15.サトクリフ

黄金の騎士 フィン・マックール

書影

著 者:ローズマリー・サトクリフ
出版社:ほるぷ出版
出版日:2003年2月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「堅いことを考えずに冒険物語とか読みたい」と思って読んだ本。

 著者は神話や伝説の再話を多く作品にしていて、本書もケルト神話の代表的な英雄である「フィン・マックール」の冒険を、生き生きとした物語として記している。

 アイルランドが「エリン」と呼ばれていた時代。エリンは上王が統べる王国だったけれど、5つの小王国に分かれてもいて、それぞれに騎士団があった。主人公のフィン・マックールは、それらの騎士団を束ねる騎士団長。物語は、フィンの生い立ちから始まって、数々の冒険と窮地を潜り抜けての生涯を描く。

 例えばフィンが騎士団長の座を獲得した話はこんな感じ。上王が王宮で催す宴に、まだ何の身分もないフィンが参加する。この二十年間、この宴の後に真夜中になると、近くの丘から恐ろしい怪物がやってきて、王宮を焼いてしまう、という出来事が続いていた。どんな勇敢な戦士も、怪物が奏でる音楽を聞くと深い魔法の眠りに落ちてしまう..。

 フィンは上王の呼びかけに応えて「明日の夜明けまで王宮の屋根を守り通したらなら」と、かつては父が務めていた騎士団長の座を要求した。そして見事に...。

 屈託なく楽しめた。主人公も強いけれど、取り巻きの戦士たちも優秀。フィンが窮地に陥った時には、たった一人で軍勢を食い止めたりする。初盤に出てきた「追跡が得意」「握ったものを決して放さない」「登るのが得意」「盗むのが得意」..という、どう役に立つのかわからない家来たちが、後々にちゃんと過不足なく活躍するのは、孟嘗君の函谷関の逸話を思い出した。

 思い出したと言えばもう一つ。終盤に、信頼していた家来が(仕方なくではあるけれど)、フィンの妻を連れて逃げてしまう。アーサー王とランスロットを思い出した。「訳者あとがき」にもあるけれど、全体的にアーサー王伝説に似たところがある。

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ベーオウルフ サトクリフ・オリジナル7

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:井辻朱美
出版社:原書房
出版日:2002年10月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

ファンタジー小説の源流を感じた本。

著者のローズマリ・サトクリフは、「第九軍団のワシ」などの児童向け歴史小説と、「アーサー王と円卓の騎士」「オデュッセウスの冒険」などの伝承や神話の再話を多く手掛けている。作家の上橋菜穂子さんが「影響を受けた作家」として筆頭に挙げられている。

本書は英国最古の叙事詩である「ベーオウルフ」を再話したもの。勇士ベーオウルフの英雄譚。デネ(デンマーク)の王の館を襲う怪物グレンデルの退治と、ヒイェラーク(スウェーデン南部)で人々を襲う竜の退治、この2つの物語から成る。グレンデル退治はベーオウルフの若かりし頃、竜退治は自らが王となり老いてからの出来事だ。

ストーリーは多少の脚色を除けば伝承のとおりであるようで、いたってシンプル。父が恩義を受けた異国の王を怪物が苦しめている。救援に駆けつけて、どのような勇士も歯が立たなかった、その怪物(とその母親)をベーオウルフは見事に退治する。竜退治の方はさらにシンプルで、竜を死闘の末に退治する。

驚いたのは、このシンプルなストーリーに、今日までのファンタジーで繰り返し語られた「竜」のモチーフがあること。洞窟の中で財宝を守っていること、口から火を吐いて焼き尽くすこと、翼を持っていて飛ぶこと、硬い鱗で覆われていること、下腹には鱗がなくそこが弱点であること。

「あとがき」によると、トールキンもこのベーオウルフを愛したとか。竜のモチーフは、トールキンの「ホビットの冒険」に登場する。「あとがき」の受け売りになってしまうが、「指輪物語」の王たち、例えばアラゴルンやセオデンには、ベーオウルフの面影がある。

ここまでは本書のというよりは「ベーオウルフの伝承」についての感想。最後に本書について。その場面の映像が立ち上がってくるような描写は、著者(と訳者)の力が合わさらないとできない。読み終わって一編の映画を観たような気持ちになった。やはり20世紀を代表するストーリーテラーだと思う。

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第九軍団のワシ

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:猪熊葉子
出版社:岩波書店
出版日:1972年7月10日 第1刷 1984年11月5日 第4刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 上橋菜穂子さんが、影響を受けた作家としていつも上げられるのが、著者であるサトクリフ。そして「明日は、いずこの空の下」で、数多い作品の中から3つ選んだ中の一つが、この「第九軍団のワシ」。どんな物語なのか楽しみに読んだ。

 舞台は2世紀のイギリス。ローマ帝国のブリテン平定の北方前線への圧力が強まっていたころ。主人公はマーカス。ブリテン南西部の町の守備隊の司令官として赴任してきた。まだ20歳ぐらいの青年だった。

 マーカスの父親も軍人だった。第九軍団(ヒスパナ軍団)という歴史ある部隊の第一大隊長だった。しかし12年前にその第九軍団は、ブリテン最北部の氏族を平定するために進軍したのち、忽然と消息を絶ってしまっていた。副司令官でもある父親が守っていた、第九軍団の象徴である黄金の「ワシ」の行方も分からなくなっていた。

 物語は、マーカスの負傷・軍団からの離脱から、療養を経て「ワシ」の探査行を縦軸に描く。そこに、後に無二の友となるエスカ、隣家の少女のコティアらとの出会いと関係の発展横軸に、さらに、征服者であるローマ人に対する、被征服者のブリテン人の複雑な感情を背景にして、重厚な作品となっている。

 上橋さんがのめり込んだのも分かる気がする。これまで私は著者の作品として何冊か読んだのだけれど、「アーサー王」や「オデュッセイア」など、原典のある作品ばかりだった。それも良かったのだけれど、オリジナル作品はさらに良かった。

 なんと、映画にもなっていた。
 第九軍団のワシ スペシャル・エディション [DVD]

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オデュッセウスの冒険 サトクリフ・オリジナル5

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:山本史郎
出版社:原書房
出版日:2001年10月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者が伝説や神話の再話を試みた作品群、サトクリフ・オリジナルの第5弾。第4弾の「トロイアの黒い船団」の「イーリアス」に続いて、ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」を基にしたもの。「イーリアス」が描いたギリシアとトロイアの間の戦いの後、ギリシアの勇将イタケの王オデュッセウスが故郷を目指す冒険が描かれている。

 「故郷を目指す冒険」?伝説だから確かなことは言えないけれど、小アジア半島のエーゲ海沿岸にあったとされるトロイアから、オデュッセウスの故郷イタケ島とされる島までは、ギリシア半島を回って距離およそ1000キロ。遠いようでも船で数日の距離。冒険と呼ぶには近すぎる。
 ところが、トロイアを発った船団は風に恵まれず、いきなり正反対の方向のエーゲ海の北「トラキア」に流れ着いてしまう。その後も神々や巨人族、魔女、そして手下らの軽率な行いに翻弄されて、実に故郷イタケ島の土を踏むまで19年もの歳月がかかってしまう。

 まぁ次から次へと災難に会いその度に部下たちを失いながら、その都度の判断によって危機を逃れる。現代の小説のような捻りや伏線などはないけれど、その物語は正に英雄譚。屈託なく楽しめた。
 実は、故郷へ帰るまでの冒険は本書の前半分。後半は、帰り着いた故郷での物語。余りに長い王の留守の間に、不作法な貴族たちに好き放題にされていた宮殿の大掃除だ。冒険もいいけれど、こっちの方が面白かった。

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トロイアの黒い船団 サトクリフ・オリジナル4

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ  訳:山本史郎
出版社:原書房
出版日:2001年10月10日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、歴史小説・ファンタジー小説家。オリジナル作品を多く手がけ、「ともしびをかかげて」でカーネギー賞を受賞するなど評価も高いが、私が注目しているのは、著者が伝説や神話の再話を試みた作品。以前に読んだ、アーサー王物語3部作は名作だと思う。
 そして、本書はホメロスの叙事詩「イーリアス」が描くトロイア戦争の物語の再話だ。「イーリアス」の名前は知っていても、少々敷居が高く、手に取って読んだ人は少ないのではないかと想像する。それが著者の手にかかれば、新たな息吹が吹き込まれ、活き活きとしたファンタジーに変身する。

 ギリシア神話がベースなので、華々しい神々が登場人物の一角を占める。ゼウスにアポロンにポセイドン、アテナにアフロディテら女神。それから、アキレウスやオデュッセウスら英雄が縦横に活躍する。まさに神話の時代の人間界に神々が介入した大決戦なのだ。
 戦の発端は、トロイアの王子パリスがスパルタの王メネラオスから、絶世の美女と言われる妻のヘレネを奪ったこと。大決戦の原因としてはいささか俗っぽいが、王子と王の間のいざこざだから、すぐに国同士の問題になった。
 さらにメネラオスの兄アガメムノンが、ギリシア各地の王に君臨する大王であったことから、2国間の争いは、地中海世界を二分する大戦争に発展。これに、それぞれの思惑によってゼウスやアテナら神々がどちらかに肩入れして、どちらかが滅びるまで収集がつかない大決戦となってしまった。

 戦いはこの後10年に及ぶが、物語は10年目に入った辺りから詳述される。それは「イーリアス」がそうであるからだ。訳者あとがきによれば、戦いに至る経過と、戦いの結末は「イーリアス」には含まれていないそうだ。さらに、個々の戦いのエピソードも、時間的な整合性なく記述されている。それらを著者が他の文献などから補って、発端から終結まである完成された物語にしたということなのだ。
 一進一退を繰り返す戦争にはイライラさせられるが、伝説を楽しむという意味では充分に堪能できた。トロイア戦争と聞いて「トロイの木馬」しか思い浮かばない人は(私もそうだった)、こんなに様々な出来事や英雄の物語の一部であったことに驚くだろう。ところで、アキレウスの弱点だから「アキレス腱」という名前がついたのだけれど、どうしてそこが弱点になったのか知ってます?(答えは本書の中に)

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アーサー王最後の戦い サトクリフ・オリジナル3

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ (訳:山本史郎)
出版社:原書房
出版日:2001年5月5日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 サトクリフ・オリジナルのアーサー王3部作の最終刊。
 前2刊と比べると、アーサー王の死と王国の崩壊という結末へ向けてストーリーが一気に流れる、ドラマチックな展開となっている。正直に言って前2刊は退屈な感じが否めなかった(特に2刊)。しかし、本書は違う。違うと言えば、今回は騎士たちの様子と言うか、描かれ方が違うように思う。
 アーサー王と胤違いの姉の間の子という出自を持つモルドレッドが、アーサー王の宮廷の騎士でありながら、悪の化身のように描かれているのは、ドラマには敵役が必要だから仕方ないだろう。しかし、その他の騎士たちはどうだろう。
 いとこを殺されたことを根に持って、決闘でなく毒殺しようとしたり、そそのかされて王妃を疑ったり、あげくに王妃に横恋慕してさらって行ってしまうやつまでいたりする。勇敢で誠実で忠義を重んじる騎士道精神はどこへ行ってしまったのかというありさま。
 そんなだから、昨日まで主従関係ながら親友だった、アーサー王とランスロットは敵対し、ガウェインはランスロットの命を狙うことになり、最後にはモルドレッドの術中にはまってしまう。 今回は、アーサー王も多くの過ちを犯す。モルドレッドに王国を任せて出兵したのはその最大のものだ。

 訳者注にもあったが、この物語はアーサー王の物語でありながら、真の主人公はランスロットではなかったか。彼だけが、最後まで騎士らしくあった。王妃に恋してしまったという1点を除けば、完璧な騎士だった。

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アーサー王と聖杯の物語 サトクリフ・オリジナル2

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ (訳:山本史郎)
出版社:原書房
出版日:2001年4月4日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 「アーサー王と円卓の騎士」の続編。続編と言っても、設定、登場人物を同じにした別のお話という感じ。アーサー王伝説自体が、様々なエピソードの集合体であるから、仕方ないのだろう。
 今回は、聖杯を求めて円卓の騎士たちが旅に出る。探し求めるものが聖杯であるだけに、魔術的な雰囲気が色濃く漂う。これは、アーサー王伝説の下地となっているケルト人の伝説を反映したものだと思われる。400年も生きて魂の救済を待ち続けた王や、騎士たちを導く無人の船などが登場する。
 全編に漂う物悲しさは何なのだろう。150人いる騎士たちの半分は死んだり、重傷を負ったりしてしまう。不慮の事故や誤解から仲間に殺されてしまう者もいる。聖杯の探求を成し遂げたガラハッドは、この世の神秘を見たとして、あまりの衝撃のために生身のままでは生き続けられなくなってしまう。(生身でなく生きるとはどういうことなのか?)ガラハッドたちを導くために血を捧げたアンコレットは死んでしまうし。
 このもの悲しさは、キリスト教の自己犠牲の精神に対して感じる悲しさというか、一種の違和感なのかもしれない。キリスト教の信仰心があれば、また違った思いを持つのかもしれない。

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アーサー王と円卓の騎士 サトクリフ・オリジナル

書影

著 者:ローズマリ・サトクリフ (訳:山本史郎)
出版社:原書房
出版日:2001年3月3日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 アーサー王伝説とは、5世紀にイギリスからローマ軍が引き上げた後の混乱を納め、異民族の侵入を止めた英雄的人物と、ケルト的な魔術世界が生んだヒーロー伝説。だから、英雄的な人物は存在したと見られるものの、アーサー王その人は架空の人物。
 また、民話的な各地の伝説が集合したものであり、1つの決まったストーリーではなく、多くのエピソードの集合体のようになっている。その中で、アーサー王の下に集まった勇敢で高潔な騎士150人のことを「円卓の騎士」と呼び、数多くの逸話を生む格好の枠組みとなっている。
 本書は、13の逸話が収められている。個々の話もまぁまぁ、全体もまぁまぁである。取り立てて言えば、前半のアーサー王の誕生から、円卓の完成までは筋が通っていて面白く読める。実は、この部分は著者のオリジナルが多く占めるらしい。なるほど、なんとなく納得。
 それにしても、騎士というのは簡単に決闘なってしまい、だから簡単に殺し殺されてしまうが、慈悲を乞われると簡単に許す。実に潔い。

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