32.東野圭吾

同級生

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:1996年8月15日 第1刷発行 2010年12月1日 第51刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 1993年というから今からざっと20年も前の作品。手元にある文庫本の帯には「ターニングポイントとなった傑作! この作品で作家・東野圭吾はますます輝きを増した」とある。この惹句に魅かれた。

 主人公は西原荘一。地域随一の名門高校の3年生。野球部の主将。物語の発端は同級生の死。野球部のマネージャーでもあった宮前由希子が交通事故で亡くなる。真相が明らかになるにつれて、この「事故」が、学校全体を揺るがす「事件」に発展していく。

 由希子は身籠っていた。産婦人科病院からの帰りに事故に会ったらしい。事故が様々な憶測を呼び、西原は「事件」の当事者になる。生徒指導の教師も事故に関わりがあることがわかり、西原と学校は鋭く対立し、ついには「殺人事件」が起きる。

 当初は同級生の死を発端とした、学校の中の様々な出来事を描いた「学園モノ」の様相だったけれど、この「殺人事件」後には、犯人捜しを軸にしたミステリーの王道が展開される。

 この学園モノからミステリーへの転換が実に鮮やかで、引き込まれた。さらにそのミステリーの背景には、高校生の友情・恋愛、教師と生徒の対立、学校の体面、それに環境問題など、様々なものが描き込まれている。多少「描き込み過ぎ」な感はあるが、物語を楽しめた。

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マスカレード・イブ

書影

著 者:東野圭吾
出版社:集英社
出版日:2014年8月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「マスカレード・ホテル」のシリーズ第2弾にして、前日譚。「マスカレード・ホテル」の主人公である、警視庁の刑事の新田浩介と、ホテル「コルテシア東京」のフロントクラークの山岸尚美が出会う前の物語。

 50~60ページの短編が3本(山岸尚美が主人公のものが2本、新田浩介が主人公のものが1本)と、表題作で150ページほどの中編を1本収録。短編は限られたページ数の中で、謎解きが2回転がる少し手の込んだミステリーになっていて楽しめる。

 表題作には、新田浩介と山岸尚美の両方が登場する。しかし、新田浩介は東京で起きた殺人事件の捜査をしていて、山岸尚美は開業時のサポートに派遣された「コルテシア大阪」に勤務、2人は会わない。ただし、同じ1つの事件を巡って2人は、かなり接近する。シリーズ第2弾の意味はここにある。

 「マスカレード」は「仮面舞踏会」。超一流のホテルに来る客は様々な事情で「仮面」を被っている。多かれ少なかれ日常とは違う自分を演じているだろうし、偽名で他人になりすましている者だっている。

 その「仮面」を、ホテルクラークは「守る」ことが仕事では必要で、刑事は「暴く」ことが事件の解明につながる。その正反対の要素の出いの妙が、「マスカレード」に込められている。このことが、本書では前作より明確になっている。

 ミステリーなのであまりストーリーには触れないけれど、「楽しめた」とだけは言っておく。謎解きとちょっとした人情話。著者の作品の特長がほどよく配合されている。

 最後に。どうやら本書全体が「マスカレード・ホテル」の「伏線」という位置づけになるらしい。もう1回「マスカレード・ホテル」を読んでみる必要がある。

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手紙

書影

著 者:東野圭吾
出版社:角川書店
出版日:2006年10月10日 第1刷 2011年2月15日 第32刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2006年に映画化され、それに合わせて刊行された文庫は1か月で100万部を超えた。これは出版元の文藝春秋社では最速のミリオンセラーだそうだ。帯には「日本中が涙した記録的大ベストセラー」の文字が躍る。

 主人公は武島直貴。「事件」が起きた時には高校3年生だった。「事件」というのは、直貴の兄の剛志が物盗りに入った家で鉢合わせした老女を殺害するという、強盗殺人事件だ。その日から直貴は「強盗殺人犯の弟」としての人生を送ることになった。

 無論「強盗殺人犯の弟」には罪はない。そんなことは誰だって頭では分かっている。少数の人々は、頭で分かっているだけでなく、行動でそれを示して直貴と付き合い援助してくれる。その意味では周囲の人には恵まれた方かもしれない。

 ただ、そんな少数の人々の善意は、その他大勢が感じる「不安」と、それが元になった「排除の圧力」の前では無力だ。直貴が人生の節々で掴みかけたものは、すべて成就する直前で手からこぼれ落ちてしまう。

 哀しい。ひたすらに哀しい物語だった。直貴と直貴に近しい人々が、理不尽でつらい目に会う。強盗殺人を犯した剛志を含めて「悪人」は一人も登場しない。そのことが却ってこの物語を空恐ろしいものにしている。私も含めて「守るべきもの」がある人間は残酷なのだと知った。

 タイトルの「手紙」は、第一には服役中の兄から直貴に届く手紙のことを指している。この手紙が時々直貴を苦しめる。ただ、他にも何通かの手紙が登場する。これが物語の重要な役割を演じる。

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祈りの幕が下りる時

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:2013年9月13日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 昨年9月に発行された著者の近作。第48回吉川英治文学賞受賞。ノンシリーズ作品だと思って読み始めたのだけれど、十数ページで登場人物が「加賀」の名前を告げる。なんと「加賀恭一郎」シリーズだった。否が応でも期待が高まる。

 テレビドラマのように、場面ごとに登場人物が入れ替わるのだけれど、主役は加賀の従兄弟で警視庁捜査一課の刑事の松宮。足立区の小菅で遺体が発見された殺人事件の捜査を描く。加賀は日本橋署の刑事だから「管轄外」だ。

 刑事たちの地道な聞き込みによって、捜査の輪が狭まっていく様はとてもスリリングで、本書の魅力はそこにある。「どれだけ無駄足を踏んだかで捜査の結果が変わってくる」加賀の父親の口癖だというこの言葉が生きる展開だった。

 また、徐々に明らかになる事件の背景が悲しい。殺人という行為は許されるものではないけれど、「悪人だから」事件を犯してしまうわけではない。物語の終わりに判明する「犯人」の描写までが細やかなことも魅力のひとつだろう。

 本書にはさらにもうひとつ、シリーズ作品としての魅力がある。加賀恭一郎その人自身について、かなり深く描かれていることだ。事件を追う中に、加賀の生い立ちが垣間見える。彼が「新参者」で日本橋署に来て、街に溶け込み街の隅々に気を配るような捜査をするのには、理由があったことが分かる。

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新参者

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:2013年8月9日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに9作品が出版されている、「加賀恭一郎」シリーズの1冊。本書は「週刊文春ミステリーベスト10(2009年)」と、「このミステリーがすごい!(2010年)」のそれぞれ第1位。2010年には、テレビドラマ化されている。シリーズにはドラマ化、映画化されたものがいくつかあり、それを見たからかシリーズ作品を何冊か読んだような気がしていたが、読むのはこれが初めての作品。

 主人公は、加賀恭一郎、本書では日本橋署の警部補、いわゆる「所轄」の刑事だ。舞台は日本橋の人形町交差点周辺。東京のド真ん中にあって、ビルが林立する街なのだけれど、不思議なことに「下町」の風情と人情が残り、昔ながらの小さな商店も軒を連ねる。物語は、そうした小さな店の一つ一つを舞台にした短いエピソードを重ねた9つの章で、殺人事件の捜査を描く。

 テレビドラマ「新参者」のナレーションの一部を紹介する。「人は嘘をつく、罪から逃れるため、懸命に生きるため、嘘は真実の影」。この物語のキーワードは「嘘」だと思う。すべてのエピソードで、警察の取り調べに対して誰かが嘘をつく。

 ただし、そのほとんどすべてが「誰かを気遣い守るための嘘」。加賀は、その嘘の影にある「真実」を明らかにする。「真実を暴く」という言い方もあるが、本書については「暴く」という言葉は、乱暴すぎて相応しくない。加賀によって明らかにされた真実は、ついた本人や関係者を慰めるからだ。それは、真犯人でさえ例外ではない。

 私は、これまでに読んだ著者の作品のレビューに、「人情」という言葉を度々使っているけれど、本書はその「人情」が全開の物語。謎解きの小気味よさとともに、ホロリとする人情話が楽しめる。

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虚像の道化師 ガリレオ7

書影

著 者:東野圭吾
出版社:文藝春秋
出版日:2012年8月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の人気シリーズ「ガリレオ」シリーズ7作目。短編集としては4作目。順番が逆になってしまったが、少し前にレビュー記事を書いた「禁断の魔術 ガリレオ8」の一つ前の作品になる。文芸誌に掲載された「幻惑す(まどわす)」「心聴る(きこえる)」「偽装う(よそおう)」「演技る(えんじる)」の4つの短編が収められている。

 「新興宗教の教祖が行う秘儀」「頭の中で声が響く幻聴」というオカルトめいた2つの事件と、「散弾銃による殺人事件」「ナイフで胸を一突きされた殺人事件」というノーマル?な2つの事件。天才物理学者の湯川と、その友人で刑事の草薙のコンビが、それぞれの事件の真相を解明する。

 オカルトめいた2つの事件は、湯川の物理学者としての知識が真相に導く。ノーマル?な2つの事件を解決したのは、湯川の類まれな観察力。不可能犯罪を、物理学者ならではの知識で解決するのが、このシリーズの特長だけれど、観察力で解決する方も読み応えがある。

 それから、単なる「謎解き」だけではなく、時々人情話が絡んでくるのも、このシリーズの特長で、「心聴る」はなかなか良かった。ただこの作品には、正直に言ってちょっと不満も感じた。犯罪に利用された装置が現実離れしてしまうと、真相が明らかになっても、胸にストンと落ちない。

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禁断の魔術 ガリレオ8

書影

著 者:東野圭吾
出版社:文藝春秋
出版日:2012年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の人気シリーズ「ガリレオ」シリーズの最新刊。シリーズ5作目の短編集で、「透視す(みとおす)」「曲球る(まがる)」「念波る(おくる)」「猛射つ(うつ)」の4つの短編が収められている。今回は初の全作品書き下ろし。

 「封筒の中の名刺を透視する」「双子の間に通じるテレパシー」「弾丸などの痕跡を残さずに遠くから壁に穴を開ける」などの、超常現象が物語の俎上に上がる。それを天才物理学者の湯川が、科学者としての知識と観察力で解き明かす、というお馴染みの展開。

 ただし、「曲球る」だけは少し趣向が違って、戦力外通告をされたベテランピッチャーを、色々な意味で湯川の知識が救うことになる。その知識が科学の知識だけではないところがにくい。他の作品も含めて、湯川の人間の心の機微を感じ取る感性が、物語に人情味を与えている。

 上に「4つの短編」と書いたが、3編は確かに数十ページ短編だけれど、「猛射つ」は150ページもあって正確には中編。ある事件に湯川が指導した母校の後輩が関わる。息詰まるような緊張感が漂う作品で、本のタイトル「禁断の魔術」もこの作品の中の言葉であるし、まぁ本書のメイン作品と言える。

 科学の研究目的に使えば「実験装置」でも、殺人や破壊に使えば「武器」。科学は容易に「禁断の魔術」になってしまう。それに図らずも関わってしまった湯川は、科学者として重大な決断をすることになる。

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ナミヤ雑貨店の奇蹟

書影

著 者:東野圭吾
出版社:角川書店
出版日:2012年3月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 数々の作品を世に送り出し続けている著者。本書はミステリーではなく、ハートウォーミングな作品。

 本書は複数の主人公からなる、いわばオムニバス形式の物語。盗みに入って逃走中の3人組。ミュージシャン志望の魚屋の息子。老いた父を心配する雑貨屋の息子。夜逃げの経験があるビートルズファン。...しかし、真の主人公は、人ではなく「ナミヤ雑貨店」という名の不思議な雑貨店だ。

 ナミヤ雑貨店は「どんな悩みも解決してくれる雑貨店」として、40年前に週刊誌に紹介された店。近所の子どもたちが「ナミヤ」を「ナヤミ」とわざと間違えたのがきっかけで、当時の店主の浪矢雄治が半ばヤケクソで始めた悩み相談が、評判になってしまったものだ。

 悩み相談の手紙を夜中に郵便口に入れておけば、翌朝には返事が返ってくる。雄治はどんな相談にも真剣に答えた。相談する方は手紙を出すときには半信半疑でも、返ってきた返事は真剣に受け取る。もちろん返事の通りにするとは限らないけれど、その後の人生には大きな影響を与える。

 さて、ここまで字数を使って書いてきたが、これでは本書の紹介にはなっていない。これはナミヤ雑貨店の悩み相談の「システムの紹介」に過ぎない。このシステム、つまり文通による悩み相談の両側、顔を合わせることの無い、相談する側と答える側(答える側にもドラマがある)の心の交流が物語を形づくっている。

 実は、これでも本書の紹介の半分ぐらいにしかならない。読み始めてすぐに気が付くが、著者の筆は、数十年の時空を軽々と飛び越えてしまう。いわゆるタイムスリップが起きて、一見すると派手な仕掛けに過ぎないように見えるかもしれな。しかし、時空を越えるからこそ描けた感動が本書にはある。

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プラチナデータ

書影

著 者:東野圭吾
出版社:幻冬舎
出版日:2012年7月5日 初版 10月25日 7版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 数々のベストセラー作品をモノにし、その作品のテレビドラマ化・映画化が相次ぐ著者。当代随一のヒットメーカーと言って過言ではないだろう。本書も、二宮和也さん・豊川悦司さん主演で映画化、来年3月の公開予定だ。

 主人公は、神楽龍平と浅間玲司。2人とも警察官。ただ、浅間が警視庁捜査一課の警部補で、いわゆる叩き上げの刑事であるのに対して、神楽は警察庁特殊解析研究所の主任解析員という特殊な職務。同じ警察官でも、事件やその捜査に対する2人の考えには大きな違いがある。

 神楽の研究所では、DNA解析による犯人の特定の研究を行っている。その研究では、犯人の毛髪が現場に残されていれば、性別・年齢・身長・体型・手足の大きさ...それだけなく犯人の顔までわかる。近親者でもDNAがデータベースに登録されていれば、ほぼピンポイントで判明する。

 その研究の成果であるシステムが完成する。そしてある殺人事件の現場に残った毛髪から、システムが導き出した犯人は...なんと神楽自身だった、というところから物語が急展開する。若干ネタバレ気味だけれど、これは物語の発端に過ぎず、こんなことは些細なことに思えるような、入り組んだ謎がこの後に展開するので、安心して欲しい。

 面白かった。(途中で分かってしまった仕掛けもあるのだけれど)浅間の現場の刑事としての勘、神楽の研究者としての才能、地元警察と警視庁と警察庁の関係、そして神楽の生い立ちと「特別な事情」..たくさんの要素が絡まりあって事件の真相を覆っている。その絡まりはラストになって、一気に紐解ける。

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歪笑小説

書影

著 者:東野圭吾
出版社:集英社
出版日:2012年1月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2011年に「小説すばる」に掲載された短編12編を収録した短編集。著者には「〇笑小説」というユーモア短編集のシリーズがあり、本書はその4番目。

 12編すべてが、小説家や編集者ら出版業界の人々の悲喜こもごもを軽妙に描いた作品。登場人物が共通していて、作品間につながりがあるので、連作短編集としても読める。

 「編集者に必要な3G」は「ゴルフ、銀座、ゴマすり」。秘技「スライディング土下座」。冒頭の作品「伝説の男」では、小説家に気に入られ、原稿をもらうためのあの手この手が次々と繰り出される。

 このような登場人物たちのいささか誇張された言動によって、ゴマスリ編集者をチクリと刺し、行き過ぎたファンをやんわりとたしなめ、本が読まれても作家に還元されない現状に異議を申立てる。そして返す刀では「普通の仕事ができないから...」「小学生以下」と、小説家つまり自身をも一刀両断する。

 全部の物語にオチが付いている。どんでん返しあり、苦笑いあり、そして「いい話」あり。出版関係者を面白おかしくこき下ろしてはいるけれど、著者はきっとこの業界が好きなんだろう。随所に小説家の先輩や、編集者たちへのリスペクトを感る。

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