2.小説

はるひのの、はる

書影

著 者:加納朋子
出版社:幻冬舎
出版日:2013年6月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ささらさや」「てるてるあした」の続編。表題作「はるひのの、はる」を含む6編の短編を収録。

 主人公はユウスケ。物語の初めでは小学校に上がる前の春だった。彼は「ささらさや」「てるてるあした」のサヤの息子。その時はまだ赤ん坊だったユウ坊だ。本書は、ユウスケの成長を追って短編を重ねて、物語の終わりでは彼は高校生になる。

 「てるてるあした」の冒頭で、ユウスケのことが「不思議な赤ん坊」と書かれている。確かにユウスケの周りでは不思議なことが起きる。その訳が本書冒頭で分かる。彼には「見える」のだ。亡くなったけれどまだこの世に留まっている人たちの姿が。

 舞台は、佐々良の町を流れる佐々良川のほとりの原っぱの「はるひ野」(そう、表題作は「はるひ野の、春」という意味)。そこでユウスケは、川でうつぶせになって倒れている少女を見つける。その時、「見ちゃダメ」と言ってユウスケの手を引いた少女がいた。彼女の名は「はるひ」

 はるひはユウスケに「手伝って欲しいことがある」と言う。それはとても奇妙なお願いだったけれど、ユウスケは言うとおりにしてあげた。それ以降、はるひは数年に一度ぐらい割合で、ユウスケの前に現れては奇妙なお願いを繰り返し、すぐに姿を消す。その度に誰かが助けられる。

 各短編は、そんな感じで「いい話」で終わるのだけれど、モヤモヤしたものが残る。はるひは何のためにそんなことをしているのか?そもそも何者なのか?そういった謎が最後になって明らかになる。

 前2作は、亡くなった「見えない」人の存在を感じる不思議な物語だった。ユウスケにはそれが「見える」ので、亡くなった人の存在がリアルに感じられ、ファンタジーの要素を含んだ物語になった。「あとがき」に「シリーズ最後の作品」とされているが、それは惜しい。この言葉は反故にして構わないから、続編を希望する。

 最後に。著者が白血病と闘っておられたことは、闘病記を出版されているので知っていた。復帰第1作の本書が出版されて、私は本当に嬉しい。

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政と源

書影

著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2013年8月31日 初刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 最近は、出す作品が必ずと言っていいほどヒットする著者の最新作。

 タイトルの漢字2文字は2人の主人公の名の1文字ずつだ。有田国政と堀源二郎。2人とも御年73歳。墨田区Y町という荒川と隅田川に挟まれた町で共に暮らしてきた。「幼馴染」という言葉で表すにはあまりに長い付き合い。
 気心の知れた2人だけれど、その生い立ちはずいぶん違う。国政は銀行員として定年まで勤め上げた。言わば堅い人生。源二郎は子どものころに「つまみ簪(かんざし)」職人に弟子入り。以来その道一本で来た職人。傍から見ると「自由人」そのものだ。

 物語は6章からなり。夏から少しずつ季節が移ろって翌年春までの、1年足らずの期間の出来事をつづる。途中で挿入される2人の子供時代のことや、それぞれの結婚にまつわるエピソードが、現在の2人の関係に通じていて、しみじみとさせられる。

 「しみじみ」の一方で、突然「笑いのツボ」を刺激されて、呼吸困難に陥る。主な原因は源二郎の言動にある。冒頭の葬儀のシーンで登場した源二郎は、禿頭の耳の上に僅かに残った頭髪を「真っ赤」に染めている。こんな「自由な」源二郎が大真面目にやるあれこれが面白すぎる。

 73歳になってもつまらないことで喧嘩をしたり拗ねたりと、子どものようだ。2人の境遇はそれぞれに寂しさを抱えている。それでも願わくば、このような年寄りになってみたい...

 第1章の扉絵を見て「じいさん萌えかよ!」と声が出た。少女漫画のイケメンキャラのようなじいさんが2人。カッコよすぎる。
 そうそう「つまみ簪」がわからない人は、Yotubeで「つまみ簪」と検索するといくつかの動画が表示されるので、見てみるといいと思う。

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陽だまりの彼女

書影

著 者:越谷オサム
出版社:新潮社
出版日:2011年6月1日 発行 2012年6月15日 19刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」というコピーが評判となってベストセラーになり、少し前に「90万部突破!」というニュースが流れた。10月12日には、松本潤さん、上野樹里さん主演の映画が公開される(上野樹里さんはハマリ役だと思う)。100万部は堅いだろう。

 主人公は奥田浩介。25歳で鉄道広告の代理店の営業マン。物語の冒頭に渡来真緒という中学の同級生と10年ぶりに再会する。営業マンとクライアントの広報担当として。「学年有数のバカ」と呼ばれていた真緒は、美しい「出来る女」になっていた。

 「学年有数のバカ」と、真っ当に付き合っていたのは浩介だけだった(浩介は「キレる危ない子」だったらしい)。そのため真緒は、浩介のことを憎からず思っていた。浩介の方も同じくで、しかも真緒がハッとするぐらいの美人になっていたのだから、二人が恋人同士になるのに時間はかからなかった...。

 お互いに気になっていた中学の同級生と偶然の再会。障害を乗り越えいたわりあって愛を育む。まぁこれだけじゃ単なるベタベタの恋愛小説で、ちょっと読むに堪えない。本書の場合は、真緒には秘密と隠された過去があるらしく、それがミステリーの要素や、感涙を誘う仕掛け、さらにはファンタジーにもなっている。そこが「ベタベタ」に留まらないプラスアルファ部分で、読むに堪える作品に仕上がっている。

 「読むに堪える」なんて失礼な言い方をしてしまったが、実際のところは結構楽しめた。その上で、本書にケチを付けるつもりはないのだけれど、100万部に達しようとするのは、ひとえに「コピーの力」だと思う。出版社のニュースでも、そのようなことが書いてあるので、間違いないだろう。「女子が男子に読んでほしい」なんて..男の弱みをガッチリ掴んでいる。

 ただ本当に「女子が男子に読んでほしい」本なのかは疑問。そう言うからには、女子の気持ちが描かれていそうだけれど、女性の目線がほどんど感じられない。それは、主人公が男だから仕方ない部分はあるけれど、それにしても男に都合がよすぎる気もする。皮肉を言うと「男が考える「女子が男子に読んでほしい本」」が妥当なところか。

 映画「陽だまりの彼女」公式サイト

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八朔の雪 みをつくし料理帖

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2009年5月18日 第1刷発行 6月18日 第4刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いろいろなところから良い評判を聞いていて、いつか読んでみようと思っていた。

 舞台は江戸時代の後期の江戸の町。主人公は澪、女性ながら大坂の一流料理屋「天満一兆庵」で料理修行に励んでいたが、店が火事で焼失してしまう。澪は、主人と女将さん夫婦と共に、主人の息子が商う「天満一兆庵」の江戸店を頼って江戸に来た。しかし、すでに店はなく息子は行方不明、主人はその心労で体を壊し、澪に「天満一兆庵」の再興を託して亡くなってしまう。

 ..と、ここまではこの物語が始まる前のできごと。物語の始まりの時には澪は18歳、心臓が弱い女将さんの芳と長屋での倹しい2人暮らし。澪は、暮らしの糧を得るために、蕎麦屋の「つる屋」で働いている。「つる屋」の主人の種市は、澪に自由に料理を作らせ、客の口に合わずに失敗しても暖かく見守ってくれる。

 この物語は、幾重にも織り重ねられた織物のようだった。まず「天満一兆庵」の再興という夢が大きな縞をつくり、章のタイトルにもなっている澪が作る料理のエピソードが主だった模様を描く。さらに、種市や長屋の住人らの暮らしぶりや、「つる屋」の常連客の武士との関係などが、様々な色の糸として織り込まれている。そしてライバル店の出現、幼馴染の消息...。書ききれないほどの見どころがある。

 「みをつくし料理帖」シリーズとして、すでに8作が出版されている。これは楽しみが増えた。また「庶民の暮らしを描いた時代小説」というジャンルが面白いと思う。お奉行やお殿様、お姫様ではなく、市井の人のドラマ。かなり以前に読んだ、宇江佐真理さんの「卵のふわふわ」も、そんな作品だった。

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キアズマ

書影

著 者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2013年4月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」に続く、自転車のロードレースの世界を描く4作目。これまでの3作は、白石誓という才能と機会に恵まれたプロレーサーが主人公。本作は別の主人公を立て、舞台も大学の自転車部に移った。新シリーズのスタート、ということだろうか。

 主人公は岸田正樹、大学の1年生。高校の3年間をフランスで過ごし、帰国してから1年浪人して入学。物語の始まりは、まだ入学から1週間にならない頃、愛車のモペット(自転車オートバイ)で下校中、自転車部の櫻井のロードバイクと小さな接触事故を起こしたことだ。

 その接触事故が発端となってさらなる事故が起き、自転車の部長の村上がケガをしてしまう。正樹に責任があるとも思えないのだけれど、彼には芯の通った生真面目さがある。村上に「自転車部に入れ」と言われ、最初は拒否するのだけれど、「1年だけなら」という条件が出て、話をしている内に心がざわめき、唇が勝手に動いていた「わかりました。それじゃ1年だけ」

 前作までのプロのレースチームとちがって、大学自転車部が舞台なためか、何があっても爽やかだ。速さを競う激しいスポーツだから、勝者と敗者を生み、そこには確執や衝突があり、トラブルにも発展する。「命を賭ける覚悟」なんて言葉も出てくる。それでも大学スポーツだから。欲得よりは速く前に進みたい純粋さが勝る、と感じるのは少し能天気に過ぎるか?

 正樹も櫻井も20歳前の若者には重い過去を背負っている。そしてあの小さな接触事故がなければ、おそらく言葉を交わすこともなかっただろう。タイトルの「キアズマ」は、細胞分裂の際に染色体の交換が起きた「X字形」のことを言うらしい。転じて「交わるはずのないものが交わった」この物語を表している。

 前3作で重要な役回りを演じた、チーム・オッジの赤城が、ちょっとだけ登場する。これはファンサービスか、今後の展開への布石か?後者であれば、さらなる続編が楽しみだ。

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神様のカルテ3

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2012年8月13日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「神様のカルテ2」に続く第3弾。私が読んだ昨年8月発行の初版第1刷についている帯には「累計218万部」とある。それから1年になろうとしているので、もしかしたら300万部に到達しているのかもしれない。来年には「神様のカルテ2」の映画が公開される。今は未達でも300万部超えは時間の問題だろう。

 前作から引き続き、舞台・登場人物はほぼ同じ。松本市にある民間病院が舞台で、そこの内科のお医者さん、栗原一止(いちと)が主人公。他の登場人物は、病院の医師や看護師と患者、一止の妻のハルと一止が住むボロアパート「御嶽荘」の住人ら。

 ただ、何から何まで前作と同じでは、空気が澱んでしまう。新しいドラマを生むためには、そこに外の風を入れる必要がある。その「そとの風」が、小幡奈美という内科の女医。医師になって12年目、消化器の専門家のベテランで、人当たりが良くてしかも美人。リンゴを丸かじりするのはちょっと意外だけれど、そのギャップさえも魅力的に見える。

 これだけなら、多忙を極める医療現場に吹く涼風だけれど、もちろんそんなことはない。看護師長に「意外に人を見る目がない」と言われた一止は、なかなか気が付かないけれど、小幡先生には問題があり、曲げられない信念もある。そしてその信念は、一止に影響を与えずにいない。

 「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です。」繰り返し登場する夏目漱石の名言が心に残る。随所に「いい話」や「出会いと別れ」を入れながら、今回は物語が大きく動いた。次回はあるのだろうか?

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青空のルーレット

書影

著 者:辻内智貴
出版社:筑摩書房
出版日:2001年5月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の6月の指定図書。

 表題作「青空のルーレット」と、2000年の太宰治賞受賞作「多輝子ちゃん」の2編を収録。著者はデザインの専門学校を出て、しばらくソロシンガーとしてレコード会社に在籍、バンド活動を経て作家デビュー、という経歴の持ち主だ。

 私としては「青空のルーレット」の方が楽しめた。主人公はタツオ。ビルの窓拭きが彼の仕事。仲間たちと来る日も来る日も、ビルの外側をロープでぶら下がって窓を拭く。この物語は、彼ら「窓拭き」たちの汗臭くも爽やかな群像劇だ。

 窓拭きたちは、他にやりたいことがある。音楽、芝居、デザイン、写真、マンガ...。いつかそれで喰えるようになることを夢見ている。夢ではお腹に溜まらないし、家賃だって払わなければいけないから、窓を拭いている。極めてシンプルな職業観、人生観を持っているのだ。

 彼らの職業観、人生観と同じぐらい、この物語はシンプルにできている。イヤな奴はとことんイヤな奴だし、タツオの仲間たちはイイ奴らだ。「世間から見れば、少し外れているように見えるかもしれないけれど、俺たちは大事なモノは失ってないゼ」という、メッセージもシンプル。だから伝わりやすい。ラストで読者は、ためらいなく喝采を送れる。

 「あとがき」によると、著者には「窓拭き」の経験があるようだ。もしかしたらタツオには著者自身が投影されているのかもしれない。同じように「多輝子ちゃん」にも、ミュージシャンとしての著者の経験が織り込まれているようだ。その思い入れの強さをヒシヒシと感じる。もっとも強すぎて多少くどく感じたのが残念だ。

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深読み「聖なる怠け者の冒険」

 先日読んだ「聖なる怠け者の冒険」が、著者の前著の「宵山万華鏡」「有頂天家族」とつながっていることをレビュー記事に書きました。このことは著者による「あとがき」でも明らかにされています。しかし私は、さらに強いつながりが、「聖なる怠け者の冒険」と「有頂天家族」の間にあるように思ったので、ここに書くことにしました。

 そんなわけでこれから書くことは、「有頂天家族」をお読みの方でないとよく分からないと思います。また、物語の核心には関わりませんが、両方の作品の内容にも触れます。何の先入観もなく物語を読みたいと思う方は、読み終わってからで良いので、是非ともこの記事に戻ってきて読んでいただけるとうれしいです。

 「聖なる怠け者の冒険」の浦本探偵は「有頂天家族」の矢二郎ではないかと思うのです。

 そのわけは、浦本探偵のセリフに矢二郎と重なることが多いからです。

1.俺には弟がいるんだけど、こいつがへんな騒動ばかり起こすやつでね。でも憎めないやつなんだ。メチャメチャに事態が紛糾するほど生き生きとしてくる...(P203)
 矢二郎はタヌキの四兄弟の次男で、弟の矢三郎は「有頂天家族」の主人公で、まさにそういう性格でした。

2.ずいぶん長い間、引き籠って暮らしていたことがありましてね。その時代には、身の上相談をやっていた(P203)
 矢二郎はあることにショックを受けて以来、カエルの姿で寺の井戸の底に籠っていました。そこで家族や従妹たちの愚痴や相談を聞いていました。

3.俺は知ってるけど言わないでおこう。命が惜しいもの(P205)
 これは、偽電気ブランというお酒をどこで作っているかを聞かれての答です。そのお酒は矢二郎の叔父が製造していて、矢二郎たちと叔父は激しく敵対しているんです。

4.俺ならそんなに疲れる前に、蛙になって井戸に籠もるなあ(P319)
 上の2.に書いたとおり、矢二郎はカエルの姿で井戸に籠っていたことがあります。

いかがでしょう?これは間違いない、と思いませんか?

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何者

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:新潮社
出版日:2012年11月30日 発行 2013年1月25日 4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2012年度下半期の直木賞受賞作。1989年生まれの著者は、2012年の春に大学を卒業して就職している。大学生の就職活動を題材にした本書は、最近の著者自身の経験が反映していると考えて間違いないだろう。

 主人公は二宮拓人、就活中の大学生。以前は劇団をやっていたらしい。その他に主な登場人物が4人。神谷光太郎、バンドのボーカルで拓人の同居人。田名部瑞月、光太郎の元彼女、1年間アメリカに留学していた。小早川理香、瑞月の友だちで同じく留学経験あり、拓人のアパートの1つ上の階に住んでいる。宮本隆良、理香の彼氏で同棲中で、就活には興味がないらしい。

 主な登場人物は、隆良も含めて5人全員がいわゆる就活生。この5人が出会って、再来年の春の就職を目指して、就活のスタートを切ったところから物語は始まる。ES(エントリーシート)を書いたり、大学のキャリアセンターに通ったり、模擬面接をやったり....。

 「今のこの時代で団体に所属するメリットって何?」などと言い放ってしまう隆良を除いて、残りの4人は同じ就活生として、協力したり励まし合ったりしながら、ままならない日々を過ごす。「自分で何もしなかったら今のまま。何者にもならない」。そんな人生初めての経験。

 大学生の就活を、自身の経験が鮮やかな内に書き留めただけあって、セリフや描写が瑞々しい。ただこの物語は協力し励まし合う清々しいだけの青春物語ではない。就活は「早抜けのゲーム」のようなものでもある。昨日励ました相手が、明日には内定を自分より早く得るかもしれない。

 その時に「おめでとう」の言葉を口にすることはできても、先を越された想いと折り合いを付けるのは難しい。セリフや描写の瑞々しさは、時には刃物のような鋭さを見せる。ちりばめられたツイッターの書き込みが、実況中継のように彼らの気持ちを伝える。しかし、一皮めくるともう一段下に秘された心理があった。

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聖なる怠け者の冒険

書影

著 者:森見登美彦
出版社:朝日新聞出版
出版日:2013年5月21日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 森見登美彦さん3年ぶりの長編小説。2009年から2010年にかけて、朝日新聞に連載された同名の作品を全面改稿したもの。私は、新聞連載を欠かさず読んでいたが、全面改稿の「全面」に誇張はなく、全く違う物語に生まれ変わっている。発売に当たって朝日新聞に掲載されたインタビュー記事によると、なんと6回も書き直したそうだ。

 主人公は小和田君、京都郊外の化学企業の研究所に勤める若者。夢で「アア僕はもう、有意義なことは何もしないんだ」と呟き、その夢の中でさらに眠ってしまう、という怠け者。同僚たちに「田んぼのタニシと良い勝負」と言われるぐらい、静かな生活を送っている。

 そんな小和田君に、タヌキのお面に黒マントの変てこな怪人「ぽんぽこ仮面」が、「自分の跡を継げ」と言って付きまとう。さらに「ぽんぽこ仮面」を捕まえようと、得体のしれない組織が追いかけまわしているらしい。

 この「小和田くんに付きまとうぽんぽこ仮面」と「ぽんぽこ仮面を追う謎の組織」という2つの追いかけっこが、絡まりあって物語が進む。そこに可愛らしい探偵助手の「玉川さん」や、やたらと明るい「恩田先輩」とその彼女の「桃木さん」、スキンヘッドの「後藤所長」ら、個性的な登場人物が絡む。もう絡まりあって何だか分からなくなってくる(笑)

 この物語は「有頂天家族」と「宵山万華鏡」とつながっている。舞台が祇園祭の宵山の京都、という共通点もあって、雰囲気が「宵山万華鏡」に似ている。つまり「きつねのはなし」から連なる、京都の「妖しさ」が見え隠れする物語。著者お得意の「腐れ大学生モノ」とは別の系統の作品。私はどちらかと言えば、この「妖しい」系統の作品が好きだ。

 ファンには周知のことだけれど、著者は体調を崩して休筆していた。復帰作とも言えるこの本が出版されて、私はとても嬉しい。クライマックスにかけてのハチャメチャぶりには、「ちょっとガンバリ過ぎじゃないの?」と心配してしまったけれど、元気になられた証だと思うことにした。

 嬉しいお知らせが続く。本書に「森見新聞」というチラシが挟み込んであって、それによると、TVアニメ「有頂天家族」が7月7日から各局で放映開始、「有頂天家族2(仮)」が秋に幻冬舎から、「夜行」が冬に小学館から、それぞれ刊行予定。

(2013.6.18 追記)
この物語を深読みした、深読み「聖なる怠け者の冒険」という記事を書きました。

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