16.上橋菜穂子

天と地の守り人 第二部

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2007年2月初版1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ最終章 第3部の2。今回の舞台はカンバル王国、バルサの故郷だ。チャグムとバルサはカンバル王にロタ王国との同盟を説くために王城を目指す。
 もちろん、そうすんなりとは事は運ばない。タルシュの刺客に襲われ、頼りの王の盾はタルシュへの内通者だし、山の王に仕える民である牧童の協力は得られなかった。しかも、カンバル王はすでにタルシュとの密約に1歩踏み出してしまっていた。これを逆転する策などあるのだろうかと、絶望的な気持になる。

 このような、「この世」の政治ドラマと共に、シリーズを通して語られてきた「向こう側」のナユグにも大きな動きがある。それも、この第2部で明らかになる。それが「この世」サグに与える影響も。新ヨゴ皇国は、南のタルシュ帝国の侵攻以外にも大きな危機に瀕していることが明らかになる。ますます絶望的だ。

 冒頭の国境越えの際に、盗賊にわざと荷物を「捨て荷」として落としていくシーンがある。盗賊がそこそこの成果をあげて引き上げていくための方策だ。これが、この巻の最後になって重要な意味を持つ。希望が見えるエンディングに少し心が晴れる。

 新ヨゴにもカンバルにもタルシュへの内通者がいる。彼らとて故国を思えばこその背反だ。弱い国がだどる運命の何と過酷なことか。

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天と地の守り人 第一部

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2006年12月初版2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズがバルサの物語、「旅人」シリーズがチャグムの物語、という示唆が「蒼路の旅人」のあとがきでされていたが、本書はバルサの物語というわけではない。「精霊の守り人」以来7冊のシリーズに続く最終章の3部作の1冊目だ。
 バルサとチャグムはもちろんのこと、タンダやシュガ、トロガイなどの主だった登場人物それぞれに、運命の岐路を迎えることになる物語の始まりだ。

 まずは、「蒼路の旅人」の最後で夜の海に飛び込んだチャグムを捜すバルサの旅を中心にストーリーは展開する。
 チャグムの消息は意外にあっさりと知れる。この後の物語を考えれば、ここで手間取るわけにはいかない、といったところか。しかし、ロタ王国の港町から、大領主の館、そして王宮と、チャグムの足取りはいつもバルサの数歩先に行ってしまって、なかなか追いつけない。
 しかも、チャグムの、ロタと新ロゴ皇国の同盟という思いは次々と裏切られてしまう。それだけでなく、ロタ王国は内部に南北の対立を抱えており、そのあおりも受けて命も狙われている。

 バルサの方も命の危険を冒しながら、チャグムの後を追い、遂にチャグムの危機に間一髪で間に合う。正直に言えば、お話なのだから「遂に間に合いませんでした」と終わってしまうはずがないことは分かっているのだけれど、「本当に良かった」と思わせるほどの迫真の展開だった。

 それにしても、内紛はロタだけではなく、タルシュ帝国も2人の王子が相争い、新ヨゴも大勢はチャグムの味方ではない。しかも、タルシュの密偵がバルサを救出し、チャグムを守るのはロタ王の護衛だ。敵味方入り乱れた展開なのだが、登場人物のそれぞれの性格付けや描写が鮮明で、わかりにくくならない。著者の筆力によるものだろう。

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蒼路の旅人

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2005年5月初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズの外伝、ではないらしい。著者は「あとがき」で、”バルサをめぐる物語を「守り人」の物語として書き、チャグムのような少年が(中略)歩んでいく物語を「旅人」の物語として書いてみたい"と書いている。
 つまり、本作は「虚空の旅人」に続く、バルサが登場しない外伝的作品ではなく、チャグムの物語の序章、ということだ。(チャグムのような…の「…ような」の部分が少し引っかかるが)

 今回チャグムは今までにない試練を通して大きく成長する。「今までにない」とは、今回はチャグムは1人で問題を克服しなければいけない点だ。バルサはもちろん、シュガも同行していない。様々な善き人に出会い、チャグムの味方をしてくれるが、それらの人もそれぞれの立場と信念で生きていて、その身を投げ打ってでもチャグムを守ってくれるわけではない。

 そのチャグムが背負っているものも、今回はとても大きい。南の帝国タルシュの前に風前の灯同然の祖国、新ヨゴ皇国と、さらには隣国のロタやカンバルの国と、そこに暮らす幾万の民の運命を背負わされている。15歳の少年には重過ぎる荷物だろう。
 登場人物の一人が、チャグムが「ナユグ」を見ることができると知って、「逃げられる場所が見えているのに、逃げないで生きていくのは苦しいことだろう」と感じる場面があるが、その通りだ。今まで気が付かなかったけれど、チャグムには閉じこもることができる避難場所があるのだ。あるのに、そこには逃げられない。

 それにしても、ヨゴ(新ヨゴ皇国もヨゴ枝国も)の為政者たちのありさまはどうだろう。狭い国の中で、自分の保身と権力闘争のために国を危うくしてしまっている。
 チャグムは今回船でタルシュ帝国まで旅をし、先々で帝国の壮大な建物を見、自分の国が片隅に小さく描かれた地図を見た。辛くても彼にとっては良い経験だろう。為政者に必要なことの1つは、自分の国と世界とのバランスを知る世界観だろうから。「鎖国」を言い出す将軍にも、その言を重用する帝にも、その世界観は備わっていない。

 読み終えて、月並みな言葉が口をついた。「続きが読みたい」

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神の守り人 来訪編,帰還編

書影
書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2003年2月第1刷 2003年2月第2刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズで、初めて2巻からなる長い物語。今回活躍するのは、バルサとタンダ。チャグムとシュガは登場しない。「虚空の旅人」で2人がカンバル王国へちょうど出かけている時期に設定されている。

 今回バルサが絡むのは、ロタ王国に住む「タルの民」の娘アスラ。彼女は、かつて絶大かつ暴力的な力でロタを支配した神「タルハマヤ」を、その身に宿す。そして、兄や自身の身を守るために念じると、「タルハマヤ」の力によって、周囲にいる者を大量殺戮してしまうという危険をはらんでいた。
 このまま、「タルハマヤ」の力がアスラの心を蝕んでしまえば、この世を支配する暴力的な神の再来となってしまう。

 だからと言って、幼い少女を殺してしまうことに納得できないバルサはアスラを守って逃走し、ロタ王国の影の軍団「カシャル(猟犬)」が、この世の平和のために2人を追う、という構図。
 もちろん、物語はそんな単純なままではない。虐げられた民族の歴史から、ロタ王国内の不和、王弟の恋愛、父娘の確執までを絡めて、複雑にねじれて行く。長編ではあるけれど展開が速く退屈しない。最後にはうまく収まるのだろうと思いながらも、どうなるのか目が離せない、という感じ
 これまでのシリーズの中では、今回は最大の危機だ。しくじれば、とんでもない神をこの世に招いてしまう。世界全体の問題だ。「バルサよ、気持ちは分かるが本当に大丈夫か?」と、途中で問いかけたくなるような物語だ。

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虚空の旅人

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2001年8月第1刷 2001年9月第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 女用心棒バルサが活躍する「守り人」シリーズの外伝的な物語。バルサは登場しない。主人公は、新ヨゴ皇国の皇太子チャグムと星読博士のシュガ、舞台も新ヨゴ皇国ではなく、南の隣国サンガル王国。

 サンガル王国の第一子に男児が誕生し、その祝いの儀式への出席のために、チャグムとシュガが出掛ける、という設定。
 サンガル王国は、かつては海賊だった今の王家の祖先が周辺の島々を征服して統一した国。王家の男たちは「海の男」であり、戦にも漁にも進んで出て行く。皇宮の奥深くにいる新ヨゴ皇国の皇族とは随分と違う。
 そして、女たちは更に特徴的だ。王家と王国を安定させるため、幼いころから権謀術数を学ぶ。大人になれば、島々の領主に嫁いでいくのだが、それも王家の一員として領主たちを監視し、操っていくための方策なのだ。今回の物語でも、この王家の女たちは重要な役割を担っている。

 バルサが登場しないので、外伝という扱いなのだが、シリーズの中では重要な位置づけの1冊と思われる。舞台のサンガル王国以外にも、ロタ王国や南の大帝国であるタルシュ帝国などが紹介され、それらの特色や力関係などが明らかになる。「守り人」シリーズの世界観がぐっと広がった感じがするし、サンガルの王子タルサンとチャグムとの間の友情も今後の展開が期待されるところだ。

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夢の守り人

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2000年6月第1版
評 価:☆☆☆(説明)

 守り人シリーズの第3弾。今回の舞台は再び新ヨゴ皇国。登場人物も、ほぼ第1巻ろ同じ顔ぶれ。第2巻で舞台が違う国になってしまったので、新しい物語と登場人物を求めて、色々な国に行く旅物語形式なのかと思った。同じ顔ぶれでは、不思議な物語も作りづらいたろうから、と。しかし、著者にとってはそうでもなかったらしい。ちゃんと1巻とのつながりも確保しながら、不思議な物語を紡ぎだしている。

 今回の不思議世界は「夢」。人は夢の中では一切のしがらみから解き放たれる(実際には、現実の世界と同じように苦労している夢を見ることもあるけど)。精神世界を研究している人の中には、夢というのは魂の世界での連絡方法だと言う人もいるようだ。この物語もそう。夢というのは、魂が別世界へ言っている状態ということになっている。

 現実に大きな問題を抱えてしまうと、夢の世界から戻りたくなくなり、目覚めなくなってしまう。戻ってこなくなった魂たちを救うために、現実世界ではバルサが、魂の世界ではタンダとトロガイ師が活躍する。

 この世の中は、水中の気泡のように近づいたり離れたりしているたくさんの世界の1つ、というのが、このシリーズの世界観だ。時々2つの世界が行き来できるほど近づいた時に不思議なことが起きる。現実の不思議事件もそうして起こるのかもしれない。

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闇の守り人

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:1999年2月第1刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 女用心棒バルサが活躍するアジアンファンタジーの第2弾。
 今回は舞台がバルサの故郷カンバル王国。登場する人物はバルサ以外は全員新顔。(回想シーンを除けば)
 バルサが故郷を追われることになった事件のてん末など、第1巻からの伏線が成就する。著者は、ここまでの物語について、第1巻の執筆時には少なくとも構想を持っていたのだろう。
 この物語は、この世ならぬ不思議なものが色々と登場するが、今回の主たるテーマは、人間ドラマだ。そのドラマに引き込まれる分、前作よりもしっかりした読み物になっているように思う。

 1つのドラマは、バルサの養い親ジグロとその兄弟、一族を巡るドラマ。真実は別にあるとしても、故郷では反逆者の烙印を押されているジグロ。残された兄弟や一族にはつらい時期があったことは想像できる。さらに、ジグロを討って国宝の金の輪を取り返したとして英雄となった弟には、秘められた過去がある。

 もう1つのドラマは、バルサとジグロとの間のドラマ。ジグロはすでに亡くなっているので、このドラマはバルサが1人で背負い込む宿命としてこれまで語られていた。しかし、今回思いもよらない形で、バルサとジグロが思いをぶつけ合うこととなる。
 そこで聞いたジグロの心の叫び「バルサさえいなければ…」、そしてバルサの心の叫び「私に何ができたと言うのだ」
 深い。「守り人」シリーズは、少年少女向けの物語とされているが、ここまで深い心の掘り下げは、バルサ自身の年代、そう30年以上は人生を経験した者でないと、なかなか伝わるものではないと思う。

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精霊の守り人

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:1996年7月第1刷 1997年5月第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 アジアンハイファンタジーというジャンルになるらしい。また、NHKでアニメ化が決定しているらしい。「らしい」と書いたのは、この本を手に取った時には、そんなことは知らなかったので。今、この感想を書くときに書籍データを調べていて知った。

 とても良い本に出会えたと思う。この後、何巻も続編がある。読んでみたい本がたくさん現れたことになって、とてもうれしい。

 舞台は、新ヨゴ皇国という架空の国。主人公はバルサという名の30才の女用心棒。どうして30才なの?なんで女が用心棒なの?物語の主人公としては異色だと思う。しかし、この異色の主人公の設定が、物語の奥行きを感じさせる要なのだと、読み終わればわかる。

 帝が支配する国。この世は2重世界になっていて、こちら側が「サグ」、あちら側は「ナユグ」。サグとナユグは支えあって存在している。あちら側の生き物が、こちら側の子どもに卵を産みつける。そしてそれは、両方の世界にとってとても大切なもので…。バルサはその子どもを、目に見えないあちら側の魔物からだけではなく、こちら側の帝の追っ手からも守る。

 ところで、私の知る限りでは、キリスト教をはじめとする宗教では、世の東西を問わず、この世とは別の世界、例えば天国や地獄という考えはあるが、それはこの世とは「別の場所」にある、という風に考えられているように考えられているように思う。
 この物語ではそうではなく、この世に重なるように目に見えない世界が存在する。宗教が広まる前の古代は、そういった目に見えない世界が確かに感じられる世界だったのではないかと思う。そんなことを感じさせる本だ。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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 (2010.1.29追記)この本のことを「新しい読書の形「親子読み」の提案」という記事に書きました。