著 者:富坂聰
出版社:講談社
出版日:2009年12月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)
R+(レビュープラス)様にて献本いただきました。感謝。
著者は、1980年代に北京大学に留学、89年の天安門事件に至る学生デモには、共同通信の非常勤通信員として密着していたという、いわば現代中国の歴史の目撃者とも言える。その豊富な人脈と独自のニュースソースから生み出されるレポートには定評がある。
そんな著者のプロフィールの後では、けし粒ほどの意味合いを見出すことも危ういが、私は、著者が北京大学で学んでおられた今から25年ほど前、「改革開放」が進む中国を50日間旅したことがある。その時に感じた「民衆の期待感の盛り上がり」は、青二才の学生だった私にさえ、この国の行く末の「可能性」と「危うさ」を気付かせるに十分だった。
その時バックパッカーとして屋台の包子で昼夜2食を賄い、土ぼこりにまみれて各地を旅した経験は、私の財産になった。中国本土の再訪は叶っていないが、以来「中国」は私の主たる関心事の1つとなった。中国の歴史を勉強し直し、中国文学を読み、中国からのニュースに耳を傾けるようになった。つまり、本書はまさに私の関心のど真ん中なのだ。
「中国報道の「裏」を読め」というタイトルからは、「日本で報道されている中国の○○のニュースには、実はこういうことでこんな裏事情がある」式の暴露もしくはウンチク本が想像される。しかし、そういった部分が皆無ではないものの、本書の内容はもっと硬派な報道記事だ。
そもそも本書は昨年12月に出版された「COURRiER BOOKS」の1冊なのだ。つまり、海外のメディアが報じた記事を素材にして日本と世界の「今」を描き出す、という独特な編集方針の雑誌「COURRiER Japon」のDNAを持った本だ。だからタイトルの「中国報道」も、「日本での中国に関する報道」ではなく、「中国のメディアによる自国のニュース報道」のことで、それも調査報道が多い。
「調査報道なんて言ったって、中国のメディアなんて共産党の広報機関で、公式発表ばっかりなんじゃないの?」と思った人がいると思う。その人は有力な見込み読者だ。いや既に著者の術中にはまっている、と言った方が的確だろう。そう思う人にこそ、本書は新鮮な驚きを与えてくれるからだ。
本書の序章「中国メディアの現在」は、日本でも大きく報じられた「段ボール入り肉まん」事件から始まる。これは北京テレビが「透明度」という人気番組で犯した「やらせ」事件。事件自体は何とも低レベルな出来事には違いない。
しかし著者は「この事件の裏には、政府や権力者よりも視聴者を意識するようになったメディアの態度がある」と分析する。そう、今の中国メディアは共産党の広報機関などではないのだ。潜入取材や告発があるかと思えばゴシップもある、特にテレビは良くも悪くも日本のワイドショー顔負けのヒートアップ気味らしい。
改めて本書の内容を..。本書は中国の経済、人々の意識、汚職と不正、うっ積するストレス、などをテーマに章ごとに、中国メディアが報じたニュースを基に著者が分析を加えて解説する形で進められる。多くが耳に新鮮な内容なのだが、ここでは私が最も注目した「中国の労働事情」について紹介する。
伝統的な中国の労働者像は「職業選択の自由が無い代わりに失業も無い」といったものだろう。ところが本書によると、中国では「派遣労働者」が急速に増大し、労働者を守る目的で施行された「労働契約法」がこれに拍車をかけている、というではないか。
これはオドロキだ。今や中国の労働市場は、見方によっては日本より過激な競争市場になっているわけだ。そしてあの「毒入りギョーザ事件」の影に大量のリストラを指摘する意見もあるそうだ。となれば中国の事情は日本の食卓をも直撃する。決して「対岸の火事」ではないのだ。
最後に..。何でも自分に引き付けて考えてしまうのは良し悪しだと思うが、もっと言えば上の「中国の労働事情」代表される、本書に書かれている「中国で起きていること」が、「日本で起きていること」を増幅した現象、に思えて仕方ない。
中国は短期間に市場経済を導入したため、その効も罪もが急速にそして端的に現れているのだ。また、本書によれば、右から左、愛情から憎悪、賞賛から罵倒、と中国の世論が怖いぐらい大きく振れる。こうした現象を著者は「追い詰められた人間に共通する特徴」と書いている。
言い換えれば、この現象はいわゆる「国民性」に原因があるのではなく、社会全体が持っている余裕の無さによるのではないかと私は思う。その一点において、急速に余裕を無くしているように見える日本の社会にとって、本書は「対岸の火事」どころか「近未来を写す鏡」かもしれないのだ。
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