27.三浦しをん

あやつられ文楽鑑賞

書影

著 者:三浦しをん
出版社:双葉社
出版日:2011年9月18日 発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」のお友達の日記で知った本。
 著者はその作品「仏果を得ず」で、文楽の奥深い世界を、若手の大夫(文楽で情景やセリフを語る役)の目を通して、小説の形で垣間見せてくれた。本書では、同じことを文楽の劇場の楽屋への「突撃レポート」風のエッセイの形でやってくれた。「仏果を得ず」と合わせて読むといいと思う。

 著者はまず、三味線の鶴澤燕二郎(2006年に鶴澤燕三を襲名)さんの楽屋に行って、かなり面白い(どうでもいいような)質問をしている。「みなさんで飲みに出かけたりはするんですか?」とか。「楽屋の部屋割りはどうやって決めるんですか?」とか。しかし、その(どうでもいいような)質問が、思いがけず文楽の伝統を感じさせる答えを引き出す。

 そんな感じで、次の回は人形遣いの桐竹勘十郎さんのところへ行って、何と人形を持たせてもらっている。著者曰く「美少女との初デートで、思いがけずはじめての接吻までこぎつけた」ようなものだ。そしてまた、燕二郎さんのところへ、勘十郎さんのところへと、行き来して、後半では大夫の豊竹咲大夫さんにもお話を聞いている。皆さんご協力ありがとうございます。(と私までお礼を言いたいぐらい、文楽の演者の皆さんは協力的だった)

 そんな「突撃レポート」を挟むように、文楽の主な演目の解説がある。著者独自の視点から、登場人物にツッコミを入れながらのユニークなものだ。特に「仮名手本忠臣蔵」の章は、量的にも質的にも圧巻だった。これを読んで「仮名手本忠臣蔵」を観に行けば、何倍も楽しめることだろう。

 文楽に限らず「楽屋」というのは興味深いものだ。舞台の裏側を覗いてみたいということもあるが、演じている「人」のことを知りたい、というのも大きい。本書はその両方を満足させてくれた。「人」に興味があるのは著者も同じらしく、江戸時代の文楽の作者の人となりにまで想いを馳せている。それがまた思いがけず慧眼であったことが、巻末の「解説」に記されている。

 冒頭の(どうでもいいような)質問といい、この文楽作者の人となりといい、「思いがけず」良い結果を生んでいるんだけれど、これはもしかして著者には、ものすごい才能があるということなんじゃないだろうか?

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格闘するものに○

書影

著 者:三浦しをん
出版社:草思社
出版日:2000年4月14日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2006年に「まほろ駅前 多田便利軒」で直木賞を受賞、。「風が強く吹いている」「仏果を得ず」「神去なあなあ日常」などのヒット作で知られる、人気作家の著者のデビュー作、2000年の作品。

 主人公は藤崎可南子。就職活動中の文学部の学生。就職希望先は出版社。漫画編集者になりたいのだ。可南子が情熱を持って取り組んだことと言えば、漫画を読むことぐらいで、漫画については一家言ある。
 ただし就職活動には向いていないようだ。「平服で」を「ファッションセンスを見るのだな」と解釈して、気合を入れて黒ずくめに豹柄のブーツで面接に出かけたり、ちょっと立ち寄った古本屋で、高値で取引されている「キン肉マン」を見つけて、嬉しくなって面接を忘れて帰ってしまったり。

 さらに、可南子には妄想癖がある。ある時、集団面接で「学生時代に一生懸命やったこと」として、「彼女を大切にすることかな」と向かいに座った男が答えた。可南子は男の「襟首をつかんで背後の窓に何度もたたきつけ、べっとりとガラスには...(過激な表現のため自粛)」と、自分も面接の椅子に座ったまま思い浮かべてしまう。
 就活以外にも、さまざまなものと「格闘する」可南子だが、ちょっと空回り気味だ。まぁ、それがまた「格闘してます感」を醸し出しているのだけれど。

 こう紹介するだけでも、ゴムまりが弾むような勢いと面白さが、少し伝わるだろう。しかし、デビュー作にかける著者の意気込みは、さらに何重にも面白い設定を、主人公の可南子に施した。可南子の家も弟も友だちも恋人もちょっと普通じゃない。普通じゃないけれども、みんなひっくるめて「いい話」になっている。

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きみはポラリス

書影

著 者:三浦しをん
出版社:新潮社
出版日:2007年5月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 三浦しをんさんの短編集。小説新潮やアンソロジーに書いた「恋愛短編」が11編収録されている。巻末の「初出・収録一覧」に、それぞれの短編のテーマが「お題」「自分お題」として載っているので、読む前でも後でも良いので見るといいと思う。

 その「初出・収録一覧」に「「恋愛をテーマにした短編」の依頼が多い」と書いてあり、不思議な感じがした。そんなに数を読んでいないけれど、今まで読んだ著者の作品からは「恋愛小説」のイメージはない。「風が強く吹いている」「仏果を得ず」「神去なあなあ日常」。どの作品の主人公も恋はする。でも「恋愛小説」ではない。直木賞受賞作「まほろ駅前 多田便利軒」には、恋愛の要素はあっただろうか?

 読み始めてすぐに「もしかしたら?」と気が付くのは、本書の物語は「普通の恋愛小説」ではないんじゃないか?ということ。誰かが誰かに恋したり愛したりすれば「恋愛」かもしれないけれど、相手が死んでしまっていたら?誘拐犯だったら?ペットだったら?、二人が姉弟だったら?女同士だったら?男同士だったら?世間的には許容範囲が広がったとはいえ、まだこれは「普通」ではないだろう。「恋愛をテーマにした短編」の依頼者の期待は、これで満たされたのか心配になってくる。

 「普通」じゃつまらない、という人にはバリエーション豊かで良いだろう。しかし、私は読んでいて、そわそわと落ち着かなくて仕方なかった。その中では、一対になっている最初の一編と最後の一編は、少しだけれど主人公を応援したくなった。私の許容範囲も少し広がっているようだ(笑)。

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仏果を得ず

書影

著 者:三浦しをん
出版社:双葉社
出版日:2007年11月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 私が聞き知った範囲では、とても評判が高い三浦しをん作品。文楽の道を究めんと精進中の若手大夫の笹本健大夫(たけるだゆう)。「若手」と言っても30歳になる。高校卒業後に文楽の道を志して今年で12年。思うに普通の会社員でも、10年を越えたあたりは実績も自信もついて勢いがある時期だ。しかし同時に壁もある。自分はこのままでいいのか?どこまでいけるのだろうか?

 ただし健はこんな壁をはっきりと意識しているわけではない。何といっても師匠の銀大夫は80歳。文楽の家に生まれれば幼いころから手習いを始めるのでこの道70年ぐらいにはなる。目指す高みは遥かに遠い、12年目なんてまだまだ必死に修行を重ねるしかない時期なのだ。
 とは言え、成長するためには目標や越えるべき壁も必要というわけで、銀大夫は健に、兎一郎という三味線弾きと組むように言い渡す。兎一郎は特定の大夫とは組まない「芸の鬼」。そして、これは銀大夫が健に課した試練の先触れにすぎなかった。

 健は「今ドキの若者」(と言うには歳をくっているが)らしく、どことなく必死さが感じられない。でも、彼にはしなやかな芯の強さが感じられる。文楽に20代を使い果たし、芸について悩み、恋について悩み、厳しい稽古に耐え、一見理不尽な師匠に仕える。それでもただの一度も文楽の道から気持ちが逸れない。
 だからだろう。健はあらゆるものから気づきを得て、芸を一段押し上げる。小学生のミラちゃんの何気ない一言で、近松門左衛門の「女殺油地獄」の神髄を悟る。そうそう、このミラちゃんが本書の個性派揃いの登場人物の中で、小気味良い存在感を放っている。健に対して「おじいさん(銀大夫)に怒られて楽しそうやったねぇ」などと言って、何でもお見通し、というより、本人よりよくわかっているのだ。

 本書を読むのに、知っているに越したことはないが、文楽の知識は必須ではない。読んでいくうちに必要な事柄は分かってくる。思い返せば「風が強く吹いている」を読んだ時には、箱根駅伝に俄然興味が湧いた。本書を読むと、文楽の公演を一度は生で見てみたい、と思うこと必至だ。

(2011.10.23 追記)
三浦しをんさんが文楽の楽屋を取材したエッセイ「あやつられ文楽鑑賞」の記事を書きました。本書と合わせて読むといいと思います。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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ラジオドラマ「神去なあなあ日常」放送決定

 以前に「有頂天家族」を放送した、NHK FMのラジオドラマ「青春アドベンチャー」で、今度は三浦しをんさんの傑作青春小説「神去なあなあ日常」を放送する予定です。9月20日(月)~10月1日(金)までの月~金の10回、22:45~23:00の放送です。

 「神去なあなあ日常」は、半年ほど前に読んで、ものすごく面白かった作品です。私が読んだ後に娘と妻が順番に読んで、家族で楽しみました。ラジオドラマも今から楽しみです。

 「神去なあなあ日常」のレビュー

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上橋菜穂子さん、村上春樹さん、三浦しをんさん作品情報/「マークスの山」ドラマ化

 私は、Googleアラート+リーダーにキーワードを登録して、本に関するニュースを仕入れています。それで「おっ」と思うニュースが4つ上がってきたので、まとめてご報告です。

 1つ目。上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の外伝「獣の奏者 外伝 刹那」が9月4日に出るそうです。こちらも予約受付中です。内容は「王獣編」と「探求編」の間の11年間、エリンとの同棲時代をイアルが語る表題作の「刹那」他の3話を収録。これは期待度が大です。
 「獣の奏者 外伝 刹那」Amazonの商品詳細ページへ

 2つ目。村上春樹さんの新刊「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」が9月29日に出るそうです。Amazon他のネット書店で予約受付中です。内容は「13年間の内外のインタビュー18本を収録。」とのことです。小説じゃないんですね。エッセイとも違う。期待度は中くらいですね。
 「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」Amazonの商品詳細ページへ

 3つ目。高村薫さんの「マークスの山」がドラマ化されて、WOWOWで10月17日から放送されるそうです。合田雄一郎を演じるのは上川隆也さん、加納祐介は石黒賢さん。現在一日に一人ずつ公式サイトでキャストが発表され、8月25日に制作会見を開いてマークスこと水沢裕之役を発表するそうです。...でも、うちはWOWOW入ってないんです(泣)
 WOWOWオンライン「マークスの山」ページへ

 4つ目。三浦しをんさんが、コニカミノルタのHPで連載していたSF小説3部作が完結しました。ウェブサイトで全編が読めます。小説に登場する最新技術の、しをんさん自身によるレポートもあります。プレゼント企画もあるようですので、しをんさんのファンは必見です。
 コニカミノルタ 三浦しをんWeb小説のページへ

神去なあなあ日常

書影

著 者:三浦しをん
出版社:徳間書店
出版日:2009年5月31日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の本について、いろいろな方のブログで拝見して、読みたいと思う作品がいくつも積み重なっているのだけれど、機会に恵まれず本書が「風が強く吹いている」「まほろ駅前 多田便利軒」に続いて3作品目。ついでに言うと、本書は2010年本屋大賞ノミネート作品。

 これは面白かった。たっぷり楽しめた。主人公は平野勇気、横浜の高校を卒業したばかりだ。勉強は「全然好きじゃない」から大学に行くつもりはない、「人生決まっちゃうのかと思うと暗い気持ちになる」ので、就職するのは気が進まない。やりたいことがあるわけでもない。
 「甘ったれんじゃねぇ!」と一喝してやりたいようなヤツだけれど、担任の先生はそんな勇気の就職先を決めてきてくれた。「緑の雇用」という国の助成制度を利用して、神去村という三重県の奈良県との県境の山奥の森林組合で林業に従事することに..
 勇気が行った神去村の神去地区は住民が百人ぐらい。おしゃれなお店や娯楽施設があるわけはなく、郵便局も学校さえもない。もちろんケータイは「圏外」。こんなところの暮らしに、18才の青年にそうそう耐えられるはずがない。ところが、物語は1年後の勇気のひとり語りから始まる。

 物語が持つ雰囲気が瑞々しい。それは、林業という過酷な現場ではあっても、自然と一体となった神去の人々の暮らしが力強く活き活きしているからだ。山の神様を敬い神事を大事にした暮らし。神を身近に感じる出来事も多い。
 登場人物たちも抜群に素敵だ。勇気が居候している家のヨキは、野うさぎをタックルして捕まえ、川の大岩を動かして即席のプールを作ってしまう野生児ながら、厳しく温かく勇気を指導する。読んでいて思わず吹き出してしまう部分は、まずヨキが関わっている。
 勇気とヨキと一緒に働く「中村林業」の若い社長の清一も巌さんも三郎じいさんも、みんなおおらかで年齢とは関係なく若々しい。ヨキの奥さんのみきと、清一の奥さんの祐子と、隣の地区にある学校の先生と、若い女性がみんな美人なのはお愛嬌だ。美人ぐらいはいなくっちゃ、18才男子は生きる活力が湧かないだろうから。

(2010.9.2 追記)
9月20日から、NHK FMの「青春アドベンチャー」で、「神去なあなあ日常」のラジオドラマをやるそうです。そのことを、「ラジオドラマ「神去なあなあ日常」放送決定」という記事に書きました。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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まほろ駅前 多田便利軒

書影

著 者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2006年3月25日第1刷 7月25日第4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「風が強く吹いている」の著者の作品なので手に取った。不勉強のため、2006年上半期の直木賞受賞作であることは後から知った。
 本書はどういったジャンルに当てはまるのか、言葉の矛盾に目をつぶって言えば「ソフトなハードボイルド」か。主人公は、便利屋を営む青年、多田啓介。彼自身が好んでやっているわけではないが、ヤクの売人や娼婦、そのストーカーなどの危ない人間たちと絡み、刃傷沙汰や不可解な事件を乗り越えていく。
 友人が腹を刺されて瀕死の重傷を負ったり、ヤクザに凄まれたりと、ストーリーはハードボイルドの王道なのだが、何故かノリが軽い。そうか「ライトなハードボイルド」の方が、矛盾しないしうまく言い表しているかも。

 ライトな感じを漂わせているのは、腹を刺される友人の行天春彦の存在によるところが大きい。彼の突き抜けた奇人ぶりが、シリアスな場面から暗さを取り除いている。彼は、高校時代の多田の同級生なのだが、指を落とすという大けがをした時に「痛い」と言った以外に一言も発しなかったという(どういうわけか、今は普通に喋るのだけど)。
 この物語の中でも彼の言動は常軌を逸している。そうなんだけれども、滅茶苦茶なんだけれども、その言動が事件の解決につながっている。そこが本書の面白さなんだと思う。

 面白く読めるし、短いストーリーが伏線が絡んで有機的に結びついていてよくできている。登場人物もみんな愛嬌があって好感が持てる。難を言えば、全体に漂う軽さと読みやすさが災いしてか、満足感には欠けるかも。直木賞が、年に1,2冊その時の大衆文学の秀作を選ぶ賞だとするならば「本書がそれなのかな」と、ちょっと疑問だ。

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風が強く吹いている

書影

著 者:三浦しをん
出版社:新潮社
出版日:2006年9月20日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 オンボロアパート「竹青荘」に住む10人の大学生が箱根駅伝に挑む、青春ストーリー。箱根駅伝は10人で走る、その総力で順位が決まる。もちろん誰でも出られるわけではなく、選ばれた20校(正確には20チーム/19校らしい)だけに与えられる栄誉なのだ、出場そのものが。
 加えて、昨年の成績によるシードなどもあるから、初出場を果たそうと思えば、予選会で上位9位に入らなければならない。そこに、10人ちょうどで挑む、しかも陸上経験者は3人、残りのうち1人はマンガおたくで運動経験はゼロ。
 そんなムリめの展開なのに、話にのめり込まずにいられない。著者の筆力によるものだろう。ちなみに、2006年の直木賞作家だ。

 主人公の走(かける)は、高校時代は陸上部のエースだった。しかし、走ることへの純粋さゆえに暴力事件を起こしてしまった過去がある。コーチの灰ニ(ハイジ)も、才能のあるランナーであったが、ヒザの故障のため挫折した経験がある。こうした登場人物の背景をドラマチックに絡めながら、物語は箱根駅伝当日へと集約していく。

 ここで私が指摘するまでもなく、著者は承知の上で本書を書かれたのだと思うが、駅伝というスポーツは、登場人物を丁寧に描ける素材であることに気付かされた。
 駅伝は何人かで行う団体競技であるが、ランナーはただ一人孤独に走る。誰の助けも得られない20キロ程度を走るその時間に、ランナー自身も何かを考えるだろうし、小説家はじっくりと1人1人のドラマを描くことができる。走と灰ニ以外にもあと8人のドラマを凝縮することができるわけだ。
 500ページの本の200ページは駅伝当日。何ともオイシイ舞台ではないか。

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