2.小説

桐島、部活やめるってよ

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:集英社
出版日:2012年7月4日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作で、小説すばる新人賞受賞作品、昨年8月には映画化された。著者はデビュー後、精力的に作品を発表し、6作目の「何者」で、今年度下半期の直木賞を受賞。戦後史上最年少の23歳、初の平成生まれの受賞者となった。

 物語は、同じ高校の2年生6人をそれぞれ主人公とした物語の、6つの章のオムニバス形式。バレー部のキャプテンの桐島が、部活をやめるという出来事の、直接的間接的な波紋を視点を変えて描く。高校2年生という多感な年頃。クラス、部活動、という集団の中で、階層(階級?)が暗黙の内に出来上がる。イケてるグループとそうでないグループ。

 生徒たちは、お互いの立ち位置をはかりながら暮らしている。そのためか、友人や他の生徒についての関心が多く語られる。同じ学校の同じ時期の物語だから、ある章の主人公は別の章では、主人公の友人などとして登場する。こうすることで、口に出しては言わないお互いへの想いの、微妙なすれ違いなどが浮かび上がる。

 このすれ違いも含めて、過剰気味な自意識が感じられて、ヒリヒリとした感触が残る。いろいろなタイプの高校2年生が登場するので、誰もが自らの「あの頃」を思わずにはいられない。本書が多くの人に受け入れられたのだとしたら、それが一番の理由だろう。

 文庫版には、Web文芸誌に掲載された、登場人物の1人の女生徒の中学2年のころの物語も収められている。私は本編を読んでいて、彼女のことが彼女の気持ちが、一番気になっていた。このスピンアウトは、そういう人のために書かれたのだろう。ただし、読んでさらに気になってしまったけれど。

 ちなみに私は、本書をKindle版の電子書籍で読んだ。10インチのAndroidタブレットにインストールしたKindleアプリで。最初はページめくりなどに少し違和感があったが、すぐに気にならなくなった。

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「有頂天家族」テレビアニメ化。「聖なる怠け者の冒険」発売。

 少し前に、森見登美彦さんに関する情報が、立て続けに報じられました。まず森見さんの人気小説「有頂天家族」の今年7月のテレビアニメ化が決定したそうです。

 私は、3年前に「四畳半神話体系」がアニメ化された時に書いた記事で、「アニメ化にもっと向いたいい作品」として、この「有頂天家族」を挙げていましたから、私としては待ちに待ったアニメ化です。

 TVアニメ「有頂天家族」公式サイト
 ※ただ「どの放送局で」ということが、見あたりません。何か訳があるのでしょうか?

 次は、「聖なる怠け者の冒険」の発売決定です。5月21日だそうです。この本は、朝日新聞に2009年から2010年に連載された新聞小説を改稿したものです。これまでに公式非公式を合わせて何度か、発売情報が流れては延期になっていました。

 ネット書店などでの登録がないのが、気がかりではありますが、この度は、森見さんご自身の公式ブログでの告知、それも2か月後のことですから、もう確実でしょう。

 これまでの延期は、森見さんの長期にわたる体調不良が理由だと推察されます。その意味ではこの発売は回復の兆しでもあるわけで、私はそれが何よりもうれしいです。

 森見登美彦さん公式ブログ「この門をくぐるものは一切の高望みを捨てよ」

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旅猫リポート

書影

著 者:有川浩
出版社:文藝春秋
出版日:2012年11月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 有川浩さんの最新作。ベタ甘ラブストーリーでもなく、カッコいいおっさんの痛快物語でもなく、甘酸っぱい青春群像劇でもない。本書は、悲しいほどに切ない物語だった。これまでの著者の作品で探せば「ストーリー・セラー」に近い。私はこの手の話が苦手だ。読んでいて辛くなってしまう。

 主人公はオス猫のナナ。しっぽがカギ型に曲がっていて、数字の7に見えるから、飼い主のサトルに名付けられた。ナナは、独立心の強い野良だったけれど、命を救ってくれたサトルの猫になることにした。サトルの方にもナナを求める理由があった。ナナとサトルは5年間をともに暮らし、その絆は深く強いものになっていた。

 ここまでが、この物語が始まる前のこと。サトルがナナを手放すことになり、ナナの引取り先を求めての旅を、本書は描く。それは、サトルが小学生、中学生、高校生の、それぞれの時の友達のところ。つまり、図らずもこの旅はサトルの人生を辿る旅でもある。そこに、サトルの友達のその後の人生が重なり、重層的なしみじみとした物語に仕上がっている。

 ナナの猫目線の語りや、他の動物との会話にユーモアがあり、けっこう楽しく読める。ただし、訪ねてきたサトルに友達が敢えて聞かない「ナナを手放す理由」に、動物たちは気がついている。読者は、彼らの会話からそれを知ることになる。その瞬間、物語から音が消え、空気がピンと張り詰めた。

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グレート・ギャツビー

書影

著 者:フィッツジェラルド 訳:野崎孝
出版社:新潮社
出版日:1974年6月30日 発行 1988年5月25日 第37刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の2月の指定図書。

 スコット・フィッツジェラルドの名作。アメリカ文学を代表する作品の一つ、とも言われている。いまさら私が紹介し評することに、どれだけの価値があるのか疑問だけれど、十数年ぶりに再読したので、思ったところを書くことにする。

 舞台は、1920年代のアメリカはニューヨーク郊外のロング・アイランド。主人公は、ニック・キャラウェイ、裕福な家庭で育った29歳。彼の目から見た、当時のアメリカの上流階級の暮らし振りを描く。

 タイトルのギャツビーは、ニックの隣家の大邸宅の主で、2週間に1回は大パーティを開いている大富豪。招待されていない人までが押し寄せるという、この「大パーティ」の豪華さと軽薄さという2面性が、自身も属する上流階級へのニックの気持ちを表していて、ひいてはこの物語の空気を特徴付けている。

 他の国の90年も前の話がどうして今も読まれているのか?この物語が好きだ、という人もたくさんいるのはどうしてか?それは「カッコいい」からだと思う。(もう少しましな語彙はないのか、と切に思うが、「カッコいい」以上に適切な言葉が思い浮かばない)

 実は、登場人物たちの生い立ちは意外に複雑で、著者自身の経歴や暮らし、1920年代という時代も考え合わせると、もっと深い読み方ができる。ただし、そういう読み方は、この物語が「好き」になってからのこと。まずは物語の空気に魅かれる、そういうことだと思う。

 私はその「空気」に魅かれたひとり。そして何かの空気に似ていると思った。(「村上春樹さんの作品の空気」とは、敢えて言わない。)80~90年代のトレンディドラマの空気だ。この物語のファンからはお叱りを受けそうだけれど、華やかな時代の、生活の臭いが希薄なカッコ良さが、トレンディドラマの主人公たちの暮らしと似ていると思った。

 今回は、20年以上前に買った(表紙はロバート・レッドフォードさんの映画のスチール写真だ)野崎孝訳で読んだけれど、手元には村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」もある。読み比べてみようと思う。

 レオナルド・ディカプリオさんがギャツビーを演じる映画「華麗なるギャツビー」の公開が間近になっている。米国では5月10日、日本では6月14日。
映画「華麗なるギャツビー」公式サイト

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ナミヤ雑貨店の奇蹟

書影

著 者:東野圭吾
出版社:角川書店
出版日:2012年3月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 数々の作品を世に送り出し続けている著者。本書はミステリーではなく、ハートウォーミングな作品。

 本書は複数の主人公からなる、いわばオムニバス形式の物語。盗みに入って逃走中の3人組。ミュージシャン志望の魚屋の息子。老いた父を心配する雑貨屋の息子。夜逃げの経験があるビートルズファン。...しかし、真の主人公は、人ではなく「ナミヤ雑貨店」という名の不思議な雑貨店だ。

 ナミヤ雑貨店は「どんな悩みも解決してくれる雑貨店」として、40年前に週刊誌に紹介された店。近所の子どもたちが「ナミヤ」を「ナヤミ」とわざと間違えたのがきっかけで、当時の店主の浪矢雄治が半ばヤケクソで始めた悩み相談が、評判になってしまったものだ。

 悩み相談の手紙を夜中に郵便口に入れておけば、翌朝には返事が返ってくる。雄治はどんな相談にも真剣に答えた。相談する方は手紙を出すときには半信半疑でも、返ってきた返事は真剣に受け取る。もちろん返事の通りにするとは限らないけれど、その後の人生には大きな影響を与える。

 さて、ここまで字数を使って書いてきたが、これでは本書の紹介にはなっていない。これはナミヤ雑貨店の悩み相談の「システムの紹介」に過ぎない。このシステム、つまり文通による悩み相談の両側、顔を合わせることの無い、相談する側と答える側(答える側にもドラマがある)の心の交流が物語を形づくっている。

 実は、これでも本書の紹介の半分ぐらいにしかならない。読み始めてすぐに気が付くが、著者の筆は、数十年の時空を軽々と飛び越えてしまう。いわゆるタイムスリップが起きて、一見すると派手な仕掛けに過ぎないように見えるかもしれな。しかし、時空を越えるからこそ描けた感動が本書にはある。

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横道世之介

書影

著 者:吉田修一
出版社:文藝春秋
出版日:2012年11月10日 第1刷 
評 価:☆☆☆(説明)

 タイトルの横道世之介は主人公の大学生の名前。そして世之介は、井原西鶴の処女作にして代表作「好色一代男」で、自由奔放な性遍歴を歩んだ主人公の名前でもある。(父親の説明では「理想の生き方を追い求めた男の名前」だそうだけれど)

 物語は世之介の大学1年生の1年間を月ごとに描く。垣間見える世の中の出来事から推測すると、1987年4月から翌年3月までらしい。そしてところどころに、世之介以外の登場人物のおよそ20年後を差し挟む。この20年後が物語に深みを与えている。

 世之介は、故郷の長崎県の港町を出て、大学進学と共に上京。「自転車で十分走ったら埼玉」の東久留米市のワンルームマンションで一人暮らしを始める。授業をサボったり、試験前にノートをコピーしたり、友だちの部屋に入り浸ったり、恋人とデートしたり。浮かれたエピソードも多いが、それは時代がバブルの前期だからで、世之介自身は「普通の男子大学生」だ。

 「普通の男子大学生」の暮らしが、物語として面白いのは、きっと世之介の周囲がちょっと普通でないからだろう。待ち合わせの場所に、運転手付きのセンチュリーで来る祥子。金持ちの男を渡り歩く千春。東京という場所は、異質なものが出会う。普通の男の子の隣に令嬢や高級娼婦が座っていることもあるのだ。

 とは言え、普通はすれ違うだけで異質なものは交わらない。けれども祥子も千春も、その他の大勢の人々も、世之介には関わりを持ってしまう。20年後にも心の片隅に(人によってはもっと大事な部分に)残る。何がそうさせるのか、さっぱり分からない。敢えて言えば「大いなる普通」というべきか、世之介恐るべし。

 ちなみに、著者の経歴を見ると、出身や年代や大学などに世之介と重なる部分が多い。妙にリアリティがある細かいエピソードには、著者の体験が反映されているのかもしれない。
 映画化決定。平成25年2月23日公開。(映画「横道世之介」公式サイト

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アーモンド入りチョコレートのワルツ

書影

著 者:森絵都
出版社:講談社
出版日:1996年10月20日 第1刷発行 2000年3月13日 第4刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「14歳からの哲学」の記事で書いたように、現在「文学金魚」という総合文学ウェブ情報誌の「10代のためのBOOKリスト」のための準備中で、その一環として読んだ。そして「14歳からの哲学」と同じく、本書も入試問題に頻出の書でもあるらしい。

 本書は表題作「アーモンド入りチョコレートのワルツ」と、「子供は眠る」「彼女のアリア」の3編を収録した短編集。

 収録順に紹介する。「子供は眠る」は、中学2年の男の子が、年に1回だけいとこたち5人だけで別荘で暮らす2週間の物語。男の子たちの序列意識や葛藤が描かれている。「彼女のアリア」は、中学3年の男の子が、今は使われていない音楽室で、同級生の女の子と出会う物語。何とも甘酸っぱい。「アーモンド入り..」は、中学1年の女の子が、風変わりな先生のピアノ教室で風変わりなフランス人と出会う物語。

 3つの短編には共通点がいくつかある。1つ目は、ピアノ曲をテーマにしていること。2つ目は、中学生が主人公であること。3つ目は、主人公にとって特別な場所・特別な時間の、特別な経験が描かれていること。

 1つ目の共通点は分かりやすい。各短編の扉で紹介されているし、必ず物語の中でその曲が流れる。ただ、私が音楽の門外漢だからか、その選曲の意味が分からないだけかもしれないけれど(ちなみに、どの曲も試しに聞いてみた)、他の2つの共通点の方が、この短編集全体を通して流れる、清々しさと切なさを決定付けているように思う。

 「子供は眠る」では別荘での2週間、「彼女のアリア」では火曜日の放課後の音楽室、「アーモンド入り..」では木曜日のレッスンの後。その時だけのドキドキするような特別な経験。でもその時間はあまりに短い。何よりも大人への入り口をくぐる前の「中学生」という特別な時は、あっと言う間に終わってしまう。

 本書の見返しのこの一文が、そのことを良く表している。
 「十三歳・十四歳・十五歳 —。季節はふいに終わり、もう二度とはじまらない。

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左京区七夕通東入ル

書影

著 者:瀧羽麻子
出版社:小学館
出版日:2012年4月11日 初版第1刷発行 7月10日 第3刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 京都の大学生の物語。娘から、この本を読んで「京都の大学に行きたい!」って思った友達がいる、という話を聞いて手に取ってみた。京都の大学生モノと言えば、森見登美彦さんの作品が思い浮かぶ。ただし、あちらは腐れ男子大学生で、こちらはおしゃれな女子大学生の物語だ。

 主人公は、文学部の4回生の花。試験の日の朝、朝食のヨーグルトに入れるブルーベリーをこぼして白いシャツを汚してしまう。他の服を探すもしっくりくる服が見つからない。「こういうけちの付いた日には、気分を変えてちゃんとおしゃれしたほうがいい」と、選んだのが花柄のワンピース。

 このワンピースのおかげで、花は理学部の龍彦と巡り合う。龍彦は数学科の学生で、数学の話をするとき以外は、愛想がない、というか数学の話題しか話せない。それに対して花は、それを「算数」と呼んでいたころから苦手。彼の何がいいのかさっぱりわからない。しかしドンドンと彼に魅かれていく。

 本書は、こんな感じで始まった花の「恋バナ」だ。花はおしゃれな女の子で、これまでにも何人かと付き合い、親切にしてくれる男友達もいる。そんな幸せなキャンパスライフを送る女子大生の、恋バナを読んで面白いのか?という疑問が湧くが、これがけっこう面白かった。

 まぁ花と龍彦だけでは「勝手にやってくれ」という感じになってしまうが、脇を固める龍彦や花の友だちがいい味をだしている。龍彦の友だちは、専門分野が大腸菌とか爆薬とか遺伝子とかで、偏見を承知で言えば龍彦の数学以上に全く女性の興味を引かない。その彼らが本当に愛すべきいいヤツなのだ。
 その意味では、冒頭に引き合いに出した森見作品と通じるものがある。本書は、森見作品と同じ世界を、女子大学生の視点から描いている(恋する乙女の視点なので、かなり浄化されて清潔に映っているが)と言えば分ってもらえるだろうか。

 最後に。本書を読んで思い出したことがある。ずいぶん以前に「卵のふわふわ」という本の記事に、「女性に都合のよい展開で、世の男性にとってはどうなのか?」というコメントをいただいた。本書もまさに、花にとって都合の良い展開と言える。
 そして、先ごろのコメントに対する私の答えは「器量のいい女性に都合が良い話は好きというか許せるんです。カッコいい男がモテたり都合よく成功する話よりはずっと。」だった。今も同じ気持ちだ。

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海の底

書影

著 者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2009年4月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者のデビュー3作目。そして「塩の街」「空の中」に続く自衛隊三部作の最後の作品。「空の中」のレビューで使った言葉をもう一度。「こんな大作だとは思ってなかった」

 舞台は横須賀。米軍基地があり、海上自衛隊の施設もある。主人公は、潜水艦「きりしお」の乗員で、実習幹部の自衛官の夏木と冬原。ある日「きりしお」に突然の出航命令が下るが、何かが挟まってスクリューが回らない。出航をあきらめ艦の外を見ると、信じがたい光景が広がっていた。無数の人間大の巨大なザリガニが上陸して...人を食っていた。

 本書は、この異常事態の中での2つの物語を描く。1つ目は、夏木と冬原の物語。他の乗員たちは艦外へ脱出したが、「きりしお」の近くで孤立していた子どもたちの救助に当たった夏木と冬原の2人は、避難のために子どもたちを艦内に収容。そのまま潜水艦に閉じ込められた形の夏木らと子どもたちを描く。

 2つ目は、横須賀の街の防衛にあたった警察に焦点を当てる。こちらの主人公は、神奈川県警警備課の明石警部。巨大なザリガニの襲来という、警察が想定する事案を遥かに超える事態に対して、懸命の文字通りに身体を張った防衛線を守る。

 「巨大なザリガニが襲来して人を食う」というショッキング出来事で幕が開ける。とてもグロテスクに思うかもしれないし、荒唐無稽さに鼻白んでしまうかもしれない。いずれにしても、少し引き加減になるが、それから始まるドラマが、もう一度読者を物語に引きつける。

 未知の生物に蹂躙される異常事態の中に、不器用な自衛隊員と気丈な女子高生を放り込む一方で、自衛隊はもちろん警察からもカッコいいおっさんを登場させる。かなり際どい話題に切り込むところも含めて、3作目にしてこんな濃い作品を出していたとは。後の著者の作品の要素が凝縮されている。

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鉄塔 武蔵野線

書影

著 者:銀林みのる
出版社:新潮社
出版日:1997年6月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の9月の指定図書。

 第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。ちなみにこの時、池上永一さんの「バガージマヌパナス わが島のはなし」も大賞を受賞、つまりこの回は大賞作が2つということだ。

 主人公は小学校5年生の少年、見晴。舞台はタイトルから分かるとおり、武蔵野。もう少し限定すると、今の西東京市から埼玉県日高市にかけて。時は199×年の夏休み。

 物語の冒頭、見晴は家の近くの鉄塔に「75-1」という番号が付いていることに気が付く。「ということは両隣の鉄塔は「75ー0」と「75-2」なのか?」と思い、一方の隣の鉄塔へ走り出す。その鉄塔の番号は「76」。ならば次は...。こうして見晴少年の鉄塔を巡る冒険が始まる。

 見晴は「鉄塔大好き」少年だ。それは幼稚園に入る前からのことで、その頃日曜ごとに見晴はお父さんに電車に乗りに連れて行ってもらっていた。線路脇の鉄塔を見るために。ただ好きなだけではない。本を読んで、詳しくは分からないまでも専門的な知識もあり、鉄塔の形状などによって、男性型鉄塔、女性型鉄塔などの、独自の分類法を編み出している。

 上に書いた通り、本書は見晴の鉄塔を巡る冒険だ。途中から2つ年下のアキラを相棒にして、障害や小さなドラマを経て、目指すは全鉄塔を踏破し、その下(見晴は「「結界」と呼んでいる)の中心点に、手製のメダルを埋めること。...ここでこう思った方がいるかもしれない「76っていう番号があるなら、全鉄塔って少なくとも80ぐらいはあるんじゃないの?それ全部行くの?」

 もちろん見晴は行くつもりだ。自分で決めた目標は、何としても達成する。自分自身を裏切りたくない。思い出せば誰にも覚えがある、少年らしい頑なな決意がそこにあった。しかし多くの場合、その決意は大人に止められたり、「やっぱりムリだ」とあきらめたり。成就しなかった決意。これも誰にも覚えがあるだろう。見晴の決意はどのような結末を迎えるのか?

 正直に言って途中で、見晴の(つまり著者の)鉄塔に対する熱い想いについていけない気がした。鉄塔を1つ1つ思い入れを込めて語られても、受け止められない。でも、残り本数は確実に減っていく。あるところまで来ると、自分も一緒にゴールを目指しているのに気付く。

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