもあって、畠中恵さんの「太郎君、東へ」が楽しめた。徳川時代の初め、関八州に聞こえた河童の大親分、禰々子(ねねこ)の物語。女性ながらめっぽう腕っぷしが強い。利根川の化身である坂東太郎とのやり取りも面白い。

 もう一人の馴染のある作家さんは森見登美彦さん。「こんなところに新作が!」と思ったのだけれど、森見さんの作品は小説ではない。「四畳半」について、自分の作品と絡めながらグダグダと書いたものだ。(「グダグダ」なんて書いたけれど貶すつもりは毛頭ない。「グダグダ」は森見さんの作風なのだ)

 他には、前から気にはなっていた仁木英之さんの「雷のお届けもの」と、「かぐや姫」をベースにした宇月原晴明さんの「赫夜島」がよかった。これを機会に他の作品を読んでみたいと思った。

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バーティミアス ソロモンの指輪1 フェニックス編

書影

著 者:ジョナサン・ストラウド 訳:金原瑞人、松山美保
出版社:理論社
出版日:2012年1月 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 7年前に読んで面白かった「バーティミアス」3部作に、新刊が出ていることを知って読んでみた。

 時代は、以前に読んだ「バーティミアス」3部作から、ざっと3000年ぐらい前。妖霊のバーティミアスが2000歳ぐらいのころ。..と、なんだか時間の感覚がおかしくなりそうな設定だけれど、「妖霊」というのはいわゆる「悪魔」で何千年も生き続ける。だから3000年前と言えば、私たちには「歴史」だけれど彼らには「経験」なのだ。

 2000歳のバーティミアスは、古代イスラエルの王であるソロモン王に仕える魔術師に仕えていた。魔術師は妖霊を召喚し、妖霊はその魔術師の命令を聞くことになっている。ただし魔術師に呪文を間違えるなどのスキがあれば、襲ってもいいことになっている。

 物語は、バーティミアス、ソロモン王、シバの女王、女王の近衛兵、のパートが入れ替わって進む。ソロモン王とシバの女王の争い、魔術師たちの確執、陽気で冷酷な妖霊たちの小競り合いなどを描く。腕は立つけれど口が悪く不真面目なバーティミアスは、その性格のせいでずいぶんと面倒なことを引き寄せている。まぁそれが面白いのだけれど。

 それで、私がうっかりしていたのがいけないのだけれど、本書は完結していない。中途でブッツリと切れて終わっている。読んでいて後半になっても、どうも物語が収れんしていかないと思っていたら、そういうことだったのだ。正直言って本書では「何も起きない」に近い。

 そんなわけで、物語は次巻の「ヤモリ編」、そして「スナネコ編」に続く。

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ぼくの・稲荷山戦記

書影

著 者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:1992年7月23日 第1刷発行 2000年5月12日 第11刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに読んだ「月神の統べる森で」から始まる4部作+外伝は「月神」シリーズと呼ばれ、児童文学ながら日本の古代を描き切った迫力のある物語だった。本書はそれに先立って刊行された「神さま三部作」と呼ばれるシリーズの第1弾。

 主人公は中学1年生のマモル。祖母と二人で暮らしている。マモルの家は先祖代々裏山の稲荷神社の巫女を務める。マモルの母はマモルが小学校の2年生の時に亡くなり、父はマグロ船の船長で年に1度ぐらいしか帰ってこない。

 そのマモルの家に、腰まで届く長髪に着流しという姿の若い下宿人が来た。守山という名のその青年は、実はお稲荷さんの使いギツネ。裏山にある古墳がレジャーランド開発によって破壊されようとしているのを阻止するために、人の姿となってやってきたのだ。

 児童文学だから、子どもたちにも分かるように平易な文章で書かれている。だからと言って、大人が読んで物足りないということはない。「自然は大事だから守りましょう」と、「正しいこと」を一生懸命訴えれば願いが聞き届けられる、なんて薄っぺらい話にはなっていない。

 物語全体を通して受け取るものとは別に、「あぁそうだよな」と心に残るものがあった。一つはそれは「否念」という負の力。疑いや否定の感情や言葉は、氷のナイフのように何かを少し、でも決定的に傷つける。

 もう一つは登場人物の人類を表したこんなセリフ「力をもったはいいが、正しい使い方もしらないのにいい気になって使ってしまって、あと始末ができなくておろおろしてる

 さらにもう一つ。「人間が滅びたとして-たとえばそれが、核戦争みたいな自然も道づれにするようなものても、この草のように、自然はよみがえるんじゃないかな。(中略)しかし、自然が滅びたら、人間はいっしょに滅びるしかない」。「地球を守ろう!」に異論はない。しかし「守ってあげる」なんて思っているとしたら、それは実はとても不遜な考えなのだと気付いた。

 20年前に書かれたこのシリーズを、私たちはもう一度読み返した方がいいのではないか?そんな気がした。実は「神さま三部作」の第2弾「夜の神話」のテーマは「原発事故」なのだ。

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