2.小説

赤と青とエスキース

著 者:青山美智子
出版社:PHP研究所
出版日:2021年11月23日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 「このままじゃないよね?」と思って読んでいたら、やっぱりこのままじゃなかった本。

 全4章の連作短編の形式。章ごとに主人公が変わる。第1章では大学の交換留学でオーストラリアに来ている21歳の女子大生、第2章では美大を卒業した30歳の額縁職人、第3章ではかつてのアシスタントがマンガ大賞を取った漫画家の48歳の男性、第4章では輸入雑貨店に勤める51歳の女性。

 一見するとバラバラの4つの物語だけれど、一つの絵でつながっている。それは第1章で主人公をモデルにして、赤と青の絵具で描かれた「エスキース」と題された絵。エスキースとは本番の絵を描く前の「下絵」のこと。この絵が第2章以降の物語にも登場する。

 面白かった。どの章の主人公たちも不器用な方で応援したくなる。女子大生は友だちが作れない、額縁職人は美大の友人に「絵を描いてた人間が額の仕事やっててつらくなったりしない?」と言われている。漫画家は才能がある弟子に複雑な感情を持っている。輸入雑貨店の女性はパニック障害でしばらく休暇をとることに..。そして最後には少し上を向けるようになる。

 読みながら「まぁ悪くないんだけれど、これじゃ物足りない」と、ずっと思っていた。「ちょっといい話」が4つあるだけ。物語をつなぐはずの絵にも、ほとんど意味がない。という状態で第4章が終わろうとしたときに..。

 本書を読むなら必ず第4章の最後まで読んで欲しい。これまでの物語を振り返るのが楽しくなるはずだから。

 最後に。タイトルはもちろん例の赤と青の絵具で描かれた絵のことなんだけれど、それなら「赤と青エスキース」なんじゃないの?と思っていた。助詞を間違えてる?と。でも「赤と青エスキース」で合っていた。

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スタッキング可能

著 者:松田青子
出版社:河出書房新社
出版日:2013年1月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「なんだこれ?」から「へぇ~面白いじゃん」となった本。

 スマホに登録してある「読みたい本」リストに、書名ではなくて著者の名前が書いてあった。何をきっかけにこれを書いたのが思い出せない。とりあえずデビュー作を読んでみた。

 全部で6編を収録。表題作「スタッキング可能」と「もうすぐ結婚する女」は、それぞれ90ページと40ページほどの中編。そのほかの4編「マーガレットは植える」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」「ウォータープルーフ嘘ばっかりじゃない!」は、10~20ページほどの掌編。

 「スタッキング可能」はどこかのオフィスビルが舞台らしい。節の切り替わりにエレベーターの階数表示の図があって、5階とか6階とかの数字が示されている。その階で交わされる会社員たちの会話で物語が構成されている。

 読み始めてから時間を置かずに混乱しはじめた。

 会話の多くは男性社員の女性に対する、あるいは反対に女性社員の男性に対する、どちらにしてもしょーもない話だ。登場人物はA田やB野やC川とかの記号で表される。匿名性が高いので、誰の発言か気にしないで最初は読んでいたけれど、ある時に気が付いた。「B山って書いてあるけど、このことを言ってたのはB田のはず」

 もちろん校正ミスなどではなくて、他でも同じように辻褄が合わないことがある。どういうことなの、これ?...そうか、だからスタッキング可能なのか。

 面白かった。著者にはおそらく「普通」の押し付けに対する強い違和感があって、それはほかの収録作品にも感じられた。もう一つ特長をあげると、言葉のリズムとか音の表現がとても心地よかった。...マーガレット・ハウエル。

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著 者:道尾秀介
出版社:集英社
出版日:2021年10月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「自分で選ぶ」ということが、こんなにも楽しみを添えるのかと思った本。

 最初に言っておかなければならないのは、本書が他の本にはない特徴をもった小説であることだ。本書は章が6章あるのだけれど、そのどの章からでもどの順番で読んでもいい、ということだ。本書の最初に各章の冒頭部分がそれぞれ書かれているので、読者はそれを読んで自分で読む順番を決める。6の階乗で720通りの読み方がある。

 各章はそれぞれ独立した物語の短編になっていて、登場人物や出来事が互いに共通しているので「連作短編集」でもある。舞台となっているのはアイルランドの首都ダブリンと、国内の海辺の町のどちらか。ある章に登場する中学生は、別の章では看護師として働いていたり、ある章に登場する老人の若いころの姿が別の章で描かれていたりする。

 ストーリーについては、読む順番に影響を与えないようにキーワードだけ。殺人事件を追う刑事、ペット探偵、残された子ども、ターミナルケア、孤独、贖罪、後悔、秘された過去...。こう書いてくると暗い物語のように感じるかもしれないけれど、登場人物の何人かには独特のユーモアがあって、けっこう気楽に読むことができる。

 面白かった。おかしなことを言うようだけれど、私が選んだ順番で読むのが一番面白んじゃないか?と思った。最初に読んだ章に登場する少女のその後が、ちゃんと次に読んだ章で描かれていた。別の章で読んだ少し謎がある人物の過去が、そのあとで明かされた。これが逆だったら、ちょっとつまらないかもしれない。確かめようがないのだけれど、そう思った。

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書店ガール7 旅立ち

著 者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2018年9月21日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 もっと長く続いて欲しいと思う反面、いい終わり方ができて良かったとも思った本。

 書店を舞台にした大人気シリーズの完結編。これまでに主人公を務めた4人の女性たちの、それぞれの「その後」を描く。

 4人の女性とは、西岡理子、小幡亜紀、高梨愛菜、宮崎彩加の4人。理子は、亜紀と共にシリーズ前半の3巻の主人公。「吉祥寺の女傑」の異名をとる半ば伝説と化した書店員。亜紀は、元々は理子の部下で、当初は衝突もしたが今は互いに信頼している。愛菜は、第4巻の主人公で理子たちの店の学生アルバイト。彩加は、違う店の社員で愛菜の友人で、第4巻から6巻までの主人公。

 本書で描かれるのは、愛菜、彩加、理子、亜紀の順。愛菜は、大学を卒業後に中学校の司書教諭となった。今は「読書クラブ」の顧問で、その「読書クラブ」の生徒たちとのエピソードを描く。彩加は、務めていた会社を辞めて故郷の沼津に帰っていた。高校時代からの親友たちとの交流がつづられる。

 理子は、東日本エリア・マネージャーとして、仙台の店の移転に関わることになった。会社の方針と現場の思いの板挟みとなって、ままならない日々が描かれる。そして亜紀は、本部勤務から理子が長く勤めていた吉祥寺支店の店長として現場復帰する。店長としての初出勤の日の朝、自宅を出る時から開店までの短かくも浮き立つような時間が描かれる。

 完結編としてどこにもへこみのない玉のような完成された一冊だった。4人がそれぞれ新しい場所で歩み出しているのだけれど、愛菜と彩加は書店を離れ、理子と亜紀は書店に留まったところが対照的。愛菜の物語に理子が、理子の物語に彩加が、彩加の物語に理子が登場する。そして4編の物語が順を追って時間が経過していて、すべてが1つの物語だとも感じられる。

 私としては彩加の物語が一番心に残った。全編が彩加ら高校時代からの親友3人の女性の会話で進む。主人公たちは書店員である前にひとりの人間であり、書店とは直接関係のない人たちとの交遊もある。そんな当たり前のことが、幸せな形で前面に出ている。こういう話ももう少し読みたいなぁと思った。

 理子さんはシリーズを通してカッコいい。今となっては第1巻の前半あたりの「未完成な頃」が懐かしい。

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噛みあわない会話と、ある過去について

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2018年6月12日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 いやぁ「これはキツいよなぁ」と思った本。

 楽しい事やうれしい事を、当事者がみんな同じように感じているとは限らない。ましてや過去の出来事の記憶は...。という「思い出のズレ」の露見(それも相当にショッキングな)を描いた4つ短編を収めた短編集。

 「ナベちゃんのヨメ」。主人公は佐和。学生時代の同期の男子のナベちゃんの結婚式に招待された。ただし婚約者の女性が「気にする人」なので、女子はナベちゃんには直接連絡を取らないように言われる。「パッとしない子」。小学校の先生の美穂は、人気アイドルグループのメンバーの一人を教えたことがある。その子がテレビの企画で母校に来ることに。

 「ママ・はは」。主人公は小学校の先生で、2つ上の先輩のスミちゃんに、先日あった保護者会の話をした。ある生徒の母親が他の保護者に「皆さん、優しすぎませんか?なんでそんなに甘いんですか」と発言したのだ。「早穂とゆかり」。県内情報誌のライターの早穂は、カリスマ塾経営者の日比野ゆかりにインタビューすることになった。ゆかりは小学生の時の早穂の同級生で、その頃は「教室で浮いた存在」だった。

 「パッとしない子」と「早穂とゆかり」が強く印象に残った。どちらもキリキリと引き絞られるような痛みを感じる物語だった。生徒の希望の後押しをした、少し誇らしい思いを持っていた先生は、その教え子から思いもよらない言葉を投げられる。小学校の同級生の今の立場に配慮したつもりの言葉が、厳しい反応を引き出す。こんなことなら再会しなければよかった。

 著者はこれまでにも、昔の友達との価値観の違いからくる「交わらなさ」を度々描いてきた。時にそれは露悪的にさえ感じられた。今回は「交わらない」を超えて衝突を招いている。こういう心の暗い一隅を取り出して見せるのが、著者は上手いなぁと思った。

 一つ意外だったこと。帯に「あのころ言葉にできなかった悔しさを、辻村深月は知っている。共感度100%!」とある。物語の中で「あのころ悔しかった」のは、主人公ではなくて再会した相手の方。「こんなことなら再会しなければよかった」と書いた私は、主人公の方の気持ちになっているけれど、本書は「主人公じゃない方」に共感する読み方もできるらしい。もしそうなら私のように「痛み」ではなくて「快感」を感じるのだろうか。

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Happy Box

著 者:伊坂幸太郎、山本幸久、中山智幸、真梨幸子、小路幸也
出版社:PHP研究所
出版日:2015年11月24日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「幸せ」を描くのには、必ずしも「幸せ」な物語でなくてもいいのだな、と思った本。

 本書は、伊坂幸太郎、山本幸久、中山智幸、真梨幸子、小路幸也の5人がそれぞれ「幸せ」をテーマに書いた短編を収めた短編集。「解説」によると、「名前に「幸」の一文字を持つ作家を集めて、幸せのアンソロジーをつくろう」という企画らしい。

 伊坂幸太郎さんの「Weather」、主人公の大友君は、学生時代からの友人の清水の結婚式に出席している。清水には内緒にしているけれど、新婦は大友君が高校生の時に交際していた女性だった。山本幸久さんの「天使」、77歳のおばあちゃんのスリ師、福子が主人公。ある日「仕事」にでかけたショッピングモールで、福子自身が親子のスリグループに狙われる。

 中山智幸さんの「ふりだしにすすむ」、主人公の29歳のりりこさんは、自宅近くのカフェで「ぼくね、きみの生まれ変わり」と声をかけられる。相手はでっぷりと太った60歳は超えてそうな老人。真梨幸子さんの「ハッピーエンドの掟」、主人公のアイコの家は母子家庭で、母親はキャバレーのホステス。先生は何かと心配してくれるけれど、アイコは今の暮らしが好きだ。

 小路幸也さんの「幸せな死神」、主人公の帆奈は行きつけのバーで端正な顔をした「死神」と知り合う。その日いいことがあって、バーテンと乾杯したときに、思いっきりこぼしてしまった。それで、その場所にいた「死神」にウィスキーをかけて「召喚した」ことになってしまったらしい。

 5編全部をそれぞれ少しだけ紹介した。でも物語の結末は、この紹介からはまず予想できない。ハートウォーミングで泣ける話、どんでん返しでゾクッとする話、切ない終わり方をする話...。「幸せ」の描き方にもいろいろとあるものだ。思わぬ方向に展開する物語を楽しんで読んだ。

 「解説」で、執筆を依頼したときのそれぞれの作家さんの様子を紹介している。お見逃しなく。

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ビタートラップ

著 者:月村了衛
出版社:実業之日本社
出版日:2021年11月5日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 命が懸かっているのにどこか軽やかな「よかったね。いやよかったのかな?」と読後に思った本。

 以前に読んだ「土漠の花」という作品で著者の名前を憶えていて、新刊が出たということで読んでみた。

 主人公は並木承平、33歳、バツイチ、農林水産省の係長補佐。物語は冒頭から助走なしで始まる。泣きじゃくっていた恋人による唐突な告白「わたしは中国のハニートラップなんです」「祖国の命令であなたに接近しました」。恋人は行きつけの中華料理屋に新しく入ったバイトで、確かに中国人の留学生だった。名前は黄慧琳。

 物語は、並木と慧琳が、中国の国家安全部から慧琳の身を守るため偽装の恋人関係を続ける様を描く。

 その間、並木にはずっと疑問がある。慧琳を信じていいのか?告白の理由を問えば「並木さんのこと、本気で好きになった」という。そんなこと本当なのか?でも嘘をついているとは思えない。でも相手はスパイだ。嘘をつくのがスパイの本領だ。でもなんでわざわざ告白したのか?でも気が付けば慧琳の告白をきっかけに同棲することになっていた。これはスパイの目論見どおりなのでは?

 いくつもの「でも」でつながって堂々巡りする考えを、整理することができない並木の煩悶の生活が続く。周辺の状況はめまぐるしく変わり、剣呑さを増していく。そうするうちに日本の公安警察も絡んできて、並木自身の身の安全も危うくなる。

 面白かった。並木は「平凡ないい人」で、慧琳もスパイとはいえ素人同然(という設定)。そんな二人が身を守るために国家を相手にする。そのためにお互いを必要として寄り添ったり反目したりと忙しいが、それが普通の恋人っぽかったりもする。基本的にサスペンスなのだけれど、とても特殊な状況の恋愛物語でもあった。

 最後に。並木と慧琳の反目は、日本と中国との習慣や価値観の違いによるものも多い。そしてその違いは、両国の国民が互いに相手に感じる偏見でもある。並木の同僚たちの会話でその偏見が顕在化するのだけれど、それがいかにも屈託なく、いかにもありそうな会話。そしてそう思うことに私自身が苦い気持がした。

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みとりねこ

著 者:有川ひろ
出版社:講談社
出版日:2021年8月11日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これだけの粒ぞろいの短編を「猫しばり」で書けるなんて、すごい「猫愛」だなぁ、と思った本。

 猫が重要な役割で登場する短編を7編収録した短編集。そのうちの2編は著者の9年前の作品「旅猫リポート」の外伝、1編は同じく5年前の「アンマーとぼくら」の前日譚にあたる。

 外伝の2編は「ハチジカン」と「こぼれたび」。「旅猫リポート」の主人公の猫ナナの飼い主であるサトルの子どもの頃の物語と、「旅猫リポート」と同時期に、サトルが訪ねていった先の男性を主人公とした物語。どちらも切ないストーリーだった。とりわけ「こぼれたび」には涙した。

 「アンマーとぼくら」の前日譚は「猫の島」。「アンマーとぼくら」の主人公のリョウの子どもの頃の物語。リョウと父親のカツさん、カツさんの再婚相手の晴子さんの3人の二泊三日の旅行。3人で積み重ねていったエピソードの一つを切り取った、生き生きとした写真のような物語。「カツさんってホントに..」と思った。

 その他には「トムめ」「シュレーディンガーの猫」「粉飾決算」「みとりねこ」の4編。どれも猫への愛情がほとばしるような作品だった。面白かったのは「シュレーディンガーの猫」。主人公は漫画家の妻の香里。夫は「生き物としての全てのスキルを漫画に全振りしているような男」。その家庭に赤ちゃんと同時に子猫が来た。香里の「男前」さが際立つ。

 「旅猫リポート」は「アンマーとぼくら」も、どちらも心を打つ名作だった。著者のファンとしては、そのスピンアウトを読めるのがとてもうれしい。思い出して(思い出すために?)「旅猫リポート」と「アンマーとぼくら」をもう一度読んだ。改めて感動。やっぱり名作だった。

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臨床の砦

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2021年4月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

第3波でこれであったなら、4波、5波、そして予想される6波はどうなるのかと、背筋が凍える思いがした本。

シリーズ累計330万部を超えるベストセラー「神様のカルテ」の著者による「緊急出版」。今年1月の新型コロナウイルス第3波の下の医療現場を描く。

主人公は敷島寛治。18年目の内科医。専門は消化器。長野県の小さな総合病院「信濃山病院」の医師。「信濃山病院」は感染症指定病院として、地域のコロナ診療を引き受けている。そして敷島は6人いるコロナ診療を担う医師の一人。ちなみに6人のうちの2人は外科医だし、内科医は4人いるけれど呼吸器の専門医は一人もいない。

物語は、信濃山病院の2021年1月3日から2月1日までを描く。

例えば、駐車場には発熱外来の車が長い列をなす。車の間を防護服を着た看護師が車までiPadを持って駆けていく。車内の患者を病院内の医師がiPadを使ってオンラインで診察するためだ。

例えば、保健所との窓口になっている医師の大きな声が響き渡る。「あと三人?入るわけないでしょう。昨日と今日の二日間でいったい何人入院させたと思っているんです」。信濃山病院の感染症病床は当初は6床だった。この時点で20床にまで増えていて、終盤には36床になる。それでも十分とは言えない。

入院が必要な症状なのにホテル療養を余儀なくされる患者。万一の家族への感染を防ぐために家に入らず車で寝泊まりする医療従事者。車の中で2時間も待たされて急変した虫垂炎の患者。家族の面会が叶わぬままに最期の時を迎える老人。..またまだ「例えば」を重ねたいけれど、この他は是非読んで欲しい。医療現場の現実が少しでも分かるはずだから。それは、私の想像を(たぶん多くの人の想像も)大きく超える過酷さだった。

「医療現場の現実」と書いたけれど、著者は実際に長野県の感染症指定病院でコロナ診療に携わる医師だ。著者はインタビューで「現実そのままではないが、嘘は書いていない」「第3波で見た現場があまりに衝撃的だったから」と執筆の理由を語っている。その現場を伝えるための「緊急出版」なのだ。

最後に。本書の宣伝には「この戦、負けますね」というセリフがよく使われる。しかし、少しあとこのセリフを受けた次のセリフの方が、この物語を端的に表していると思う。

負け戦だとしても、だ

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100万回生きたきみ

著 者:七月隆文
出版社:KADOKAWA
出版日:2021年8月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 人生を何度もやり直すのも大変だ、と思った本。

 著者は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」で、設定がなかなかトリッキーなのに、しっかり切ない恋愛小説を紡いだ人。本書も設定はなかなかトリッキーだ。

 主人公は、安土美桜という17歳の高校生。転生を繰り返して100万回生きている。いろんな時代のいろんな国で生きてきた。今は「日本に住む17歳の高校生の安土美桜」ということ。清楚系の美少女で次々に告られるのだけど、なんせ100万回も生きているからか、何事も「どうでもいい」と思っている。

 物語はこのように澪の視点で始まる。しかし、100万回生きたのはホントは三善光太という同級生で、美桜は光太の記憶を勘違いで覚えているらしい。ひどいネタバレのようで恐縮だけれど、これは第1章の終わり、物語が始まってから50ページ足らずで明かされるのでご容赦いただきたい。それでもってここからは光太が主人公となる。

 光太の物語は、2500年前のケルトから始まる。光太はそのころはタラニスと言う名の神と王の血を引く英雄だった。そこで吟遊詩人のミアンと出会い、共に竜退治の旅に出る...このミアンこそが美桜。

 いきなりの異世界ファンタジーが始まって、フワッと宙に浮いたような足元の心もとなさを感じたけれど、物語が進んでいくに従って地面に足が着いてくる。意外性のある展開も用意されていて、まぁまぁ楽しめた。ただし、帯には読後に「涙が止まらない」と書いてあったけれど、そんなふうにはならなかった。

 タイトルは「100万回生きたねこ」を意識したものにちがいない。「100万回転生を繰り返すのに何年かかるのか?と問うのはヤボというものだ。

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