3.ミステリー

ジェリーフィッシュは凍らない

書影

著 者:市川憂人
出版社:東京創元社
出版日:2016年10月14日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年3月に発表された第26回鮎川哲也賞受賞作品。この賞は公募の新人文学賞で、私が好きな加納朋子さん近藤史恵さんは、この賞の初期のころに受賞してデビューを果たされた。

 物語の舞台は1983年のU国。米国のことだと強く示唆されているけれど、敢えてのイニシャルトーク。それはこの物語が、私たちの世界とは「少しだけ違う世界での出来事」だということを表しているのだと思う。

 事件はかつて「航空機の歴史を変えた」と言われた「真空の気嚢を持った飛行船」の航行試験で起きる。(この飛行船が「くらげ」のように見えるので「ジェリーフィッシュ」と名付けられている)山中に墜落したとみられるジェリーフィッシュの乗員の全員が死亡。それだけなら「事故」なのだけれど、なんと全員が他殺体で発見される。

 状況から「同士討ち」のセンもない。現場は深い山の中で当時は雪嵐だった。犯人が別にいるはずで、そいつはどこから来てどこへ消えたのか?というミステリーだ。本書の紹介に「21世紀の「そして誰もいなくなった」登場!」とあるが、まぁ上手いこと言ったと思う。

 物語は、今まさに事件が起きているジェリーフィッシュの中と、それから数日後に事件を捜査する刑事たちと、最初はどういう関係があるのか分からない「誰かの回想」の3つが並行して語られる。この構成が緊迫感を生み出すことに成功している。

 叙述トリックの部類に入ると思うが、なかなか精緻にできている。ただ、読んでいて微かな違和感を感じる部分があっった。すべてが明かされた後になって思えば、それは「正しい違和感」だったことが分かった。種明かしの後で「やっぱりあれが..」なんて言っても詮無いことだけれど。

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君の名は。Another Side:Earthbound

書影

著 者:加納新太 原作:新海誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年8月1日 初版 2016年10月10日 7刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大ヒット映画の「君の名は。」には、3つの作品がある。映画と、新海監督が書き下ろした原作の「小説 君の名は。」と、そして本書。映画を観て本書を読んだ人が口をそろえて言う「この本は読んだ方がいい」あるいは「読むべきだ」と。そう言われて読まない選択はないと思う。

 最初に言うと、本書は映画か小説かの、少なくともどちらかを観たか読んだかした人向けの作品だ。だから、ここでも登場人物やストーリーの紹介はしない。そういうことは既に知っている、という人でないと本書を読んでも分からない。

 映画と小説の違いは、小説が一人称で語られることで、映画では想像するしかなかった、主人公の三葉と瀧の心情が言葉で表されていることだ。ストーリーやエピソードに違いはない。本書は章ごとに(本書では第一話、第二話..となっている)、瀧、テッシー、四葉、三葉と四葉の父の俊樹、と主人公が変わる。そこには映画にも小説にもないエピソードが綴られている。

 読み終わって「これはやられたな」と思った。著者のというのか、映画のマーケティングのというのか、とにかく制作側の術中にはまってしまった。清々しいぐらいに。..皮肉な言い方になってしまったけれど、素直に言えば「とてもよかった」ということだ。

 第一話、第二話までは、「映画と同じストーリーを別の視点で」という、言ってしまえばそれだけなので、気軽に読んでいた。ところが、第三話の四葉の物語で趣が変わって、読者はちょっと遠いところに連れていかれる。

 そしておそらく本書のキモとなるのは、第四話の俊樹の物語。映画でも小説でも、その心情があまり描かれることなく、ネガティブな印象が残った俊樹、それ以上に描かれなかった、三葉と四葉の母の二葉のことが描かれる。私自身と一番近いのは俊樹だと気が付いた。

 私も「映画を観て本書を読んだ人」として、他の人たちの仲間入りをする。映画を観た人は、この本は読んだ方がいい。絶対。

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RDG レッドデータガール はじめてのお使い

書影

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2008年7月5日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 もうかなり前に、本好きの知人から薦められていたのだけれど、「全6巻」ということに、ちょっと躊躇を感じて尻込みしていたら、読まずに随分経ってしまった。

 主人公は鈴原泉水子(いずみこ)。第一巻の本書では中学3年生。世界遺産に認定された熊野古道に接する神社「玉倉神社」の宮司の孫でその境内に住んでいる。神社と学校の往復以外寄り道ひとつしたことがない。用事があって遠出する時は、自家用ヘリ(!!)で出かける。いわば「お嬢様」で絶滅危惧種の少女(Red Data Girl)というわけだ。

 第一巻なので、登場人物と設定の紹介を兼ねて物語が進む。泉水子の家系を守る使命を持った、山伏の家系の相楽雪政と深行(みゆき)の父子や、同級生らが物語に絡んでくる。今回の最大のヤマ場は、泉水子の修学旅行。何と言ったって寄り道ひとつしたことがない泉水子が、遠路はるばる東京へ旅行するのだ。

 面白かった。上の説明と「はじめてのお使い」というサブタイトルからは、ボーイミーツガール(ガールミーツボーイか?)系の学園ドラマが想像される。それは間違いではないのだけれど、それだけではない。

 そもそも「それを守る使命を持った山伏の家系」なんてものが存在するのだから、言い換えればとても危険なのだ。泉水子の家系というのは。徐々に明らかにされるのだけれど、古来からの神憑りの血族らしい。だからオカルトの要素にも満ちている。

 こういうの好きだ。もっと早く読んでいれば良かった。そう言えば、上橋菜穂子さんも本書のことを好きだと、どこかでおっしゃっていたように思う。

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小説 君の名は。

書影

著 者:新海誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年6月25日 初版 2016年9月30日 18刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大ヒット上映中の映画「君の名は。」の原作。映画の監督・脚本・編集ほかを務めた、新海誠監督による書き下ろしなので、「原作」というより「小説版 君の名は。」と言った方がいいかもしれない。ヒットした映画にままある公開後ではなく、8月の映画公開に先立って出版された。

 ストーリーは映画と同じ。映画をご覧になった方には、紹介する必要がないけれど、まだご覧になってない方のために。

 主人公は、山深い田舎町の糸守町に暮らす女子高生の三葉(みつは)と、東京で暮らす男子高校生の瀧(たき)の二人。ある朝、瀧が目覚めると、三葉の体の中に入っていた!そう、これまでにもいくつかの作品で扱われた「男女入れ替わり」の物語だ。

 物語が進んでいくと、この入れ替わりには大きな意味があったことがわかる。その時間・空間のスケールの拡大が、この物語の魅力。..と、ここまでは映画の宣伝のようなもの。これだけであれば映画を観たなら、わざわざもう一度小説で読むこともない。

 でも私は、わざわざもう一度小説で読んで良かったと思う。冒頭に書いた「「原作」というより「小説版 君の名は。」」という部分に通じるけれど、本書は新海監督によるもうひとつの別の「君の名は。」だと思う。何よりの違いは、本書は三葉と瀧の一人称で語られることだ。映像とセリフで進行する映画では分からなかった、あの時の三葉の、そして瀧の心情が言葉となって書かれている。

 映画を観て「良かった」と思う人にもおススメ。それから本書を読んで「良かった」と思った人には映画もおススメする。映画の映像美と音楽は、小説では分からないから。

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切り裂きジャックの告白

書影

著 者:中山七里
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年12月25日 初版 2015年4月15日 4版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨年の4月にテレビ朝日系列で放送された同名のテレビ番組の原作。今月の24日にその第2弾「刑事 犬養隼人」が放送されることもあって読んでみた。

 主人公は警視庁捜査一課の刑事の犬養隼人。事件は、深川署の真向かいの公園で起きた殺人事件。若い女性が絞殺の上、内臓を抜き取られて放置されるという異常な事件。現場は凄惨を極めていた。

 この事件は、19世紀の英国で起きた、世界の犯罪史上最も有名といっても過言ではない殺人事件を想起させる。「切り裂きジャック」。その事件でも被害者たちは臓器を持ち去られていた。

 そして今回の事件の犯人から「ジャック」を名乗る犯行声明が、テレビ局に届く。こんな異常な事件をマスコミが放っておくはずがなく、恐らくは犯人の意図である「劇場型犯罪」の様相を呈していく。

 犬養はどうも「男のウソを見抜く」という特殊な能力があるらしい。今回の捜査では、あまり発揮されないようだけれど(女のウソは見抜けない)、これまでの事件では役に立ったのだろう。「捜査一課のエース」ということになっている。

 ストーリーが練られた面白い作品だった。ネタバレになるので、あまり詳しく言わないけれど、マスコミやネットの陰湿な部分や、臓器移植、生命倫理などを取り込んだ、重厚な(悪く言えば重々しい)物語になっている。

 こんな凄惨な事件の物語を、テレビでよくやったなぁ、と思う。

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黄金の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」「烏は主を選ばない」に続く、八咫烏シリーズの第3弾。本書で物語が大きく動き出した感じだ。これまでの2巻は、それはそれで面白かったが、シリーズが描く物語としては序章、まだ何も始まってなかったことが分かる。

 八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界。平安京にも似たその宮廷が舞台。本書の主人公は前作「烏は主を選ばない」と同じで、地方貴族の家の少年の雪哉。前作での皇太子である若宮の側仕えを終えて帰郷していた。

 事の発端は、雪哉の故郷で起きた事件。人間でいうと「クスリでもやった」ように正気を失った八咫烏が、雪哉の目の前で女性と子どもを襲った。さらにこの事件の調査の途中で「大猿が村人たちを喰らい尽くして、集落をひとつ全滅させる」という凄惨な出来事が起きる。

 物語はこの後、舞台を中央の宮廷に移して、この2つの事件を追う。そこで展開される出来事は、この八咫烏が支配する世界の存在そのものを揺るがす深刻な問題へと行き着く。

 読んでいて「あぁこう来るのか!」と思った。著者がどのように考えておられるかはわからないけれど、小野不由美さんの「十二国記」と重なる世界観を感じる。この世界は、まだまだ広がりがある、まだまだ物語は発展する、そんな予感が充満している。

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烏は主を選ばない

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月25日 第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」の続編。いや「続編」という言い方は正確ではなくて、本書は前作と全く同じ時間に起きた別の出来事を描いた物語。著者はインタビューで、当初は前作と本書がひとつの物語だったことを明かしている。だから「続編」よりは「下巻」、いや「裏編(そんな言葉ないと思うけど)」とか「SideB」とかが適切な表現か。

 改めてシリーズを紹介すると、私たちと同じ人の形になっている八咫烏の世界、平安京に似た宮廷を舞台としたファンタジー・ミステリーだ。前作では、皇太子である若宮の后選びを舞台に、后候補となった4人の姫たちを描いた。

 そして本書の主人公は、若宮の近習となった少年の雪哉。雪哉の目を通して、前作でほとんど何も明かされなかった、若宮に起きた出来事が描かれる。「若宮の后選び」という時間を、后候補の姫たちの側から描いた前作と、若宮の側から描いた本書、2作でひとつの物語、というわけだ。

 とは言うものの、本書では「若宮の后選び」は、ほとんど描かれない。描かれているのは「后選び」どころではない、その身を危うくするような事件だ。若宮は、10年前の政変で兄を追い落として皇太子の座に就いた。その兄の一派が巻き返しを図ってきたのだ。

 面白かった。人気が出るのも頷ける。前作の美しい姫が4人も登場するキラキラした感じから一変、気を抜くと殺されてしまうようなハードボイルドな展開。信頼と裏切り。正義と悪。ジャンプのマンガのようでワクワクさせる。

 「ぼんくら次男」と呼ばれている雪哉と、「うつけ」扱いされている若宮。「解説」にも書いてあったが、物語の主要な登場人物で「ぼんくら」や「うつけ」として現れて、本当にそうだった試しはない。本当の姿が早々にチラっと見えるのも楽しい。

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烏に単は似合わない

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2014年6月10日 第1刷 2016年6月5日 第14刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は著者のデビュー作にして、2012年の松本清張賞受賞作。その後、年に1作のペースで続編が出て、先日、5作目となる「玉依姫」が出版された。今や「八咫烏シリーズ」という、出版界やファンタジー、ミステリーファンが注目するシリーズとなっている。

 シリーズの世界観はこんな感じ。八咫烏の一族が支配する世界。一族は族長である「金烏(きんう)」を擁する「宗家」と、東西南北に分かれた貴族の四家に分かれている。その四家は覇権を争い、宗家との結びつきを強めることによって、勢力の拡大を狙う。

 本書の舞台は、平安京に似た宮廷。皇太子の若宮の后選びが行われることになり、貴族の四家それぞれの娘が、后候補として宮廷に登殿してくる。自らの家の将来を背にした「姫たちの女の戦い」を、煌びやかに描く。

 「烏」と「煌びやか」がアンマッチな感じがするけれど、彼らは普段は「人形(ひとがた)」という人間の姿をしていて、事があれば「鳥形」となって飛翔することができる。そして姫たちは美女揃いだ(皇太子の后候補になるぐらいだから、まぁ当然だけれど)。しかも、姉御肌、妖艶、清楚、無邪気と、キャラ設定が各種取り揃えてある。

 主人公は四家の一つの「東家」の二の姫の「あせび」。疱瘡を患った姉の代わりとして宮廷に登殿してきた。代役であるため、后候補としての教育をほとんど受けていない「世間知らずの姫」。読者は彼女の目を通して物語を見ることになり、その「世間知らず」加減が読者の目線と合っていて、ちょうどいい塩梅になっている。

 源氏物語の昔から最近の韓国ドラマまで、「宮廷」は「女の戦い」にうってつけの舞台。本書もすべり出しは、四家に宗家も加わって女ばかりの諍いやら友情やらが描かれる(彼女たちが住まう「桜花宮」は男子禁制)。ただし、それだけでは終わらない。

 本書は「松本清張賞受賞作」。表紙イラストはライトノベル・ファンタジー風で、実際そのように始まるのだけれど、その実はミステリーだ。出来事の裏側には秘められた真実があり、後半にそれが明らかになる様は、探偵小説のようだった。

 「解説」に次作のことが少しだけ紹介されていた。本書だけでもなかなか面白いのだけれど、次作のことを知って俄然期待が膨らんだ。これは金鉱脈のようなシリーズを掘り当てたかもしれない。

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オール・ユー・ニード・イズ・ラブ

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2014年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第9弾。

 舞台は、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。前作の「フロム・ミー・トゥ・ユー」が、脇役も含めた登場人物たち11人それぞれの物語の短編集、といったスピンアウト的だった。本書は、本編に戻って前々作「レディ・マドンナ」の続編になる。

 毎回、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。今回のミステリーは、小学校2年生の女の子が一人で絵本を売りに来たのはなぜ?その女の子を見てお客の女性が涙を流したのは?「東京バンドワゴン」とそれを営む堀田家の、過去の秘密を探るノンフィクションライター...等々。

 人情話の方は、家族の問題に関するものが多い。両親が離婚調停中の家、認知症を患ったらしい母と息子夫婦、離婚して別々に暮らす娘の想いと父の想い、それぞれの道を歩む父と息子の葛藤。暗くなりそうな話題を、さらりと暖かい解決に導いてくれる。

 もう一つ。子どもたちの成長が楽しみになってきた。巻を重ねたシリーズならではのことだ。小学生だった研人くんが中学3年生、早くも「将来」について決断することに。生まれたばかりだと思っていた、かんなちゃんと鈴花ちゃんがもう一人前の活躍。まだまだこれから楽しみだ。

 語りを務める「大ばあちゃん」ことサチさんの言葉が、胸に残ったので..

 「人は人、自分は自分と認めあう。親子だろうと家族だろうと、他人だろうとそれは同じですよね。人の生き方を認めるところから、自分の生き方というものを人間は見つけるのではないでしょうかね。自分のためだけに生きるも、誰かのためを考えて生きるも、その人の人生ですから。」

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書影

著 者:東山彰良
出版社:講談社
出版日:2015年5月12日 第1刷 7月9日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2015年上半期の直木賞受賞作品。舞台となる台北の街は著者自身の出身地。主人公は著者より一回り上の世代の設定だけれど、抗日戦士だった祖父のことなど、自伝的な要素が強い作品と思われる。

 主人公は葉秋生(イエチョウシェン)。物語の始まりの時の1975年には、台北の街に住む高校生で17歳だった。布屋を営む祖父のもと、祖母、父母、叔父、叔母と大家族で住む。国民党の戦士だった祖父は、幾度も死線をくぐり生き延びた「不死身の男」だった。その祖父が、自身の店の中で殺される。

 物語は、秋生の日常を切り取りながら、その後の10年ほどを描く。喧嘩、悪友との友情、ヤクザとの抗争、軍隊生活、幼馴染との恋、別離、新しい恋。こうしたことを物語の横糸に、祖父の過去と死にまつわる謎が縦糸になっている。

 面白かった。40年前の台北はエネルギーに溢れている。時にそれは暴走気味になって、読んでいるだけで息が浅くなる。随所に出てくる狐火などの「超常現象」も含めて、何が起こっても不思議じゃない勢いが、緩むことなく最後まで続く。

 読み始めは台湾の人の名前が読みづらいけれど、すぐに慣れる。時間的には一世代前に起きた、日中戦争とそれに続く国共内戦が背景にあるので、少しでもその知識がある方がいいかもしれない。ただ、そんなことは気にせずに読んでも構わないけれど。

 ひとつ思ったこと。本書の前の直木賞受賞作「サラバ!」と似たところがある。それは人の半生(というには本書は少し短いけれど)を追ったドラマであること。長い時間軸で展開する物語には、それに対応した構想力や筆力が必要だろう。そうした作品が続けて評価されたのには、何か理由があるのかもしれない。ないのかもしれない。

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