23.森見登美彦

きつねのはなし

書影

著 者:森見登美彦
出版社:集英社
出版日:2006年10月30日 発行 11月20日 2刷 
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の2006年の作品。表題作「きつねのはなし」と「果実の中の龍」「魔」「水神」の4作品を収めた短編集。単行本としては「太陽の塔」「四畳半神話大系」の次、「夜は短し歩けよ乙女」の前の作品だ。
 このようなことを書いたのは、本書の趣がその前後の作品とは大きく違うからだ。これまでの作品は、大学生のグダグダな生活を描いた、笑いの中に青年の屈折を包んだものだった。ところが本書は、京都の街が持つ「妖しさ」に焦点を合わせてグッと寄った作品で「異色」と言ってよいだろう。

 4編はそれぞれ独立した作品だが、共通の人物が登場するなどして、緩やかなつながりがある。「芳蓮堂」という名の古道具屋、そこの女主人、怪しげな客、からくり幻燈、そして胴の長いケモノ。こうしたものがそれぞれいくつかの作品に登場し、効果的に「妖しさ」を演出している。そして、妖しい余韻をたっぷりと残して物語は終わる。

 「異色」ということについてだが、京都は人口の1割が大学生だと言われる「学生の街」であり、1200年の歴史が層となって積もった「歴史の街」でもある。学生時代からこの街に住む著者が、大学生の暮らしを描く一方で、目に見えぬ歴史の層が醸し出す「妖しさ」を描こうとしたのは自然なことであったと思う。
 そして、神社の灯篭やお祭りの提灯の朱い灯のような「妖しさ」を描く方向性は「宵山万華鏡」へとつながる。以前「宵山万華鏡」のレビューに、「やっと森見さんがやりたかった物が...」というコメントをいただいたことがあった。今なら、私にもそうしたつながりを2つの作品の間に感じることができる。

 本書で、これまでに単行本として出版された著者の作品はすべて読んだことになりました。コンプリート達成!
 「森見登美彦」カテゴリー

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宵山万華鏡

書影

著 者:森見登美彦
出版社:集英社
出版日:2009年7月10日 第1刷 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 京都という街は不思議な街だ。私が住んでいたのはもう25年も前なのだが、人口150万人近い大都市なのに、何かの折に物の怪の気配を感じることがあった。それは糺の森を歩いている時であったり、鴨川の流れを眺めているときであったりする。そして、大繁華街である河原町界隈でさえ、そういった気配から無縁ではなかった。
 縦横に延びる路地に、空気の濃さと温度が違うように感じる場所がある。その頃は、気味が悪いとは思ったがそれ以上深くは考えなかった。もしかしたら異世界と通じるスポットだったのかもしれない。何といっても1200年前からそこには人の営みがあったのだから。本書は、京都の街のそんな不思議な雰囲気を思い出す、ちょっと背筋が冷えるファンタジーだった。

 宵山とは、京都の三大祭りの一つである祇園祭本祭の前日のこと。ご存知の方も多いと思うが、京都の祇園祭は7月を通じて行われ、17日の山鉾巡行でクライマックスを迎える。宵山はその前日で、山や鉾が各町内に祭られる。それをつなぐように大量の露店がでて、京都の中心街がまるごとお祭り一色になる。何キロか四方の巨大な神社の境内が出現したかのようだ。
 本書は、主人公を替えて基本的にはその宵山の1日のことが語られる。バレエ教室に通う姉妹、高校の友人に会いに来た青年、劇団の裏方をやっていた大学生、会社員の女性、...。一見して関係のないそれぞれの1日が、宵山での不思議な出来事に収れんしていく。著者はこんなこともできたのか、と言ってはあまりに失礼だ。バカバカしい腐れ大学生のナサケナイ妄想だけを書く人ではないのだ。

 とは言え、「バカバカしい妄想」を期待する読者もいるはず。そういった方もご安心を、見ようによっては、今回のバカバカしさはスケールが違う。「よくやった」と、拍手したいぐらいだ。しかし、冒頭に書いた「不思議」の方に存在感がある。著者の「腐れ大学生モノ」はちょっと合わないな、という方にもオススメだ。

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四畳半神話大系

書影

著 者:森見登美彦
出版社:大田出版
出版日:2005年1月12日第1刷 
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は2005年の書き下ろし作品だが、その前後にも連なる、モリミー作品の王道とも言える「腐れ大学生」モノ。京都という同じ場所(それも下鴨辺りから東山というごく限られた地域)、腐れ大学生という同じ個性の主人公で、こんなに幾つものアホらしくてオモチロイ物語が書けるのは驚きだ。
 いやちょっと待て。出来事の幾つかは使いまわしだし、主人公ばかりか登場する女子学生まで個性が似ている。これは、もしかしたらマンネリに陥っているのでは?という疑問がフツフツと湧いてくる。

 主人公は大学の3回生。これまでの大学生活の2年間を思い返すと、実益のあることは何一つしていない。では何をしていたのかというと、人の恋路を邪魔していた、というどうしようもないヤツ。しかし、そんな彼も大学に入りたての頃はそんなではなかった。数多くのサークルの勧誘からどこを選ぼうかと悩み、「薔薇色のキャンパスライフ」を夢見ていたのだ。
 マンネリに話を戻す。マンネリが「同じようなことの繰り返し」を表すとすれば、四話からなる本書はマンネリそのものだ。なぜなら、ここには主人公が大学3回生のときの物語が繰り返し現れるからだ。しかし、それぞれの物語は、お互いに少しねじれたように違っている。言い換えると、腐れ大学生のアホな暮らしを何度も楽しめる、という趣向になっているわけだ。

 そして、著者はある仕掛けを最終話に施してある。SFやファンタジーにはよくある設定なのだが、著者の手になると、こんなにも体臭が臭ってきそうな話になるかと思う。いやいやこれでこそモリミーなのだ。マンネリだろうがなんだろうが、オモチロければ良いのだ。

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恋文の技術

書影

著 者:森見登美彦
出版社:ポプラ社
出版日:2009年3月6日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 10ヶ月ぶりのモリミー。今回は全編が手紙、というなかなか凝った趣向だ。実在のものとフィクションを合わせて、往復書簡の形で一連の出来事を綴ったものは数多く出版されているが、本書は、往復している手紙のやり取りの一方だけで綴っていく。返信の分は読者が想像するしかない。

 主人公は守田一郎、京都の大学の修士課程1年生。研究室の教授の命で、大学院に進んだ4月にクラゲの研究のために、能登半島に抱かれた七尾湾に面した「能登鹿島臨海実験所」に派遣された。いやハッキリ言えば飛ばされたのだ。
 家族や友人知己からも住み慣れた街からも隔絶された彼が、そこで始めたことは「文通武者修行」。文通によって文才を磨き、どんな美女でも手紙一本で籠絡する技術を身に着けるという野望だ。(あぁアホらしい)

 こんなわけで、守田が研究室の友人や先輩、家庭教師をしていた小学生、そして偏屈作家の森見登美彦氏!らに対して、半年あまりの間に出した手紙の数々が本書の大部分。友人の恋の相談に乗ったり、小学生の悩みに付き合ったり、作家に恋文の奥義を請うたりと、武者修行だけあって書きも書いたりその数は100通を超える。
 まぁしかし、その内容のクダラナイこと、その行いのナサケナイこと。著者の作品に度々登場する「腐れ大学生」が極まった感じだ。そんなヤツの書いた手紙だから、文章だってグダグダだ。ところが、このサイテーのグダグダな文章が、なぜか面白い(モリミー風に言うと「オモチロイ」)。特に中盤の大塚女史との対決には、片方の手紙だけでここまで描けるかと目を瞠った。

 「こんなの何が良いの?」という人もいるだろう。好き嫌いはあると思う。最初に読む森見作品が本書ではちょっとキツいかもしれない。著者の他の「腐れ大学生」モノがお気に召した方にはオススメ。

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美女と竹林

書影

著 者:森見登美彦
出版社:光文社
出版日:2008年8月25日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 小説宝石という月刊の文芸雑誌に2007年から2008年に掲載されたエッセイが、17編収められている。タイトルは、著者がやみくもに好きなもの2つなんだそうだ。「美女」は、「どうして」と聞くまでもない、聞いたところで仕方ない。
 「竹林」の方は「どうして」と聞かずにはいられない。しかし、どうして好きなのかは、さっぱりわからない。確かに言えることは、著者が今現在は「竹林」を愛して止まないことだ。それは、本書に収められているエッセイのテーマが、「竹林の竹を刈る」という一点であることからも分かる。著者は、実際に知り合いが所有する竹林に出向いて、そこを整備すべく、愛すべき友人や編集者さんとともに、竹を刈るのである。

 何とも要領を得ない書籍紹介たが、それもやむを得ないこととご容赦願いたい。何しろ本書そのものが、要領を得ない不思議なシロモノなのだ。冒頭に「エッセイ」と紹介したが、エッセイとは、見たり聞いたり感じたりしたことを散文としてまとめたものを言うとしたら、本書に収められているのはエッセイではない。
 著者は自身のことを「妄想作家」と称しているが、著者の妄想が何の前触れもなく、文章に入り込んでくる。言い方を違えれば、ウソや作りごとが混じっている。これでは、エッセイとは言えないだろう。

 しかし、これがエッセイかどうか、などという瑣末なことにはお構いなく、本書は面白い。著者の他の作品が「妄想小説」ならば、これは「妄想エッセイ」だ。何のことはない、著者の他の作品に漂う雰囲気、夢と現を行ったり来たりする「森見ワールド」そのままの本なのだ。
 だから、森見ワールド未体験の人にとっては冒険。きっと戸惑うと思う。著者の妄想に、そのヘタレ具合に。逆に著者のファンにはオススメだ。随所にちりばめられた、ちょっとした言動に、笑いのツボを刺激されることだろう。

 最後に、本の編集者という仕事は大変ながら楽しそうだ、という感想を持った。

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太陽の塔

書影

著 者:森見登美彦
出版社:新潮社
出版日:2003年12月20日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 2003年の日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品。ついでに著者のデビュー作。
 「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」などの最近の作品を読んだ後で、このデビュー作を読むと、著者の作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか、が想像できて興味深い。
 舞台は、他の作品と同じく京都の街、それも東山一帯。そこは、腐れ大学生たちがたむろする学生の街。この腐れ大学生の1人、森本が本書の主人公。男ばかりで下宿に集まって鍋をつついて妄想をたくましくしながら、クリスマスと恋愛礼賛主義を呪うというような、生産性のカケラもないような生活を送っているようなヤツである。

 ストーリーは、森本の同類(つまり、彼の下宿で鍋をつついているようなヤツら、どいつもこいつもサエない)のエピソードを挟みながら、彼の日常を綴っていく。
 日常とは言っても、もちろん平凡とは言えない。彼は、一時期付き合っていた彼女、水尾さんがいて、別れた後も「水尾さん研究」と称して、その日常の行動を観察・記録している(本人はストーカーとは根本的に違うと言っている)。また、ゴキブリ入りのプレゼント包装した箱を、それとは気付かずに開けて、下宿を昆虫王国にしてしまったりする。

 全体を通して面白かった。エピソードが笑えるし、ラストの事件は何やら爽快感さえ漂う。登場人物たちは個性的だし。(言い忘れたが、主人公がフラれた水尾さんだって普通じゃない。)
 しかし、変さ加減で言えば、やっぱり最近の作品の方が変。冒頭で「作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか」と言ったのは、そういう意味だ。登場する何人かの人物や出来事の造形を、さらにデフォルメしていくと最近の作品世界に行き着く。つまり、本書はデビュー作らしく著者の作品の原点と言える。

 ちなみに、本書が「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞していることについては、説明が必要だろう。今までの話のような、男子大学生の醜態は、幻想的でもなければ、空想の翼が広がったりもしない。ただ、時折、電車が闇の中を煌々と明かりを付けて走り、フッと幻想の世界に入り込む。 ここの部分だけは他との対比もあって、くっきりと浮き上がって「ファンタジー」なのだ。

 最後に「有頂天家族」のレビューでも白状しているが、私はかつて森本らと同じ、京都の腐れ大学生だった。だから、場所や出来事の多くはリアルに思い浮かべられる。面白かったのには、そういう理由も多分にある。
 そう、私も、男ばかりで下宿に集まって鍋をつついてました。女の子の話もしたけれど、自分たちには全く関係ないのに、政治や経済の話をよく夜通ししていました。「オレが首相だったら....」って。笑っちゃいますね。

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新釈 走れメロス 他四篇

書影

著 者:森見登美彦
出版社:祥伝社
出版日:2007年3月20日初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 諸説雑誌に掲載した短篇5篇の短篇集。表題の「走れメロス」の他、「山月記」「藪の中」「桜の森の満開の下」「百物語」と、太宰治、中島敦、芥川龍之介、坂口安吾、森鴎外と、日本文学の文豪たちの作品名が並ぶ。
 表題に「新釈」とあるので、基の作品に新しい解釈を加えて描き直したものかと思った。実際はそうではなくて、基の作品のテーマや表現手法などに着想を得て、著者が書き下ろしたもの。文豪の作品のリメイクを期待する人にはハズレ、森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ、ということだ。なぜなら、舞台は京都の街、登場人物たちは腐れ大学生たちと、森見ワールドお馴染みの設定だからだ。

 雑誌への掲載時期を見ると、2005年10月号から2007年3月号と、「夜は短し歩けよ乙女」の出版前後から、「有頂天家族」の出版前まで。「走れメロス」と「百物語」には「夜は~」のエピソードが登場するし、「山月記」には「有頂天~」に通じるものがある。このように3冊の作品のつながりを楽しむ読み方も、悪くないのではないか。

 「森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ」と、「ひとまず」をわざわざ付けたのには理由がある。森見ワールドっぽさ(こんな言い方で分かってもらえるだろうか)で言うと、5篇の作品に落差があるからだ。「夜は~」「有頂天~」の雰囲気を一番強く残しているのは「走れメロス」だ。
 「山月記」と「藪の中」は森見ワールドの範疇に入るが、「桜の森の~」はかなり違った趣だ。坂口安吾がベースなだけに、悲しいような怖いような雰囲気が漂う。「百物語」は、私には面白みが分からなかった。

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有頂天家族

書影

著 者:森見登美彦
出版社:幻冬舎
出版日:2007年9月25日第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「夜は短し歩けよ乙女」の著者による新刊。「夜は~」と同じく舞台は京都の街、時代はおそらく現代。前作も奇怪な人々が登場したが、今回は更に変わった人々が京都の街を縦横に駆ける。いや正確に言うと「人々」ではない。この物語は狸と天狗と人間の物語なのだ。

 設定によると、野生の天敵がいなくなって狸はその数を増やし、人間に化けて京都の街で大勢暮らしているのだそうだ。これは、そうした狸の先代の頭領の息子たち四兄弟の話。
 4人はそれぞれ父親から、責任感、暢気な性格、阿呆ぶり、純真さだけを受け継いだ。4つを併せ持つことで、先代は偉大な狸足りえたのだけど、それぞれ1つだけでは父の跡を継ぐのには不足。「あの父の子」の割にはダメな兄弟なのだ。

 現代の京都に狸や天狗が人に混じって暮らしているという設定は、特に珍しくないかもしれない。しかし、登場する狸や天狗や人は変わったのばかりだ。
 兄弟の恩師はかつては偉大な天狗だったが、今は力をなくし四畳半のアパートで暮らしている。昔の思いがあるので今でもプライドだけは異常に高い。その弟子だった女は、子どもの頃に天狗にさらわれてきたのだが、今は冷酷無比な向かうところ敵なしの半天狗になっている。主人公は兄弟の三男だが、1つ上の兄はある事件の後、蛙に化けたまま寺の井戸の中で暮らしている。
 人間たちだって負けていない。金曜倶楽部と称する連中は、毎年忘年会に狸を捕らえてきて鍋にして食う。全部で7人いるのだけれど、全員一癖も二癖もある連中だ。その内の1人はさっきの半天狗の女、長老格の高利貸しはたぶん、「夜は~」に登場した李白だろう。

 ストーリーは、四兄弟の下鴨家と宿敵の夷川家の抗争を中心に進む。夷川家の頭領は四兄弟の父の弟つまり叔父、その娘は主人公のかつての許婚だというわけで、この辺りも複雑に絡んでアップダウンを繰り返し、ちょっとホロリとさせる。実にエンタテイメントな1冊だ。

 蛇足ながら、私が個人的にウケたのは「百万遍界隈には、腐れ大学生は腐るほどいる」というところ。主人公は普段はサエない大学生の姿に化けていることが多く、同じようなのが沢山いるので目立たない、ということを言っている。私自身ずっと昔に、まさに「百万遍界隈の腐れ大学生」だった。

(2010.5.21 追記)
6月21日から、NHK FMの「青春アドベンチャー」で、「有頂天家族」のラジオドラマをやるそうです。そのことを、「ラジオドラマ「有頂天家族」放送決定」という記事に書きました。

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夜は短し歩けよ乙女

書影

著 者:森見登美彦
出版社:角川書店
出版日:2006年11月30日初版 2007年4月5日7版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 1人の大学生が後輩の女の子に恋こがれて、独り相撲の遠回りの末に彼女に近づいていく様を、彼と彼女の2つの視点からコミカルに描いていく。しかし、普通の青春恋愛小説ではない。「感動」ともほとんど無縁、彼も彼女も他の登場人物も、とても変なのだ。

 正直に言って、読み始めは戸惑った。淡々とした語り口で次々と繰り出される「ありえない話」の数々に。樋口さんは、フワフワと空中に浮かび、口から鯉のぼりを吐き出す。李白さんは、先斗町の通りを三階建ての電車に乗ってやって来る。電車の屋上には古池や竹林がある。おとぎ話にしては俗っぽすぎるし、ちょっとついていけない。
 ふと思いついたのは「銀河鉄道の夜」。ジャンルも方向性も全く違うが、夢の中の出来事のような予想外の事が淡々と語られる。

 しかし、章を追うごとに加速するテンポの良い展開に、ドンドン引き込まれて行き、面白くなってくる。第三章あたりではすっかりはまり込んでしまった。
 「先斗町」でお気付きかもしれないが、舞台は京都の街。先斗町や木屋町などの繁華街、下賀茂神社に糺の森など、京都の街を知っている人にはお馴染みの地名が出てきて楽しめるだろう。そして第三章の舞台は京都大学の学園祭だ。これには参った。なぜなら私の母校だから。第三章ではまり込んだのは、そのせいもあるのだろう。 

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