ある男

著 者:平野啓一郎
出版社:文藝春秋
出版日:2018年9月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 愛する人の「過去」が偽りであったら「現在」の愛も偽りなのか?そんなことを問いかけるミステリー。

 今年の本屋大賞の第5位の作品。

 主人公は弁護士の城戸章良(あきら)。38歳。在日三世。横浜在住。かつて離婚調停の代理人を務めたことのある谷口里枝から、少し変わった相談を受けた。

 宮崎に戻って再婚した相手が事故で亡くなった。ところが「谷口大祐」と名乗ったその男は、全くの別人だったと分かった、というのだ。単なる偽名ではなく「谷口大祐」の戸籍は実在し、彼が語った経歴や家族とのエピソードは「谷口大祐」本人のものだった。

 そこで当然の疑問。里枝の夫だった男は、いったい誰で何のためにこんな手の込んだことをしたのか?城戸は、正式な仕事というよりは相談という形で調査を引き受け、弁護士としての仕事の傍ら、関係者から話を聞いて回る。物語は城戸自身の周辺の出来事を交えながら、この調査の進展を追う。

 物語の冒頭、里枝と「谷口大祐」の出会いから結婚までを、比較的丁寧に描く。戸籍まで変えて他人に成りすますなどという行為は、相当の事情がなければやらない。すぐに想像されるのは、何かの犯罪に関わっている、ということだ。ところが冒頭に描かれる里枝とのエピソードから浮かび上がる人物像は、、そういったこととは無縁のものだ。

 「谷口大祐」は全くの別人、それは分かった。では、里枝や子どもたちに見せた、あの人柄もニセモノだったのか?里枝の気持ちになって「そうではあって欲しくない」、そんな気持ちを私は持ちながら読み進めた。

 城戸の調査は、何枚もの薄い紙を1枚ずつはがしていくように進む。時に停滞し、ふとしたきっかけでまた進む。このエピソード要るのかな?と思うものもあるけれど、それが物語に幅とリズムをもたらしている。「別人として生きる」ということを選択した人々の悲哀と共に、淡い羨望を感じる。

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ひと

著 者:小野寺史宜
出版社:祥伝社
出版日:2018年4月20日 初版第1刷 2019年3月25日 第12刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 誠実に、そして前を向いて生きていくって素晴らしい。そう思った本。

 今年の本屋大賞の第2位の作品。

 主人公は柏木聖輔。20歳。三年前に鳥取に住んでいたころ、父親が車の自損事故で亡くなった。飛び出してきた猫を避けようとしたらしい。保険金で父の多額の借金を返済。残ったお金で母親は、聖輔を東京の私立大学に進学させてくれた。そして先日、母親が病気に亡くなった。不幸が重なる。

 聖輔は大学を中退し職を探し始めるが、気持ちが切り換えられない。前を向けない。フラフラと街を歩いているうちに着いたのが江東区の砂町銀座商店街の揚げ物の総菜屋の前。所持金55円。唯一買えるのは50円のコロッケだけ。それなのに、横から来たおばあさんに1コしか残っていないコロッケを譲ってしまう。

 何が幸いするかは分からない。おばあさんにコロッケを譲ったことが、結果的に聖輔を前に進ませるきっかけになった。店主との短いやり取りの後、聖輔はこの総菜屋にアルバイトとして働くことになった。少しずつ人生の歯車がよい方に回り出す..

 世の中には「いい人」と「いい人じゃない人」がいる。本書はその対比を際立てた物語だった。

 例えば。総菜屋の店主の田野倉さんは、120円のメンチを50円にまけた上に、ハムカツをおまけしてくれた。「いろいろ事情がありまして」という聖輔を、深く尋ねずに雇ってくれた。いい人。遠縁の基志さんは「母親の葬儀を手伝った」ことを理由にお金をせびりに来る。いい人じゃない人。

 いい人じゃない人は「悪い人」とまでは言えない。基志さんだって葬儀を仕切ってくれた。もしいなかったら聖輔は途方に暮れていただろう。「悪い人」じゃなくて「ダメな人」。もう一人の「いい人はじゃない人」の例は、聖輔の同級生(女子)の青葉の元彼で有名私大の学生。「おれはちょっといい大学に行ってるけど、そんなことはなんでもない。青葉とも普通に付き合えるし、コロッケも好きだ」とかいっちゃう。やっぱり「ダメな人」

 物語は、最初は文字通りふらふらで自分を無くしていた聖輔が、「いい人」に助けられてしっかりと歩き出すまでを、温かみのある文章で綴る。他人との関りが、人の、特に若者の暮らしと成長には欠かせない。誠実に生きていれば「いいひと」が周囲に現れる。そんな気持ちを強くした。

 青葉が聖輔に言った言葉が印象的だった。「今の柏木くんが人にものをあげられるって、すごいね

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なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか?

著 者:渡邉賢太郎
出版社:いろは出版
出版日:2015年2月14日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「お金」に想いを巡らして「お金」についての考え方が少し変わる本。

 著者は元証券マン。リーマン・ショックを機について学ぶために世界を旅したという。2年で40カ国。本書にはそのうち17カ国でのエピソードが記されている。旅をした結果一つの気づきを得た。「日本人が、世界一、「お金とは何か?」を知らない」。タイトルの「なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか?」の答えもそれだ。

 本書には日本と対照的な事例が最初に2つある。

 一つ目はイギリス。イングランド中央銀行の博物館に、小学生ぐらいの子どもがわんさかいる。入ってすぐに、なぜが気球を操縦するゲーム。上昇させて気を抜くと行き過ぎる、慌てて下降させると墜落しそうになる。これは「インフレーションとは何か?」を体験するゲーム。小学生が「インフレーション」を学び、物価コントロールの難しさを体験する国、イギリス。

 二つ目はインド。電気湯沸かし器を買いに電器店を探してまわった時のこと。商品には一切値段が書いていない。値段を聞いたら中国製が30ルピー、インド製が50ルピー。「他を見てくるよ」とかやっているうちに、インド製が10ルピーになった。日常的に値段交渉が必要で、モノの価値を自分の目で見極める国、インド。

 とても興味深い本だった。私も、日本人の「お金」への思いは捩れていると思う。お金がないと生きてゆけないと思っているけれど、お金への執着をひどく嫌悪する。「お金」は大切、でも「お金」は汚い。「汚い」ものからできるだけ遠ざけて子どもを育てる。大人になるまで(大人になっても)お金について学ぶ機会がない。

 ではお金について学ぶとお金持ちになれるのか?というと、その辺りは明確でない。ただ「お金を「目的」と捉えるのか「道具」として捉えるのか」とか、「お金は「信頼の媒介物」」とか、著者が何度も繰り返す「お金」の言い換えは、とても示唆に富んでいて考える端緒を与えてくれる。終盤にでてくる「つながりキャピタリズム」にも、思い当たることが多くあった。

 最後に。「お金なんかなくても幸せになれる」という意見がある。それはそうだ。でもこれは「お金について考える」という意味では思考停止だ。本書も途中で「最貧国の幸せな人々」が出てきて、この陥穽に陥るのかに見えたけれど、そうならなかった。こういうところもよかった。

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トコトンやさしい人工知能の本

編  者:産業技術総合研究所 人工知能研究センター
出版社:日刊工業新聞社
出版日:2016年12月26日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 人工知能について現状を「ひと通り浅く」知るのにはいい本だった。

 第1章「人口知能はこうして生まれた」から始まっ て「基礎技術」「応用例」「ディープラーニング」「未解決な問題」「社会の将来像」など、全部で66項目を見開きで紹介。例えば「基礎技術」は「機械学習」「教師なし学習」「ベイジアンネット」「サポートベクターマシン」など15項目あって、ページ数としては一番多い。

 さらに例えば「基礎技術」の項目のひとつは「画像認識」を紹介。白黒画像の中で「物体の個数」を数えるプログラムの説明をしている。2×2の4画素の組み合わせを調べることで「物体の個数-穴の個数」が分かることを解説。ちなみに、この方法では「物体の個数」は分からない。(思わず「分からんのかい!」とツッコミを入れてしまった)

 本書は「今日からモノ知り」というシリーズの一冊。意地悪な言い方をすれば「今日からモノ知り」になれるわけはないから、「モノ知りのフリ」ができるシリーズ。「ひと通り浅く」というのはそういう意味で、ある意味看板どおりでもある。チョイチョイと用語と意味を仕入れて、何かの時に披露すれば「モノ知りのフリ」はできる。

 言うなれば「それだけの本」。もちろんそういうニーズはあると思う。そんなニーズを持った人にはおススメ。ただしタイトルにある「トコトンやさしい」ということはないので注意。

 ちょっと辛めの評価を書いていて、追い打ちをかけるようだけれど、とても気になったことがあったので、最後にそれを。「小中学生からよくある質問」というコラムで「人工知能が人類よりも賢くなって、私たちを支配してしまうのですか?」という質問について。

 答えは「もう支配されています。コンビニの棚に並ぶ商品は、人口知能が「この商品は人間に買わせることができる」と判断したものです」と始まって、欲しい商品が近所のコンビニにちゃんとあって快適ですね、と続いて「人口知能に支配されるのも案外いいものですね」と結んでいる。小中学生をバカにしているとしか思えない。

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美女と竹林のアンソロジー

著 者:森見登美彦、伊坂幸太郎、恩田陸、有栖川有栖、京極夏彦 ほか
出版社:光文社
出版日:2019年1月30日 初版1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

知っている作家さん、初めての作家さん、いろいろな作家さんのテイストが楽しめる、詰め合わせギフトのような本だった。

本書は、「竹林愛好家」の森見登美彦さんが「美女と竹林」というテーマで、他の作家さんに作品をお願いしてできたアンソロジー。「お願い」に応じた作家さんが9人。阿川せんり(敬称略。以下同)、飴村行、有栖川有栖、伊坂幸太郎、恩田陸、北野勇作、京極夏彦、佐藤哲也、矢部嵩。これに森見さんを加えた10人の「美女と竹林」(をテーマにした作品)を収録。

まず、知っている作家さんから2人。伊坂幸太郎さんの「竹やぶバーニング」は、仙台の七夕祭りで使われている無数の竹の中から、「かぐや姫」が混入(!?)した竹を探す。「美女」で「かぐや姫」その人が登場するのも、「竹林」そのものが出てこないのも、他の作家さんにはあまりない特徴で、無二な印象を受けた。

恩田陸さんの「美女れ竹林」。「美女らない、美女ります、美女れ、美女ろう」と活用する。このアンソロジー企画の依頼の場面から書き起こしたり、なかなかコミカルな感じで始まるのに、この物語がダントツで怖かった。そういえば恩田さんは、コミカルもホラーも書く人だった。

次に、初めての作家さんから1人。佐藤哲也さんの「竹林の奥」には驚いた。23ページの作品全部が1段落で構成されているのだ。全編がワンカットの映画みたいだ。同じことを少しずつ表現を変化させて次の文に受け渡す。話もズルズルと物の位置がずれるように進む。一見して読みにくいだけでなく、確かに読みにくいのだけれど、不思議と最後まで読めた。

有栖川有栖さんや京極夏彦さんの作品は、確かにそれぞれの方の特徴が感じられるのだけれど、なぜか「森見登美彦っぽく」感じた。それは、初めての作家さんの何人かの作品でもそう思った。ちょっと不思議。

そうそう。森見さんには「美女と竹林」という作品がある。「妄想エッセイ」という森見さんにしかないジャンルの作品だ。

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シーソーモンスター

著 者:伊坂幸太郎
出版社:実業之日本社
出版日:2019年4月10日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 テンポよく物語がドンドン展開して、ハラハラワクワクする物語だった。

 本書は2つの物語が収録されている。表題作「シーソーモンスター」と「スピンモンスター」。「シーソーモンスター」は、製薬会社の営業マンの直人と、その妻の宮子の2人が主人公。直人の母のセツと3人で暮らしているが、宮子とセツつまり嫁姑の仲が悪い。80年代の「日米貿易摩擦」の日米ぐらい相いれない。(ちなみに、この物語の時代も80年代末)

 直人と宮子は、それぞれ事件に巻き込まれる。直人は顧客先の病院に不正に巻き込まれ、宮子の方は事故で亡くなった義父のことを、昔の伝手で調べていたら、自宅で暴漢に襲われた。..昔の伝手?そう、宮子には直人にもセツにも話していない過去がある。なんか超カッコいい。

 「スピンモンスター」は、「シーソーモンスター」から60年ほど後。現在からなら30年後ぐらいの近未来。人々は「パスカ」という、通信端末、身分証明書、財布を兼ねたカードを持ち歩いていて、もちろんそこに様々な履歴も記録されている。そのカードの情報や、防犯カメラの映像で、どこにいても警察などの政府機関にすぐに見つかる。

 主人公は水戸と檜山。主に水戸目線で物語は進む。上に書いたような世の中なので、送ったメールはすぐにコピーされる恐れがある。だから、大事なことや秘密なことは、手書きのメッセージで送るようになった。水戸はそのメッセージの配達人で、ある人のメッセージを配達したことで、追われる身となる。逃げて逃げて逃げる。そして「シーソーモンスター」の宮子も登場する。やっぱりカッコいい。

 奥さんがタダ者じゃないのは、伊坂さんの名作「モダンタイムス」を思い出す。逃げて逃げて逃げるのは、頂点を極めたと言われる「ゴールデンスランバー」のパターン。伊坂幸太郎ファンなら「あぁこれこれ!」というような、伊坂作品の魅力が詰まっている。もちろん、ファンではなくても楽しめる。

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クレオパトラの夢

著 者:恩田陸
出版社:双葉社
出版日:2015年4月19日 第1刷 2018年6月11日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「MAZE(メイズ)」に続く「神原恵弥シリーズ」の第2弾。ちなみに第3弾の「ブラック・ベルベット」は既読。実は、最初に第3弾を読んでしまう、という失敗をやらかしていて、本書で3部作を完読。

 主人公は神原恵弥。端正な顔立ちの男性。留守がちだった父親を除いて、祖母、母、姉3人、妹、という女性ばかりの家庭で育ったことで、「女言葉」を使う。女性の言葉使いをする有能で容姿の優れた男。妖しくも濃いキャラクターが、このシリーズの魅力の一つになっている。

 舞台は北国のH市(たぶん函館)。恵弥は、双子の妹の和見を訪ねてH市に来た。東京の大手法律事務所を辞め、不倫相手を追ってH市に来ていた和見を、家族会議の命を受けて連れ戻しに来たのだ..表向きは。恵弥には別の目的もあるらしい。和見にも「あんた、本当は何しに来たの?」と聞かれた。

 恵弥の仕事は、外資系製薬会社のウィルスハンター。新種のウィルスを発見・採取するために、世界中を駆け巡っている。今回も仕事がらみらしい。(まぁ小説だから...)

 実によく練られた物語だった。さまざまな事がつながりあって、網の目のように物語を覆っている。例えば、恵弥の仕事と和見のことは、恵弥自身が「全然関係ない」と思っていたはすなのだけれど、和見の不倫相手の死の真相を探るうちに..という具合。恵弥が追う「クレオパトラ」の正体も徐々に明らかになる。

 前作の「MAZE」も、この後の「ブラック・ベルベット」も、中東が舞台なのだけれど、本書は国内が舞台。馴染みがあるからか、物語の情景がスッと頭に入って来て、3部作の中では私は本書が一番よかった。恵弥は素敵なキャラクターなので、シリーズをさらに増やしていってほしい。

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鹿の王 水底の橋

著 者:上橋菜穂子
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年3月27日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2015年の本屋大賞、そして日本医師会の日本医療小説大賞を受賞した作品「鹿の王」の続編。

 主人公は医師のホッサル。前作「鹿の王」は、ヴァンという名の戦士とこのホッサルの2人が主人公で、本書はそのうちのホッサルの「その後」を描いている。

 ホッサルは250年前に滅びたオタワル王国の末裔。オタワルの民は、土木・建築・金属などの様々な技術に優れ、東乎瑠帝国に飲み込まれ国が滅んだ後も、その技術力で命脈を繋いできた。中でも抜きんでて優れていた技術が、ホッサルが身につけた医術。皇帝の妃を難病から救ったことで、皇帝の後ろ盾を得て、帝国の中で確かな支持を得て広まりつつあった。

 今回の物語のきっかけは、ホッサルの施療院に出入りする祭司医の真那から、真那の父が治める領国への同道を求められたこと。真那の姪の病をホッサルに診てもらいたいらしい。ホッサルは助手で恋人でもあるミラルと共に、真那の招きに応じる。

 前作の「鹿の王」が日本医療小説大賞を受賞したように、この作品もテーマは「医療」だ。それも「医療とはどうあるべきか?」という奥深いテーマだ。

 真那は「祭司医」だ。東乎瑠帝国の医術は、国教の「清心教」という宗教が根本にある。宗教だから「祭司」医。宗教だから頑なな側面がある。例えば、オタワルの医術で行われる「輸血」は「異教徒の穢れた技」になる。生き永らえたとしても身体は穢され、死後に神の御許に行くことができない。

 医術で治療しても永遠に生きることはできない。身が穢れたと思いながら生きることを強いるのが良いのか?いや、わが子が目の前で死に瀕していても、それを救う方法を知っていても、身体を穢さないことを選ぶのか?難しすぎる。

 この二つの医術の対立以外にも、次期皇帝争い、民族の存亡、愛する人への想い等々、たくさんのテーマが重層的に描かれる。一流のエンターテイメントになっている。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された小説)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

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フーガはユーガ

著 者:伊坂幸太郎
出版社:実業之日本社
出版日:2018年11月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞の第10位の作品。

 主人公は常盤優我。20代前半。彼には風我というな名の双子の弟がいる。「フーガとユーガ」。タイトルは双子の兄弟の名前なわけだ。優我は、仙台のファミリーレストランで、東京のテレビ制作会社のディレクターの高杉と会っていた。本書は、優我が高杉に語った、自分たち双子の兄弟の長い物語。

 高杉と会うきっかけは、一つのビデオ。悪趣味というか完全に犯罪だけれど、ファストフード店のトイレの盗撮映像だ。そこには優我が映っていて、映像が飛んだように瞬間的に体勢が変わって、しかもさっきまでなかった絆創膏が顔に貼られていた。そのビデオを持ち込まれた高杉が、優我を探し出して「この動画について教えてほしい」と聞いてきた。

 優我の説明は明快だ。「双子の兄弟が瞬間移動で入れ替わっている」。ただ、優我は前もって高杉に告げている「僕の喋る話には記憶違いや脚色だけじゃなくて、わざと嘘をついている部分もあるので、真に受けないほうがいいですよ」...

 なかなか爽快な物語だった。でもそれ以上に痛々しかった。読者は高杉と一緒に、ウソかホントか分からない優我の話を聞かされる。でも「双子が瞬間的に入れ替わる」現象を使えば、いろいろなことができる。ちょっとしたいたずら。いじめられているクラスメイトを助ける。もっと大胆な仕掛けにも挑んでいく。うまく行った時には爽快だ。まぁウソかもしれないけれど。

 痛々しいのは、彼らや彼らの周辺の人たちの生い立ちや暮らしぶり。詳しくは書かないけれど、双子は真っ当な両親には恵まれなかった。物語は「父親に殴られる風我を優我がが見ている」というシーンから始まる。これ以上にひどいことはないように思うけれど、これを上回るかもしれない出来事も起きる。子どもがつらい目に会う話が苦手な私としては、ちょっとつかった。

 最後に。ちょっとつらい部分も含めて、著者の作品らしさを感じる物語だった。伏線もあるし、他の作品とのリンクもあるし、気の利いたセリフもある。私としては、ワタヤくんの職業に「あぁ伊坂さんらしい」と思った。

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