童子の輪舞曲 僕僕先生

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2013年4月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 直球の慣れ親しんだ世界観に浸っていたら、最後に変化球を投げられて面食らった本。

 「僕僕先生」シリーズの第7弾。シリーズで初めての外伝で、6編を収めた短編集。

 6編をそれぞれ簡単に。「避雨雙六」は、師弟の雨宿り中の双六遊び。思い浮かべた願いに合わせてあがりまでのマス目が変わる。僕僕先生のマス目は50ぐらいなのに、主人公王弁のはすさまじい数だった。「雷のお届けもの」は、人間の見ながら雷の国に住んで修行する少年の話。ある日雷王が持つ宝貝を龍王に届ける役目を、雷王自身から命じられる。

 「競漕曲」は、僕僕先生の一行が不思議な結界によって、港町から出られなくなった話。これといった特技のない呑気な王弁と、凄腕の殺し屋の劉欽が協力して脱出を図ることに。「第狸奴の殖」は、一行に同道する猫に似た動物の第狸奴の「さかり」の話。異界の生き物にも繁殖期がある。王弁が第狸奴の相手を探すことになった。

 「鏡の欠片」は、長安の仙人に使える二人の童子の活躍。ご主人さまの仙人が半分だけの妖しげな鏡の中に吸い込まれてしまう。助けるために向かった先に鏡のもう半分があって..。「福毛」は、シリーズ中の異色作。舞台は現代の日本で、主人公も日本人の高橋康介。性格は筋金入りの怠惰。ということはもしかして..。

 いろいろな登場人物の個性が垣間見られてよかった。いやこれまでも主人公以外の人物のことも丁寧に描かれていたけれど、少し角度を変えて焦点を当てた感じで意外な面も明らかになった。著者の「あとがき」によると「お話の種が積みあがって」いるそうだから、また外伝が出るかもしれない。

 「福毛」には驚いた。この話はまだ膨らむのかな?

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デュラス×ミッテラン対談集 パリ6区デュパン街の郵便局

著 者:マルグリッド・デュラス、フランソワ・ミッテラン 訳:坂本佳子
出版社:未來社
出版日:2020年3月31日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

人格は経験によって造られるのだなぁと思った本。

友達がこの本を紹介したのを読んで、興味が湧いたので読んでみた。

フランソワ・ミッテランとマルグリッド・デュラスの対談集。ミッテランは1981年から1995年までの二期務めた元フランス大統領。50代より上の世代なら知っている人も多いはず。デュラスはフランスの作家。デュラスの名前は知らなくても、「愛人/ラマン」という1984年発表の世界的大ベストセラーになった著書は知っている人がいるかもしれない。

二人に対するこの説明で思い浮かべるであろう「一線を退いた政治家と昔のベストセラー作家の対談」という評は2つの意味で間違っている。1つめ。この対談は1985年と翌1986年に5回に分けて行われた。つまり二人とも、現役の大統領でありベストセラー作家であったときの対談であること。2つめ。二人は第二次世界大戦中のレジスタンス運動の同志で幾度も共に死線をくぐってきた間柄。政治家と作家という以上の結びつきがある。

話題は、戦時中の話から始まる。デュラスの義妹のアパートがゲシュタポに踏み込まれ、すぐ近くにいたミッテランとデュラスは間一髪で逃げおおせたが、デュラスの夫と義妹は逮捕され収容所に送られてしまう。その悲劇的な出来事があったアパートの下に「デュパン街の郵便局」はある。本書のタイトルには強烈な意味があるのだ。

他にフランス国内の選挙と政治の話、人種差別の話、安全保障の話、ミッテランが毎年のように出かけたアフリカの話、アメリカとロナルド・レーガンの話,,話題は多岐にわたり、デュラスがミッテランに聞く、ということが多い。友人でありながらその問いかけは、いい加減な答え方を許さない。

正直に言って、私の暮らしに直結する話題は皆無だ。それでも食い入るように読んでしまった。なぜなのか?考えても「これだ」という答えには、未だたどり着かないのだけれど、二人の「言葉の重み」を、特に近年の政治家の言葉からは感じたことのない重み、を感じたことは確かだ。

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追憶の烏

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2021年8月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 シリーズの馴染みの登場人物が退場して、新しいキャラクターが登場、先が楽しみになった本。

 累計170万部の「八咫烏」シリーズの第二部の2巻目。1巻目は「楽園の烏」で、第一部の終わりから20年が経っていた。本書はその20年間の空白を埋める物語だった。

 主人公は雪哉。皇帝が皇太子の頃からの側近の武官。20年後を描いた前巻で彼は、博陸候雪斎と名乗ってこの八咫烏の世界である「山内」を取り仕切っている。如何にしてそのような存在に...というお話。

 物語は幸せそうな空気をまとって始まる。皇帝の一人娘の姫宮に雪哉はたいそう慕われている。雪哉もそれに応えて、公式行事での初めての大役を務める姫宮の側に付き従ったり、地方の花祭りに出掛けた際には、人知れぬ桜スポットにお忍びで連れ出したりもする。

 しかししかし。第一章を幸せそうに終えた第二章で物語は急降下する。重要人物を見舞った不測の事態。後に明らかになった仔細は壮絶なものだった。これによって波乱の舞台が幕開け、物語は二転三転と大きく振幅を繰り返して、雪哉と姫宮もそれに翻弄される。

 期待どおりに裏切られた。このシリーズの第一部は新しい巻が出るたびに、それまでとは趣向の違う物語になっていたりして、毎回「そう来たか!」と感じることがあった。本書での「重要人物の不測の事態」は予想外で(よくよく思い出せば前巻にヒントはあったのだけれど)、「え!?」と思った。

 そんなわけで次の巻が何を描くのか予想は難しいけれど、本書の終章には予告編めいたエピソードが描かれている。まだまだ楽しませてもらえそうだ。

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ペッパーズゴースト

著 者:伊坂幸太郎
出版社:朝日新聞出版
出版日:2021年10月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「やっぱり好きだ。こういう伊坂作品を読みたかった」という本。

 伊坂幸太郎さんの書き下ろし最新刊。

 主人公は中学校の男性国語教師の檀千郷。生徒の一人から「自作の小説を読んでほしい」とノートを渡された。その小説は、ロシアンブルとアメショーという名の二人組の話。二人はネットに公開された猫の虐待動画に声援を送るなどした人々を、探し出して制裁を加える。猫がされたのを同じ目にあわせて。

 檀先生は特殊な体質の持ち主。他人の未来が見える。誰かの飛沫を浴びると、その人の翌日の出来事が映像として見える。何かの役に立ちそうだけれど、そうでもない。他人の不幸を知っていながら、何もできない自分に悩むことの方が多い。同じ体質を持つお父さんは「つらいことばかりだ」と言っていた。

 物語は、檀先生の日常と、生徒が書いた小説と、もう一つ、5年前におきた籠城事件「カフェ・ダイヤモンド事件」の被害者遺族の会の活動の、3本が並行する形で進む。まぁお約束のようにこの3本のストーリーはやがて交差し始める。もちろん檀先生の体質も、終盤に控える大事件で大いに役に立つ。

 面白かった。本書の公式サイトのインタビューで伊坂さん自身が「得意パターン全部乗せ」とおっしゃっている。その言葉通りで、伊坂さんの作品で私が好きな「気の利いた会話」「愛すべきキャラクター」「巧みな伏線」が全部揃っている。さらには生徒が書いた小説という「作中作」には、「こんなことするの?」という遊びや、「こんなことあるの?」という巧みさがあって楽しかった。

 作品間リンクもいくつかある。伊坂幸太郎ファンは必読。

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ブックフェスタ 本の磁力で地域を変える

著 者:礒井純充、 橋爪 紳也 ほか
出版社:一般社団法人まちライブラリー
出版日:2021年9月18日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本」と「まちづくり」に興味がある人にはとてもためになる本。

 本書は「まちライブラリーブックフェスタ・ジャパン2020」という催しを再構成してまとめたもの。この催しは、図書館や書店といった本のある場所が垣根を越えて互いに訪れる機会を増やそうと2015年に始まった。「本のある場所」に「まちライブラリー」が含まれる。

 「まちライブラリー」は、お店や個人が用意した場所に、他の人が本を持ち寄って作る本棚。貸し借りや本の話をきっかけにしたコミュニケーションなどを通して、まちに開かれていることが特長。全国に広がる小規模な図書館「マイクロ・ライブラリー」の一つの形態でもある。

 4章構成で、第1章が「本」と「人」を考える5つの講演録。公共図書館のあり方やまちづくりとの関わりなど、多彩な視点から述べられている。第2章は「ブックツーリズム」がテーマ。原田マハさんを囲んだ話し合いと、奥多摩での実践の報告がある。第3章は「マイクロ・ライブラリー」について。中国と日本での様子が報告される。第4章は「マイクロ・ライブラリー」を実践する12か所からの報告。

 私は「本」にも「まちづくり」にも興味がある。だから読んでいて「ためになる」というか、栄養が沁み入ってくるような感じがした。実践報告に「あぁそういうやり方がいいのか」と思ったり、自分のことに関連付けて考えたり、講演で述べられた考え方に共感したりした。

 原田マハさんの「読書の神様」のお話は特によかった。私にもそのような神様が降りてきてくれないかと思った。そしてこの言葉が印象に残った。

 読書をする人の姿はとても美しい

 

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記憶のデザイン

著 者:山本貴光
出版社:筑摩書房
出版日:2020 年10月15日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「すぐ検索して調べる習慣」に対する、漠とした違和感に少し形を与えてくれた本。

 本書の問題意識をよく表しているので、まず表紙裏の紹介文の冒頭を引用。

 インターネットと人工知能の進展を背景に、真偽不明な情報が増え続け、拡散されるようになっている。個々人の記憶がかつてない速さで書き換えられていくなか、記憶を良好な状態で保つには何が必要か。

 インターネットが普及する以前は、新聞やテレビ・ラジオから一日に一度か二度ぐらい流されるものだったニュースが、今はそうしようと思えば常に最新情報を得ることができる。SNSの普及によって、以前は決して目にすることのなかった他人のつぶやきを見ることもできる。

 質・量・頻度において、かつてない大量の情報を吸収しながら、私たちの記憶は形づくられていく。さらに厄介なことに、その大量の情報の中に、真偽不明なものが相当量混じっている。

 この問題意識を出発点に、現在の情報環境と記憶について考察を進める。例えば「ネットで検索すれば何でもわかるから、わざわざ覚える必要はない」という主張について検討する。また、記憶がどのように形作られるか?を「自然」「技術」「社会」「精神」の4つとの関係において考える。

 著者は博識らしく、ガタリ(フランスの哲学者)から押井守監督のアニメ映画まで、古今の文献を引く。本人も認めているけれど、回り道を経て「記憶を良好な状態で保つには何が必要か」という、最初の問題意識に戻ってくる。著者が考える「自分の記憶をデザインする」方法についても述べられている。

 「長期記憶の更新を怠れば、やがて同じような話ばかり繰り返す人になってしまうかもしれない」

 これは本書後半の一文だけれど、私はこの一文が胸に落ちた。そもそも「良好な状態を保つには?」という問いには、「放っておいたら良好でなくなる」という含意がある。長期記憶に記銘するには繰り返しと時間が必要だ。ネットから際限なく受け取る大量の断片のような情報は、短期記憶としてしか残らない。

 その人の人間性を形成するのは長期記憶だ。放っておいたら聞いたことを話すだけのレコーダーのような人になってしまう。著者は「それで構わないという人もいるだろう」なんて突き放した皮肉を言っているけれど、著者と同じく私もそれでは嫌だ。

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