3.ミステリー

バイバイ、ブラックバード

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:双葉社
出版日:2010年7月4日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書はちょっと特殊な作品だ。裏表紙に「Postal Novel」と書いてあるが、元々は出版社の企画で、抽選で1話につき50人、5話で合計250人に1話ずつ郵送された「ゆうびん小説」。書き下ろしの第6話を加えて書籍化された。さらに、太宰治の絶筆となった未完の新聞小説「グッド・バイ」を下敷きとした作品でもある。

 主人公は星野一彦30歳。借金のため「バス」に乗せて連れて行かれることになった。その日までの間の監視役として一彦に張り付いたのが繭美。身長180cm、体重180kgの巨女だ。身体がデカいだけでなく態度もデカい、おまけにとんでもなく意地悪で下品。
 繭美に比べると一彦は至って平凡、ハンサムでもブサイクでもない。でもその暮らしには1つは特徴がある。なぜか女性に好感を持たれるらしく、現在5人の女性と交際中なのだ。物語は、「バス」に乗せられる前に、一彦が「繭美と結婚することになった」と言って、別れ話をするためにそれぞれの女性を訪ねる一部始終を描く。1人と別れるのに1話、5人で5話、書き下ろしの第6話で締める、という構成だ。

 それぞれの物語は結構面白い。それぞれの女性との出会いも描かれていて、これがどれも伊坂さんらしいシャレ具合だ。会話の端々にもクスッと笑える。「白新高校だ」とか「じゃあ、教えて、パパ」とか「座るに決まってんだろうが!」とか。
 にも関わらず「何か足りない」というのが私の感想。1話1話のつながりが感じられないのは「ゆうびん小説」だから仕方ないのかも。それを補う第6話だと期待したのだけれど..もしかしたら私が気が付かないだけで、アッと驚く仕掛けがどこかにあるのかもしれないけれど。

と思っていたら、「「バイバイ、ブラックバード」をより楽しむために 」なんて本があるではないか!

 コンプリート継続中!(単行本として出版されたアンソロジー以外の作品)
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アマルフィ

書影

著 者:真保裕一
出版社:扶桑社
出版日:2009年4月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは「デパートへ行こう!」に続いて2冊目。コミカルなドタバタが楽しかった「デパートへ行こう!」とは打って変わって、型破りな外交官が活躍する、国際問題やテロリズムも絡む硬派なサスペンス。どうやらこちらが著者の本領のようだ。

 主人公は黒田康作。外交官で「邦人保護担当特別領事」という肩書を持つ。その実態は、外務省トップの事務次官の特命を受けるテロ対策・要人警護のスペシャリストだ。今回は、外務大臣の訪伊を受けてローマの日本大使館に赴任する。(ちなみにタイトルの「アマルフィ」はイタリア南部の観光地の名前。アマルフィ海岸は世界遺産になっている。)
 そこに、日本人少女の誘拐事件が起きる。本来、捜査権限を持たない外交官は、その国の警察に事件の捜査を任せ、オブザーバーに徹するのが原則なんだそうだが、黒田は「邦人保護担当」という肩書ゆえ、それが本務だとして、少女の母親に協力し事件に深く関わっていく。そして、事件は更に大きな事件へと発展していく。

 とにかく黒田がカッコいい。組織と自己の保身が優先の大使館員たちの中にあって、その正義感と行動力が(それと裏腹の無謀さも)抜きんでている。そして、少女の母親である紗江子がまたまた魅力的だ。行動力と知性を感じさせる男性と被害者の肉親の女性。どことなくダン・ブラウンの作品を思い出させる。映像向きの物語だというところも同じだ。

 映像向きなのはそのはずで、この物語はフジテレビ開局50周年記念映画「アマルフィ 女神の報酬 」の脚本作りに著者が参加したことから生まれたものなのだ。映画は監督と共同でシナリオを完成させ、本書は著者の当初のプロットを基に仕上げたそうだ。したがって、映画と本書では相違する部分が多い。比べてみるのも良いだろう。
 もう一つ映像関係のニュース。黒田を主人公としたテレビドラマ「外交官・黒田康作」が、来年1月からフジテレビで放映される。映画の続編の位置付けで、黒田を演じるのは映画と同じく織田裕二さん、共演は柴咲コウさんという豪華キャスト。ドラマのプロデューサーは「「黒田康作」というキャラクターを1作で終わらせるのはもったいない」と言ったそうだ。私もそう思う。(が、著者との関係はどうなってるんだろう?)

 関係ありそうでなさそうなことなんだけれど、私はNHKの「世界ふれあい街歩き」という番組が好きなんですが、中でも「アマルフィ」の回はとても印象深い回でした。

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上手に人を殺すには

書影

著 者:マーガレット・デュマス 訳:島村浩子
出版社:東京創元社
出版日:2010年8月27日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 おだやかでないタイトルだけれど、殺人のハウツー本では、もちろんない。セレブ探偵が活躍するミステリーで、著者のデビュー作「何か文句があるかしら」の続編、シリーズ第2弾。ちなみにタイトルは「How to Succeed in Business Without Really Trying(努力しないで出世する方法)」というブロードウェイミュージカルをもじったもの。このミュージカルのタイトルは本書のストーリーとも少し関係がある。

 主人公のチャーリーは、前作では「小国の財政がまかなえるほどの」と紹介されているお金持ちの女性。本書では「人生を数回生きても使いきれない」と形容されている。しかもゴージャスな美人らしい。恵まれすぎていて、いっそ清々しいぐらいで妬む気にもならない。
 そのチャーリーが、新婚の愛する旦那様のジャックの取引先のIT企業の重役の殺人事件に挑む。いや、やめとけと言われているのに首を突っ込む。ダメだと言われたのになしくずし的に仲間と一緒に潜入捜査をすることになる。
 命を狙われるような危険も何度かあるのだけれど、全体的にはカラッと乾いたノリで事件の核心に近づいていく。(どうやら銃弾もお金持ちは避けて飛ぶらしい)登場人物がみんな個性的なのも、物語を楽しくしている。今回は、「胸板が厚すぎて腕が組めない」というマッチョなボディーガードのフランクに特に注目。

 前作のレビューにも書いたけれど、「セレブ探偵」なんて言うと薄っぺらい「主婦探偵」ものを想像する。でもこのシリーズは「薄い」じゃなくて「軽い」。ノリとテンポの良さが最後まで途切れない。アメリカン・ライト・ミステリー&コメディ。

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コッペリア

書影

著 者:加納朋子
出版社:講談社
出版日:2003年7月7日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのはこれで7作目。これまでは連作短編か短編集だったが、本書は長編作品。また、「日常に潜む謎」を描いたこれまでとは違って、本書が描くのは日常から薄いヴェールで隔てられたような非日常。タイトルの「コッペリア」は、からくりで動く人形とそれに恋する青年が登場するバレエ作品の名前。本書も人形の存在が物語の大きな位置を占め、人形に恋した(執着した?)男性が登場する。

 主な登場人物は、人形に心を奪われてしまった青年の了、その人形を作った人形師のまゆら、まゆらのパトロンである創也、まゆらが作った人形にそっくりな劇団女優の聖、の4人。物語は、了と聖を1人称とした章が交互にあり、その間にまゆらと創也について語る3人称の章が挟まる形で進む。

 人形というのは、人の心をざわつかせる。しかもまゆらがつくる人形は、人肌そっくりの艶かしい質感とガラスの目を持った人形。それが、家の裏手に打ち捨てられてあったのだから、了がその人形に心を奪われたのもムリはない。
 そして、了がその人形と瓜二つの聖と出会い、創也も聖と出会い、聖はまゆらの個展に行って自分そっくりな人形と出会い、といくつもの遭遇が重なって、物語は複雑に進展していく。さらに著者は、ミステリ作家らしい仕掛けを施している。私は、人形が放つ妖しさに気を取られていて、まんまと騙されてしまった。

 余談であるが、私は学生のころマネキン会社の倉庫で短期バイトをしたことがある。けっこうリアルなマネキンで、至るところにその頭部、手足、胴体が積んであった。1日中その中にいると、生身の人間の一部と錯覚するようなこともあって、妙な昂ぶりを感じたことを覚えている。

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どちらかが魔女

書影

著 者:森博嗣
出版社:講談社
出版日:2008年8月28日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 また森博嗣さんにやられてしまった。完全にだまされた。

 巻末の初出の一覧によると本書は、講談社の文芸雑誌「メフィスト」他に掲載された短編で、一旦は別の短編集に収録されたものから、8作品を取り出して再編した短編集らしい。登場人物は、国立N大学助教授の犀川創平や、その研究室の学生の西之園萌絵ら。
 彼らは、著者のS&Mシリーズ、Vシリーズ、Gシリーズと呼ばれる作品群の主要な登場人物でもあるらしい。「らしい」が2回続いてしまったのは、私はこういったことを全く知らずに本書を手にして読んで、後付けの知識で知ったからだ。

 8編の作品は、どれもちょっとしたミステリーを犀川らが解き明かす趣向。大学の構内に出現する「踊る紙人形」の謎や、30人もの人間が忽然と消えた事件、誘拐事件の身代金が入れ替わってしまった事件、小さな島の怪異現象など。深刻なものではなく「謎解き」を楽しむトレーニングのようなもの。実際にいくつかの謎は、西之園家の晩餐の話題として用意されたものだ。

 それで冒頭の「完全にだまされた」について。それぞれの作品の謎解きもなかなかのもので楽しめたが、それとは別に、著者はこの本1冊を使ったトリックを仕掛けていた。最後の最後で本書が全く違って見えてくる仕掛けだ(くれぐれも最後を先に読んでしまわないように)。
 一度短編集として出した作品をいくつかピックアップして1冊にしたのはこのためだったのだ。著者のイタズラっぽい笑顔が目に浮かぶ。ところで、上に挙げたシリーズの既読者は、馴染みの登場人物が入れ代り立ち代り出てくる本書には別の楽しみがあるはず。でも、ある程度事情を知っているとすると、最後のトリックはどう映るのだろう?

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我らの罪を許したまえ

書影

著 者:ロマン・サルドゥ 訳:山口羊子
出版社:エンジン・ルーム/河出書房新社
出版日:2010年5月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 発行元のエンジン・ルームさまから献本いただきました。感謝。

 13世紀の終わりごろのイタリア、フランスを舞台とした歴史ミステリー。13世紀のヨーロッパは中世のただ中にあり、キリスト教信仰の全盛期で教会が強大な力を持っていた。本書でも、異端審問や十字軍の遠征などが、物語のキーファクターとなっている。

 物語は3つの話が並行して進む。1つ目は、南フランスの司教区で、何者かに惨殺された司教の事件の真相を調べるために、司教の遺体と共にパリへ向かう助任司祭の話。2つ目は、その司教区の近くの「忘れられた村」に布教活動に赴く司祭の話。3つ目は、ローマに現れた十字軍の英雄でもある高名な騎士による、子息の助命嘆願の話。
 1つ目と2つ目の話は最初にこそ接点があるが、その後は全く別々の話になる。3つ目に至っては舞台がイタリアで、南フランスの他の2つの話との関連は全く見出せない。3つに共通するのは、どれもがキリスト教の支配組織としての教会に絡んだ話であることだ。そしてもちろん、すべての話は1つの話1つの陰謀に収れんしていく。

 物語が収れんしていく見事さと、暗部がチラチラと見え隠れする教会内の確執の描写などが醸し出す「中世感」が本書の持ち味。全体的には暗いトーンの話なのだが、要所にはサスペンス風のエピソードもあって飽きない工夫はされている。ただ、好き嫌いの評価で恐縮なのだが、私はこの終わり方は好きではない。表紙も奇怪な絵で、見れば見るほど心が乱れる。

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マクダフ医師のまちがった葬式

書影

著 者:ケイト・キングズバリー 訳:務台夏子
出版社:東京創元社
出版日:2009年9月11日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 「ペニーフットホテル」シリーズの第3弾。第1弾「ペニーフットホテル受難の日」では、ホテルの屋上庭園からの墜落死亡事故があり、第2弾「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」では、全身が青く変色して人が死ぬという怪事件が起きた。そして今回は「葬式で棺を改めてみたら別人の死体が入っていた」。これまでにも増して奇妙な事件が起きたものだ。
 事件は、ホテルやその従業員の関与が疑われ、警部にそれを感付かれるとホテルの閉鎖措置に発展しかねない。それを未然に防ぐために、例によって自分で調査に乗り出したホテルの女主人のセシリー。今回も彼女の推理と地道かつ大胆な調査活動が楽しめる。時は1907年、その時代の空気で言えば「女にしとくにはもったいない」活躍だ。

 このシリーズの魅力は、言わば素人探偵のセシリーの活躍はもちろんだが、登場人物たちが織りなすドラマにもある。ホテルで働く面々を中心として登場人物を固定して描いて本書で3冊目。今回は色々なことがあった。前作のレビューで「もっとしっかりして欲しい」と書いたメイドのガーティは、少ししっかりしたようだ。
 そして、前作まではこれと言って目立たなかった意外な人が意外な一面を見せたかと思うと、別のところではロマンスのつぼみが膨らみ始めたり。それなのに、セシリーと調査に否応なく協力させられる支配人のバクスターの関係は相変わらず遅々として進まない。と思っていたら...!。

 本書だけで物語は完結しているが、1作目から順に読む方が楽しめると思う。(文庫本で1冊約千円はちょっと高めだけれど、単行本の文庫化ではないので仕方ないかと..)

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消えた錬金術師 レンヌ・ル・シャトーの秘密

書影

著 者:スコット・マリアーニ 訳:高野由美
出版社:エンジン・ルーム/河出書房新社
出版日:2010年5月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 発行元のエンジン・ルームさまから献本いただきました。感謝。

 訳者あとがきによると、本書は著者のデビュー作で、2007年3月に英国で発売され大ヒット作となり、その後18言語に翻訳、30か国で発売されたそうだ。また、公開日もキャストさえ未定ながら映画化が決定している。そして著者は、主人公ベン・ホープが活躍する5部作を早くも書き上げ、既に次のシリーズに取り掛かっているという。まさに、波に乗っている感じだ。
 まぁ、その波が物語にも流れているわけではないが、大波小波のピンチが次々と主人公を襲うスピーディな展開は、勢いを感じさせる。何度も生死の壁の上を歩き、その度にこちら側へ落ちてくる強運は、ご都合主義と言われればそれまでだが、新しいヒーローの誕生とも言える。ヒーローは簡単には死なないのだ。

 物語は、伝説の錬金術師フルカネリの手稿をめぐる探索行だ。病気の子どもを救うために、その手稿の入手を依頼された主人公のベンが、数々の困難を乗り越えその手稿に、そしてそこに書いてある古代の秘密に迫る。図らずもパートナーになったのは、美貌の生物学者のロベルタ。先々で二人を阻む殺し屋たちの背後にはある宗教結社の影がチラチラ見える。
 ここまで言えば気が付く人もいるだろう。本書は「ダン・ブラウンの作品のような物語」だ。著者や関係者にとっては、この紹介の仕方はありがたくないのか、意図したとおりなのか分からない。ただ、ダン・ブラウンに触れずに本書を紹介するのは、私としてはとても収まりが悪く、不誠実な感じさえする。
 古代の知恵の探索、美貌の科学者、宗教結社の陰謀。実は、暗号の解読も重要な要素だし、狂信的な殺人者まで出てくる。著者が自ら「この本に出てくる○○は事実に基づいている」なんて書いているところを見ると、もう著者自身がダン・ブラウンを意識していることは明白だと思うがどうだろう?

 ただし、違いも明白。ダン・ブラウンのラングドン教授はアカデミズムの人だが、長身、ブロンドの髪、孤独な青い眼を持った本書の主人公ベン・ホープは、英国陸軍特殊空挺部隊の元精鋭。銃を持った敵に囲まれようと、敵の本拠に囚われようと怯まないマッチョなのだ。
 さらに、彼は心の痛みも抱える。ラングドン教授の閉所恐怖症も面白い設定だが、ベンの心の痛みの元となる悲しい過去はストーリーにも絡み、マッチョな主人公の物語にありがちな「万能感」を巧妙に抑え、物語に深みを与えている。この後のシリーズで、ベンの心情がどのような展開を見せるのかも楽しみだ。

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カクレカラクリ

書影

著 者:森博嗣
出版社:メディアファクトリー
出版日:2006年8月28日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、昨年の夏に「スカイ・クロラ」シリーズの謎解きのために精読して以来9か月ぶり。面白そうな作品がたくさんあるのだけれど、「謎解き」に疲れてしまった後遺症のような感じで何となく敬遠してしまっていた。リハビリではないけれど、できれば楽しくて軽い読み物がいいなと思って手に取ったのが本書。

 主人公は、工学部の大学生の郡司朋成、栗城洋輔、真知花梨と、花梨の妹の高校生の玲奈の4人。郡司と栗城は、夏休みに花梨に故郷の鈴鳴村に誘われる。村には「120年後に動き出す」と伝わる絡繰り(カラクリ)の伝説があり、今年がその120年後に当たる。村人の多くは、単なる伝説だとあまり本気にしていないのだけれど、4人はそのカラクリの秘密を探り始める。
 主人公4人が揃いも揃ってメカ好きで、歯車に萌えるタイプだし、花梨と玲奈の恩師でもある高校教師の磯貝は、蒸気で動く「自動薪割り機」なんかを自宅の庭で製作している。工作好きの著者のそれぞれの年代を映したかのような登場人物たちだ。(ちなみに私も歯車は大好きだ)

 主人公たちが20歳前後の若い世代なのと、鈴鳴村の夏の長閑な風景や青い空が目に浮かぶのとで、ひたすら爽やかだ。淡い恋心や将来への漠とした不安なども抜け目なく語られ、村の名家の確執や秘密や、暗号めいた図形が読者の興味を引く。実に巧みで実に読みやすい。期待通りの作品、つまり楽しくて軽い読み物だった。

 ※玲奈がいつも首からコーラを下げているけれど、最後まで読むとその訳が分かる仕組みなっています。なるほど...。

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蝦蟇倉市事件1

書影

著 者:伊坂幸太郎、大山誠一郎、伯方雪日、福田栄一、道尾秀介
出版社:東京創元社
出版日:2010年1月29日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 1970年代生まれの作家陣による珠玉の競作アンソロジー第1弾。伊坂幸太郎、道尾秀介、大山誠一郎、伯方雪日、福田栄一の5人が筆を執っている。すでに第2弾 も出ていて、そちらは6人の作家さんが名を連ねる。合わせて11人の個性が楽しめる企画だ。
 企画と言えば、本書はただ5人の短編を1冊にしただけではない。「蝦蟇倉市」という架空の街で起きた事件という共通の設定で、それぞれが自由に描いた書き下ろし。ご丁寧に蝦蟇倉市の地図まであって、面白そうな企画なのだ。

 読んでいて「これは楽しんで書いてるな」という感じがした。例えば、他の作品の登場人物や事件がちょっとだけ顔を出す、といった伊坂作品の作品間リンクのような遊びがいい感じで含まれている。「楽しんでるな」という私の感じ方は外れではない証拠に、巻末の執筆者コメントには、「仲間に入れてもらうために急いで書きました」とか、「お祭りみたいだとわくわくした」という言葉が並んでいる。

 伊坂さん、道尾さんは単行本を読んだことがある、福田さんは「Re-Born はじまりの一歩」というアンソロジーで短編を読んだ、その他の方の作品は初めてだ。そのためだけではないと思うが、面白かったのはこの3人の作品。中では福田さんの「大黒天」が、短い物語なのによく練られた作品だった。
 率直に言って、犯罪の動機だとか方法だとかに不自然さは否めない。本格的なミステリファンには評価されないだろう。しかし、プロの作家さんの作品に対して失礼な言い草だけれど、これは「お祭り」だと思えばいいのかも。街のお祭りの出し物にちょっとアラが見えても、つべこべ言わずに楽しんだ方が良いように。

 道尾さんの作品「弓投げの崖をみてはいけない」は、叙述トリックたっぷりの「らしい作品(道尾作品はまだそんなに読んでないんですが)」だった。また、わざと謎が残してあって、執筆者コメントにそのヒントがある。ただ、初版には誤植があって、この謎が台無しになっている。これから読まれる方はご注意を。
出版社によるお詫びと訂正のページ http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488017354/

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