9.その他

多数決は民主主義のルールか?

書影

著 者:斎藤文男
出版社:花伝社
出版日:2021年4月20日 初版第1刷 7月10日 初版第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

最近「多数決なんて欠陥だらけじゃないか」と思っていたので、私の手元に来たのかな?と思う本。

「はじめに」の冒頭が本書のことを端的に言い表しているので引用する。

「多数決は民主主義のルール」とされています。「みんなが多数決できめたことだから」とも言われます。でも、ほんとにそうでしょうか。多数決なら、どんなことを、どのように決めてもよいのでしょうか。(中略)それを改めて考えてみようというのが、この本です。

著者がまず念頭に置いたのは、国会における多数決だ。特定秘密保護法(2013年)、安保関連法(2015年)、共謀罪法(2017年)、働き方改革関連法(2018年)、改正公選法(2018年)、カジノ実施法(2018年)、改正入管法(2018年)。これらの重要法案がすべて、与党による強行採決で可決・成立している。多数決なら「どんこと」を「どのように」決めてもよいのなら、これらの強行採決でもよいことになる。

「んなものいいわけがない。当たり前だろ」と私は思う。しかし私の「当たり前」を検証するために、本書は「社会契約論」のルソーと「市民政府論」のロックの思想から始め、ミル、シュンペーター、モンテスキューを引いて、立憲主義や人権保障、さらには直接民主主義の例としての国民投票などを議論の俎上に乗せる。正直に言って「こんなに手間がかかるのか」と思ったけれど、手間をかけた分、明確になったことも多い。

例えば「どんなことを」多数決で決めてはいけないのか?それは「人権に関わること」だ。多数派が少数派であるという理由で誰かの自由を奪ったり、生活を脅かすような不利益を強いたりすることはできない。これは大原則であって、日本国憲法では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」とあるのだから。これに沿って考えると、性的少数者の権利や選択的夫婦別姓の問題は、この大原則を踏み倒しているように思える。

もうひとつ「自由民主主義」について。並列されることが多いけれど「自由主義」と「民主主義」は違う。民主主義を制度化したのが立法府と行政府。選挙という多数決で選ばれた国会議員からなるので「多数の支配」の原理がはたらく。自由主義を制度化したのが司法府。「多数の支配」を抑制して、個人の権利・自由を守る。故に三権の均衡がとても大事になる。

前半の学術的な検証に比べて、後半は現実の政治に直結する内容で、とても興味深くためになった。著者は市民立法運動の実践者でもあって、そうした経験も書かれていて心強いものを感じた。

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モネのあしあと

書影

著 者:原田マハ
出版社:幻冬舎
出版日:2021年4月10日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 モネの作品はもちろん他の印象派絵画絵画がふんだんに掲載されていて、これはカラーで見たかった、と思った本。

 「アートミステリー」の傑作をいくつも世に送り出した著者による、クロード・モネの解説本。

 本書は「著者とモネとの出会い」の強烈な体験から始まって、モネが生きた時代と印象派絵画についての解説、モネが19歳でパリに戻ってからの生涯の紹介、小説「シヴェルニーの食卓」について、モネの作品に出会うためのガイドブック、エピローグ、と続く。

 「モネとモネの作品が大好き」という気持ちが、文章のひとつひとつから感じられる。前半の時代や印象派絵画の解説は、アートコンサルタントやキュレーターの経験がる著者だからこその知識と、好きだからこその熱心さが相まって、とても読みやすく気持ちのいい文章になっている。

 私にとっては小説「シヴェルニーの食卓」を、著者自らが語った章が、とてもワクワクした。主人公をブランシュ(モネと同居したオシュデ家の二女)にした理由が明かされているのだけれど、それは著者の「入れ込みよう」を感じさせるものだった。「美術作品とは(中略)アーティストからのメッセージ・ボックス、いわば過去からの手紙のようなものです」という言葉に深く共感した。

 最後に。本書には、第1章の前に「はじめに」と「関連地図」「プロローグ」があり、最終の第5章の後に「エピローグ」と「あとがきにかえて」「参考文献」「施設データ」がある。なかなか始まらないし終わらない。しかし冗長な感じは決してしない。特に終わり方は「著者の話をもう少し聞いていたい」という気持ちがしていて、それに応えてくれたような気がする。

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「科学的」は武器になる

書影

著 者:早野龍五
出版社:新潮社
出版日:2021年2月25日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「科学者」と「社会」の関係について、新たな気付きがあった本。

 まず著者の経歴から。1952年生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了、大学院に残って教授に、2001年から1年間CERN(応酬原子核研究機構)の客員教授として「反物質」の研究を率いている。つまりは世界的に認められた科学者だということ。

 ここからがちょっと興味深い。2016年に音楽教育の「スズキ・メソード」の会長、2017年には株式会社ほぼ日に入社。もう一つ特筆すると2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所の事故の際には、Twitterでの情報発信が注目され、内部被ばくの測定に関してなくてはならない役割を担っている。

 本書は「「科学的」は武器になる」というタイトルだけれど、内容は、著者が子どものころから始めて、上に書いた経歴を追う形で自身の歩んだ道程を振り返ったものだ。「科学的」がどうして武器になるのか?は直接的には書かれていない。しかし著者の人生を通して、「科学的である」ことの重要さと強靭さが伝わってくる。

 著者は「社会の中に科学者がいる」とはどういうことなのか?を繰り返し述べる。科学者はそれぞれの研究分野で成果を上げることだけでなく、社会の問題について「科学的な考え方を軸に判断する」ことを提供することでも貢献できる。流言や陰謀論が果てしなく飛び交う現在には、とても大切な貢献だ。福島の内部被ばくの測定で著者が担った役割を知れば、そのことがよく分かる。このことは新たな気付きだった。

 よく覚えておこうと思ったことを2つ。

 科学は一般的なイメージと違って、間違えるものです。だけど、それが本当に間違っていたならば、いずれ「間違っていた」と分かるシステムなんです。

 僕が原発事故の時も、今回のコロナ禍においても一貫して気を付けていることは、「グラフによる未来予測をしない」ということです。

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人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。

書影

著 者:千田琢哉
出版社:日本実業出版社
出版日:2021年2月20日 初版 5月1日 第3刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 読書の形にはいろいろなものがあるのかもしれないなぁ、と思った本。

 本書は、本を読む、それもたくさん読むことで得られる良いことを数多く紹介した「読書のススメ」。得られる良いこととは、例えば「時間に余裕ができる」「給料が増える」「成功率が桁外れに高まる」「応援されやすくなる」「タフになる」。逆に本を読まないとどうなるかというと「外見が劣化する」「足を引っ張り合って貧しくなる」。

 本を読む読まないでこんなに違いがある。書いてあることを素直に受け取れば「よし、本を読もう」という気持ちになるだろう。ネットのレビューを見るとそういう人も多い。でも、私はそういう気持ちにならなかった。書いてあることが、どうにも嘘くさく感じられて、素直に受け取れない。

 プロローグの冒頭に著者自身の経験として「大学4年間で1000万円分1万冊以上の本を買って、それらをすべて読んだ」と書いてある。大学に入学するまで、漫画以外の本を1冊も読んだことがない、とも。まるまる4年間をかけても1万冊読むには1日に6.8冊超のペース。嘘だとは言わないけれど、私は信じられない。

 こんなことも書いてある。「実際に読書している人同士なら、読書している人の顔つきは一瞬でわかります。道路を歩いている通行人同士でも、読書している人同士なら一瞬で相手を判別できるようになるのです」これも嘘だとは言わない。私が、読書している人を一瞬で判別できないのは、読書の量が足りないからかもしれない。

 こんなことも。「今回はじめて告白しますが、これまでの僕のコミュニケーションの9割以上は嘘でした。相手が喜ぶのなら心にも思ってないことを平気で口にしてきましたし、結果としてそれでお金を稼げることもありました」。上に2回「嘘だとは言わない」と書いたけれど、やっぱり嘘だったのかもしれない。

 参考になったこともある。例えば「今読んでいる本の話を会った人にする」。「人脈を広げるコツ」として紹介していた。著者は「出逢った人すべてに」と書いていて、それはどうかと思うけれど、何かの折があれば会った人に本の話をしてみようと思った。

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あなたの脳のしつけ方

書影

著 者:中野信子
出版社:青春出版社
出版日:2019年9月20日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 堅いことを言わす、細かいことを気にせず、物知りの先生のお話を拝聴するつもりで読むといい本。

 著者はテレビなどでご活躍の脳科学者。社会が抱える問題を脳科学の視点から解き明かす。たとえば「空気を読む脳」では、同調圧力に従いやすく、不安 が高く、社会的排除を起こしやすい日本人の特質を論じている。

 本書もそれに連なる(出版は本書の方が前)ものだけれど、もう少し肩の力が抜けた内容になっている。「なりたい自分になる」ためにはどうしたいいか?なりたい自分とは?本書の章のタイトルの中の単語から拾うと「集中力」「記憶力」「判断力」「モテ力」「アイデア力」「努力」「強運力」「愛情力」がある自分、ということ。

 例えば「集中力」ではこんな話。まず、脳科学的には「集中できない」という状態が「普通」なのだと。生命や子孫の維持するために、異常を検知するために、脳は1つのことに集中しにくいシステムになっている。だから集中するためには、この異常検知システムが作動しそうなものを排除する。要は気が散らないように。例えば携帯電話の電源を切るとか...

 当たり前のこと過ぎるような気もする。「集中力」と「集中するための方法」は違うと思うし。細かいことを気にしすぎかもしれないけれど。

 また、脳科学的には「記憶力」が良い/悪いも、「努力」ができる/できないも、遺伝子で決まっているらしい。それじゃ元も子もないので「残念ながら遺伝子に恵まれなかった人はこうするといいよ」ということが書いてある。相手の名前を忘れてしまったときは「正直に忘れたことを伝えてしまうのも1つの手でです」とか。これについては脳科学的な説明はない。

 こう考えてくると、本書は「脳科学の本」ではなくて、「脳科学で装飾したノウハウ本」なのだろう。そう思えば、これは役に立ちそうだなと思うことも多くあって有意義だ。「意味記憶」を「エピソード記憶」に変換して覚えると記憶に定着しやすいとか、脳科学に関連するノウハウもある。「これができれば女性に100パーセント、絶対にモテる」なんていう軽薄なフレーズも聞き流すことができる。

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眠れなくなるほど面白い 自律神経の本

書影

著 者:小林弘幸
出版社:日本文芸社
出版日:2020年3月1日 第1刷 2021年4月1日 第16刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 備えあれば憂いなし。そういうつもりで読んだ本。

 「自律神経失調症」という言葉を聞いたことのある人は多いだろうし、病院でそのように診断された人もいると思う。正式な病名ではなくて、めまいや倦怠感などの症状があり、特に身体に異常がみられない場合に用いられる診断名。

 つまり原因のよく分からない「謎の不調」ということだけれど、本書はその「謎」の正体をできる限り明らかにした上で、予防(自律神経を整える方法)について解説する。自律神経を整える方法は「生活習慣」「食生活」「メンタル力」「運動」の4つの章に分かれている。

 自律神経は、24時間休みなく働き続けて体の機能を維持する。自分の意思ではコントロールできない。交感神経と副交感神経に分かれ、通常は日中は交感神経が優位となって活動を助け、夜は副交感神経が優位となって身体を休める。このバランスが乱れると心身に不調をきたす。

 知っていることが多かったけれど「そうか!」と思ったこともある。例えば「ため息はついてもいい!」とか。心配事を抱えてたりすると、緊張で体がこわばり呼吸が浅くなっている。そんな時にゆっくり長く息をはくと、呼吸が深くなって血流も増える。要は「ため息」も「呼吸」なのだ。魂が抜け出てしまうような長~いため息ほど心身を整えることになる。もしかしたらため息は、元々そのための正常な体の反応なんじゃないかと思う。

 注意したいこともある。今現在、心身の重い不調を抱えている人には、本書は向かないと思う。上に書いた「ため息」のことは例外として、本書は基本的には「予防」に重心がある。「あれをやれ」とか「これをやるな」とか書いてあるわけで、重い不調を抱えている時にはそんなことも負担になる。そんな時には、とにかく体を休めるとか、医師に相談するとかした方がいい。

 そうではなくて、不調を抱えていても軽い人には参考になるだろう。ただし医療情報の一種なので取り扱いは慎重に。それぞれの状況に合う合わないもあるだろうし、不正確だったりするかもしれない。だからあくまで「参考」に。

 余談ではあるけれど、バランスが乱れて夜なのに交感神経が優位になると「眠れない」わけで、シリーズの共通のものとは言え「眠れなくなるほど面白い」は、なんとも皮肉なタイトルだ。シリーズには「~睡眠の話」というのもあって、もはや意図的なジョークなのではないかと勘繰ってしまう。

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認知バイアス 心に潜むふしぎな働き

書影

著 者:鈴木宏昭
出版社:講談社
出版日:2020年10月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 少し知ってはいた「認知バイアス」だけれど、これを軽視すると大変なことになる、と思った本。

 「認知バイアス」とは、本書の冒頭で「心の働きの偏り、歪み」と説明がある。言い換えると「実際にはそうではないのにそう思ってしまう心の働き」。例えば、直近の5年で少年による重大な事件数は変わらないのに、「増えている」と考える人が8割いる(2015年内閣府調査)。そこには「認知バイアス」が潜んでいる。

 認知バイアスを引き起こすものの一つが「ヒューリスティック」。経験則によって「ある程度正解に近い解」を見つけ出すための方法のこと。注目すべきは見つけ出すのが「ある程度正解に近い解」であて「正解」ではないことだ。「利用可能性ヒューリスティック」とか「代表性ヒューリスティック」とか、いくつか種類がある。

 「利用可能性ヒューリスティック」は、「思い出し(思いつき)やすいことは頻度が高い」と判断するクセのこと。何度も起きたことは記憶に残るので、ある程度合理性はある。ただしメディアが発達して、自分が経験していないことも知ることができる現代は弊害も大きい。何度も起きていなくても、何度も聞いたことも思い出しやすい。私たちは「起きた回数」と「聞いた回数」を区別していない。

 「代表制ヒューリスティック」は、ある集団の代表例を平均的な特徴(プロトタイプ)と思い込むクセのこと。例えば「平均的」を割り出せるほど付き合いが多くない人が、ニュースやネットで見聞きする「韓国人」を、韓国の人々の平均像と思い込む、というようなこと。言うまでもなくニュースは「特異なこと」を報じるのだから、報じられたことは平均からは逸脱している、にも関わらず。

 本書には「ヒューリスティック」以外にも、様々な認知バイアスを招く思考のクセについて書いてある。最後に「「認知バイアス」というバイアス」という章もあって、「認知バイアス」という考え方自体に潜むバイアスに言及していて、類書にはない著者の一段高い視点を感じた。

 直接的な言及はほとんどないのだけれど、新型コロナウイルスに対する私たちのありように、本書はとてもたくさんの示唆を含んでいる。著者にもそのような意図があったのではないかと、私は思っている。

 連日の報道で「利用可能性ヒューリスティック」を集団的に発動していると思うし、感染を気にしないで出歩く若者のインタビューを見て「若者はけしからん!」と憤るのは、「代表制ヒューリスティック」のあらわれだと思う。また、責任の分散による無責任のこととか、「検査による偽陽性」を論じたコラムなどもあって、コロナ禍の社会にピタリとはまっている。

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コロナ後の世界

書影

編 者:大野和基
出版社:文藝春秋
出版日:2020年7月20日 第1刷 8月5日 第2刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 「後世の歴史家は、コロナ以前/コロナ以後で年表に一線を画すかも」と、本書には書いてあるけれど、たぶんそんなことはないと思った本。

 本書は、新型コロナウイルスが国境を越えて蔓延する中で、世界と日本の行く末「コロナ後」について、偉い学者の先生6人に聞いてみたもの。「これから我々はどんな未来に立ち向かうのか、世界史的、文明史的観点から大胆に予測する」と、紹介文にある。

 偉い先生6人とは次のとおり。ベストセラー「銃・病原菌・鉄」の著者でUCLA地理学教授のジャレド・ダイアモンド氏。ホーキング博士に賞賛された「LIFE3.0」の著者でMIT教授のマックス・テグマーク氏。「人生百年時代」を提唱した「ライフ・シフト」の著者でロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授。
 それから、進化心理学の第一人者でハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授、GAFAを「ヨハネの黙示録の四騎士」に例えるニューヨーク大学のスコット・ギャロウェイ教授、最後は、ノーベル経済学賞受賞者で金融緩和やインフレターゲットを主張する「リフレ派」の代表ポール・クルーグマン氏。

 それぞれの方にはそれぞれの得意分野があって傾聴に値する。ダイアモンド氏が「日本にとって人口減少や高齢化より韓国・中国との関係の方が大きな問題」と喝破したのはなるほどと思った。グラットン氏の高齢社会での働くことの考え方は、定年が見えてきた私にはとても参考になった。ピンカー氏の認知バイアスを視点に据えた社会の見方は、パニック気味の世の中を落ち着かせてくれるかもしれない。

 ただ「コロナ後」を言うためには「コロナ下」のことも言わなければならないけれど、現在進行形の事柄に触れるのは気の毒だったかもしれない。ダイヤモンド氏が、新型コロナウイルスの脅威に対して「大きく二極化していたアメリカ人が一丸となって立ち向かおうとした」と語っておられる。一時期はそんな雰囲気の時があったかもしれないけれど、大統領選を前にアメリカの分断は深まるばかりに見える。

 本書を読んでいて違和感を感じた。リンダ・グラットン氏が女性でイギリス人である以外は、全員が男性でアメリカ人(出身はスウェーデンやカナダの人もいる)。そしてグラットン氏も含めて全員が白人の大学教授。半数の3人が経済学者なのも気になる。私は上に敢えて「偉い学者の先生6人」と書いたけれど、本には「現代最高峰の知性六人」と書いてある。「現代最高峰の知性」がこんなに偏りがあるのか(そんなはずない)、というのが違和感の正体だった。

 では誰に聞けばいいの?と聞かれると「宗教者でどなたか」ぐらいで、具体的には誰も思いつかない。それが私と文藝春秋社の限界のようだ。
 

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14歳の教室 どう読みどう生きるか

書影

著 者:若松英輔
出版社:NHK出版
出版日:2020年7月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 14歳に必要なものが57歳になっても必要なのだ、と思った本。

 著者紹介によると、著者は批評家、随筆家で、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。本書は著者が筑波大学附属中学校の三年生に対して、90分の講義を7回にわって行った授業を書籍化したもの。タイトルの「14歳の教室」は、一つにはそのことを表している。

 どんな授業だったのか?1回の講義が1つの章になっていて、各章には名前がついている。「おもう」「考える」「分かる」「読むと書く1」「読むと書く2」「対話する1」「対話する2」。何かの知識や正解を教えるのではなくて、自分で深く考えることを促す授業だったようだ。

 読み進めていくと「言葉をとても大切に扱う人だなぁ」という思いが深まる。私は実はこのブログでも「思う」と「想う」を使い分けているのだけれど、著者はひらがなで「おもう」と書くのも含めて「懐う」「恋う」「念う」「惟う」など何種類もの「おもう」を紹介している。

 これは、漢字の読みをたくさん覚えるという勉強ではなく、ましてや言葉遊びでもない。「おもう」という日常に使う言葉でも、その意味するところは多様だということ、今私が使った(あの人が使った)「おもう」は、どういう「おもう」だろうと考えることを促している。「言葉の解像度」を高めていく、と言い換えられるかもしれない。

 印象に残った言葉を2つ。

 「説明」はしばしば一面的で表層的なものです(中略)。言葉にならないものを見過ごしていることがあるかもしれない。それだけでなく、聞いている人の「手応え」を無視するような「説明」も世の中には多くあります。

 「読む」と「書く」は、言葉を呼吸することなのです。吸ってばかりでも、吐いてばかりでもいけません。「吸う」は「読む」です。「吐く」が「書く」です。

 著者自身の言及もあるけれど、本書のタイトルは池田晶子さんの名著「14歳からの哲学 考えるための教科書」へのオマージュの意味もある。

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文系でもよくわかる世界の仕組みを物理学で知る

書影

著 者:松原隆彦
出版社:山と渓谷社
出版日:2019年3月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 普段あまり自分を文系だとか理系だとか思わないのだけれど、やっぱり文系かもしれないと思った本。

 物理学に対して学生時代に「苦手、難しい、楽しくない」といったイメージを植え付けられ、大人になってからも縁遠いまま過ごしている。タイトルにある「文系」が表す、こういう人が本書の対象。それはとてももったいないことで、物理学を専門としている著者とすれば、物理学がわかれば「世の中はもっと深くも、細かくも、広くも、美しくもなる」そうだ。

 そこで、苦手だと思っている人にも読んでもらえるように、本書では様々な工夫がされている。例えば、本書は51個の項目で構成されていて、一つ一つの項目は数ページという読みやすいサイズで書かれている。各項目の最後には「まとめ」のページがあって、コンパクトに要約されている。「どうして雲は落ちないの?」「空はなぜ青いのか?夕焼けはなぜ赤いのか?」など、素朴な(子どもが聞きそうな)疑問が散りばめられている。そして数式は出てこない。

 それでいて取り扱う範囲は結構広い。「宇宙物理学」「光の性質」「素粒子、原子、分子」「相対性理論」「量子論」。「ブラックホール」も「ビッグバン」も「クォーク」も「中性子」も「ひも理論」も出てくる。アインシュタインもシュレーディンガーも登場する。地球の軸がなぜ傾いているのかの分かる。

 著者の工夫の甲斐あって、スラスラと読めた。相対性理論や、光に粒と波の両方の性質があることは、これまでに聞いた説明より分かりやすかったように思う。それはそうなんだけど、意地悪な言い方だけど、世の中が深くなったり美しくなったりする感じは全然しない。

 もちろん著者は「物理学が分かれば..」と言っているのであって、「この本を読めば..」とは言っていないので、先の言い方は意地悪以前のいいがかりだ。やっぱりもっと深く知らないと、世の中が深くなったり美しくなったりしないだろう。だから本書をきっかけにもう少し詳しい、項目を掘り下げた本を読むといいのだろう。何よりも「もっと知りたい」という気持ちも大事だ。今のわたしにはそれがなかったと思う。

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