2.小説

六人の嘘つきな大学生

書影

著 者:浅倉秋成
出版社:KADOKAWA
出版日:2021年3月2日 初版 2022年1月20日 14版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 あの新卒の就活をもう二度とやらなくていい、ということがありがたく思えた本。

 本屋大賞第5位。様々なミステリーランキングでも4位とか6位とか8位とかを受賞。

 主人公は波多野祥吾。物語は祥吾が自身の8年前の就職活動を振り返る形で進められる。創業まもなく急成長したIT企業「スピラリンクス」の最終選考に、祥吾たち6人が残った。本社に呼ばれた6人は「最終選考はグループディスカッション、開催日は一カ月後」と告げられる。「当日までに最高のチームを作り上げてきてください」と人事部長からそう言われる。内容がよければ6人全員に内定が出る。

 その最終選考で「事件」は起きる。それは物語が始まって間もなく。五千人の中から選ばれた6人だけあって、彼らはとても優秀で、一カ月間の準備も万端で、互いに信頼しあった「チーム」になっていた。しかし会社は「採用枠は一つ、グループディスカッションでその一人選べ」という。さらにチームの信頼感を打ち砕く事態が発生して、最終選考は極度に緊迫した「事件」に発展する。

 少し戻って、扉のページの前に祥吾のモノローグがあって、事件が発生したこと、祥吾がその調査をしたこと、犯人はわかりきっていること、が書いてある。「ただ僕はひたすらに、あの日の真実が知りたかった」とあるので、当時は真実が明らかになっていない、ということも伺える。

 いや参った。著者の思うままに翻弄された読書だった。最終選考の緊迫感が半端ではなくて胸が苦しかった。その後も、どこに真実があるのかが全く分からない。ネタバレになるから具体的には言わないけれど、トリックが方々に仕掛けられている。だから「これが真実か」と思ってつかんだものは、すぐに手からこぼれ落ちてしまう。

 感想としてはやや的外れだけれど、「就職活動ってもう少しなんとかならないの?」とも感じた。企業の方も学生の方も互いに「いい顔」(場合によってはウソだってアリ)だけ見せて。これって「誰得」なのか?後半の人事部長のぶっちゃけ話は、腹立たしいけれど(物語的には「全部お前のせいだ」と言いたい)、「就活なんて(人事なんて)こんなもんだ」と、気が楽になるかもしれない。

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その扉をたたく音

書影

著 者:瀬尾まいこ
出版社:集英社
出版日:2021年2月28日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 老人ホームのお年寄りたちが素敵だ、と思った本。

 主人公は宮路、29歳、男性、夢はミュージシャン、無職。高校一年生でギターを始めて4人でバンドを作った。そのバンドも徐々に減って大学を卒業する時には宮路一人になってしまった。音楽で食べていくという思い切りも情熱もない。タイミングや運がめぐってくれば..という甘い考えで、大学を卒後して7年。ちなみに実家が資産家で、毎月20万円が宮路の口座に振り込まれる。そんなヤツだ。

 その宮路が老人ホーム「そよかぜ荘」に呼ばれて弾き語りに行った。宮路の演奏は利用者に受けず、持ち時間40分が持たなかったけれど、宮路はそこで「神」に出会った。余った時間を埋めるために介護士の一人がサックスで「故郷」を演奏した。最初の一音を聴いて体中が反応した。彼は天才いや神だと、宮路は思った。

 「神」の名前は渡部君。物語はその渡部くんの演奏を聴くために、翌週から「そよかぜ荘」に通う宮路を描く。毎週金曜日にレクリエーションがあって、渡部君が演奏することもあるらしい。通ううちに利用者たちと仲良く?なって、頼まれた買い物をしてきたり、ウクレレを教えたり。根はいいヤツなのだろう。
 著者の瀬尾まいこさんの作品は、主人公に優しい。働かないで親の金で暮らしている宮路にも優しくて、誰かに頼りにされることで、気持ちも晴れる。でも厳しくもある。宮路が一生「そよかぜ荘」に通っているわけにはいかない。いつか起きないと…

 宮路が渡部君に最初にリクエストした曲は、Green Dayの「Wake Me Up When September Ends」。歌詞は本書には書かれていないし、宮路自身はそう思ってなさそうだけれど、宮路の今とシンクロするところもある。

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はじめての

書影

著 者:島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都
出版社:水鈴社
出版日:2022年2月15日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 直木賞作家4人の競演、音楽付き。なんと「贅沢」な、そして「新しい」と思った本。

 小説を音楽にする2人組のユニット「YOASOBI」と、4人の直木賞作家のコラボレーションによって生まれた短編小説集。「はじめて○○したときに読む物語」という共通テーマを持った書下ろし作品。

 直木賞作家の4人と収録作品を順に紹介。島本理生さんの「私だけの所有者」は「はじめて人を好きになったときに..」。家庭用アンドロイドの「僕」が、かつての所有者である技術者との間であった出来事を手紙の形で綴る。辻村深月さんの「ユーレイ」は「はじめて家出したときに..」。中学生の「私」は家出してやってきた知らない町の夜の海辺で、薄着で裸足の少女と出会う。

 宮部みゆきさんの「色違いのトランプ」は「はじめて容疑者になったときに..」。「並行世界」が存在する世界。主人公の男性は、妻から爆破テロに関連して娘が身柄を拘束されている、と聞く。森絵都さんの「ヒカリノタネ」は「はじめて告白したときに..」。主人公の女子高生は、長く想い続けている幼馴染に告白することに..4回目の告白をすることにした。

 ジャンルとしてはSFあり青春小説あり。形式としてはミステリー仕立やファンタジー系も。四者四様の物語が楽しめた。私が一番好きなのは辻村深月さんの「ユーレイ」。40ページほどの短い作品のなかで何度か場面が転換して、その度に「どういうこと?」と先が知りたくなる。「死」が近くにある物語なんだけれど、いやだからなのか「生」の瑞々しさを感じた。

 島本理生さんの「私だけの所有者」は、どうしたってカズオ・イシグロさんの「クララとお日さま」を思わずにはいられない。

 「YOASOBI」とのコラボレーションとしては、現在「私だけの所有者」と「ヒカリノタネ」の2つをそれぞれ「原作」にした、2曲の楽曲が配信されている。正直に言って「小説を音楽にする」ってよく分からなかったのだけれど、聞いてみると(MVなので見てみると)実に心地よかった。あとの2曲も楽しみだ。

 参考:YOASOBI「はじめての」プロモーションサイト

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メイド・イン京都

書影

著 者:藤岡陽子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2021年1月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯にある「「ものをつくる」という生き方」に、深い共感と羨望を感じた本。

 大好きな藤岡陽子さんの近刊。

 主人公は十川美咲、32歳。美術大学を卒業した後、家具の輸入販売の会社で働いていた。先輩の紹介で知り合った、都銀に勤める古池和範と結婚することになり、京都にある和範の実家を初めて訪ねる。その実家は、お屋敷が並ぶ住宅街の中でもひときわ大きな大邸宅だった。そんな場面が物語の始まり。

 和範の家は、京都で飲食店や旅館を営む商家で、社長であった和範の父親が亡くなって、和範が継ぐことになった。実家には和範の母と姉と姪が住んでいて、しばらく同居することになった。大邸宅なのになんとなく息が詰まる。和範は継いだばかりの会社にかかりきりで手持ち無沙汰だ。

 「久しぶりになにか作ってみようか」ずっと昔に忘れていた昂揚感が広がり、手持ちのTシャツにミシンで刺繍をはじめる...。

 読み終わって「よかったね」と思った。「結婚」という人生の幸せに向かうはずの美咲の暮らしに暗雲が立ち込める。いわゆる「京都のいけず」というやつもあって、価値観の違いは簡単には乗り越えられない。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。美咲の作品に目を留めてくれる人や援助してくれる人も現れる。

 雑感を3つ。

 本書の表紙は、河原でジャンプする女性の写真で、京都にゆかりのある人ならおそらく「これは鴨川の河原で遠くに見えるのは三条大橋やな」と分かる。何気なく撮ったスナップ写真のようだけれど、見ていてとても心地いい。

 月橋瑠衣という女性が、物語のキーマンなんのだけれど、瑠衣さんの物語も読んでみたいと思った。

 会社の古参の従業員が「二十年に一度、京都は大失敗しますねん」と言う。何のことか正確には分からないけれど、あのことやあのことかな?と思うことはある。

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同志少女よ、敵を撃て

書影

著 者:逢坂冬馬
出版社:早川書房
出版日:2021年11月25日 発行 2022年4月10日 19版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ロシアのウクライナ侵攻が起きている今この時に、この物語を読む因果を考えた本。

 本屋大賞受賞作。

 主人公の名はセラフィマ・マルコヴナ・アルスカヤ。物語の始まりではモスクワ近郊の人口40人のイワノフスカヤ村に住む、猟師の娘の16歳の少女だった。時代は1940年。翌年にはドイツがソ連に侵攻して独ソ戦が始まり、セラフィマの村でも砲声を遠くに聞くようになる。

 のどかな村の風景から一転して、ドイツ軍の敗走兵に襲撃されてセラフィマ以外の村人全員が殺される。セラフィマの命もここまで、というところにソ連の赤軍が来て救われる。しかし安堵する間もなく、赤軍の女性の指揮官はセラフィマに「戦いたいか、死にたいか」と聞くのだ。

 女性の指揮官の態度に反発したセラフィマは、何度目かの「戦いたいか、死にたいか」の質問に、「ドイツ軍も、あんたも殺す!」と答える。場面を転じて、セラフィマはあの女性指揮官の下で、狙撃手としての教育を受ける。少女ばかり十数人で編成された訓練学校。さながら学園ドラマのような雰囲気(習っているのは「狙撃」だけど...)

 こんな感じで序盤は緩急をつけた展開。しかし「緩」を感じるのはここまでで、訓練学校を出た後はセラフィマたちは、狙撃小隊として前線に投入され、そこからは「急」ばかりが続く。撃ち殺さなければ撃ち殺される。「友情」も「師弟愛」も「信頼」も描かれるのだけれど、その場面の背景は常に「命のやりとり」がされる戦場だ。

 「なんなんだ、この物語は」と思った。本屋大賞は納得する。描かれる物語の熱量というか牽引力というかが圧倒的だ。しかし、どうして日本人の著者が独ソ戦の物語を書いたのか?どうして主人公が女性狙撃兵なのか?いや別にいいのだけれどどうして?といういくつもの「どうして?」を感じた。ストーリーの緻密さに、並々ならぬ取材を感じて「なにか訳があるんでしょう?」と著者に聞きたくなった。

 彼女たちは何のために戦ったのか?物語の中にある、タイトルと同じ「同志少女よ、敵を撃て」という言葉が意味深長だ。

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スモールワールズ

書影

著 者:一穂ミチ
出版社:講談社
出版日:2021年4月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 中に一つとても怖い話があって、それに不意打ちをくらって震えた本。

 本屋大賞第3位。

 50ページほどの長めの短編を6編収録。主人公はそれぞれの物語で代わる。前後の短編のエピソードに緩い繋がりがあって、連作短編集の形にもなっている。特筆すべきは、6編がそれぞれ全くちがったテイストの作品であることで、連作にしては一体感がないものの、色々な料理をちょっとづつ食べるような楽しさを感じた。

 「ネオンテトラ」は、子どもを望みながら授からない女性の話。ままならない日常を抑え目に描く。「魔王の帰還」は、少しぶっ飛んだ豪快な姉を持つ高校生の話。青春と豪快な姉の細やかな心情を描く。「ピクニック」は、新生児の女性とその母に起きた悲しい出来事。誰も望んでいない意外な結末。

 「花うた」は、傷害致死で兄を亡くした女性とその事件の犯人との間の往復書簡。互いに理解が進むようで進まない。「愛を適量」は、冴えない高校教師の男性の話。ある日突然、娘が「男」になって現れた。「式日」は、高校時代の後輩からその父親の葬式への出席を頼まれた男性の話。後輩の過去を聞かされる。

 私が好きなのは「魔王の帰還」。「少しぶっ飛んだ豪快な姉」というキャラクターがいい。傍若無人な振る舞いは傍迷惑かもしれないけれど、それで救われる人もいる。正しいことを躊躇なく言っても嫌味にならないのは、根っからの善人だからだ。子どもたちが懐くのがその証拠だろう。

 心に残ったのは「愛を適量」。物語自体というより「愛にも適量がある」という考えが。主人公は「適量が分からない」から料理が下手。それと同じように、娘への接し方も下手なのだ。そう言えば、他の短編の登場人物の振る舞いも「適量」じゃない気がする。まぁ「適量」の人ばかりじゃドラマにならないのだけれど。

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星を掬う

書影

著 者:町田そのこ
出版社:中央公論新社
出版日:2021年10月25日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 根底に母娘や家族に対する深い理解があるのは感じとれる。それにしても..と思った本。

 本屋大賞第10位。

 主人公は芳野千鶴、29歳。パン工場で夜勤の仕事をしている。千鶴は大きな問題を抱えている。数年前に分かれた元夫の弥一が、金がなくなると千鶴の家に来て、ありったけの金を持って行ってしまう。「困るから止めて」と縋ると手加減のない平手打ちを受ける。職場のパン工場に電話してきて、千鶴の給料の前借を申し込んだりまでする。

 千鶴は、ラジオへの投稿をきっかけにして、22年前に生き別れになった母の聖子の消息を知り、さらには弥一の手から逃れるために、聖子が住んでいる共同住宅に移る。そこには聖子と母娘のように暮らす芹沢恵真と、介護福祉士の九十九彩子が住んでいた。物語は、ここでの女4人の共同生活を描く。

 千鶴にとって聖子との生き別れは「母に捨てられた」という別れだった。本当は関係ないと分かっていても、弥一のことを含む今の境遇を「母が私を捨てたから」だと思ってしまう。そして22年ぶりに自分の前にあらわれた母は、若年性認知症を患っていた。

 終盤に至るまで、キリキリと心を引き絞られるようなつらい物語だった。弥一に見つかるかもしれない恐怖から、千鶴は家から一歩も出られない。それなのに、聖子は病気のせいなのか元々の性格なのか、そんな千鶴に辛辣な言葉を浴びせる。

 それぞれにつらい経験もしている恵真と彩子は、優しく接してくれて、それなりに平穏に暮らしているけれど、時にその優しさが疎ましい千鶴は、二人をそれぞれ辛辣な言葉で詰ってしまう。ひどい目にあった人が、同じようにひどい目にあった人に、ひどい言葉を投げつける。「止めろ」という心の声を聞きながら止めることができない。心が痛む。

 感謝の気持ちや、誰かを大事に思う気持ちがあるのなら、間に合ううちに伝えよう。

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正欲

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:新潮社
出版日:2021年3月25日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この物語が意味することを、私たちは受け止めきれないと思った本。

 本屋大賞第4位。

 平成から令和に変わった2019年5月1日を挟んだ600日ほどの物語。主人公が複数いる群像劇。不登校の小学生の息子がいる検事の男性、イオンモールの寝具店で働く女性、学祭の実行委員会に所属する女子大学生、大手食品会社の新商品開発担当の男性、ダンスサークルに所属する男子大学生。

 検事の「息子が不登校」のような、少しうまくいかないことを全員が抱えている。イオンモールの女性は、モールの空気に自分だけが馴染めていないと感じる。女子大学生は男性の視線に拒否反応を起こしてしまう..などなど。

 一見するとバラバラな人たちのバラバラなエピソードが順々に語られる。まぁもちろんそのバラバラなエピソードは交差をし始める。

 心をかき乱す物語だった。冒頭から忌まわしい予兆を感じる。誰かの独白に続いて児童ポルノ所持の摘発事件の記事。ここに書くのをためらうような出来事が語られる。その前の独白にはこんなことが書かれている。

 自分という人間は、社会から、しっかり線を引かれるべきだと思っているので。ほっといてほしいんです。

 本書のテーマは「多様性」。特に「性的指向の多様性」。私たちは性の話をするのが苦手だ。そんな中でも性的マイノリティの権利問題などを、話し合うことができるようになった。あえてこの言葉を使うけれど「進歩」した。もちろん不十分だけれど、進歩していることに喜ばしさを感じている。本書はその喜ばしさに死角から刃を突き付ける。冒頭の独白にはこんなことも書いてある。

 だから、おめでたい顔で「みんな違ってみんないい」なんて両手を広げられても、困んるんです。

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赤と青とエスキース

書影

著 者:青山美智子
出版社:PHP研究所
出版日:2021年11月23日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 「このままじゃないよね?」と思って読んでいたら、やっぱりこのままじゃなかった本。

 全4章の連作短編の形式。章ごとに主人公が変わる。第1章では大学の交換留学でオーストラリアに来ている21歳の女子大生、第2章では美大を卒業した30歳の額縁職人、第3章ではかつてのアシスタントがマンガ大賞を取った漫画家の48歳の男性、第4章では輸入雑貨店に勤める51歳の女性。

 一見するとバラバラの4つの物語だけれど、一つの絵でつながっている。それは第1章で主人公をモデルにして、赤と青の絵具で描かれた「エスキース」と題された絵。エスキースとは本番の絵を描く前の「下絵」のこと。この絵が第2章以降の物語にも登場する。

 面白かった。どの章の主人公たちも不器用な方で応援したくなる。女子大生は友だちが作れない、額縁職人は美大の友人に「絵を描いてた人間が額の仕事やっててつらくなったりしない?」と言われている。漫画家は才能がある弟子に複雑な感情を持っている。輸入雑貨店の女性はパニック障害でしばらく休暇をとることに..。そして最後には少し上を向けるようになる。

 読みながら「まぁ悪くないんだけれど、これじゃ物足りない」と、ずっと思っていた。「ちょっといい話」が4つあるだけ。物語をつなぐはずの絵にも、ほとんど意味がない。という状態で第4章が終わろうとしたときに..。

 本書を読むなら必ず第4章の最後まで読んで欲しい。これまでの物語を振り返るのが楽しくなるはずだから。

 最後に。タイトルはもちろん例の赤と青の絵具で描かれた絵のことなんだけれど、それなら「赤と青エスキース」なんじゃないの?と思っていた。助詞を間違えてる?と。でも「赤と青エスキース」で合っていた。

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スタッキング可能

書影

著 者:松田青子
出版社:河出書房新社
出版日:2013年1月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「なんだこれ?」から「へぇ~面白いじゃん」となった本。

 スマホに登録してある「読みたい本」リストに、書名ではなくて著者の名前が書いてあった。何をきっかけにこれを書いたのが思い出せない。とりあえずデビュー作を読んでみた。

 全部で6編を収録。表題作「スタッキング可能」と「もうすぐ結婚する女」は、それぞれ90ページと40ページほどの中編。そのほかの4編「マーガレットは植える」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!」は、10~20ページほどの掌編。

 「スタッキング可能」はどこかのオフィスビルが舞台らしい。節の切り替わりにエレベーターの階数表示の図があって、5階とか6階とかの数字が示されている。その階で交わされる会社員たちの会話で物語が構成されている。

 読み始めてから時間を置かずに混乱しはじめた。

 会話の多くは男性社員の女性に対する、あるいは反対に女性社員の男性に対する、どちらにしてもしょーもない話だ。登場人物はA田やB野やC川とかの記号で表される。匿名性が高いので、誰の発言か気にしないで最初は読んでいたけれど、ある時に気が付いた。「B山って書いてあるけど、このことを言ってたのはB田のはず」

 もちろん校正ミスなどではなくて、他でも同じように辻褄が合わないことがある。どういうことなの、これ?...そうか、だからスタッキング可能なのか。

 面白かった。著者にはおそらく「普通」の押し付けに対する強い違和感があって、それはほかの収録作品にも感じられた。もう一つ特長をあげると、言葉のリズムとか音の表現がとても心地よかった。...マーガレット・ハウエル。

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