5.ノンフィクション

中国報道の「裏」を読め!

書影

著 者:富坂聰
出版社:講談社
出版日:2009年12月1日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 R+(レビュープラス)様にて献本いただきました。感謝。

 著者は、1980年代に北京大学に留学、89年の天安門事件に至る学生デモには、共同通信の非常勤通信員として密着していたという、いわば現代中国の歴史の目撃者とも言える。その豊富な人脈と独自のニュースソースから生み出されるレポートには定評がある。

 そんな著者のプロフィールの後では、けし粒ほどの意味合いを見出すことも危ういが、私は、著者が北京大学で学んでおられた今から25年ほど前、「改革開放」が進む中国を50日間旅したことがある。その時に感じた「民衆の期待感の盛り上がり」は、青二才の学生だった私にさえ、この国の行く末の「可能性」と「危うさ」を気付かせるに十分だった。
 その時バックパッカーとして屋台の包子で昼夜2食を賄い、土ぼこりにまみれて各地を旅した経験は、私の財産になった。中国本土の再訪は叶っていないが、以来「中国」は私の主たる関心事の1つとなった。中国の歴史を勉強し直し、中国文学を読み、中国からのニュースに耳を傾けるようになった。つまり、本書はまさに私の関心のど真ん中なのだ。

 「中国報道の「裏」を読め」というタイトルからは、「日本で報道されている中国の○○のニュースには、実はこういうことでこんな裏事情がある」式の暴露もしくはウンチク本が想像される。しかし、そういった部分が皆無ではないものの、本書の内容はもっと硬派な報道記事だ。
 そもそも本書は昨年12月に出版された「COURRiER BOOKS」の1冊なのだ。つまり、海外のメディアが報じた記事を素材にして日本と世界の「今」を描き出す、という独特な編集方針の雑誌「COURRiER Japon」のDNAを持った本だ。だからタイトルの「中国報道」も、「日本での中国に関する報道」ではなく、「中国のメディアによる自国のニュース報道」のことで、それも調査報道が多い。

 「調査報道なんて言ったって、中国のメディアなんて共産党の広報機関で、公式発表ばっかりなんじゃないの?」と思った人がいると思う。その人は有力な見込み読者だ。いや既に著者の術中にはまっている、と言った方が的確だろう。そう思う人にこそ、本書は新鮮な驚きを与えてくれるからだ。
 本書の序章「中国メディアの現在」は、日本でも大きく報じられた「段ボール入り肉まん」事件から始まる。これは北京テレビが「透明度」という人気番組で犯した「やらせ」事件。事件自体は何とも低レベルな出来事には違いない。
 しかし著者は「この事件の裏には、政府や権力者よりも視聴者を意識するようになったメディアの態度がある」と分析する。そう、今の中国メディアは共産党の広報機関などではないのだ。潜入取材や告発があるかと思えばゴシップもある、特にテレビは良くも悪くも日本のワイドショー顔負けのヒートアップ気味らしい。

 改めて本書の内容を..。本書は中国の経済、人々の意識、汚職と不正、うっ積するストレス、などをテーマに章ごとに、中国メディアが報じたニュースを基に著者が分析を加えて解説する形で進められる。多くが耳に新鮮な内容なのだが、ここでは私が最も注目した「中国の労働事情」について紹介する。
 伝統的な中国の労働者像は「職業選択の自由が無い代わりに失業も無い」といったものだろう。ところが本書によると、中国では「派遣労働者」が急速に増大し、労働者を守る目的で施行された「労働契約法」がこれに拍車をかけている、というではないか。
 これはオドロキだ。今や中国の労働市場は、見方によっては日本より過激な競争市場になっているわけだ。そしてあの「毒入りギョーザ事件」の影に大量のリストラを指摘する意見もあるそうだ。となれば中国の事情は日本の食卓をも直撃する。決して「対岸の火事」ではないのだ。

 最後に..。何でも自分に引き付けて考えてしまうのは良し悪しだと思うが、もっと言えば上の「中国の労働事情」代表される、本書に書かれている「中国で起きていること」が、「日本で起きていること」を増幅した現象、に思えて仕方ない。
 中国は短期間に市場経済を導入したため、その効も罪もが急速にそして端的に現れているのだ。また、本書によれば、右から左、愛情から憎悪、賞賛から罵倒、と中国の世論が怖いぐらい大きく振れる。こうした現象を著者は「追い詰められた人間に共通する特徴」と書いている。
 言い換えれば、この現象はいわゆる「国民性」に原因があるのではなく、社会全体が持っている余裕の無さによるのではないかと私は思う。その一点において、急速に余裕を無くしているように見える日本の社会にとって、本書は「対岸の火事」どころか「近未来を写す鏡」かもしれないのだ。

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「おバカ教育」の構造

書影

著 者:阿吽正望
出版社:日新報道
出版日:2009年7月30日 発行
評 価:☆☆(説明)

 以前にいただいたコメントで紹介いただいたので読んでみた。著者は、元公立小中学校教員。「おわりに」に「長い教員生活で..」とあるので、まぁ少なくとも20年ぐらいは先生をされていたのだろう。現場で感じたこの国の学校教育の実態への怒りと危機感が伝わってくる。

 極めてストレートな主張が書かれている。文科省の官僚のデタラメな教育改革と法律による規制が、学校の機能不全をもたらし、「子どもを教育しない(できない)学校」にしてしまった。対策は徹底した教育の自由化。具体的には「学習指導要領」「教員免許制度」「受験競争」の廃止。
 あまりに突飛な意見だと思われるかもしれないが、OECDのPISA(学習到達度調査)でトップの成績を修めたフィンランドの教育制度などを引いて、この意見に至っている。フィンランドの教育ではテストを行わず、受験勉強もなく、教員の免許更新制度も評価制度も、教科書検定制度もないのだそうだ。

 私としては、4割は共感する、6割は共感できない、という感じだ。著者も「半信半疑の方が多いはずです。」と書かれているが、四信六疑?というところか。共感するのは、今の日本の教育の現状が危機的な状況であり、それは個々の先生や親にだけ起因する問題ではなく、教育システムに構造的な問題がある、とするところ。そして、「国任せ」「官僚任せ」でなく、自分たちで監視しよう、というところ。
 共感できないのは、その分析と対策について。例えば、官僚が自分たちの利益や天下り先の確保のために、教育を崩壊させるような制度法律を作っている、という主張は言い過ぎだ。ましてや「優秀な日本国民を「愚民」にする外国政府の謀略説」はいただけない。わずか2ページに過ぎないがこの話は書かない方が良かった。ジョークなのであれば、そうハッキリと書いておいて欲しい。
 逆に対策の「教育の自由化」については、言葉が足りなさ過ぎる。今の問題の原因の一つに、規制でがんじがらめになった学校の硬直化があると私も思う。しかし、その規制を全廃すればすべては上手く行く、かとでも言うような著者の主張はあまりに楽観的かつ無責任だ。

 怒りのあまりなのか、インパクト狙いなのか、極端なもの言いが目立つのも気になった。教育改革のことを「愚民化政策」「教育破壊工作」、学校のことを「落ちこぼれ製造工場」と言ってみたり、「能力の高い生徒でも、最低限の学力すら身に付きません」「教員の評判を得た教科書は、これまで一点もありません」と100%の断言をしたり。
 アジ演説ではないのだから、文章によって誰かに何かを訴えたいのなら、冷静に正確にならなければ信頼を失うと思う。こうしたことが私に合わないと思ったし、共感できない部分が多かったので☆2つとした。

—追記—

 ネット上に、コピーしたかのようにほぼ同じ内容の本書についてのコメントを数多く見かけます。本書を多くの人に手に取ってもらいたい、との熱意の表れだと推察します。お一人の方なのか複数いらっしゃるのか、著者や出版社と関係があるのか、全く分かりませんが、お止めになった方がいいと思います。同じ文面がたくさん発見されれば、そのコメントの誠実さが疑われ、推薦しようとする意図と逆の結果を招いてしまいます。

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フラット化する世界 増補改訂版(上)(下)

書影
書影

著 者:トーマス・フリードマン 訳:伏見威蕃
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2008年1月18日 1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は2006年5月に出版され「フラット化する世界」の増補改訂版。2007年8月に米国で出版された、The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Centuryの、Further Updated and Expanded: Release 3.0版の日本語訳。日本の書籍ではあまり見ないが、Release3.0とある通り、改訂と新しい内容の追加を2回も行ったものだ。

 「世界がフラット化する」とは、本書から例を引くと「アメリカの銀行のコンピュータ運用をインドの会社が請負い、その会社がインドの夜間時間帯はウルグアイの会社に業務委託している」とか、「アメリカの会社が韓国の機械を輸入し、自社の装置を取り付けてクエートに輸出するためのアラビア語のパンフレットを、ネイティブアメリカンの会社が印刷している」という状況を表している。
 様々な業務は細分化され、最適な業務を最小のコストで実施できところで行う。インドのIT企業のCEOの言葉を借りれば「競技場はいまや均されている」。従来は国境の壁、政治体制の壁、習慣の壁などによって、見通しがきかなかったビジネスのフィールドが、平らに均されて何処からでも見えるし、走っていけばゲームに参加することができる、というわけだ。

 こうした状況は良い面と悪い面があり、しかも複雑に入り組んでいる。インドの会社にアウトソースしたアメリカの企業は、従来と同じ業務を何分の一かのコストで行える。その企業の顧客も低コストで商品を買える。消費者たる一般市民にとってもありがたいことだ。しかし同時に労働者たる一般市民としては、仕事をインドに奪われることになるのだから。
 さらに事は安全保障にまで及ぶ。このようなグローバルな枠組みに入った国では、小規模な紛争を除けば戦争への抑止力が働くという。逆の面もある。テロリストたちは、その連絡手段として、資金や支援者・新兵の獲得手段として、そしてプロパガンダとして、インターネットを実に巧みに利用する。

 それでは国家や企業や個人はどうしたらいいのか?正直に言って手詰まりの感があるが、著者はページを割いて言及していることは、技術・能力を身に付けることに尽きる。詳細は本書に譲るが、個人は「雇用される能力」を付ける、国家と企業はそれを手伝う、それには社会保障と教育の二本柱が必要、ということだ。
 著者が言うには、アメリカでも科学者や技術者が不足しているそうだ。優秀な学生の多くは投資銀行を目指してしまうらしい。そして将来のために子どもたちの数学や科学の基礎学力を高めなければならないと言う(どこかの国でも聞いたことがある)。それなのに、2005年に全米科学財団の予算を1億ドルも削減してしまった、と嘆く(あれ?これもどこかの国で似たような話が...)

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かっこちゃんI

書影

画  作:池田奈都子
出版社:インフィニティ
出版日:2009年7月26日第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 株式会社インフィニティ・志経営研究所様から献本いただきました。感謝。

 以前にも「テラ・ルネッサンスI」というコミックをいただいた。これらは「「心を育てる」感動コミック」というシリーズで、企業の「人財育成」として、思いやりと優しさ・感謝の心を育んでもらうことを目的としたもの。金融機関やメーカー、人材派遣会社などが社員研修用に購入しているそうだ。
 最初のエピソードで泣いてしまった。私は簡単には泣かないのだけれど、ポロポロと涙がこぼれた。タイトルの「かっこちゃん」とは、石川県の養護学校(特別支援学校)の山元加津子先生のこと。本書には「かっこちゃん」が体験した、子どもたちとの間の話、おもしろイイ話など5つのエピソードが紹介されている。
 主人公として登場する子どもたちは、手足が不自由であったり難病に侵されていたりと、ハンディキャップがある子どもたちだ。その点では、盗作疑惑で回収という結果になった「最後のパレード」の中のエピソードのいくつかと同じなのだけれど、あちらでは泣けない。盗作云々が問題なのではない、ではどこが違うのか?

 「最後のパレード」のエピソードは「ディズニーランドが何をしたか」につきる。なくしたサイン帳の代わりにキャラクター全員のサインを用意する、パレードのダンサーが手を取りに来る、余命半年と告知された子どもを一生懸命励ます。どれも感動的ないい話だけれど、その主役はディズニーランドのキャストの方、ひねくれた見方をすれば、これは営業用の感動だ。
 それに対して本書の感動の主役は、子どもたちとその家族、つまり生の感動だ。よくよく見ると、「かっこちゃん」は何か特別なことをしているわけではない。子どもたちの話に耳を傾け、悲しいときや苦しい時に寄り添い一緒に悩み、時には子どもたちに勇気付けられる。壁を破るのは、子どもたち自身の力と家族の愛だ。「みんなみんなそのままが素敵。」という言葉はいささかありきたりだが、本書の最後に目にするとキラキラして見える。

 もちろん、特別なことはしていない、と言っても「かっこちゃん」は特別だ。特別ではない普通のことが、実は誰にでもできるわけではない。それから「かっこちゃん」は、この子どもたちの大切さや素敵さを、世界中の人に知ってもらうという特別な使命のために本を書き、講演する。それは、ある少女との約束でもある。本書もその使命の一端を担うのだろう。私もたくさんの方に読んでももらえるようオススメする。かっこちゃんと少女の約束のために。
 最後に、読むときは一人でいる時に。誰かが近くにいると、無意識にでも感情を抑えてしまうので泣けませんから

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中学生が考える-私たちのケータイ、ネットとのつきあい方

書影

著 者:大山圭湖
出版社:清流出版
出版日:2009年7月27日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

  東京の区立中学校の先生である著者が、2005年からの3年間に受け持った子どもたちと、昨年に1年生で受け持った子どもたちとの「ケータイ、ネット」に対する取り組みをつづった本。現場の先生の報告として、あまたある教育評論家のご高説よりも一読の価値あり、だと思う。

 何年か前に子どもたちの様子がヘンだ、と気が付いたのが事のきっかけだ。著者によると、毎日居眠りしたりぼんやりしたりしている子が何人かいるそうだ。それ自体は別にヘンなことはない、昔から成長期の中学生は眠いのだ。ヘンなのは、授業中以外も体調不良を訴え、いくら注意しても改善せず、同じことの繰り返しなことだそうだ。
 つまり、体調不良は夜更かしによる睡眠不足が原因、体調不良にまでなれば本人も「これはマズイ」と思うので、以前はそんな状態が長く続くことはなかった、ということなのだ。それで、養護教諭などの話から分かった原因はメール。夜中まで、時には明け方までメールを友達としているそうなのだ。本を読んだりテレビやゲームなら、自分がマズイと思えば止められるが、メールが相手があることなので、止めようにも止められない、ということらしい。

 「まったく、最近の中学生は何をやってるんだ(怒)。中学生にケータイなんぞ与えるからロクなことにならんのだ!取り上げればいいんだ。」という方もいるだろう。私の職場でも「子どもと携帯電話」という講座を公民館や学校でやっていて、そのアンケートを見ると中高年の男性にそういう方が多い。
 もちろん「取り上げればいい」なんて、そんな簡単な事ではない。(青少年育成関係の方で「簡単なことだ」と思っている方がいらっしゃったら、この本を読んで考え直してみることをオススメする。)そこで、普通の人は「子どもたちにケータイの危険性を指導しよう」となるだろう。著者のやったことはそれとも違う。「子どもたち自身に考えてもらった」のだ。
 これは手間のかかることだ。「指導」なら1~2時間ぐらい話して聞かせればできるだろう。しかし、効果のほどはあまり期待できない、残念だけれど。子どもたちが自分で考えるとなると時間も必要だし、話の方向がどこを向くか分からない。しかし、子どもたちはちゃんとゴールを見出したのだ。著者があとがきに曰く「<中学生って、大したものだ>と何度も思ってきましたが、今回は、今までで一番そう感じています」ここには信頼がある。そして、この本には全国の同様の取り組みへのヒントがある。

 この後は書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

テラ・ルネッサンスI

書影

著 者:田原実 絵:西原大太郎
出版社:インフィニティ
出版日:2008年11月21日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 株式会社インフィニティ・志経営研究所様から献本いただきました。感謝。

 「本読みな暮らし」初登場のコミック。本書は「「心を育てる」感動コミック」というシリーズの第3弾。紛争地域の地雷除去や、戦乱の犠牲者である子ども達の保護や社会復帰などを行っている、NPO法人テラ・ルネッサンスと、その理事長の鬼丸昌也氏の活動の記録、ノンフィクションだ。
 「世界には6000万~7000万個の地雷と、約30万人の子ども兵が存在している」。この事実が、20代の鬼丸氏をこの活動へ、そしてウガンダへ向かわせた。そして氏が目にし本書に綴られたことは、恐らくほとんどの日本人が知らないでいる彼の地の悲惨な現実。取材に応じた子ども達の証言でそれが明らかにされている。私は「アフリカ 苦悩する大陸」を読んで、その一端は垣間見たけれど、その時はこういう臨場感は感じられなかった。

 実は、本書は1か月前に手元に届いていて、その日のうちに読んでいた。記事の掲載が遅れたのは、何を書けばいいのかを考えていたからだ。面白かったとか役に立ったとかの感想を書いたり、ストーリーがどうとかの評価をしたり、といったことでは、本書の紹介として足りないのではないか、と思ったのだ。
 本書を読んで私が受け取ったのは「この事実を知ってあなたはどうしますか?」という問いかけだった。それで、これへの返答を考えてから記事にしようと思って、今日になってしまった。その答えは「自分ができることをする」だ。拍子抜けするほどありきたりで、ホントに考えたのか?と言われそうだけれど、これが答え。

 ただ「自分ができることをする」とは「必ず何かをする」という決意も意味する。鬼丸氏はウガンダへ行き、出版元のインフィニティの田原社長は本書を出版し、売上5%をNPOの活動に寄付する。私は同じような影響力のあることはできないけれども、何かをすると決めたのだ。
 考えれば、寄付や会員費として資金を援助したり、誰かにこの話をしたり、本書を読むように促したり、できることは意外にたくさんある。でも、意識してやらないと何もできない。NPOのHPへのリンクも付けておいたので、一度覗いてみて欲しい。

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ローマ亡き後の地中海世界(下)

書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2009年1月30日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 上巻が、西ローマ帝国の滅亡後の6世紀から15世紀までの地中海世界を、イスラムの海賊の横行とそれに対するキリスト教社会の対応を描いたものだった。下巻の本書は、ビサンチン帝国(東ローマ帝国)の滅亡後の16世紀のイスラム+海賊とキリスト教社会の攻防を描く。一見すると年代が下っただけに見えるが、実は大きく対立の構図が異なっている。
 下巻では、海賊の頭目たちはトルコのスルタンによって、トルコ海軍の総司令官に任命される。キリスト教社会も、スペインやヴェネチアといった強国がそれぞれの海軍を派遣してこれに対抗する。つまり、以前は個々の海賊行為とそれに対する対応策であったものが、16世紀には強国間のパワーゲームの時代に突入したということだ。
 「強国間」と言ったが「トルコ対その他の国」という単純な構図ではない。国がプレイヤーとして登場するようになって、政治的な駆け引きが渦巻く三つ巴、四つ巴の複雑なゲームになった。こうした駆け引きを書かせれば、著者はやっぱりウマい。上巻よりもこの下巻の方がはるかに面白く読める。

 トルコと西欧社会の攻防はとても面白い、詳しい内容は読んでもらうとして、読んでいてつくづく思うのは、大国のエゴと宮仕えの哀しさだ。フランス王はスペインに対抗意識を持っているし、スペインはヴェネチアの利益につながることは徹底して避ける。たとえ、トルコの侵攻に対して西欧の連合軍として戦っている最中でもだ。ヴェネチアだって、利があればトルコと単独で講和を結ぶことだってする。
 それから、スペインやトルコの宮廷官僚が最高司令官に任命される例が結構多いのだが、彼らの絵に描いたような凡庸さが笑えない。目的地に着く前に病気や海賊の襲撃で2000人もの兵士を失っても、王からの命令がない限り作戦は続行、でも何人失ったかは知りたいので、数えるためだけに13日も全軍を停止する、といった具合。そんな不手際が重なって大敗を喫して本人はこっそり逃げ出す始末だ。
(私の職場でもたくさんの集計資料を作ります。上司がさらにその上司から聞かれた時にすぐ答えられるように、念のために用意しておく集計、なんてものもありました。そんなものを作っている間、現場は停滞と混乱の極みです。...失礼、これは余談でした。)

 最後にちょっと気になったこと。この16世紀には、様々な出来事が地中海世界で起きていて、著者としてはそれぞれに思い入れもあるのだけれど、本書で全部を書くことはムリ。そこで「これについては、□□を読んでもらうしかない(□□は著者の著作の名前)」という一文が挿入されるのだが、これが目ざわりなぐらいに多いように思った。

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最後のパレード

著 者:中村克
出版社:サンクチュアリ出版
出版日:2009年3月10日 初版 3月20日第3刷発行
評 価:☆☆(説明)

 発売間もないが、ベストセラーランキングにも顔を出しているし、ネット書店では軒並み品切れ状態だ。娘に頼まれて近所の書店を何軒か回ったけれどやはり売り切ればかりで、やっと手に入れた。つまりすごく売れている本だということだろう。本書は、ディズニーランドで本当にあった「いい話」を30編あまり収録したものだ。
 私は、新聞の広告で初めて本書を知った。本書の冒頭の一話「天国のお子様ランチ」がサンプルとして全文掲載されていた。生まれて間もなく亡くなった娘の1才の誕生日にディズニーランドを訪れた夫婦の感動物語だ。うん、これは確かに泣かせる。そんな感想を持ったのを覚えている。

 しかし、だ。ネットに溢れる洪水のような「感動した」「涙が止まらない」という感想は何としたものだろう。「親指の恋人」のコメントにも書いたのだけれど、「誰かが死んだら感動」というスイッチがあるんじゃないかと思う。そして、皆さんそのスイッチが入ってしまったとしか思えない。
 実際、半分以上が、上に書いたような子どもを亡くした夫婦や、重い病気や障害を持つお子さんや家族の話だ。1つ1つの話はいい話には違いないが、こんな話を十数編もまとめて読んで、たくさんの人が涙を流すのは、私は何かが病んでいるように思えてならない。

 念のため言うが、本書を読んで感動した方について批判めいたことを言いたいのではない。感動できる心は宝物だと思うし、確かにいい話ばかりなので涙が止まらなくなる人だっていて当然だと思う。ただ、私はこれでは泣けない、死や病気の話が多くてつらい、ということなのだ。
 泣かないにしても、私の胸に響いた話が1つある。それは、自信をなくしたキャスト(スタッフ)が、ゲスト(お客さん)の言葉に救われた話だ。ありがちな話で、こんなことは「夢と魔法の王国」でなくても起きるだろうし、30編あまりの中でもひと際地味だ。それでも私の胸に響いたのは、仕事に自信をなくすことは多くの人に起きることだし、私もお客さんの感謝の言葉や何気ない一言に、勇気付けられたり救われたりしたことがあるからだろう。共感は感動の大事な要素なのではないかと思う。

———————
追記(2009.4.29)

 本書に収録されているエピソードついて、盗用疑惑が指摘されています。既に出版社は「著作権侵害の可能性が高い」ことを認めています。「そのような本をブログで紹介して他人に推薦したままにして良いのか?」というご指摘をいただいたので、ここに追記することにしました。
 いかに美しい宝石をプレゼントされても、それが盗品だとすれば良心を持つ人は喜べないでしょう。それと同じで、収録されている物語は心打つものであっても(フィクションかもしれません)、盗用したモノかもしれないと分かれば騙された気持ちにもなるでしょう。そうなっては申し訳ないので、私は本書を「良い本ですよ」とは薦めません。

———————
追記(2009.5.7)

 5月1日付けの文書で、出版元のサンクチュアリ出版が、本書の店頭からの回収を発表しました。Amazaonも取り扱いを中止しました。よって、右上のリンクもリンク先ページがありませんが、表紙イメージの表示のために残してあります。

———————
追記(2009.8.28)

 5月7日の追記で報告したとおり、Amazonが本書取り扱いを中止し、その後、表紙イメージの表示もなくなったようですので、右上のAmazonのリンクを取り外しました。

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グローバル恐慌

書影

著 者:浜矩子
出版社:岩波書店
出版日:2009年1月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 一昨日3月10日の日経平均株価の終値は7054.98円と、バブル崩壊後の最安値を前日に続いて更新した。この株価は、1982年10月以来じつに約26年5カ月ぶりの安値水準だという。これは、9月15日のいわゆるリーマン・ショック、米国の投資銀行のリーマン・ブラザーズの経営破たんに端を発した、世界金融危機が半年が経過しても一向に回復の兆しなく、むしろ悪化していることの現れだと言える。

 本書は、このリーマン・ショックから世界金融危機の流れを受けて、昨年の12月にエコノミストである著者が執筆し緊急出版という形で出版されたものだ。著者は現状はすでに「危機」などという生易しい状況ではなく、まさに恐慌状態だということで、タイトルを「グローバル恐慌」としたという。
 「危機」を広辞苑で引くと「大変なことになるかもしれないあやうい時や場合。危険な状態」とあるらしい。「大変なことになるかもしれない」ではなく、すでに大変なことになってしまっている、という主張だ。その通りだと思う。たかが用語ひとつの問題ではある、されど政府のどこか安穏とした対応は、「まだ大変なことにはなっていない」と思っているのかもしれないと思わせる。

 テレビニュースや新聞などを少しでも注意して見ている方は、この「恐慌」の原因の一つとして「サブプライムローン」問題があることはご存じだろう。サブプライムローンが信用力の低い個人向けの住宅ローンであり、ローン自体に問題があることも、おそらくは知っているだろう。
 しかし、この問題があるローンの焦げ付きが、なぜ世界中の経済を一気に奈落の底にたたき落としたかを説明できるだろうか?本書には、そのことが著者の明快な分析と適切な比喩によって明らかにされている。本書は「どうしてこんなことに..」という、知的な好奇心を満たしてくれる。もっともこの惨状に対して、私たちにできることはほとんどないのだけれど。

 最後に。サブプライムローンの問題の背景には、「借金で購入した不動産を担保にさらに借金」という錬金術まがいの手法がもてはやされたことがある。これは日本のバブル期と全く同じだ。つまり、日本の経験や教訓は全く生かされなかったわけだ。
 それどころか、80年前の世界恐慌で得たはずの、銀行と証券の分離という教訓も、金融万能の時代に打ち捨ててしまっている。ゴールドマン・サックスもモルガン・スタンレーも、今や商業銀行の顔をしている。「すでに大変なことになっている」というのは、「ここが終着点」という意味ではない。もう一段も二段も大変なことになる可能性は実は非常に大きい。

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ローマ亡き後の地中海世界(上)

書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2008年12月20日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 古代ローマの建国から西ローマ帝国の滅亡までの1200年間の歴史を、「ローマ人の物語」として、1992年から毎年1巻ずつ15巻を費やして描ききった著者による、地中海世界のその後の出来事だ。
 シリーズは15巻で完結ということになっているが、表紙デザインも共通性を感じるし、描かれている歴史は連続しているのだから「続編」ということで良いだろう。シリーズの後半は毎年12月に出版されたので、私の読書の年末から年初の読み物として定着していた。この習慣が1年のブランクを経て復活した感があり、大変うれしい。

 本書は「ローマ人の物語」のような年代記の形ではない。もっともこの時代は、地中海の南側からジブラルタル海峡を越えてイベリア半島まではイスラム化し、北側は大小様々な国家に分断され、東側にはビサンチン帝国があるものの領土保全に汲々としている状態。皇帝や元首を基に年代順に出来事をまとめることは難しい。
 そこで、上下巻の上巻である本書では、年代としては6世紀から15世紀までの長きに渡るが、テーマを強大な帝国が制海権を失ったあとに跋扈した「海賊」に絞って、この時代のあり様が描かれている。島国に住む我々には海は境界という意識が強いが、航海術に秀でたローマ人にとっては、地中海は内海の通行路だった、とは著者の卓見だと思うが、この時代は地中海が、国家や宗教の境界線または障壁になった時代ということになる。

 相変わらず淡々と出来事を記していくやり方は、人によっては読むのに辛いかもしれない。逆に、書いてある出来事は著者の目(主観)を通して見た脚色も加わっていて、歴史的事実とは言い難い、という批判があることも知っている。
 それでも、私は著者の目を通した歴史物語が好きだ。それは、皇帝であれ庶民であれ、悩んだり怒ったりする人間の行いに焦点を当てた歴史だからだ。事実を書くには「○○年に□□が△△した。」という方法が最適なのだろう。しかし、それでは本書で語られている、イスラムの海賊による多数のキリスト教徒の拉致や強制労働、それに対抗するキリスト教世界の動きと、無名の人々による何世紀にも渡る救出劇を、こんなに活き活きとは伝えれらなかったと思う。やはり、著者は非凡な語り手である。

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