7.オピニオン

日本が売られる

書影

著 者:堤未果
出版社:幻冬舎
出版日:2018年10月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 最初に注意書きを。「とにかく今日を穏やかな気持ちで過ごしたい。何年か先に安心安全な暮らしが失われても構わないから」という人は、読まない方がいい。本書も、この記事も。

 帯に「日本で今、起きているとんでもないこと」とある。本当にとんでもないことが起きている。

 タイトルの「日本が売られる」とは、この日本で、私たちの生活に欠かせない様々なものが、値札を付けられて(主に外資に)売られるという意味。本書冒頭にある「水が売られる」を例として紹介する。

 水道を運営する自治体の財政は苦しい。国は責任を取らず代わりに打ち出したのが「民営化」。「民間企業のノウハウを生かし、効率の良い運営と安価な水道料金を」というわけ。民営化とはその事業を企業に売ることに他ならない。売れば何億、何十億ものカネが手に入る。自治体にとっては魅力的だ。

 さらに、これを後押しするための法改正が度々行われている。例えば、「運営」を売った自治体には、地方債の利息免除をいうニンジンをぶらさげる。現在審議中の水道法改正案が成立すれば、また、企業側の優遇として、こんなことになる。

 (1)「所有」と「運営」を分離して、企業は「運営権」だけを持つことで、安定供給の責任を持たな句てすむ。つまりノーリスクで、収入だけを得られる。(2)これまでは厚生労働大臣の「認可」が必要だった料金改定を「届け出」でできる。(3)料金設定の規定に「健全な経営を確保することができる」と入ったことで、料金の値上げを正当化できる。

 まぁこれでも、企業が住民のための運営を行ってくれればいい。コスト重視で水質が悪くなったり、まずくて飲めなくなったり、料金が高くなったりしなければいい。ところが、日本より先に水道民営化が進んでいる各国では、こうしたことが起きて、違約金などで大金を支払ってても再公営化をするところが増えている。

 本書では「水」以外に「土」「農地」「森」「海」「学校」「医療」「食の選択」が、値札を付けられて売られる様子が、詳細に記されている。「タネ」という項目もあるが、こちらは「売る」のでさえなく、コメをはじめとした食物の種を、外資のバイオ企業から日本の農家が「買わされる」という、ショッキングな内容だ。

 最初に注意書きを書いたのは、私自身が読んでいて悲観にくれてしまったからだ。こんなひどいことを誰がやっているかというと、「規制改革」と称して政府がやっている(外国に行ってセールスまでしているらしい)。希望があるとすると、政府が変われば、防げるかもしれない、ということだ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

スッキリ中国論 スジの日本、量の中国

書影

著 者:田中信彦
出版社:日経BP社
出版日:2018年10月22日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日経BP社さまから献本いただきました。感謝。

 本書は40年近く中国と関わってきた著者が感じた、中国人がものを判断し、反応する時の「クセ」「反応の相場」を紹介したもの。サブタイトルは「スジの日本、量の中国」。本書はたくさんの「クセ」を紹介しているけれど、たったこれだけの最小限のフレーズに、「中国」と「日本」がよく表れている。そしてこのことがよくわかる例え話が冒頭にある。

 通路で4~5人が立ち止まって談笑している。場所は取っているけれど、横を通ることはできる。「邪魔だな。通路は立ち話をする場所じゃないんだよ」と感じる日本人。「横を通れるのだから無問題」と考える中国人。

 日本人は、自分に不利益がなくても「すべきでない」ことをする人に苛立つ。つまり「べき論」で判断する。本書の「スジ」とは、「スジを通せ」という時の「スジ」だ。中国人は、現実的に不都合があるのか、あるとしたらどの程度の不都合か?を考える。つまり「量」によって判断が変わる。

 例え話は他にもある。小銭がなくて自販機のジュース代を同僚に借りた。日本人なら返すだろう。借りたものは返すのが「スジ」だからだ。中国人は返さない(と思われる)。ジュース代ぐらいは、現実的な不都合のある金額(量)じゃないからだ。

 エピソードをひとつ。中国で列に並んでいて、自分の前に割り込まれたので注意すると、その人物は自分の後ろに割り込み直した。その人物は「列に割り込んじゃいけない」という「べき論」で咎められたとは考えず、「一人分(という量の)順番が遅くなると、この人は困るんだな」と考えた、というわけだ。

 念のため言っておくけれど、中国人にもいろいろな考えの人がいる。また、本書は中国人の思考について「え~信じられない」と驚くのはともかく、「だからあいつらダメなんだな」と蔑むための本ではない。違いを知って、認めて、対応しよう、という本だ。

 私は、目下のところ中国人との密な付き合いはないけれど、本書を本当に興味深く読んだ。それは本書が、中国人のことを書きながら日本人のことも書いているからだ。対比によって、日本人がものを判断し、反応する時の「クセ」も良く分かる。その「クセ」が、世界で唯一ではないことはもちろん、最上でもないことも分かる。

 「べき論」で考える判断は、現実との距離感を誤ると袋小路に入って行き詰る。有名人の言行から一般人のつぶやきに対するものまで、ネットにあふれるバッシングは、ほとんどが「○○なんだから□□するべきだ(べきじゃなかった)」という「べき論」を根拠にしている。これは「スジの日本」が行き着く息苦しい社会の予兆だと思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

知の越境法

書影

著 者:池上彰
出版社:光文社
出版日:2018年6月20日 初版1刷 7月5日 2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 池上彰さんが、国内外の出来事や歴史を解説する本は数多い(「知らないと恥をかく世界の大問題」という新書シリーズだけで9冊目が出ている)。私も何冊も読んできた。。しかし本書はそれらとは少し趣が違って、ご自分の経歴も振り返りながら「越境」について語り、読者にもそれを勧めている。

 本書では「越境」を主に2つの意味で使う。一つは、ドイツの専門家がフランス政治について語る、といった「専門の垣根を越える」こと。記者であった著者がキャスターを務めたのも、まさに「越境」。もっと言えば、著者は「専門」を持たないので、テレビで中東問題を話すのも、歴史問題を解説するのも、全部が「越境」になる。

 もう一つは、興味・関心を「横方向に展開する」ということ。例えば、再販制度という規制に守られた「新聞・出版業界」が、インターネットの出現で事情が激変したけれど、それは「放送業界」もそうだ、「規制緩和」ということでは「銀行業界」でも同じことが言える、といった話の転がり方をすること。「越境」を意識すると、いつもとは違う結びつきが見つかり、これまでとは異なる論理を展開できる。

 それで「越境する人が求められている」こと、ご自身は「こうして越境してきた」こと、越境には「リベラルアーツが重要」なこと、などを順に記す。「異境」「未知の人」から学んだこと、「越境の醍醐味」「越境のための質問力」も書かれている。「越境」というテーマ一つでこんなに多くを語る。改めて引き出しの多い人だと思う。

 冒頭にも書いたけれど、著者が何かを解説する本は多い。分かりやすくて「ためになった」感じがする。それに比べると、本書は扱う話題が広範にわたり、悪く言えば内容が散漫で「そうだったのか!」という感嘆が少ない。「横方向に展開した」結果がこうなっているのだけれど。

 でもどうだろう?もし著者とお話する機会があったら?「世界の大問題」を解説して欲しい?否。ご自身の経験や、お会いになった人のことや、物事の捉え方など、「広範なテーマ」を「横方向に展開」して、話を転がしてもらった方が楽しいだろう。本書は、まぁそんな本だ。

 にほんブログ村「政治、経済、国際問題」ブログコミュニティへ
 (政治、経済、国際問題についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

スマホが学力を破壊する

書影

著 者:川島隆太
出版社:集英社
出版日:2018年3月21日 第1刷 4月10日 第2刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は現在、東北大学加齢医学研究所所長。2003年に「脳を鍛える大人の計算ドリル」「~音読ドリル」を出版し、セガトイズや任天堂からソフトが発売され大ヒット、「脳トレ」ブームの嚆矢となった。

 その著者が、スマートフォンの仕様に警鐘を鳴らす。帯に「スマホをやめるだけで偏差値が10上がります」とあり、逆に言えば「スマホをやると偏差値が10下がる」ことになる。さらに「脳とスマホの驚くべき関係!」ともある。「トンデモ本」との評もある「ゲーム脳の恐怖」を思い出す。

 先に言っておくと、本書が信用に足るものなのか、「ゲーム脳の恐怖」の類書であるのか、私には分からない。統計調査をかなり精密に行っていたり、著者自身が脳機能の専門家であり、脳の活動量の測定に専門の機材をしとうしていたりと、「ゲーム脳の恐怖」とは明らかに違う。だからと言って鵜呑みにはできない。

 本書を書くきっかけとなった調査の内容を簡単に。仙台市の中学生22390名のデータ。平日のスマホ使用時間(6区分)と平日の家庭学習時間(3区分)をクロスさせた18区分で、それぞれ国数理社の平均点を算出して比較。スマホを使う時間が長いほど成績が悪い。それだけではなく、家庭学習を2時間以上しても、スマホを3時間以上使うと、家庭学習が30分未満の人より成績が悪い。

 つまりスマホを長時間使うと、家庭学習の成果がどこかに消えてしまう。「スマホを長時間使うと成績が悪いのは、その分勉強時間が短いからだ」という仮説は覆された。ちなみに「その分睡眠時間が短いからだ」も正しくない、ということが(少なくとも著者の主張では)明らかになっている。

 それから「相関関係」があるからと言って「因果関係」があるとは言えない、という反論にも著者は答えている。3年間の追跡調査を行って、スマホを持っていた人が持たなくなると成績が上がる、持っていなかった人が持つようになると下がる、という傾向を発見した。

 著者の正直なところは「こういう傾向は分かったけれど、それが何でなのかは分からない」というところだ。ただ「何でなのかは分からなくても、やめた方がいいよ」というわけだ。確かにそんな気もする。

 反論したいこともたくさんある。学習の「時間」だけに注目して「質」は考えないでいいのか?とか、3年間の追跡調査は「相関関係が推移」しただけで「因果関係の証明」にならないんじゃないのか?とか。

 まぁ、スマホを長時間使ってちゃダメそうなのは、身体感覚として分かる。でも、学力という本当は様々な要因が複雑に関係するものを、スマホの利用というたった1つの事で説明できる「分かりやすさ」に危うさや怖さを感じる。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

定年前後の「やってはいけない」

書影

著 者:郡山史郎
出版社:青春出版社
出版日:2018年4月15日 第1刷 5月10日 第3刷
評 価:☆☆(説明)

 60歳で定年とすれば、私はあと5年あまり。まだまだ「定年前後」ではないのだけれど、一緒に仕事してきた先輩たちが次々に定年を迎え、こういう話題が身近になって、気の迷いで手に取ってしまった。

 著者はソニーの取締役、子会社の社長、会長、ソニー顧問を経て70歳で退職、現在は再就職を支援する人材派遣会社を経営している。80歳を越えてなお現役のビジネスマン。ちなみに著者の前著は「九十歳まで働く!」だ。

 著者の主張を一言で言うと「定年後も働ける限り働け」ということだ。90歳まで生きるとして、夫婦二人で定年後の30年間にかかる費用は約1億円。という試算がある。公的年金が月22万では2000万円ほど足りない。ではどうするか?著者の答えは明快。「働いて稼げばいい」

 定年後に働く、となれば再就職。その時の心得のひとつが「定年前の肩書や年収にとらわれない」こと。定年前の待遇や年収で雇う会社はまずない。前の会社も「そのポジションに給料を払っていたのであって、その人に払っていたのではない」「自分は人材として価値が高いと錯覚してしまっている」と手厳しい。

 その他、人生を45歳あたりで区切って「前半戦(第1ハーフ)」「後半戦(第2ハーフ)」に分けること(昔は「後半戦」はなかった)などは、「あぁそうだな」と思えた。ただし「そうは思えない」ことも多い。それは本書が「どういう人を対象にしているか」に、その原因があると思う。

 この本は「都会のビジネスエリートの男性」を対象にしている。どこにもそうは明言していないけれど、言葉の端々に現れている。第1ハーフが終る頃に「会社の役員になれるかどうかの評価が気になりだす」とか、「身のまわりのことができるようにしよう。円満な夫婦関係のためにも重要だ」とか。

 「都会の」の部分に至っては、「地方への移住」が「生活水準を下げる」方法として挙げられている。地方都市に住んで役員などには無縁の私が「そうは思えない」と感じるのも無理はない。「男性」しか合っていないのだから。☆2つ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

情報リテラシーのための図書館

書影

著 者:根本彰
出版社:みすず書房
出版日:2017年12月1日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 タイトルに掲げられている「情報リテラシー」も「図書館」も、私の関心事なので読んでみた。

 最初に指摘しておくと、本書のサブタイトルが「日本の教育制度と図書館の改革」で、こちらの方が本書全体の内容をよく表している。「情報リテラシー」は、論考の導入部、または「日本の教育制度」や「図書館の改革」を考える際の「視点」として位置づけられる。

 大づかみに内容を紹介する。まず「ネット社会」や「情報リテラシー」をテーマに3章。日本人の「学び」をテーマに、江戸時代に一旦遡ってから昭和期までで2章。図書館の現在と教育改革をテーマに3章。「情報リテラシー」に戻ってまとめの1章。計9章。

 というわけで「情報リテラシー」について、分量的には期待ほどではなかったのだけれど、とても興味深い指摘がしてあって、内容的には読んでよかったと思った。その指摘は、日本の「情報リテラシー」の理解が「システムの利用法の習得」言い換えると「技術的なこと」を中心にしている、というものだ。

 このことは、アメリカでの理解との比較で述べられている。アメリカでは「技術的なこと」は軽く済ませて、個々のサービス(例えばウィキペディア)が何を提供するものなのか?その情報にはどのような特性があるのか?注意すべきことは何か?などを具体的に学ぶ。一言でいえば「実践的なこと」を中心にしている。

 ネット上の情報のかなりの割合が、意図的であるか否かを問わず「誤った情報」だと、私は思っている。そうだとすると「ネット上には誤った情報もある」ということを知っているだけではなく、具体的なサンプルを利用して「この情報は間違っている。それを見抜くにはこうすればいい」というトレーニングが必要だと感じた。

 最後に。日本の将来のために、実践的な「情報リテラシー」を習得するために、図書館に対する期待は大だ。そのためには、司書を始めとする、もっと手厚い人員配置が必要だと思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

世界の中で自分の役割を見つけること

書影

著 者:小松美羽
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2018年3月7日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は「新進気鋭の現代アーティスト」と帯で紹介されている。現在33歳。作品の出雲大社への奉納、大英博物館での永久展示、ニューヨークのワールドトレードセンターでの常設展示と、ここ数年は大きな話題が続く。一般的な知名度がどのくらいなのかは分からないけれど、私のような素人も含めて、現代アートに興味がある人なら、知らない人はまずいないと思う。

 本書は、アーティストとして高みを駆け上っている最中の小松美羽さんが、自分の半生と自分に与えられた「役割」について記したもの。「絵筆をペンに持ち替えて」と表現したいところだけれど、美羽さんの制作風景をご存じの方は「絵筆」ではなく、手や絵の具のチューブから直接キャンバスに描く姿の方が思い浮かぶことだろう。

 小松美羽さんの「役割」について。美羽さんは作品の殆どすべてに「神獣」や「守護獣」を描く。それは見えない世界の生き物。美羽さんは子どもの頃からその世界の生き物を身近に感じてきた。道に迷ったら必ず「山犬さま」が現れて、見慣れた道まで連れて行ってくれたそうだ。美羽さんの「役割」は、その「「神獣」や「守護獣」らの「依り代」としての作品を作ること。

 「見えない世界」とか「神獣」とか、すんなりとは受け入れられない人もいるはず。むしろその方が多いかもしれない。でも、小松美羽さんの作品を眼前にしたことがある人ならどうだろう?作品を制作する場面を見た人は?(美羽さんは度々ライブペイントを行っている) きっと私のように、「頭」が拒んでも「心」が早々に受け入れてしまうのではないだろうか?

 「絵筆をペンに持ち替えて」、それがうまく行くとは限らない。上に書いたように、その作品を見たことがあるかないかで、受け取りが違うのなら、アーティストは作品こそが一番のメッセージ、という証左でもある。でもこの飾りのない媚もない真っすぐな文章には、作品を描く時に向ける、澄み切った眼差しと同じものを感じた。心に響いた。

 最後に「はじめに」から引用。

 この本は、私の「これまで」を振り返るための本ではない。あなたの「これから」を、私の「これまで」を通じて見つけていただくための本であり、あなたと見つめ合えたらと、祈り願って書いた本だ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

書影

著 者:新井紀子
出版社:東洋経済新報社
出版日:2018年2月15日 第1刷 3月5日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、人工知能(AI)プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」のプロジェクトディレクタを務める数学者だ。本書は、著者がプロジェクトを進める中で得た2つの知見が書かれている。一つは、今の研究をどれだけ進めても、AIは人間の知能を越えられないこと。もう一つは、日本の中高生の多くは、教科書が読めていないこと。

 「AIは人間の知能を越えられない」について。まず、AIは「意味が理解できない」。例えば、AIの一つの成果とも言えるAppleのSiriは「おいしいイタリア料理のお店」と「まずいイタリア料理のお店」の違いがわからない。「イタリア料理」と「イタリア料理以外」も区別できない。

 試しに「「この近くの~」と訊いてみてください」と著者が言うので、聞いてみたら、「おいしい」も「まずい」も「以外」も、同じ店が紹介された。これは現在のSiriの問題ではなく、今のAI技術が抱える問題だそうだ。今のAI技術が採用している、統計と確率の手法を用いた自然言語処理技術では「意味が理解できるようにはならない」。当然、人間の知能を越えることもできない。

 もう一つの「日本の中高生の多くは、教科書が読めていない」について。これは、著者らが行った全国2万5000人の「基礎読解力調査」の結果から分かったことだ。教科書や新聞の小中学生向けの記事を使って、ある文章に書いてあることの意味を問う問題で、二択~四択の選択問題だ。

 例えば、次の2つの文の内容が同じことを表すかどうか?という問題
幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた
1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた

 中学生の正答率は57%。これが意味することが分かるだろうか?Yes/Noの2択の問題だから「コインを投げても」50%は正解する。受験した生徒たちは、大半が意味が分かっていなかったに等しい。

 この2つのことがどうつながるのか?実はAIと中学生には共通点がある、ということにつながる。「意味を理解する」という、AIができないことを、大半の中学生も苦手としている。よく「AIに仕事を取って代わられるとしても」という話題で、「人間はAIができないことをやればいい」いう答えが定番になっているが、この答えの実効性がとても怪しくなる。大問題だ。

 本書に書いてあることは、知って楽しい気持ちにはならないけれど、たくさんの人が知っておいた方がいいと思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

日本を再生する66の提言

書影

編  者:日本青年会議所
出版社:幻冬舎
出版日:2017年12月5日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 本書の編者は「公益社団法人 日本青年会議所」。通称「日本JC」。全国に695ある青年会議所の総合調整機関。「修練」「奉仕」「友情」の3つの信条のもと、20歳から40歳までのメンバーが、よりよい社会づくりを目指して活動している。

 本書は「教育再生」「経済再生」「安全保障」「憲法改正」「外交問題」「地域再興」の6つのテーマに分類した、66個の質問に対する一問一答。回答者はその質問に相応しいと考えられた、いわば有識者で、全部で23人。

 回答の中には「提言」と考えられなくもないものはある。しかし、基本的には質問に対する「答え」。たからタイトルでうたう「66の提言」ではないし、「日本を再生する」という意図も感じられない。そういうものを期待していたので残念だった。

 期待したものとは違ったけれど、分かったこともある。それは日本JCの主張だ。一問一答の形式だけれど、「答え」はもちろん、「問い」の立て方にもそれは現れる。例えば「教育再生」の8問目。「なぜ、中国や韓国の言い分がまかり通ってしまうのでしょうか?」。日本JCは、今の日本の教育は「中国や韓国の言い分がまかり通っている」と主張しているわけだ。

 「問い」や「答え」に比べると目立たないけれど、誰を回答者に選定したか?にも、傾向が現れる。8問目の回答者は、近現代史研究家の水間正憲さんだ。慰安婦問題に言及した歴史教科書を採択した中学校に、「反日極左」だとして採択中止を求める葉書が大量に送られる事件があったが、それを主導した人物だ。

 もちろんこのような「偏向」を、全部の項目に感じるわけではなく、むしろ少数。また「全く偏りのない意見」なんてものは、望んでも得られないのも確か。「日本JC」の主張に興味がある人は読んでみたらいいと思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

報道しない自由

書影

著 者:西村幸祐
出版社:イースト・プレス
出版日:2017年12月1日 第1刷 12月24日 第2刷 発行
評 価:☆(説明)

 私は、基本的には読みたいと思った本を読んでいるのだけれど、時には、私自身の考えと相容れない本を敢えて読むことがある。その考えを知るのには、書籍を読むのがテレビや雑誌の記事よりも何倍も正確だと思うからだ。本書もそう思って読んだ本。つまり本書は、私自身の考えと相容れない。おススメもしない。

 本書は、メディアが特定の目的をもって「報道すべきニュースを報道していない」と主張する。「特定の目的」とは、例えば「憲法改正阻止」であり、その背景には「反日ファシズム」つまり「東アジアで冷戦構造を保とうとする全体主義」がある、としている。

 「憲法改正阻止」はともかく「反日ファシズム」については、何のことかも正直分からない。個別の例で言うと、森友問題は「北朝鮮の脅威を隠すための策略」で、加計問題は安倍総理の「憲法改正スケジュール発表への打撃」が目的なんだそうだ。それぞれ、北朝鮮のミサイル開発や、憲法改正スケジュールを「報道しないために」打ち上げたキャンペーンというわけだ。

 「牽強付会」という四字熟語が頭に浮かぶ。それらしい論理の組み立てに見えるけれど、自分に都合の良い話を寄せ集めているだけだ。そして「都合の良い話」と言っても、「某民放テレビ局幹部」の発言とか、「政権内からこんな声が漏れ聞こえていた」とか、あるいは著者と同じような思考の人の意見や調査とか、疑わしいものが多分に含まれている。また、都合の悪いものがあれば「明らかな嘘」で、片づけられる。

 こんな感じで、私には得るものが少なかった本なのだけれど、ひとつは収穫があった。それは「閉された言論空間」という江藤淳氏の書籍と、その中で言及されているGHQの検閲に関する文書のこと。この書籍と文書が、この手の論者がいう「偏向報道」の論拠になっているらしい、ということが分かった。

 GHQの文書には、占領下の日本で検閲・削除の対象とした30項目か記されている。それに「GHQが憲法を起草したことに対する批判」「朝鮮人に対する批判」「中国に対する批判」などが含まれていて、著者らは「偏向報道」の理由と証拠の恰好の素材として、「これが今も続いているんだ!」と飛びついた、ということらしい。

 70年以上前の占領下での検閲が今も続いている、という主張については敢えて論評しないけれど、江藤淳氏の書籍とGHQ文書は、ちょっと興味がある。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)