この国の経済常識はウソばかり

書影

著 者:トラスト立木
出版社:洋泉社
出版日:2008年9月22日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、今の日本の社会のありようを様々な視点から、実に見事に活写している。しかも視点の取り方がユニークだ。まぁ、著者はちょっとひねくれたところのある人なのだろう。しかし「ユニークだ」ではあっても、「間違えている」のではない。「なるほど!」と思わせる説得力は十分だ。

 一例として、「会計ビッグバンが家族に与えた影響」というのを紹介する。「会計ビッグバン」というのは、10年ほど前に日本の企業会計に取り入れられた会計基準の大きな変更を指し、ひとつの特徴に時価会計の導入がある。
 企業が時価会計の考え方を、人材の評価にも取り入れるとどうなるか?「あなたの価値は今いくら?」と問うわけだ。そして、正社員は昇給に見合った価値(能力)を向上させないと「含み損」になりうるから、取り換え可能な非正社員の活用に走る、という具合。
 まだまだある。男女の仲でも、かつてはお互いに相手の将来を何となく現在の価値より豊かに感じることができた。それが、時々に厳しい評価をするのでは、若者は経験も財力もない今現在の価値で向き合うことになる。いや、このご時世では将来は不透明で、今より差し引いて考えることもある。結婚しようという時に、これはつらい。

 また、年長者ら「古い世代」の「記憶」によって政策が決定される、という指摘はその通りだと思う。政治家など政策決定者が経験した「記憶」がない問題は、優先順位が低いしやってもトンチンカンなものになってしまうのだ。就職できない、結婚できない若者の問題。子どもを産み育てづらい社会。「古い世代」はこうした問題に遭遇していない。これからの未来を担う人の問題なのに、解決の兆しさえないのは、そういう理由なのだ。

 この他にも、医療福祉、環境、国家財政、経済政策…など、数多くの問題が論じられていて読みごたえもあって、オススメだ。
 最後にひとつ。本書は今年の9月に出版されたもので、執筆はそれより前だ。しかし、この10月に入って一気に進んだ、米国を震源とする現在の経済危機が端的に予測されている。そして著者が描いてみせたこの国の行く末は...。本書の欠点をあげるとすれば、明るい気持ちになれないことか?

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書くかどうか迷いましたが、書きます。

 私の「本読みな暮らし」と、キアさんの「活字中毒日記」の記事が盗用されているのです。
 それも、記事をまるまるコピペされて。あきれてしまいます。

 「読書を楽しもう」  http://katujityudoku.seesaa.net/
 (「katujityudoku」ってのも、あきれて開いた口がふさがらない)

 この記事を書くかどうか迷いました。実はこれが初めてではないのです。以前にも同じようにコピペされていたことがあり、その時も、プロバイダがSeesaaでした。もちろん、同じ人がやっているとは限りませんが、私は同じ人の可能性が高いと思っています。
 その時は、Seesaaに通報したところ、他の規約違反もあったそうで、とても素早い対応でアカウントが削除されました。今回も通報するつもりですが、2度あることは3度ある、同じことの繰り返しが予想されて...。

 迷ったけれども書くことに決めたのは、この記事を書けば、「読書を楽しもう」 のオーナーさんも見ると思ったからです。どういうつもりでやっておられるのか分かりません。悪いことだとは、本当に思っていらっしゃらないかもしれない。しかし、私は心を痛めています。お読みになったら、ぜひ止めてください。

—- 2008.10.23 追記 —-

 先ほど、問題のサイトにアクセスしたところ「HTTP 403 アクセス不可」という、エラーメッセージが表示されました。
 サイトが閉じられたということかと思います。ヤレヤレです。(まだ、安心できませんが)

 コメントや他のメッセージで、励ましの言葉をたくさんの方からいただきました。私より怒ってくださった方もいらっしゃいました。
 ひとまず解決ということで、ここにお礼を申し上げます。
 

崖の国物語9 大飛空船団の壊滅

書影

著 者:ポールスチュワート 訳:唐沢則幸
出版社:ポプラ社
出版日:2008年10月第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 虚空に向かって突き出した世界「崖の国」の物語も、外伝を除けば本書で9巻目。前書「真冬の騎士」のレビューにも書いたように、このシリーズは世代の違う3人の若者、クウィント、トウィッグ、ルークが、巻によってそれぞれ主人公となっている。
 そして、これまでにトウィッグの物語が3巻、ルークの物語が3巻、既に出ていることから考えると、9巻目はクウィントの物語の締めになるに違いないと予想した。その予想は的中、本書の主人公はクウィントだ。彼が前巻で修業した飛空騎士団を出て、父である風のジャッカルとともに空賊船に乗り込んだ後の物語だ。

 今回の物語は、「危機→脱出」の小さな波を小刻みに繰り返しながら、最後のヤマ場に向かう。ストーリーのアップダウンだけを考えれば、比較的平板な感じだ。その代りかどうかわからないが、クウィントの父に対する思いや、マリスとの関係の変化など、心の内の微妙な描写がされていたと思う。
 本書で全編に渡って物語の軸になるのは、裏切りによって家族を殺された風のジャッカルの復讐劇だ。罠だと感づいていても仇敵がいるとされる場所へ危険を顧みずに赴く。あまりの執念に、クウィントも空賊船の乗組員も怖れ慄くほどだ。
 これに、大きくは商人連合 VS 空賊連合の対決が絡み、小さくは登場人物たちの私憤や裏切りなどが絡んで物語のキーポイントになる。「平板」とは書いたが、構成は巧みで、相変わらず分厚い530ページが苦もなく読める。

 冒頭に書いたように、シリーズはこれで9巻目。3人の主人公を3巻ずつ描いてこれで完結かと思われたが、訳者あとがきと著者のオフィシャルサイトによると、もう1冊出るらしい。原書の出版が2009年2月というから、日本で出版されるのはいつになるのだろう?

 1つ言い忘れた。シリーズの読者なら承知と思うが、3人の主人公の物語の時代は近接している。だから登場人物や出来事は、3つの物語を跨ってつながっている。「あの人にはここでこんなエピソードが..」なんて読み方も、9巻が揃った今ならできる。

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お客をつかむウェブ心理学

書影

著 者:川島康平
出版社:同文館出版
出版日:2008年7月25日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、「ウェブ商人」を名乗る著者が、モノを売るウェブサイトの工夫の数々を紹介したものだ。「ハロー効果」「ザイオンス効果」などの、50個の心理学の知見を巧みに活用して、お客の心理を読んで「注文」ボタンを押させるテクニックが満載だ。
 50個の心理学用語がそれぞれ4ページの章建てになっていて、全部の章で、事例を交えた用語の解説と、それをウェブに落とし込む方法の例示、という同じ構成になっている。何ともまじめで親切な本だ。読みやすさの点からも評価できる。

 例えば「バンドワゴン効果」。これは、行列ができているお店に人気が集まるように、多くの人に支持されている(と感じる)ものに惹かれる現象のこと。バンドワゴンとは、パレードの先頭を行く楽隊車のことだ。
 これをウェブに落とし込むと、セミナーの告知広告なら、講師のアップの写真だけでなく、過去のセミナーの参加者の後頭部がたくさん写っている写真を載せる、となる。「こんなにたくさん人が来ているのなら、いいセミナーなんだろう」と、思ってもらえることを狙っているわけだ。
 別に取り立てて目新しいことはないように思うかもしれない。しかし、レストランのウェブサイトなどを見たらどうだろう?きれいな(無人の)店内の写真が載ってはいないだろうか?「静かで落ち着いた雰囲気」が売りならそれも良いが、そうでなければ賑わいのある写真が1枚あってもいいように思う。
 ちなみにレストランでは、客の入りの少ない時間帯は、窓際に案内することが多い。客が誰もいないと入りにくいから、というのが理由らしい。「バンドワゴン効果」という用語を知らなくても、レストランは本業ではそういったことを知っているのだ。

 敢えていくつか気になったことを言わせてもらう。1つは些細なことだが「サブリミナル効果」の紹介が不十分なこと。「アメリカの映画館で実際にあった有名な話」として、(確かに有名なコーラとポップコーンの)エピソードが紹介されている。しかしこの実験は後に、実験者自身がデータが不十分だったと告白しているので、実際にあった、と言い切るのはどうかと思う。まぁ、その後の解説には影響しないのだけれど。
 もう1つは、「ウソ」に対する許容度が、私とは少し違うと感じること。コミュニティサイトへお客のフリをして書き込むとか、玄米の紹介で(事実のあるなしは関係なく)「健康診断で医者に良いと言われた」と書いた方が効果的だとか。私はこれらはウソ、不誠実だと感じる。
 著者がいる「売れてなんぼ」の世界では許容範囲なのだろう。こんなことを言う私が甘チャンなのかもしれない。もう一つ言えば、この本の基ネタはセミナーらしい。口頭で言われる分には、私も抵抗なかったかもしれない。
 しかし、50個の用語が全部とは言わないが、相当数は役に立つし、ウェブサイト以外でも応用可能だ。だから基本的にはオススメの本だ。おいしい魚を食べていたら、小骨がノドに刺さったようなモノ。魚のおいしさが変わるわけではない。

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スカイ・イクリプス

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2008年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ 番外編の短編集。読売新聞の会員制WEBサイト等で連載された作品5編と、書き下ろし3編を収録。本編で重要な脇役であった、ササクラやティーチャ、カイ、それからミズキ(!)らを中心に据えたサイドストーリーだ。連載された既出作品は、シリーズの世界で生まれた「小さな物語」。魅力的な脇役にスポットを当てて、世界観を補足したり、脇役のファンに応えたりするものだろう。(実際、ササクラやティーチャのファンは多いようだし)

 しかし、書き下ろし作品3編はそういう主旨のものとはちがう。これは、本編の5冊を読んだ読者に巻き起こった「あの「僕」は一体誰だ?」の堂々めぐりに、著者が応えたものだと思う。
 「何て読者想いの著者なのだろう」とは思うが、そこはシリーズ5冊を費やして読者に「なぞなぞ」を仕掛けた著者だ。種明かしはしてくれない。ヒントだけを残して「これでおしまい」とばかりに、またもや扉を閉じてしまった。
 ただし、提示されたヒントは、謎の核心に迫るものだった。「ここまで分かれば、ちゃんと整理し直せば、すべてがスッキリする答えにたどり着けるのでは?」という期待を抱かせるに必要十分なヒントだと思う。

 今、私の手元には本書で得たヒントを元に、出来事を組み立て直そうとしたメモがある。あと少しで分かりそうなのに..。いやいや、5冊を読み終わった後に「分からないのが楽しい」なんて言って自分に言い聞かせたはずだ。これでまた、分かりたくなってしまったではないか。著者は何てことをしてくれたのか..。
 思えば「スカイ・クロラ」を読んでからこれまで、ずっと著者の術中にはまりっぱなしで、もてあそばれたようなものだ。

 あぁ、ホントはどういうことなのか知りたい..。

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蒲公英草紙 常野物語

書影

著 者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:2005年6月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 これは、泣かせる本だった。実を言うと、いよいよクライマックスというところで、ちょっと気になった場面があって、一旦は気持ちが落ち着いてしまった。それにも関わらす、気がつけば涙。ふいに目から涙がこぼれた。
 本書は、不思議な力を持つ「常野」の一族の人々や歴史を表した短編集「光の帝国」の続編、いや関連本と言った方が良いかもしれない。主人公というか、語り手は宮城県の山村に住む少女の峰子で、彼女は「常野」の者ではないので。
 今は年を取って娘と孫と一緒に東京に住んでいる峰子が、少女時代を述懐する形で物語が綴られている。「蒲公英草紙」は、峰子が自分の日記に付けた名前だ。家の窓から見える丘に群れ咲くタンポポが、峰子の故郷の原風景なのだ。

 物語の時代は、「新しい世紀を迎える」とあるから明治の中ごろか。峰子は、村の名前になっているほどの名家「槙村」の末娘の聡子のお話し相手としてお屋敷に上がる。そこには、様々な人が出入りし、中には長期に渡って逗留している人もいる。東京で洋画を学んだ画家、傷心の仏師、なんの役に立っているのかわからない発明家など。
 そんな槙村の家を「常野」の春田の親子4人が訪れる。短編集「光の帝国」の「大きな引き出し」で登場した、人の記憶や思いを丸ごと「しまう」能力を持つあの一族だ。もちろん彼らの能力は、物語で重要な役割を担う。私は「彼らの能力はこうして使うのか」と得心した。

 本書は、峰子の視点で槙村の人々を描き、「常に村のために」という「槙村の教え」を守った槙村家の悲話だ。そこに感動の、もっと言えば涙腺を刺激するツボがある。これだけでも本書の紹介として十分なのだが、蛇足と知りつつ、もう少し広い目で見て感じたことをいくつか述べる。
 槙村は、水害に会いやすい土地らしい。現在でもそうだが、100年前ではなおのこと、自然災害の前には人々は無力だ。大きな水害に合うと、村が1つ壊滅してしまう。この時代はこんなにも人々の生活が危ういものだったのだ。未来を見ることのできる「遠目」の能力は、こんな時代には至宝とも言えるだろう。
 しかし、その能力を以てしても時代のうねりには抗えない。語っている峰子の「今」は太平洋戦争の終戦の日なのだが、20世紀の前半分がどのような時代であったのかは知っての通り、戦乱の時代だ。「常野」の人々にはその予見はあったはずだが、どうしようもなかったのだ。
 いや、そんな「時代のうねり」などという大げさなものを持ち出さなくても、「常野」の力が及ばないことがある。本書の悲劇もその1つだ。

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親指の恋人

書影

著 者:石田衣良
出版社:小学館
出版日:2008年2月2日初版第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 この本は、私にはあまり合わなかった。いや、つまらないわけではない。筋書きはシンプルながら、一点に収束していくようなテンポのいい展開が、ページを繰る手を止まらせない。小説を技法と内容に分けることができるとすれば、技法は良いと言える。
 しかし、小説の評価を内容を抜きにしてすることはできない。私には、この小説に書いてある内容が合わない。「セックス、真実の愛、ドラッグ、自殺」。消耗しつくされた感がある言葉だが、本書の内容を表すキーワードだ。これに「不治の病」他が加われば、ケータイ小説の定番となるらしい。プロの人気作家である著者が、こんな本を書いたのは、ケータイ小説の流行をシニカルに意識してのことかと勘繰ってしまう。

 実は本書は別の意味で「ケータイ小説」そのものだ。主人公たちは、ケータイの出会い系サイトで知り合い、その後も何十通ものメールのやり取りをする。タイトルはケータイのメールを親指で打つことから付けられたものだ。
 主人公のスミオは、外資系投資銀行の社長を父に持ち有名大学に通う、何もかもを与えられた「勝ち組」、しかし希望がない。スミオが出会ったジュリアは、小さい頃から荒んだ生活を送り、今はパン工場で契約社員として働く。毎日立ちっぱなしでクリームパンを作り続けて年収200万。まぁ「負け組」の部類、しかし進学資金を貯めて大学に入ろうとしている。
 こんな2人が出会えば、お互いの不足する部分を補い合って、明るい未来を描くこともできるだろうが、本書はそうはならない。第一章の前の扉で結末が明かされているので、読者もそんなことは期待しないで読むことになる。

 スミオは、ただの金持ちの息子ではなく、心に深いキズを持っている。その分は割り引いて考えてやらなければならないが、それにしても行いが考えナシだ。家族や周囲のことを、いやジュリアのことも、自分のことさえちゃんと考えているのかどうかあやしいのだ。
 そんなことより何より、出会い系で知り合った女の子と、セックスの相性が良かったというだけのことで、お互いに「なくてはならない人」になり、その挙句にこんなことになってしまうなんて..。やはり受け入れ難い。

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ラブコメ今昔

書影

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2008年6月30日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 軍事オタク、自衛隊オタクの著者の甘~い短編集。収録されている6編全部、自衛官の恋愛を描いている。こんな本は日本中、いや世界中で著者にしか書けない。本書の前に出た「阪急電車」や「別冊図書館戦争1」で、私の耐えうる限界に達していた甘さ加減は、今回は少し控え目だったかも(もちろん「著者としては」だが)。甘いは甘いんだけれど「イイ話」が多くて楽しめた、少しウルウルした。

 ウルウルには訳があるように思う。自衛官は、私たちとは違った価値観や規律の下で生活している。例えば、階級による上下関係が強く上官の命令は絶対だ。一番の違いは、一朝有事があれば任務遂行のために命を賭すことを義務付けられていることだ。このことが、ストーリーに作用しドラマ性を盛り上げている。
 本書で紹介されるところによると、自衛官の結婚式での上官の祝辞の定番に「喧嘩を翌日に持ち越さず、朝は必ず笑顔で..」というのがあるそうだ。この言葉が意味することは、本来は祝宴では口にできないことだ。それを敢えて言うところが更に深刻なのだ。
 それで、自衛官の平均年齢は30台前半だというから、普通に考えれば「恋愛したい」「そろそろ結婚も」という年代だ。彼ら彼女らが危険を背負いながら、一方では普通の若者としての生活や感情も持っている。これはもしかしたら、自衛隊にはギュッと凝縮された恋愛のドラマの下地があるのでは..。

 と、著者が考えたかどうかは定かではない(おそらく違う)が、著者は本書の執筆前に、自衛官たちに取材をしている。収録の短編の多くには、取材に基づくモデルがいる。だから、著者がかなり甘い味付けを施したとしても、本書は自衛官の姿の一端を見せてくれていると言える。
 自衛官の姿の別の一端と言う意味で付け加える。彼ら彼女らは、このように普通の若者たちなのだが、国民の安全と国防のために訓練された精神を持っている。中東へ赴く青年や、領空侵犯を警戒する任務につく青年のエピソードがあるが、そこには強い使命感が伺える。
 これも本書によると、軍事オタクの多くは戦闘機や戦車などの「装備」にこそ興味があり、それに詳しいそうだ。しかし著者は、「装備」以上にそこにいる「人」に興味を持ち、取材をすることで詳しくなったのだろう。やはり、こんな本は世界中で著者にしか書けない。

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グリーン・サークル事件

書影

著 者:エリック・アンブラー 訳:藤倉秀彦
出版社:東京創元社
出版日:2008年9月12日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、1972年に発表され同年の英国推理作家協会(CWA)の最優秀長編賞を受賞した作品。30余年の時を経てようやく今年9月に邦訳が文庫として刊行された。著者のエリック・アンブラーは、本書以外にも英国と米国で数々の賞を受賞しており、私自身は不案内であるが、人気の大作家ということになるのだろう。

 物語は、海運業を営むビジネスマンとパレスチナ過激派のリーダーとの対決を描く。主人公の名はマイクル・ハウエル、中近東と東地中海での、祖父の代から続く事業を引き継いだ実業家だ。対する過激派のリーダーはサラフ・ガレド、パレスチナ解放の闘士として名を挙げたが、現在は主流からは外れた野に放たれた闘犬のような危険人物だ。
 マイクルは、卓越した交渉力でシリアの産業開発庁との協同事業をものにした。しかし、その工場でサラフ率いる「パレスチナ行動軍」への協力を強いられる。徐々に明らかになるグループの計画に表向きは協力しながら、計画の阻止を図る。常に命の危険を背に感じながらの危険な賭けを続ける。

 これだけなら、最近の米国の映画やドラマに多数ある、テロリストを悪役にした単純なストーリーなのだが、本書はちょっと違う。冒頭で、ジャーナリストの述懐によって事件とその後のことが語られ、マイクルはこの事件を生き延びたことがわかる。しかし、彼は事件の中心人物として被告の立場にあるのだ。
 そう、本書のストーリーは、いかにしてマイクルがこの難関を生き延びるか、に重なるようにして、いかしにして事件の中心人物になっていくかを描いた複層構造になっている。もしかしたら、マイクルは本当に過激派に魂を売ってしまったのか?

 本書を読んで強く感じるのは、これが30年以上前に書かれた物語とは思えないことだ。当時もパレスチナ紛争は混乱の中にあり、本書出版の3ヶ月後にはミュンヘンオリンピックのイスラエル選手村で、過激派による殺害事件が起き、著者の社会性・先見性が注目されたという。私は、オリンピック会場に掲げられた半旗を今でも覚えている。
 そして、今この本を読んで何を思ったか。サラフが昨今のアフガンやイラク情勢を伝えるニュースで流れる、あの人やこの人と重なって見える。まるでその人をモデルにしたのではないか、というように。30年以上前の小説なのだから、そんなわけはないのに。
 30数年の間に、和平に振れた時もあるが、結局は1歩も進んでいないということなのか。

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クレィドゥ・ザ・スカイ

著 者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2007年6月25日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ5部作も本書にてひとまず完結。時系列に沿って、1作目の「スカイ・クロラ」の直前までの出来事がこれで明らかになった。しかし、明らかにならなかったこともある。著者は、最後の作品で最大の謎を提示して物語を閉じてしまった。クサナギは、クリタは、カンナミは、何者なのか?

 今回の主人公が誰であるのか?物語の中では明確になっていない。そもそも1人称で語られるこのシリーズでは、誰かが主人公を名前で呼ぶようなことがないと、主人公が誰であるのかはっきり分からない。また、女性であるクサナギが「僕」と自分を呼ぶので、2作目の「ナ・バ・テア」では、途中までは主人公は男だと読者の多くは騙されたはずだ。
 そういった仕掛けの延長線上にあるのだから、主人公が分からないことや、ある場面を根拠に誰かに仮定すると、別の場面でその仮定が破たんしてしまうことは、いわゆる「つじつまが合わない」というような、著者の未熟さの結果ではないことは明らかだ。
 著者は、本の中に謎を仕掛けることで、読者と戯れているのではないかと思う。このシリーズで登場するパイロットたちは、命のやり取りである空中戦を「ダンス」と称して、真剣ではあるけれど楽しんでもいる。同じように著者は物語の謎を介して読者と「ダンス」を楽しもうとしているんじゃないか、と思う。命のやり取りはないけれど。

 だとすれば、著者の目論見は見事に的中したと言える。本書の感想を書いたネットの記事をいくつか見れば、それは一目瞭然だ。主人公が誰だか分らないような、言わばいい加減な本を読んだのに、そのことに憤慨したり、非難したりする意見はほとんど見当たらない。
 その代りに「もう一度1冊目から読み直します!」という内容か、「私の考えでは、主人公は...」という謎解きに挑戦したものばかりが目につく。まるで、ちょっと難しいなぞなぞを問われた子どもたちのようだ。本書の謎は読者を魅了したらしい。

 ストーリーにも触れておく。今回は全編が逃走劇。病院を抜け出した主人公は、誰に追われて何処に行こうとしているのかも分からないまま、逃走を続ける。中盤に追手の影が見え隠れするあたりからは、憎らしいことに結構ドキドキする。サスペンス小説としても上々だ。
 まぁ、ストーリーが上々であることを除いても、ここまでのシリーズを読んで謎が残った読者は、本書を読まないわけにはいかないだろう。そして更なる謎を抱えて「なぞなぞサークル」に仲間入りしよう。

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