2.小説

光圀伝

書影

著 者:冲方丁
出版社:角川書店
出版日:2012年8月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2010年の本屋大賞受賞作「天地明察」の著者による最新刊。9月15日に公開された映画「天地明察」は大ヒットし、先週の日本映画興行成績ランキングで第3位になっている。

 こんな華やかなニュースの中でもあり、前作がとても良かったので(その年に2作品しかなかった☆5つを付けている)、大きな期待を持って読んだ。「天地明察」にも登場する水戸光圀が主人公というのも面白い(ちなみに本書には安井算哲が登場する)。

 物語は、光圀の七歳から七十三歳で没するまでを描く。言うまでないけれど、水戸光圀とは先ごろ42年の歴史を閉じたあの長寿番組「水戸黄門」の黄門さまのこと。ただし、本書は黄門さまの実像に沿って描かれているらしく「世直し旅」はない。また、本書の光圀は、表紙に描かれた虎のように「強靭な身体の気性の荒い人物」として描かれ、テレビ番組のような温和な姿は見られない。

 「強靭な身体の気性の荒い人物」となったのは、多分に父や伯父たちの影響による。光圀は徳川家康の孫。つまり父や伯父たちは家康の息子たちで、大阪の陣には若くして参戦している「戦国武将世代」なのだ。
 また、彼らは開明なことに、これからの武士は文武に優れていなければならないと考え、書を集め学問を奨励した。光圀も書に親しみ、儒教の教えを究め、詩の才能を開花させた。なんと光圀は「強靭な身体の気性の荒い」+「学識豊かな詩人」となったのだ。

 こう書くと、光圀の順風満帆の成長記のようだけれど、そうではない。光圀はあることから、自分の中に儒教の「義」に反する「不義」を感じる。この物語は、この「不義」に深く長く悩む光圀の懊悩を執拗なまでに描く。

 最後に。比べるのは酷かもしれないけれど、「天地明察」ほどは面白くなかった。でも「大河ドラマ」にはいいと思う。いや、意地悪な言い方をすれば、本書は「大河ドラマ狙い」なんじゃないかと思った。

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七人の敵がいる

書影

著 者:加納朋子
出版社:集英社
出版日:2010年6月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、今年の春にフジテレビ系列で「昼ドラ」として放映された同名のドラマの原作。新聞のテレビ欄で見かけた時に、石川達三さんの「七人の敵が居た」と勘違いして「ずい分と古いものを持ち出してきたなぁ」と思った記憶がある。それが、先日図書館でこの本を見つけて「あぁこれだったのか!」と借りてきて読んだ次第。

 主人公は山田陽子。出版社の編集者。モーレツに忙しい。愛息子の陽介が入学した小学校の、最初の保護者会が本書の冒頭。この陽子のPTAデビューは最悪だった。「PTA役員なんて、専業主婦の方じゃなければ無理じゃありませんか?」と言ってしまった。つまり、その場にいた多くの母親を敵に回したわけだ。

 「専業主婦でなければ無理」ということはない(実は、私もPTA役員の経験がある)。ただ、陽子にとってはそれは根拠のある主張で、それを非難する声には正論で返して黙らせてしまう。
 正論は正論として「そうは言っても..」「そこを何とか..」で回っているのが現実のPTA活動だ(と私は思う)。しかし陽子は、陽介に累が及ぶのを危惧しながらも、正論を止められない。学校で、学童保育で、自治会で、スポーツ少年団で....。その度に敵を作ってしまう。

 こう書くと、陽子がとんでもなく自己中心的な人間のようだけれど、読み進めるうちに、そうではないことが分かる(「その言い方は何とかした方がいいよ」とは、最後まで思ったけれど)。また、「陽子vs敵」の図式の繰り返しの中で、陽子にも敵にも「事情」を潜ませてあって、この辺りは著者の技ありだ。

 本来は「正論」は文字通り正しくて、それが通らない現実の方に問題がある。職場で「ブルトーザー」とあだ名を付けられた陽子は、その馬力で現実の問題を正そうと立ち向かう。そんな陽子を、助けたり協力したりしてくれる人も現れる。ブルトーザーは色んなものをなぎ倒してしまうけれど、その後には道ができて、人が歩けるようになる。

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空飛ぶ広報室

書影

著 者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2012年7月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の最新刊。著者は、デビュー作「塩の街」を含む初期作品「自衛隊三部作」以来、「自衛隊・ミリタリー+恋愛」を描いた作品を多く世に出している。本書は2008年の「ラブコメ今昔」以来、久々にその系譜に連なる作品。

 舞台は航空自衛隊の広報室(正確には「航空自衛隊航空幕僚監部広報室」)。主人公は空井大祐、29歳、元戦闘機パイロット。「元」と付いているのは、今は違うからだ。子どもの頃からブルーインパルスのパイロットになりたかった。そして、その夢の入り口である戦闘機パイロットにたどり着いたその時、交通事故に遭い夢への道を閉ざされたのだ。

 上に書いた主人公の紹介は、本書冒頭、第1章に入る前に明らかにされている。事実だけをあっさりと記してあるだけだけれど、彼が心に抱えた物(あるいは失った物)は大きいことが想像される。物語の滑り出しの頃の彼の朗らかさも、却ってそれを感じさせる。彼の心の再生はどうしたら成るのか?それが、本書の1つ目のテーマだ。

 「1つ目のテーマ」があるのだから、2つ目3つ目もある。もちろんラブロマンスはある。主人公ともう1組のカップルの、例によって素直じゃない恋愛。その他には、先輩後輩と階級が入り組んだ複雑な想い、極端な男性社会の中での女性自衛官、自衛隊とその広報活動の有りよう。そしてマスコミや世間の「悪意」を刺すことも忘れていない。

 「あとがき」によると、本書は航空自衛隊からの働きかけが企画の発端だそうだ。本書舞台である広報室の働きを地で行く展開となったわけだ。著者は多くの人の話を聞いて、多くのドラマと着想を得た。それを460ページの大部の物語として結実させた。

 有川ファンにはもちろん、そうでなくてもエンタテイメント作品としてとても面白い。本書を読めば自衛隊の見方も変わるだろう。本書にも登場する「自衛隊への嫌悪」に凝り固まった人には、違った感じ方があるだろうけれど、これは、航空自衛隊広報部の大ファインプレイだと思う。

(2013.4.10 追記)
新垣結衣さん主演でテレビドラマ化されるそうです。4月14日(日)から夜9時、TBS「日曜劇場」
日曜劇場「空飛ぶ広報室」公式サイト

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空の中

書影

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2008年6月25日 初版発行 2009年5月20日 4版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作「塩の街」に続く、デビュー2作目。メディアワークスから単行本、後に角川文庫から文庫版が出版された。私は文庫版で読んだ。

 私は「図書館戦争」を読んで以来、それ以降に出版された作品を全部読んできた(アンソロジーや文芸誌などの収録作品には未読のものもある。最新刊「空飛ぶ広報室」はこれから)。それにも関わらず、初期の作品にはあまり興味がなかった。だから「自衛隊三部作」という言葉は知っていても、長い間この本を手に取らなかった。

 そしてこの度、手に取って読んで真っ先に思ったことは、「こんな大作だとは思ってなかった」ということ。「塩の街」は面白かったけれど、軽めのシンプルな恋愛(+ミリタリー)物語だったので、本書もそうだと思っていたのかもしれない。しかし本書は、色々なものが練り込まれた作品だった。

 主人公は、高知県に住む高校生の斉木瞬と、航空機開発の技術者の春名高巳の2人の男性。物語の冒頭で、試験飛行中の民間の超音速ジェット機と、航空自衛隊の戦闘機が相次いで炎上する原因不明の事故が起きる。それも、四国沖の高度2万メートルの上空という同じ場所で。瞬はその犠牲者の戦闘機パイロットの息子で、高巳は民間機の事故調査委員だ。

 航空機の同じような事故の関係者という以外には、この二人に接点はなく、当初は別々の物語が綴られる。それぞれにヒロインが登場して、著者お得意の「さっぱり進展しないもどかしいラブストーリー」が始まる。そこにかなりぶっ飛んだUMA(未確認生物)が絡み、人類の危機を招く切迫した事件が起き、冷徹な美少女が新たなプレイヤーとして登場する。上から目線で恐縮だけれど、著者の2作目への熱意が感じられる周到なストーリー展開だ。

 最後に。著者の「おっさん萌え」を知っている私には、著者にとってのこの物語のキーパーソンがすぐに分かった。文庫版に収録された「仁淀の神様」という掌編に、著者の想いがあふれている。

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少年少女飛行倶楽部

書影

著 者:加納朋子
出版社:文藝春秋
出版日:2009年4月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「底抜けに明るい、青春物語が書きたくなりました。それも、中学生が空を飛ぶ話が。」これは「あとがき」の冒頭の著者の言葉だ。本書のことをよく表している。

 主人公は中学1年生の女の子の佐田海月。舞台は彼女が通う中学校。海月は、幼馴染の大森樹絵里と一緒に、2年生の部長の斎藤神と副部長の中村海星の2人しかいない「飛行クラブ」に入部する。「飛行クラブ」とは、文字通り飛行することを目的とするクラブ。活動内容の文書に「理想を言えば、ピーター・パンの飛行がベスト」と書いてある。

 この何とも奇妙なこのクラブの活動は部長の神の「空を飛びたい」という強い願望の現れだ。この中学ではクラブ活動が必修なのだけれど、神は既存のどのクラブにも入らず、自分でこのクラブを創ってたった1人で1年間活動してきた(海星は野球部と兼部、友達の神に付き合って籍を置いている)。まぁ正真正銘の「変人」だ。

 海月は、頼りない樹絵里の面倒を幼稚園の頃から何くれとなく見てきた。今回の入部も樹絵里の海星への恋心に付き合わされたものだ。他にもワガママな同級生にも慕われ(絡まれ?)ていて、どうやら海月は「放っとけない」たちのようだ。変人の神のことも放っとけなくなって、「空を飛ぶ」ために奔走する。

 著者の作品の特長と言えば「日常に潜む謎」を描いたミステリーだと思うが、今回はミステリーではない。「あとがき」の言葉通りの青春小説だった。一見するとステレオタイプな登場人物たちだけれど、その一人一人に対して人物造形の背景を丁寧に描く。お見事だ。最後に一言。海月のお母さんがいい味を出している。

 この後は書評ではなく、この本の「あとがき」を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

松尾文藝

Bungei 今回は、ちょっと番外編。紹介するのは「松尾文藝」という冊子。ある高校の文芸班の作品集で、その学校の文化祭の時に販売されている。(この高校と周辺の学校では「部活動」ではなく「班活動」という。野球班、サッカー班、吹奏楽班..そして文芸班)この1部300円の冊子が、昨年の文化祭の時に目の前で売り切れてしまった。手に入らないと思うと惜しくて、今年は文化祭に行って、文芸班の机がある廊下に直行して入手した次第。

 30編以上ある収録作品はすべて短編。「あとがき」や付録の「松尾文藝裏話」を読むと、班員の皆さんの不眠の奮闘が綴られていた。短編の方が書く方は負担が小さい、読む方は色々な作品を楽しめる。

 確かに大きな期待はしていなかった、しかし軽んじてもいない。「芥川賞に最年少19歳」というニュースが流れた2004年は、今の高校生にはずいぶん昔かもしれないけれど、私には「ついこの前」ぐらいだ。受賞者の綿矢りささんは、それより前の17歳でデビューしている。まぁそんな話を持ち出さなくても、文化祭に足を運んでお金を出して買ったのは、もちろん期待があったからだ。そしてその期待には、十分に応えてくれたと思う。

 「みんな良かった」と思う。その言葉にウソはないのだけれど、そう言われても本当に褒められた気持ちにはならないだろうと思うので、特に良かった作品を2つ。「echo」と「春へゆく」。著者の2人はどうやら3年生らしいので、しばらくは新しい作品は難しいのだろう。でもいつか、あなたたちの次回作を読んでみたいと思う。

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木暮荘物語

書影

著 者:三浦しをん
出版社:祥伝社
出版日:2010年11月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 祥伝社の「Feel Love」という小説季刊誌に掲載された連作短編7編を収録。ちなみに「Feel Love」のキャッチコピーは「100%恋愛小説誌」。

 著者の作品は最新刊の「舟を編む」をはじめとして、「風が強く吹いている」「神去なあなあ日常」「仏果を得ず」と、他人にもおススメできる爽やかな作品が沢山ある。しかし本書は、他人におススメするのは微妙な、なんとも評し難い作品だった。70歳を過ぎた男性がデリヘル嬢を呼ぶ物語を、どんな顔をして薦めればいいのだ?

 もちろんこの男性の話は7編あるうちの1編にすぎない。しかし他の短編も、柱に〇〇〇(←自粛)の形のものがはえてくるとか、階下の部屋を覗くとか、道を外れた感じの物語が並んでいる。そう言えば、「きみはポラリス」も「普通ではない」恋愛短編集だった。著者が描くと「恋愛」はこんなにバリエーション豊かになるのだ。

 舞台の中心は、小田急線世田谷代田駅近くにある、木造二階建ての古ぼけたアパート「木暮荘」。住人は、大家の木暮、花屋に勤める坂田、外食チェーンの社員の神崎、女子大生の光子の4人。彼らと彼らを取り巻く関係者が順番に物語の主人公になる。

 上に書いたことで何となく分かるかと思うが、語られているのは主人公たちの「性」にまつわる物語。それもちょっと変化球。部分的にはエロ小説かと思う場面もあるが、読み終わって振り返えると別の思いが残っている。東京の私鉄沿線の、真面目で(はないかもしれないけれど)善人の人々の暮らしが、切なく慎ましく微笑ましい。

※著者の最新作で本屋大賞受賞作品「舟を編む」の映画化が決まったそうです。
 主演は松田龍平さん、共演は宮崎あおいさん。宮崎あおいさんは、「天地明察(2010年大賞」「神様のカルテ(2010年2位)」に続いての本屋大賞作品でのヒロイン役。(ついでに「陰日向に咲く(2007年8位)も)本屋大賞女優と言って差し支えないでしょう。

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沖で待つ

書影

著 者:絲山秋子
出版社:文藝春秋
出版日:2006年2月15日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 第134回(2005年下半期)の芥川賞受賞の表題作と「勤労感謝の日」の2つの中編を収録。

 表題作「沖で待つ」の方が良かった。主人公は及川。住宅機器メーカーの女性営業員。入社して最初に配属されたのが福岡の営業所。一緒に配属された同期の「太っちゃん」との交流というか、会社員生活の面白おかしいエピソードが綴られている。著者自身の経歴とシンクロする部分もあるので、きっと下敷きになる実話があるのだろう。

 ただ、物語は五反田にある太っちゃんのマンションを、及川が訪ねるところから始まる。太っちゃんと会話を交わすのだけれど、それまでの経過がどこか違和感がある。「もう他人が住んでるのかもしれない」とか、「部屋には机もベッドも、ほんとうに何もなかった」とか。違和感の理由はすぐに明らかになる。太っちゃんは三か月前に死んでいたからだ。

 この後、及川と太っちゃんが福岡に配属された時まで逆戻りをして、再度この時間この場所に戻ってくる、という仕掛けになっている。女が死んだ男に会いに来たのだから、恋人同士だったのかと思うかもしれないが、そうではないところがこの物語のキモ。「異性の同期の友だち」これで言い表せるわけではないが、他に言いようのない関係。実は、私にもちょっと覚えがある。

 及川に「勤労感謝の日」の恭子、以前に読んだ「逃亡くそたわけ」の花ちゃんも、著者が描く女性は寄り道したり立ち止まったりの人生を歩んでいるけれど、そんなことは一向に構わない潔さが魅力的だ。

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三匹のおっさん ふたたび

書影

著 者:有川浩
出版社:文藝春秋
出版日:2012年3月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルから分かる通り「三匹のおっさん」の続編。前作は、還暦を迎えたおっさん(本人たちは「じいさん」と呼ばれたくない)3人組が、町内の問題を解決する痛快物語。本書も基本路線は同じだ。

 三匹とは、剣道の先生の清田清一(キヨ)、居酒屋の主人で柔道家の立花重雄(シゲ)、工場の経営者でメカにめっぽう強い有村則夫(ノリ)の幼馴染3人。キヨが勤め先の大手ゼネコンを定年退職したのを機に「自警団」を結成、町内の夜回りなどをしている。

 上に「基本路線は同じ」と書いたのにはわけがある。前作は「おっさん萌え」の著者が書いた、ひたすらおっさんがカッコいい話だったが、本書はちょっと違う。本書でも、本屋の万引き事件などを、おっさんたちはカッコよく裁いて見せた。しかし他の幾つかの物語では、3匹は時に影の支え役に回り、時には無力でさえある。その代わりに前作では引き立て役だった、キヨの息子夫婦の健児と貴子などのサブキャラに光が当たっている。

 甘ったれ主婦だった貴子も少し成長する(「あとがき」によると、著者は「続編をやらせてもらえるとしたら貴子の話」と決めていたそうだ)。ヘタレ亭主だった健児もいいところを見せる。シゲの息子の康生も頑張っている。キヨの孫の祐希とノリの娘の早苗は元々いい子だ。

 どうやら著者は、「おっさん萌え」だけでなく、自分が作ったキャラクターたちを愛しているようだ。こんなにみんないいヤツでいいのか?と思うかもしれない。しかし、ため息をつくしかない人物も登場するし、やるせない事件も起きる。3匹のファミリーぐらいは、いいヤツばかりでもOKだと思う。

 巻末の「好きだよと言えずに初恋は、」は、以前に「野生時代」に掲載された短編。早苗の友達の潤子の物語。同級生の男の子が潤子に花の名前を教えてくれる。その理由を聞いた時にピンときた。いやゾゾ~とした。有川先生、この物語はファンへのプレゼントですね。

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太陽は動かない

書影

著 者:吉田修一
出版社:幻冬舎
出版日:2012年4月25日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 数多くのベストセラーを世に出し、映画化、ドラマ化された作品も多い著者による、初めてのスパイ小説。
 実は私は、著者の作品を読むのは「悪人」に続いて、2冊目でしかない。(理由は特になくて、まぁ何となく機会がなくて..といったところだ。)それでも、著者がこれまでは、登場人物の心の動きを追った、人間ドラマを描いてきたことぐらいは知っている。それが今回はスパイ小説。帯によると「ノンストップ・アクション超大作!!」らしい。

 主人公は鷹野一彦。AN通信(アジアネット通信)の記者。AN通信は、表向きはアジア各地の出来事やファッション情報などをネットで配信する通信社だが、裏の実態は、命がけのスパイ活動を展開する諜報機関。鷹野は、部下の田岡亮一と共に、ベトナムの新油田開発の背後関係を探っていた。

 プロローグに、1990年代に当時NHK会長だった島桂次氏による、世界をカバーするニュースネットワークの「GNN構想」が紹介されている。この構想は、島氏自身のスキャンダルに端を発した「島おろし」によって頓挫したのだが、「海外隠し口座」の存在が指摘されている。この事実とフィクションがないまぜになったプロローグが、物語に意外な形で絡んでくる。

 諜報機関、謎の美女、韓国の諜報員、香港の実業家、中国の闇社会のボス、反政府過激派。スパイ小説の要素として、考えられるものを最大限詰め込んである。日中の政治家もCIAも出てくる。やり過ぎという意見もあるかもしれないけれど、著者のインタビューでおっしゃっていた「とにかく読んで楽しんでもらえれば..」という気持ちが伝わってくる。

 潜入あり、絶体絶命あり、間一髪の救出や脱出あり、隠された過去あり、人情と友情もあり、種明かしもあり(これもスパイ小説の常道か)。正にノンストップ・アクション。とにかく楽しめた。

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