2.小説

青天の霹靂

書影

著 者:劇団ひとり
出版社:幻冬舎
出版日:2013年8月1日初版 2014年4月25日2版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今週末(5月24日)公開の映画「青天の霹靂」の原作。映画は主演は大泉洋さん、ヒロイン役に柴咲コウさん、著者の劇団ひとりさんご本人が監督・出演する。

 著者の作品を読むのは、デビュー作にして100万部を超えるベストセラーになった「陰日向に咲く」以来5年半ぶりで2作品目。前作は連作短編集だったけれど、本書は短めの長編小説。

 主人公は、轟晴夫35歳。雑居ビルの中のマジックバーのマジシャン。この仕事を始めて17年、ここから抜け出せそうにない。母は晴夫が生まれて間もなくして家を出ていった。父とは、高校卒業後に家を飛び出して以来音信不通だ。

 その父が亡くなったと警察から連絡がある。ホームレスになっていたらしい。線路の高架下にある、父が住んでいた場所に行った晴夫は、そこで自分が作ったダンボールの「ふしぎのはこ」を見つけ...

 映画の予告編で、かなり先のストーリーまで明らかにしてしまっている。だから構わないと思うので言ってしまうと、晴夫はタイムスリップして、自分の父母と出会う。そこで、自分を捨てたと母と、なんとも頼りない父の「本当の姿」を見る。感涙。

 前作もよく練られたストーリーで良かったのだけれど、言葉遣いに違和感があって、正直言うと「もうこの人の作品はいいかな?」と思っていた。それが映画化に伴ってちょっとしたわけがあって、本書を手に取ることになった。私としては前作より数段良かった。映画も期待していいんじゃないかと思う。

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今朝の春 みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2010年9月18日 第1刷発行 2014年2月8日 第17刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「八朔の雪」「花散らしの雨」「想い雲」に続く「みをつくし料理帖」シリーズの第4作。「ははきぎ飯」「里の白雪」「ひょっとこ温寿司」「寒鰆の昆布締め」の4編を収録した連作短編集。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋で板前をしている。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」という料理店を再興すること、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らすこと、といった望みがある。

 前作「想い雲」で、これらの望みに少し進展があったかと思うと、今回はピタリと動きを止めてしまった。舞台もほぼ「つる屋」だけで、あとは澪が住む長屋がちょっと。それ以外は本当に僅かで動きがない。今回は物語を大きく動かさず、じっくりと澪の内面を深堀りする。

 ただこれまでにない動きもあった。二十歳の澪には「想い人」がいる。店にふらっと現れる「小松原」と名乗る武士で、薄汚れた格好はしているが、相当の身分の者らしい。その小松原のことがかなり明らかになる。小松原と澪の「身分違い」も明らかに..想いを断ち切ろうとする澪が不憫でならない。

 本書に「料理に身を尽くす」という言葉が出てきた。「みをつくし」は、澪の名前と出身の大坂からの連想だと思っていたけれど、こんな意味も含まれていたらしい。

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センセイの鞄

書影

著 者:川上弘美
出版社:文藝春秋
出版日:2004年9月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の4月の指定図書。2001年の谷崎潤一郎賞受賞作品。

 主人公の大町ツキコ(月子)は物語の初めには37才。ツキコが「センセイ」と呼んで慕うのは、ツキコの高校時代の国語の先生、ツキコとは30と少し歳が離れている。今、うっかりと「慕う」と書いてしまったが、最初は一杯飲み屋で時々席を隣り合わせる、歳が離れて多少不釣り合いな「飲み友達」だった。

 ツキコとセンセイの物語は、15ページ前後の短めのエピソード17編を積み重ねて綴られる。2人は頻繁に会うわけでもない。長く会わないままでいることもある。それでも飲み屋で会うだけでなく、センセイの家に呼ばれたり、八の日に立つ市に連れ立って出かけたり、きのこ狩りに出かけたり..二人の仲は進展していく。

 独身の女と、妻を亡くした男。とは言え、30以上も年が離れた上に、20年前とは言ってもかつての先生と教え子。途中でツキコの同級生の男性も登場して、ツキコとセンセイの仲の行く末は、ようとしてつかめない。しかし、ひとつのエピソードが終わるたびに、カチリと音がして歯車が回った感じがする。

 抑えめの文章で淡々と語られるが、気が付くと妙なところへ紛れ込んでいて「これは現実なのか?」と訝しむことが何度かある。2人してどこか分からない世界に紛れ込んでしまったエピソードもある。梨木香歩さんの作品に似た雰囲気が醸される。

 40前の独身女性と、妻を亡くした70代の男。その行く末は、私がおぼろに思い描いたストーリーとは違っていた。しかし、谷崎潤一郎賞受賞作品だと知れば、確かにこうでなくてはと思った。

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Story Seller annex(ストーリーセラー アネックス)

書影

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2014年2月1日 発行 2月10日 2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「Story Seller」「Story Seller2」「Story Seller3」に続いて、本書が「Story Seller annex」。なぜ4ではなくannexなのかは分からない。裏表紙に「姉妹編」と書かれているけれど、なぜ「姉妹編」なのかも分からない。とにかく大好評アンソロジーシリーズの第4弾。

 大好評にはいろいろな理由があるだろう。ただ一番に言えるのは執筆陣の豪華さ。本書では道尾秀介、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、恩田陸、湊かなえ、の当代きっての超人気作家6人の競演。1冊でこの6人の作品が読める。これはおトクだ。

 道尾秀介さんの「暗がりの子供」は、小学生の女の子が主人公の不穏な空気が漂う物語。近藤史恵さんの「トゥラーダ」は、代表作「サクリファイス」から続く自転車ロードレースが舞台(初出は「サヴァイヴ」)。有川浩さんの「R-18」は、「非実在青少年」という珍妙な言葉を生み出したあの規制と闘っている。

 米澤穂信さんの「万灯」は、80年代のエネルギー開発の最前線で戦う商社マンの苦渋をハードボイルドに描く。恩田陸さんの「ジョン・ファウルズを探して」は、英国人の作家ジョン・ファウルズの足跡を訪ねた評論。

 そして、湊かなえさんの「約束」が、本書の中では一番良かった。国際ボランティア隊の隊員としてトンガに赴いた女性の物語。彼女には日本を離れた理由と、はっきりさせなければいけない問題と、これらの根にある「約束」があった。

 湊さんの作品を読むのはこれが2作目。私は、子どもがつらい目に会う話は苦手で、湊さんはそれを描く作家さん、という先入観があって長く敬遠していた。しかし前に読んだ「Story Seller3」の「楽園」も、本書の「約束」も、そんな心配は杞憂だった。

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女のいない男たち

書影

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2014年4月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 村上春樹さんの最新刊。「東京奇譚集」以来9年ぶりの短編集。「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6編を収録。

 表題作「女のいない男たち」が書下ろし、その他は昨年の11月から今年の2月にかけて文芸誌に掲載された作品。しかしよくあるような、「短編が何本かたまったのでまとめて単行本にしました」という形態のものではない。「女のいない男たち」という言葉をモチーフとした一連の作品群として執筆されたものだ。

 正確には「女を失った」男たちの物語が綴られている。「ドライブ・マイ・カー」は妻を亡くした俳優、「独立器官」は恋人に裏切られた医師、「木野」は妻の不義が理由で離婚したバーの店主、「女のいない男たち」は昔付き合った女性を亡くした男の物語。「シェエラザード」は軟禁状態にある男が主人公で、連絡係の女性を失う予感がする。「イエスタデイ」が描く男は、失う以前にある女性を得ることができない。

 こんな感じで、モチーフが同じなので当然なのだけれど、設定が似通ったものになっている。では、似通った物語が並んでいるのかというとそうではない。それは、若者たちのユーモアを含んだ乾いた会話であったり、大人の男の少し強がった回顧であったり、キリキリとねじ込むような破滅であったり、フワフワと現実感の乏しい物語であったり、得体のしれないモノの影が見える奇譚であったりする。

 上に書いたようなバリエーションは、過去の村上作品のどれかを思い出させる。また、本書で描かれるような「欠落」は、村上作品の多くでテーマとなっていることもあり、それぞれ雰囲気がどれも違うけれど、どれも「村上春樹らしい」。だから、村上春樹ファンには馴染のある本となるだろうし、そうでない人は、長編ほどには読む負担がかからないので、気軽に読んでみたらどうだろう?

 「らしさ」をもう2つ指摘する。1つ目は、「女のいない男たち」がモチーフだから仕方ないかもしれないけれど、どれもこれもセックス絡みの物語だということ。2つ目は、短編だからそうなのかもしれないけれど、着地点のないエピソードが少なくないこと。これらの内の一つぐらいは、もしかしたら長編に取り込まれて再生されるのかもしれない、と期待している。

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想い雲 みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2010年3月18日 第1刷発行 2013年6月8日 第21刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「八朔の雪」「花散らしの雨」に続く「みをつくし料理帖」シリーズの第3作。「「う」尽くし」「ふっくら鱧の葛叩き」「ふわり菊花雪」「こんがり焼き柿」の4編を収録した連作短編集。

 主人公の澪は、女性ながら大坂の一流料理店「天満一兆庵」で修業し、訳あってそこのご寮さんと共に江戸に来て、今は「つる家」という料理屋で板前をしている。

 澪の料理の腕は一流。「つる家」はそこそこ繁盛している。庶民から支持され武士からも好まれ、多士済々が集う。「つる家」は妬みも買い様々な妨害を受けるが、その多士済々との交流と、澪のまっすぐな性格が、それを乗り越える助けになる。

 澪には、この江戸で果たしたい望みがいくつかある。例えば、「天満一兆庵」の江戸店を任され、今は行方が知れない佐兵衛を探し出し、さらには「天満一兆庵」を再興すること。例えば、大坂にいたころの幼馴染の野江との再会を果たし、昔のように共に暮らすこと。

 これまでの2作では、これらの望みにはあまり進展がなかった。捉えようとしても指の間からこぼれてしまった。今回はそれが少し動く。あるいは大きく前進する。これはますます面白くなってきた。

 澪が作る料理がどれもこれも旨そうだ。人情話が泣ける。

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ランチのアッコちゃん

書影

著 者:柚木麻子
出版社:双葉社
出版日:2013年4月21日 第1刷発行 6月3日 第7刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。これまで著者のことを知らなかったけれど、これまでに単著で10作品も刊行されていて、平成25年下半期の直木賞候補になっている。ちょっと注目していこうと思う。

 表題作「ランチのアッコちゃん」を含む4編を収録した短編集。

 「ランチの~」の主人公は澤田三智子。麹町の小さな教材専門の出版社の派遣社員。4年付き合った彼と別れて落ち込んでいる時に、職場の女性部長から「ランチの交換」を申し込まれた。三智子が部長にお弁当を作る代わりに、部長がいつも行くお店で食べるランチ代を出してくれる。

 この部長に社員が密かにつけたニックネームが「アッコちゃん」。三智子はアッコちゃんが指示したお店でランチを食べる。それは新しいお店であり、新しい人との出会いであり、新しい経験であり、新しい世界だった。三智子はそうしたものを干天の慈雨のように吸収していく。

 次の「夜食のアッコちゃん」は「ランチの~」の続編。どうやら翌年の話らしい。出版社が倒産して三智子は派遣先が変わった。そこで女子の正社員と派遣社員の対立の板挟みになって悩んでいた。そこに、ワゴンの「ポトフ屋」を新しく始めたアッコちゃんが現れる。

 その次の「夜の大捜査先生」と「ゆとりのビアガーデン」は、主人公を変えた物語。アッコちゃんのポトフ屋も登場するので、同じときの同じ場所の話だと分かる。「夜の~」は、昔「コギャル」だった30歳の契約社員の話。「ゆとりの~」は、大手商社の社内ベンチャーを3か月で辞めた「使えない社員」の話。

 4編を通して共通して感じるのは、人は「出会い」によって成長したり変わったりすることだ。「~アッコちゃん」の2編は、アッコちゃんが出会いを三智子に意図的に与える。他の2編はもう少し自然に出会いが起きる。主人公たちは少し晴々して物語の終わりを迎える。

 本書はファンタジーなのかもしれない。「現実離れ」と揶揄しようというのではない。確かに「うまく行きすぎる」と思う。リアリティを大事にする人からは評価されないだろう。でも、アッコちゃんのワゴンは、敢えてちょっとリアリティを超越した登場の仕方をする。その時、物語がフッと重さをなくした感じがして、「うまく行きすぎ」てもOKと思えてきた。

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はなとゆめ

書影

著 者:冲方丁
出版社:角川書店
出版日:2013年11月6日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 少女マンガ雑誌ではない。「天地明察」「光圀伝」と、江戸時代初期の男性を主人公とした物語を鮮やかに描いた著者の最新作。その主人公は、平安時代でおそらく一番か二番に有名な女性だ。

 主人公の名は清少納言。一条帝の中宮定子に仕える女房で「枕草子」の著者。全編を通して彼女の昔語りで構成される物語は、宮中に出仕する前から始まる。そのころは彼女はまだ「清少納言」ではなく、「歌人の清原元輔の娘」だった。

 本書は「清少納言」誕生の物語であり、「枕草子」誕生の前日譚でもある。父のような歌才もなく、秀でた美貌の持ち主でもない、自分に自信を持てない28歳バツイチの女性が、如何にしてその才能を花開かせ、どのような時代を生きたか?が描かれている。

 一人称の体裁は、随筆文学の祖とも言われる「枕草子」の著者だから、自分語りをさせたら面白そうだ、という狙いだろう。それは半ば功を奏していて、古典の現代語訳の雰囲気まで感じられて面白かった。しかしそれは難点でもあった。「古典の現代語訳を長く読むのはなかなかつらいでしょう?」と言えば共感してもらえるだろうか。

 それでも、読み終わってみればしみじみと良い本だっと思う。著者は「人」に興味があるのだろう。清少納言は「枕草子」の著者として、知らぬ人はいないぐらいに有名でも、その人自身のことは知られていない。本の著者とはそういうものかもしれない。でも、作品の「向こう側」のドラマが、作品に負けずに面白いこともある。

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村上海賊の娘(上)(下)

書影
書影

著 者:和田竜
出版社:新潮社
出版日:2013年10月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯に「四年をこの一作だけに注ぎ込んだ凄みと深み!」とある。前作「小太郎の左腕」から本書発行までの間が4年。累計200万部超のデビュー作「のぼうの城」以降「忍びの国」「小太郎の左腕」までは、著者は作品を毎年発表しているので、確かにこの4年間という年月には、この作品への著者の思い入れが感じられる。

 時代は戦国時代。長篠の戦いで信長が武田軍を破った翌年。信長がその勢力を拡大しつつもまだ天下の行方は混とんとしていたころ。舞台は、その信長の勢力が及んでいない安芸の国(広島県)沖の瀬戸内海の島々と、信長の攻勢に直面する大坂本願寺(今の大阪城の場所にあった)、その脇を流れる木津川が注ぐ難波海(今の大阪湾)と広い範囲に及ぶ。

 主人公は、瀬戸内海の島々を根城にする村上水軍の当主、村上武吉の二十歳の娘の景(きょう)。醜女で悍婦、つまり「ブサイクで気が荒い」という、小説の主人公としては珍しい設定。普通なら近くにいて欲しいとは思わないタイプのはず。ところがこれが魅力的な女性なのだ。

 物語は、信長勢に包囲される大坂本願寺の苦境から始まり、景が「海賊働き」をする瀬戸内海に移り、景とともに大坂に移って、また瀬戸内海に戻って、再々度大坂に..と振り子のように行き来をする。景の心の内も、舞台が移る度に振り子のように揺れ動く。「もう傷つかないで欲しい..」と思うものの、景の無垢の魂は、そんな私の想いを踏み越えるように跳躍する。

 面白かった。「面白ない奴」が軽蔑を表し「阿保やで、あいつ!」が賛辞、という泉州(大阪の南部)、いや今や関西全般の気質が、随所に笑いを引き起こす。この気質は言い換えれば、他人も自分も楽しもうというサービス精神。それは著者自身にも備わっているらしく、本書全編に行き渡っている。

 上巻下巻それぞれにある合戦シーンが見せ場。多少長いけれど、現場にどっぷり浸った気分でハラハラして読むと気にならないだろう。

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世界地図の下書き

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:集英社
出版日:2013年7月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「何者」で2012年の下半期の直木賞を受賞した著者の、受賞後の第1作目。

 著者は、デビュー作「桐島、部活やめるってよ」では高校生を、「何者」では大学生の就活を、その他の作品でも自分と同年代を描いてきた。今回は打って変わって小学生の子どもたちを、物語の中心に据えた物語。

 物語の主な舞台は児童養護施設の「青葉おひさまの家」。主人公はそこで暮らす太輔。第1章は太輔が小学校3年生で「青葉おひさまの家」に来たころの話で、第2章以降はそれから3年後、太輔が6年生の時の物語だ。

 その他の主な登場人物は、太輔と同じ歳の淳也、淳也の妹の麻利、太輔の一歳下の美保子、六歳上の佐緒里。この太輔を加えた5人は「青葉おひさまの家」では同じ班で、文字通り寝食を共にしている。この施設で暮らしているからには、それぞれに事情を抱えている。

 もちろん、当人たちには何の責任もない事情であることは言うまでもない。物語は、それぞれが抱える事情が引き起こす事件や、心無い同級生による切ない出来事などを描きながら、ラストシーンへ収れんしていく。それは、佐緒里のために小学生たちが考えた幼い、しかし大きな企てだった。

 いろいろな気持ちが引き起こされた。私は子どもがつらい目にあう話は苦手だ。彼らに起きる出来事は悲しく切ない。子どもなのだから泣いてしまっていいのにそうしない。その姿がさらに切なくて、私はつらかった。一方で、彼らにも子どもらしい楽しみや企みがあって、その成り行きにワクワクしたりもする。かと思えば、大人を見る醒めた目に苦笑したり。

 奇しくも、同じように児童養護施設を描いたテレビドラマが話題になっている。そのテレビドラマの是非についてはここでは言わない。ただ、本書があのような批判を受けないのは、テレビのような影響力がないからだけではなく、この物語には温かく生真面目な、著者の心根が感じられるからだと思う。

 「どんどん道が細くなっていったりなんか、絶対にしない」。登場人物のこのセリフは、たぶん著者からのメッセージだ。

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