5.ノンフィクション

国民の違和感は9割正しい

書影

著 者:堤未果
出版社:PHP研究所
出版日:2024年4月8日 第1刷 5月29日第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 前から変に思っていたことが「やっぱりそういうことなのか」と思った本。

 国民の違和感(いや私の違和感)。それは例えば「新NISA」。どうして政府はこんなに勧めるのか?老後の資金が不安だという高齢者にどうしてリスクテイクを勧めるのか?それも日経平均株価の最高値を更新という、株式を買うには最悪のタイミングに。私の「常識」では「株は安い時に買って高い時に売ると儲かる」最高値の時に買うことを勧めるなんてどうかしている。

 それは例えば「水道民営化」。どうしてライフラインに関わる事業を企業(それも外資というケースも)に売るのか?政府は法律を改正してまでどうしてそれを後押しするのか?それも人口減などの影響で自治体の採算性の悪化を理由に。私の「常識」では「採算性が悪い事業は民間では請けられない。それでも必要な事業は公が担う」採算性が悪いから民間に任せるなんて正反対だと思う。

 著者は、こうした違和感を掬い取って「その違和感は正しい。それは実はこういうカラクリなのだ」と解説してくれる。まぁ、明確な答えが有るような無いようなことも多いのだけれど、少し違った角度からの視点を示してくれるので、自分で考える端緒になる

 また、あるいは私たちがあまり気が付いていない(であろう)問題も取り上げて説明してくれる。上に書いた「新NISA」「水道民営化」以外には「能登半島地震」「原発」「農業基本法」「ウクライナ紛争」「ガザ侵攻」「ツイッター」等々。

 正直に言って、知らない方がよかったかも?知ってしまったら知らなかった頃に戻れない、というような感想も持った。どうにかしなくちゃと思っても、私たちは無力ではないにしてもあまりにも微力だ。それでもなお「できることがある」と、著者がいくつかの事例やアドバイスを述べてくれているのが救いでもある。

 最後に、気付きのあったこと。
 それは「ニュースに接したときに先入観を外す」こと。そのために「個人を取り除いてみる」こと。「誰がやったか(言ったか)」で判断しない。そうすることで、出来事をありのままに見ることができる。これはけっこう労力が要る。「誰が~」で決めれば判断の省力化ができるから..

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目の見えない白鳥さんとアートを見にいく

書影

著 者:川内有緒
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2021年9月8日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「この言葉、覚えておきたいな」と思って、たくさん付箋をつけた本。

 2022年の本屋大賞「ノンフィクション本大賞」受賞作

 本書は、著者が白鳥健二さんという全盲の方と、国内の様々な美術館を訪ねてアートを見る(鑑賞する)様子を描いたもの。

 どんなアートかと言うと、最初は三菱一号館美術館の「フィリップスコレクション展」。ゴッホにピカソにセザンヌ..印象派などの名画が中心。次は国立新美術館の「クリスチャン・ボルタンスキー展」。現代美術界の世界的な巨匠。次が水戸芸術館の「大竹伸郎 ビル景1978-2019」。日本を代表する現代美術家。その次は、奈良の興福寺の国宝館。有名な阿修羅像や千手観音立像をはじめとした館の名前どおりに国宝級の仏像が多数。その次は...。

 こうして並べて明らかなように、作品を触って鑑賞することはできない。では全盲の白鳥さんが「アートを見る」というのはどういうことなのか?それは絵を前にして白鳥さんが著者にかけた言葉が端的に表している

 「じゃあ、なにが見えるか教えてください」

 そう。同行した人の説明を聞いて白鳥さんはアートを見る(鑑賞する)。

 いやいや、これ、説明する人がめちゃくちゃ大変そう。そもそも白鳥さんはそんなんで楽しいの?と、多くの人は思うだろう。私もそう思った。著者も最初は「白鳥さんは楽しんでくれているんだろうか」と思っていた。

 その疑問は、本書を読み進めればすぐに雲散霧消する。白鳥さんはこの鑑賞方法を楽しんでいる。なんといっても白鳥さんはこの方法で年に何十回も美術館に通うのだ。
 そしてこれが大事なところなのだけれど、白鳥さんとアートを鑑賞した(つまり説明した)人も、例外なく「ほんとに楽しいよ」と言っている。そのような、視覚障害のある方と鑑賞するワークショップも開催されているそうなので、私も参加してみたいと思った。

 そしてさらに大事なところ。本書は全盲の人と一緒に見た「アート鑑賞記」なのだけれど、読者に届くのはそれにとどまらない。「アートを見る」とは私たちにとってどういうことなのか?障害や差別についての複雑な思考。時には私の中の内なる差別意識に気づかされることもあった。読む前には思いもしなかった奥深い空間が、本書の中には広がっていた。

 一言だけ引用(実は他の書籍からの引用された文中にあったのだけれど)

 「ギリギリアウトを狙う」

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戦争は女の顔をしていない

書影

著 者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 訳:三浦みどり
出版社:岩波書店
出版日:2016年2月16日 第1刷 2022年4月15日 第14刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

リアル版の「同志少女よ、敵を撃て」。簡単には読めないけれど、簡単には断念もできない本。

本書は、ベラルーシのジャーナリストである著者が、第二次世界大戦でドイツとの戦争(独ソ戦)に従軍したソ連の女性兵士たち500人以上を取材し、その肉声をまとめたもの。今年の本屋大賞を受賞した「同志少女よ、敵を撃て」の著者の逢坂冬馬さんが、インタビューで「同書の執筆を決意させた」本、とおっしゃっている。

第二次世界大戦でソ連では100万人を超える女性が従軍している。他国のように看護婦や軍医としてだけではなく、狙撃兵や高射砲兵、機関銃兵といった実際に人を殺す兵員としても参加している。またパルチザンなどの抵抗運動に参加していた女性たちも多くいる。年齢は15歳ぐらいからで、まさに「少女」も従軍していた。

「女が語る戦争」は「男が語る戦争」とは違う。男が語る戦争は、どこどこの戦線にいて、進撃したとか退却したとかいう事実、あるいは「記録」。こういうことは本書の前にも多く語られている。女が語る戦争は、どこどこに行ってこんなことをした、その時こういう気持ちだった、という体験や気持ち、あるいは「記憶」。これらは口を閉ざされて長く表に出ることはなかった。

なぜ口を閉ざしていたか?独ソ戦はソ連にとっては、祖国を守った勝利の戦争。戦争から戻った兵士は英雄だ。たとえ足を片方失くしても英雄だし結婚もできた。しかしそれは男の兵士のことで、女の兵士を迎えた社会は冷たかった。「戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主と懇ろになってたんだろ。戦地のあばずれ、雌犬」と侮辱を受けた話が載っている。だから、女たちは口を閉ざして戦争のことを言わない。戦後までを含めて女と男の戦争は違う。

簡単にまとめるとこんな感じのことが、本書には書かれている。しかしもっと遥かに複雑な物事が記されている。(ざっと数えてみたら)170人あまりの「肉声」は、当たり前ながら多様で要約にはなじまないし、「かわいそう」といった安易で一面的な見方も慎まなければならない。

例えば、生々しい戦闘の話と一緒に、恋愛のことを語る人もいる。彼女らにとっては「青春」の日でもあった。私が一番意外だったのは、進んで志願してこの戦争に加わった人が多数いたことだ。また、私にとっては「同志少女よ、敵を撃て」の影響は大きく、「狙撃兵」と書いてあればセラフィマと重ね合わせ、「オリガ」という名前を見ると複雑な気持ちになった。

随所に挟まれる著者による取材や出版の経緯などで、戦後のソ連、ロシアのことが分かる。本書は脱稿した後もしばらくは無視され、ゴルバチョフがソ連の書記長になる1985年まで出版されなかった。さらに、著者の祖国のベラルーシでは、大統領が著者を非難し長く著者の本は出版されていない。その大統領は今も現職で、ロシアのウクライナ侵攻を支援している。

著者は、2015年にノーベル文学賞を受賞した。

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映画を早送りで観る人たち

書影

著 者:稲田豊史
出版社:光文社
出版日:2022年4月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

読んで「映画を早送りで観る」ことへの違和感がすごく小さくなった本。

映画を早送りで観る人が少なからずいるらしい。多いのは20代だけれど、30代以上の世代にもいる。調査によると動画コンテンツを「よく倍速で視聴している」「時々倍速で視聴している」を合わせると、20代で男性は36.4%女性は28.2%、全世代男女では23%。「倍速視聴」だけでなく、セリフのないシーンや「平凡なシーン」を飛ばして見る「飛ばし見」をする人もいる。

調査は「映画を」ではなくて「動画コンテンツを」なので、私としては「倍速経験率」が少ないぐらいに思うけれど、著者は違うらしくこの状況に「大いなる違和感」を感じた。しかし「同意はできないかもししれないが、納得はしたい。理解はしたい」と、なぜこんな習慣が身に着いたのかを解き明かそうと、「倍速視聴」「飛ばし見」をする人々らの意見を聞き取って考察したもの。

「習慣」はともかく、どうして「倍速視聴」「飛ばし見」をするのか?は、単純明快だ。それは「時間がもったいないから」。世間で話題、友達が話してたなので、観るべき(と本人が思う)作品が多すぎるのだ。Netflixなどの映像配信のサブスクリプションの登場で、1本あたりの視聴コストが限りなく安価になったことで、「観るべき」リストに入れる基準がグンと下がったことも一因。

「それじゃ作品をちゃんと味わえない」という意見はもっともだけれど、彼らは作品を「観たい」のではなくて「知りたい」ので、味わえなくても構わない。少し補足すると「観たい」作品はちゃんと1倍速で観ることもあるらしい。もし面白かったら、飛ばして見てもったいないとは思わないのか?と聞けば、倍の時間をかけていたら「こんなに時間を使っちゃったんだ」という後悔の方が大きい、という。

ここまでは本書の第1章の内容で、彼らがどうしてそうなったか?を、様々な角度から考察されている。共通するキーワードは「コストパフォーマンス」。「回り道」「無駄」「失敗」をしたくない。「したくない」と書くと「意思」のようだけれど、もう少し切迫した「罪悪感」「恐怖」のようなものを背負っている。いづれにしても「理由はある」のだ。私としては全部ではないけれど納得した。

ひとつだけ特筆したい。本書で「回り道したくない」の要因に「キャリア教育」をあげているが、これは本当にそうだと思う。本書には詳しくは書かれていないけれど、今の学校のキャリア教育では、中学校(場合によっては小学校)で、将来何になりたいか?そのためにはいつごろ何をするか?なんてことを考えるように指導される。まるでプロジェクト管理のように。こんな指導は間違っていると思うのだ。

こんな感じで本書には、テーマの「倍速視聴」「飛ばし見」を超えた様相が描き出され、現代社会の味方に新しい視点を与えてくれる。「映画を早送りで観る」に関心がない人にも、一読をおススメ。

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暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

書影

著 者:堀川惠子
出版社:講談社
出版日:2021年7月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 戦争計画にあった「ナントカナル」という言葉が虚しく聞こえた本。

 2021年第48回大佛次郎賞受賞。尊敬する人生の先輩に薦められて読んだ。

 本書は太平洋戦争の戦時下に、広島市の宇品地区にあった「陸軍船舶司令部」に焦点を当てたノンフィクション。「陸軍船舶司令部」というのは、戦時下には参謀本部の直轄となり、戦場への兵隊や軍需品の輸送や上陸を支援する組織。

 キーマンとなるのはその「船舶司令部」の2人の司令官。一人は大正8年に宇品に着任した田尻昌次。上陸用舟艇の開発や組織改革を行い、日中戦争で実際の上陸作戦を指揮し、後に「船舶の神様」と呼ばれる。もう一人は昭和15年、田尻の退任後まもなく着任した佐伯文郎。太平洋戦争中の南アジアや太平洋への兵力の輸送に必要な船舶の手配に奔走、原爆投下後の広島の街の救援にも尽力した。

 「日本はこうして負けたんだな」ということが、これまでになく実感を持って分かる。もちろん敗戦の要因が「無謀な戦略」にあることはまず間違いなく、それを指摘する類書はたくさんある。「無謀な戦略」をもっと具体的に「ロジスティクスの軽視」として「南太平洋にまで長く伸びきった兵站線」を指摘する意見も少なくない。

 しかしこの「長く伸びきった兵站線」の実情を詳細に解明した本はどうだろう?。私は本書がその初めての本だと思う。「実情」を一言でいえば、要は「船が足りない」のだ。本書はその「足りなさ」を、具体例と数値を以てこれでもかというぐらい執拗に明らかにしていく。

 海に囲まれた日本からは、戦場に大量に兵力を送り込む手段は船しかない。輸送船は民間の客船を徴用したもので船員は民間人で火器も積んでいない。当然のように敵の標的されて損耗する一方なので数が足りなくなる(「損耗する」なんてモノのように書いたけれど、1隻撃沈されれば千人単位の兵士・船員が海の藻屑と消えるのだ)。さらには、日本軍の南アジアへの進出は資源を求めてのことだったけれど、その資源を日本へ輸送するための船がない。「船がないから船を新造できない」とう悪循環..。

 上に「本書がその初めての本だと思う」と書いたのには理由もある。本書の取材過程で、田尻昌次が残した全13巻のこれまで未発表で眠っていた手記を著者が発見した。それがなければここまでの事実の解明はできないだろうと思うからだ。発見された手記を基に今後の調査も期待できる。改めて資料の収集と保存の重要さを感じた。終戦から80年が経とうとしていることを考えれば、このような資料の発掘にはもうあまり時間がないかもしれない。

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ブックフェスタ 本の磁力で地域を変える

書影

著 者:礒井純充、 橋爪 紳也 ほか
出版社:一般社団法人まちライブラリー
出版日:2021年9月18日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本」と「まちづくり」に興味がある人にはとてもためになる本。

 本書は「まちライブラリーブックフェスタ・ジャパン2020」という催しを再構成してまとめたもの。この催しは、図書館や書店といった本のある場所が垣根を越えて互いに訪れる機会を増やそうと2015年に始まった。「本のある場所」に「まちライブラリー」が含まれる。

 「まちライブラリー」は、お店や個人が用意した場所に、他の人が本を持ち寄って作る本棚。貸し借りや本の話をきっかけにしたコミュニケーションなどを通して、まちに開かれていることが特長。全国に広がる小規模な図書館「マイクロ・ライブラリー」の一つの形態でもある。

 4章構成で、第1章が「本」と「人」を考える5つの講演録。公共図書館のあり方やまちづくりとの関わりなど、多彩な視点から述べられている。第2章は「ブックツーリズム」がテーマ。原田マハさんを囲んだ話し合いと、奥多摩での実践の報告がある。第3章は「マイクロ・ライブラリー」について。中国と日本での様子が報告される。第4章は「マイクロ・ライブラリー」を実践する12か所からの報告。

 私は「本」にも「まちづくり」にも興味がある。だから読んでいて「ためになる」というか、栄養が沁み入ってくるような感じがした。実践報告に「あぁそういうやり方がいいのか」と思ったり、自分のことに関連付けて考えたり、講演で述べられた考え方に共感したりした。

 原田マハさんの「読書の神様」のお話は特によかった。私にもそのような神様が降りてきてくれないかと思った。そしてこの言葉が印象に残った。

 読書をする人の姿はとても美しい

 

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海をあげる

書影

著 者:上間陽子
出版社:筑摩書房
出版日:2020年10月31日 初版第1刷 2021年6月5日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 気が付いていて見て見ぬふりをしていることを突き付けられた、そういう本。

 2021年の本屋大賞の「ノンフィクション本大賞」受賞作品。

 著者は教育学・社会学の研究者。沖縄県生まれで、今は普天間基地の近くに住み、保育園に通う娘がいる。東京と沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、現在は若年出産をした女性の調査をしている。本書は「webちくま」というサイトに掲載したエッセイを中心に12編を収録したエッセイ集。

 著者自身のこと、家族のこと、支援している少女たちのこと、そして沖縄のこと。テーマは様々だけれど、一貫しているのは自分の目で見て耳で聞いたことを書いていることだ。フィールドワークをする研究者らしく、視線が観察的で装飾が少ない抑え目な文章。そこに著者の感情がするりと差しはさまる。それは、娘に対する愛情であったり、沖縄の現状に対する怒りと哀しみであったりする。

 一編だけ紹介する。2019年に行われた辺野古の埋立ての賛否を問う県民投票のこと。宜野湾市や沖縄市などの5つの市の市長が県民投票を拒否し、その撤回を求めて20代の若者が宜野湾市庁舎前で、ハンガーストライキをした。その若者は元山仁士郎さん。著者と元山さんは1年半に出会っていて、その出会いは、著者に大きな後悔をさせるものだったらしい。

 この一遍では、ハンガーストライキに至る経緯と、その現場の様子、とりわけそこを訪れる沖縄の人々の思いが記されている。雨が降り始めて寒い2月の明け方に誰かが届けたテントで眠る様子。おにぎりの入ったビニール袋を渡しながら「こんなことまでさせて、おじさんは、もうつらくてつらくて」と言って泣く男性..。

 「基地反対運動をしているのは実は沖縄の人ではない」的な言説が流布しているけれど、本書のような現場で実際に見聞きしたレポートを読めば、それが事実でない、少なくとも一部分の切り取りでしかないことが分かる。そしてタイトルの「海をあげる」の意味が分かった時、読者は衝撃を受け自省することになる。

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ソーシャルメディアと経済戦争

書影

著 者:深田萌絵
出版社:扶桑社
出版日:2021年5月1日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 これは「私の考えとは全く合わないな」と感じたけど「たまにはそんな本を読もう」と思って読んだ本。

 著者紹介によると、著者はITビジネスアナリストでITベンチャーの経営者でもある。ビジネスで米中を往来してきた著者が、新型コロナウイルス、SDGs、地球温暖化、DXと5G、米中の衝突といった、グローバルなトレンドを読み解く。

 著者の主張のベースは、これらのトレンドはすべて「ビジネスプロパガンダ」だというもの。つまり何者かが作り出して世論と政治を誘導している。それによって誰が得をするのか?を考えれば、その「何者か」が分かる、というわけだ。

 例えば新型コロナウイルスのパンデミックは、何者かが仕掛けた経済戦争だという。「ソーシャルディスタンス」というプロパガンダを前面に押し出すことで、リモートワークやリモート授業が進む。その通信負荷の増大を解消するために、ファーウェイ製の5G基地局の受入が進む。つまり「何者」とは「中国」らしい。

 さらに表面的には緊張関係にある台湾と中国が、裏では手を結んでいて、台湾が中国のフロントとして機能している、という指摘もある。日本も米国も、中国への技術移転には神経を尖らせるが、相手が台湾なら警戒が緩む。中国が購入できない最先端兵器を調達して、その技術を中国へ移転するという重要な役割を、台湾が担っている(と著者は主張する)。

 本書を手に取って「はじめに」を読んで「トンデモ本」だと思った。それは読み終わっても大きく変わらない。でも、例えば、中国・台湾に広がる人物相関図(蒋介石や周恩来の名もある)が載っていて、こうした著者があげる「事実」が本当なら辻褄は合っている。でも真偽の確かめようがない。参考文献も出典一覧もない。

 ということで、本書はもしかしたら「トンデモ本」かもしれない。でも大事な示唆を含んでいる。世の中の話題は「誰かが意図的に作り出したプロパガンダかもしれない」と疑うことは大切だし、IT機器から情報が洩れている危険性は現実のものだ。「そんなバカな!」では済ませられることではない。

 そうそう。最後に述べられている「中小企業の労働生産性」の考察は、私もその通りだと思う。私の考えと全く合わないわけではなかった。

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池上彰の君と考える戦争のない未来

書影

著 者:池上彰
出版社:理論社
出版日:2021年5月 初版 7月 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

本のタイトルに著者名を冠してしまうのはどうかと思うけど、内容はよかった本。

池上彰さんが「戦争をなくすにはどうしたらいいだろうか?」と問いかける。それを考えるために、まずは過去に日本で世界で起きた数々の戦争について、コンパクトに要点を解説する。その戦争はどんな理由で始まったのか?どうやって終わったのか?その影響にはどんなものがあったのか?

日本が戦った戦争として、元寇、秀吉による朝鮮出兵、薩英戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争など。世界で起きた戦争として、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻、中東戦争、ユーゴの内戦、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など。江戸時代以前の戦争を除いても約100年の間に10以上もあって「戦争しすぎでしょ」と思った。これ以外にも内戦や紛争と呼ばれるものを数えれば倍ぐらいになる。

その他に思ったことをいくつか。

1つめ。戦争が始まる理由がその犠牲と全く釣り合わないということ。例えば第一次世界大戦は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇弟夫妻の殺害が発端だけど、世界中の国を巻き込んで1600万人以上が死亡することになる。2つめ。アメリカの戦争のやり方が「短慮」としか言いようがないこと。ベトナム戦争では、戦略のために隣国のカンボジア政府を転覆させてしまう。イラク戦争は、大量破壊兵器を持っているという誤った情報を元に始めてしまった。

3つめ。日本の戦争の始め方も相当ヤバイこと。満州事変は関東軍の自作自演の爆発事件を理由に「自衛」を目的に始まっている。日中戦争は日本軍への発砲が端緒になる。これも自作自演の疑いがある(諸説アリ)。4つめ。戦争の因果は繋がっていること(十字軍の昔から)。第一次世界大戦の戦後処理が中東戦争の原因になっているし、ソ連のアフガン侵攻からイスラム国の台頭まで、いくつもの戦争が数珠つなぎに繋がっている。

5つめ。歴史に「もしも」はないとは言え、回避できたかもしれないポイントが多くの戦争であること。その多くは過ちを犯した者にきちんと責任を取らせることと、正しい情報に耳を傾けること。満州事変の端緒となった爆発が、「自作自演」だという情報は当初から上がっていたし、軍紀違反でもあるのに首謀者は責任を問われることなく、陸軍の中で出世して後の戦争を主導している。

実は、本書は若い人に向けて書かれたものなのだけれど、40歳でも50歳でももっと上でも、読めばためになると思う。あくまで「池上彰さんの見方」であることは心得て置くとしても、過去から学ぶことは多い。「ではどうすればいいのか?」にも触れている。恐ろしいのは過去の戦争の経緯に、現在の世界情勢と符号することが多々あることだ。「トゥキディデスの罠」は今の米中関係にもあてはまる。

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どうしても頑張れない人たち

書影

著 者:宮口幸治
出版社:新潮社
出版日:2021年4月20日 5月10日 2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 重たい問題がさらに発展して、ちょっと今は手に負えないと感じた本。

 前作「ケーキの切れない非行少年たち」は67万部のベストセラーになったらしい。私はそのレビュー記事に「どう消化していいのか分からない」と書いている。そんなことは忘れていて、消化不良のまま2作目を読んでしまった。

 「はじめに」の冒頭に、テレビ番組で見た、元受刑者の出所後の生活や雇用の世話をしている会社の社長さんのことが書かれている。その社長さんが「頑張ったら支援します」という言葉をかけていた、と。社長さんの取組は素晴らしいもので頭が下がる。でももし、頑張れなかったらどうなるのか..? 実は「どうしても頑張れない人たち」が一定数いて、彼らはサボっているわけではない。

 少しだけ前作のおさらい。「ケーキの切れない」は「ケーキを三等分できない」という意味で、医療少年院にはそういう少年たちが大勢いる。ケーキを三等分できないのは彼らが「認知機能に問題がある」ことが原因。少年院に来ることになった理由(おそらく何かの事件)も、認知機能の問題が強く関連している。

 そして彼らはまさに「頑張ってもできない」「頑張ることができない」少年たちだった。頑張れないがために様々な困難に直面していて支援が必要なのに、頑張れないがために支援が受けられない。本書の問題意識はここにある。

 本書は「頑張ったら支援する」の恐ろしさ、逆に「頑張らなくていい」は本当にそうか?という問いかけや、やる気を奪う様々な言葉などを、豊富な経験のなかから解きほぐすように語っていく。そして「ではどうすれば」についても書いてある。これはなかなか実践的なものだった。

 相変わらず消化できないままだ。「頑張れない」と「頑張らない」は違う。「頑張れない」はいいけど「頑張らない」はダメ。いや「頑張らない」人は本当に支援しなくていいのか?支援は無尽蔵でないのだから優先順位をつけるとしたら?などと考えが発散したり堂々巡りしたり。

 しかし問題の認識はできた。それに、自分にも似た気持ちがあったことに気付いた。詳しくは書けないけれど、「人並み(以下)じゃ支援してもらえないのか」と感じた経験がある。「はじめに」のエピソードを読んで「この本読もう!」と思ったのは、そうした経験が感応したのだと思う。

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