少年少女飛行倶楽部

著 者:加納朋子
出版社:文藝春秋
出版日:2009年4月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「底抜けに明るい、青春物語が書きたくなりました。それも、中学生が空を飛ぶ話が。」これは「あとがき」の冒頭の著者の言葉だ。本書のことをよく表している。

 主人公は中学1年生の女の子の佐田海月。舞台は彼女が通う中学校。海月は、幼馴染の大森樹絵里と一緒に、2年生の部長の斎藤神と副部長の中村海星の2人しかいない「飛行クラブ」に入部する。「飛行クラブ」とは、文字通り飛行することを目的とするクラブ。活動内容の文書に「理想を言えば、ピーター・パンの飛行がベスト」と書いてある。

 この何とも奇妙なこのクラブの活動は部長の神の「空を飛びたい」という強い願望の現れだ。この中学ではクラブ活動が必修なのだけれど、神は既存のどのクラブにも入らず、自分でこのクラブを創ってたった1人で1年間活動してきた(海星は野球部と兼部、友達の神に付き合って籍を置いている)。まぁ正真正銘の「変人」だ。

 海月は、頼りない樹絵里の面倒を幼稚園の頃から何くれとなく見てきた。今回の入部も樹絵里の海星への恋心に付き合わされたものだ。他にもワガママな同級生にも慕われ(絡まれ?)ていて、どうやら海月は「放っとけない」たちのようだ。変人の神のことも放っとけなくなって、「空を飛ぶ」ために奔走する。

 著者の作品の特長と言えば「日常に潜む謎」を描いたミステリーだと思うが、今回はミステリーではない。「あとがき」の言葉通りの青春小説だった。一見するとステレオタイプな登場人物たちだけれど、その一人一人に対して人物造形の背景を丁寧に描く。お見事だ。最後に一言。海月のお母さんがいい味を出している。

 この後は書評ではなく、この本の「あとがき」を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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 著者の「あとがき」には、冒頭の文章に続いて、この本を書くための取材で、熱気球の体験搭乗に出かけたことなどが書かれている。それはそれで楽しそうで良いのだけれど、さらにこれに続いて次のようなことが書かれている。

 「何だかやたらと窮屈で閉塞感のある今日この頃に、読んでくださった方の心が少しでも軽く、明るくなりますように。--たくさんの「ありがとう」と「願い」を込めて。」

 本書の発行は2009年4月。「やたらと窮屈で閉塞感がある」のは、今ではなくて3年前のことなのだ。そして、著者はそこまでは言っていないのだけれど「底抜けに明るい、青春物語が書きたくなりました」のも、これと関係があるのだと思う。著者のこれまでの作品は、常に小さな緊張感が続くような物語で、「底抜けに明るい」とは趣が違うものだったから。

 そうだとすると、この物語の初出は「別冊文藝春秋」の2008年1月号だから、著者が感じる閉塞感はさらに1年以上遡る。大きな災害を被ったとは言え、この閉塞感はいったい何年続いているのだろう?そしてあと何年...

 ただ、新聞やテレビでは気が滅入るニュースばかりだけれど、身の回りに目を転じれば、日々閉塞感を感じているばかりではない。確かに落ち込むことも多いけれど、嬉しいことも楽しいこともそれなりにある。そんな暮らしの価値を改めて見直した。

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