2.小説

5年3組リョウタ組

書影

著 者:石田衣良
出版社:KADOKAWA
出版日:2010年5月16日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 先月読んだ「アキハバラ@DEEP」に続いて石田衣良さんの作品。これも友人が私のために選んでくれた。感謝。

 主人公は中道良太。25歳、小学校の先生。舞台は、良太が勤める「希望の丘小学校」。清崎県清崎市、東京から新幹線で北東に1時間半の海と山に囲まれた街にある。かつては清崎市立第一小学校、いわゆるナンバースクールで、今でも地元では「名門校」に位置付けられている。

 物語はこの学校の1年間を、4つのエピソードで綴る。例えば1つ目のエピソードは4月。良太のクラスのとても勉強のできる生徒が、授業中に教室からの脱走を繰り返す。自分のことを「ダメ人間」というその生徒に対して、良太が取った行動は?学校の対応は?というお話。

 この他には、職員室内でのいじめ、生徒の家の放火事件での学校のマスコミ対応、クラス間の競争、がテーマになる。この他に、保護者との関係、生徒の自主性と教師による管理、教師としての目標、障害児教育、ついでに良太の淡い恋愛などが、細かいエピソードとしてちりばめられる。校長以下の教師たちも個性派が揃っている。

 「まいったなこれ」と、ある場面で思った。泣けて泣けて仕方なかった。人前で読んでなくてよかった。物語の中でも、登場人物のほとんどが泣いたり、目を赤くはらしたりしていた。作為のない良太の行動が心に響く。

 念のため。良太はいわゆる「熱血教師」ではない。教師という職業も「さして考えもせずに」なった。物語を通して描かれるクラス間の競争にも、あまり興味がない(おかげで万年下位を低迷して「バカ組リョウタ組」なんて影で言われている)。目の前で起きていることに真っすぐに対応する。ただそれだけ。ただそれだけがとても清々しい。

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かがみの孤城

書影

著 者:辻村深月
出版社:ポプラ社
出版日:2017年5月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 辻村美月さんの最新刊。

 「東京會舘とわたし」がすごく良かったこともあって、私の要注目の作家さん。本書の紹介の前に言ってしまうけれど、☆5つ。実は昨年は「東京會舘とわたし」、一昨年は「ハケンアニメ」で☆5つを付けている。☆5つは、1年間に多い年でも数個でゼロの年もある。「要注目」どころか「大好き」ということだ、と今さら気が付いた。

 主人公の名は「安西こころ」。中学校に入学して最初の4月だけ通って、その後、行けなくなってしまった。不登校。そして一人では外に出かけられない「ひきこもり」状態。おかあさんは「これからだよ、がんばろう!」と言ってくれるが、こころはそれに応えられるかわからない。

 そんなこころに奇跡が起きる。ある日、部屋にある姿見の鏡が光り出し、手を触れて少し力を入れると、鏡の向こう側に引きずり込まれた。そこは「お城」だった。ディズニーランドのシンデレラ城のようなお城。そしてピンクのドレスを着て、顔には狼のお面を付けた少女がいた。

 というわけで、物語はファンタジックな幕開けをする。お城には他にも6人の中学生が来ている。そして、自分の家と城を行き来して、城の中に隠されている鍵を探す。その鍵で「願いの部屋」に入った者の願いが叶う。期限は3月30日。そういうルールのゲームが始まる。ますますファンタジックだ。マンガかアニメにありそうだ。

 これでは「マンガかアニメみたいな設定」という紹介にしかならない。何がいいのか分からない。しかし、☆5つの理由を説明するには、物語の大事な部分を盛大にネタバレしないとできない。困った。本当に困った。

 そんなわけで、これ以上言えるのは、この一言だけ。

 これは「壮大な「救い」の物語」だ。

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アキハバラ@DEEP

書影

著 者:石田衣良
出版社:文藝春秋
出版日:2004年11月25日 第1刷 2006年6月15日 第7刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 友人が私のために選んでくれた本。感謝。

 著者は著名であるし多作でもあるのだけれど、これまであまり読んでいなかった。単行本では「愛がいない部屋」を初めて読んで、そのあと「親指の恋人」で、それで終わり。それから9年も経っている。私には「あまり合わない」、そう思っていた。

 主人公は、ページ、ボックス、タイコとお互いを呼び合う、秋葉原のオタク、いや「ギーク」たち。ページはライターとして、ボックスはグラフィックデザイン、タイコはデスクトップミュージックで、指名の仕事が入るほどの腕がある。ただ3人とも、ちょっとした困りごとを抱えている。ページは吃音、ボックスは強度の潔癖症・女性恐怖症、タイコは体が硬直する発作を起こすことがある。

 この3人に、天才ハッカーのイムズ、元引きこもり(今は家に帰れない「出っ放し」!?)のダルマと、紅一点の武闘派美少女のアキラを加えた6人で、「アキハバラ@DEEP」という会社を作る。物語は、彼らが開発した人工知能による検索エンジン「クルーク」を巡る攻防を描く。

 これは面白かった。前途に立ちはだかる強大な大企業に、一歩も引かない姿が危うくて痛快だった。物語終盤の予言的な言葉が本書をよく表している。「不適応者の群れが、新しい時代のチャンピオンになる。最弱の者が、次の世で最強に生まれ変わる」

 他の作品を「あまり合わない」と感じて、著者を敬遠していたのだけれど、本書はそんなことはなかった。友人が「私に合う」と思って薦めてくれたわけで、改めて感謝する。

 実は、主人公たちが開発した「クルーク」は、自己学習によってパーソナライズされ、まさにこの「私に合う」ものを(GoogleやAmazonのレコメンド機能なんかとは違う次元で)選んでくれる、良きパートナーのような検索エンジン。まぁ私には友人がいるのでいいのだけれど、ちょっと欲しい気もする。

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戦の国

書影

著 者:冲方丁
出版社:講談社
出版日:2017年10月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は「決戦!」という競作のシリーズ6冊「桶狭間」「川中島」「本能寺」「関ヶ原」「関ヶ原2」「大坂城」から、著者が執筆した作品6編を取り出して、加筆修正の上、再結合したもの。信長の登場から家康の勝利まで、時代的に戦国時代をほぼカバーしている。

 収録された6編は「桶狭間」から「覇舞謡(織田信長)」、「川中島」から「五宝の矛(上杉謙信)」、「本能寺」から「純白き鬼札(明智光秀)」、「関ヶ原」から「真紅の米(小早川秀秋)」、「関ヶ原2」から「燃ゆる病葉(大谷吉継)」、「大坂城」から「黄金児(豊臣秀頼)」。( )内は主人公の名前。

 どれも戦国時代の有名な戦いで、主人公たちも信玄や秀吉、家康こそいないけれど、全員が有名な武将たち、物語の大筋はよく知られているものだ。ただし、フィクションであるので、著者は大胆な解釈を取り入れている。特に、主人公たちの内面にそれが現れる。

 例えば「覇舞謡(織田信長)」では、敵となる今川義元に深い敬意を感じていることになっている。お互いに深く理解し合っている、と思っている。だからこそ「勝つ」という苛烈極まる一念でもって攻める。義元の首に「これでようやく語り合えますな」と話しかけるのは、ここだけ取り出すと奇異に感じるけれど、物語の流れの中ではむしろ自然に感じる。

 この「敵との相互理解」は、他の物語にも継承される。そして継承されるものがもう一つある。それは、鉄砲、弓、槍、騎馬の四種からなる部隊編成による戦法だ。これは上杉謙信が村上義清の戦いぶりを聞いて編み出したもので、他の武将たちによって、戦国時代を通して洗練されていった、という解釈だ。

 戦国時代の出来事を、実際に見た人はもういないわけだし、人の心の中は覗けない。だから描き方にはかなり自由がある。それが「戦国もの」の物語が、尽きることない泉から湧くように生まれる所以なのだろう。

 その「戦国もの」の中で本書の特長は、桶狭間から大坂の陣までの「戦国時代」を、とてもコンパクトに描いたことだ。「戦の国」というタイトルを、大胆にもよくぞ付けたものだと思う。

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けむたい後輩

書影

著 者:柚木麻子
出版社:幻冬舎
出版日:2014年12月5日 初版 2017年7月25日 4版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の本はこれまで「ランチのアッコちゃん」「本屋さんのダイアナ」「ナイルパーチの女子会」と3冊読んでいて、どれも女性同士の関係を描いていた。出版年で言うと本書はこの3冊に先立つ作品で、やはり女性同士の関係を描く。

 登場するのは主に3人の女子大生。一人は羽柴真実子。小樽から横浜にある聖フェリシモ女学院に進学してきた。次は浅野美里。真実子の幼稚園時代からの親友。同じ大学、同じ寮、同じ部屋。身体の弱い真実子の世話を何かとやいている。最後は増村栞子。真実子たちの1年先輩。14歳の時に詩集を出版して作家デビューしている。

 真実子は13歳の時に栞子の詩集を読んで魅了された。大学でその栞子と出会った真実子は、すぐに彼女の崇拝者となった。それも一途に。どんなことでも言うことをきき、呼び出されれば飛んでいく。真実子は喘息を患っているのに、栞子は平気で真実子の前で煙草を吸う。

 美里から見て、真実子の崇拝ぶりは度を越している。何より栞子は「14歳の時に詩集を出した」以外には、これといった魅力があるわけではない。だから美里は、真実子をたしなめる。栞子のことが気に入らない。

 栞子の方も美里のことが気に入らない。栞子は自分が「普通の子と違う」ことに価値を見出している。だから煙草を吸うし、けだるそうに話すし、何かに真面目に取り組んだりしない。真実子の自分を崇める目が心地いい。敵意や軽蔑が潜む美里の目は気に入らない。

  真実子は、栞子のことを崇拝しているし、美里とは自他ともに認める親友だ。こうして、女性3人の三角関係が出来上がる。三角形のどの辺でも衝突や綱引きを起こしながら、物語は真実子たちの大学の4年間を描く。

 私は50代の男で、強いて言えば話の中でしか登場しない、彼女たちの父親に近い。というか、私にも大学に通う娘がいるので、父親そのものだ。だからその目で見てしまう。

 美里はともかく真実子も栞子も、もう心配でならない。真実子なんか死んじゃうんじゃないの?と思う。栞子は「イヤな女」キャラなんだけれど、無駄なプライドを抱えていて、それが呪いとなっている。飄々としているけれど、実は一番不安定だ。

 そうそう、男性も登場する。ゲスな大学教授と、自分探し中のカメラマン志望。どっちもダメダメ。

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パーマネント神喜劇

書影

著 者:万城目学
出版社:新潮社
出版日:2017年6月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の最新刊。2010年から17年まで、断続的に文芸誌に掲載したものを単行本化した作品。

 表紙に描かれているふくよかなおっさんが主人公。この人は、なんと神様なのだ。神様として最初の配属先が今いる神社で、ざっと千年ぐらいここでお勤めしている。専門は「縁結び」。「リアルなお勤めを紹介した本」を作るために、ライターさんの取材を受けているところから、この物語は始まる。

 彼の「縁結び」のやり方はこんな感じ。時間を止めて、縁を結びたいカップルの片方に話しかける。そのカップルがうまく行くのに必要な事柄を、言霊にしてそいつに打ち込む。話しかけられた人間は、このことは覚えていない。神様が作ったものだから、言霊に込められたことは、その通りになる。こんな感じで千年もやってきた。

 神様なんだから、人の心ぐらいチョイといじれそうだし、そうすれば縁結びが簡単にできそうなものだけれど、そういうことはしないらしい。あくまでも、恋愛成就を妨げているものを、間接的に取り除くようなやり方。まどろっこしいけれど、面白くもある。

 そんな感じで本書は、この神様が言霊を打ち込む場面や、それを受けた人がどんな具合に変わっていって、どう恋愛を成就するかを、コミカルに描く。最初に書いたけれど、神様にも配属があるように、会社のような組織になっている。昇進やらお偉方との確執やらと、妙に俗っぽい神様の暮らしぶりが描かれる。最後の方は、ちょっとホロッと。

 万城目学さんらしい、肩の力の抜けた物語だ。もっとも本人にお会いしたことはないので、「らしい」のかどうか分からないけれど、エッセイやインタビューを拝読する限りは、何事も深刻にならずにゆるゆるとしていることを好まれる方だと感じる。これまでの作品にも、そういう感じはにじみ出ていたkれど、今回はそれが前面に現れたように思う。

 そうそう、「バベル九朔」とか「かの子ちゃん」とか、著者のファンなら「おっ」と思うモノや人も登場する。その登場に「おっ」と思う以上の意味があるのかないのか分からないけれど、私はこういうのはけっこう好きだ。

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サロメ

書影

著 者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2017年1月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 まず、タイトルの「サロメ」について。「サロメ」というのはアイルランド出身の作家オスカー・ワイルドが1891年に書いた、新約聖書の一節を元にした戯曲の名前。まずフランス語で書かれたが、3年後に英訳版が出版される。その挿絵にイングランド出身の画家オーブリー・ビアズリーのペン画が使われている。

 最初に「サロメ」についての説明を書いたのは、本書がこうした史実に基づいたフィクションだからだ。著者の原田マハさんはフリーのキュレーターで、同様の美術作品にまつわる虚実ないまぜになった作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」。どちらもとても面白い。

 物語の大半は、オーブリー・ビアズリーの姉、メイベルの目を通して描かれる。オーブリーの絵の才能を誰よりも評価し、献身的に支える姉として。オーブリーがオスカー・ワイルドに出会い、評価される現場にも傍らで立ち会い、オーブリーがオスカー・ワイルドに魅入られていく様も、その目で見て心を痛めた。歓喜の瞬間を経て破滅へと向かう物語だ。

 表紙にオーブリー・ピアズリーその人が描いた「サロメ」の一場面の絵が使われている。オーブリーが描く絵には、物語の中で「微細」「緻密」「圧倒的」「豊穣」「異端」「狂気」などとたくさんの形容詞がついてる。実物を見て、それが意味するところが分かる。そして、物語自体もその絵のように妖しく破滅的な雰囲気が満ちている。

 上に書いた他の2作にも共通する特徴なのだけれど、本書には現代の研究者が登場する。オーブリー・ビアズリーとオスカー・ワイルドを、それぞれ研究する男性と女性。芸術家と研究者のそれぞれの時代の物語が交差する。今回は研究者の時代のパートが控えめだけれど、この構成の工夫は著者の持ち味となっている。

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夏への扉

書影

著 者:ロバート・A・ハインライン 訳:福島正実
出版社:早川書房
出版日:2010年1月25日 発行 2016年4月15日 15刷
評 価:☆☆☆(説明)

 SF好きの方から「名作」と時々話を聞いていたので読んでみた。SFマガジンの「オールタイム・ベスト」でも、2006年で第3位、2016年では順位を下げたけれどもそれでも第9位。この物語が1957年の作品であることを考えれば「不朽の」と付けてもいいぐらいだ。

 主人公の名前はダン。ロサンジェルスに住む29歳。時は1970年。彼は技術者で、会社の共同経営者でもあった。彼が発明した掃除ロボット「ハイヤード・ガール(hired girl:「文化女中器」と訳されている)」を製造販売する会社を、友人たちと経営していた。「経営していた」と過去形なのは、その会社を友人ともう一人の共同経営者に謀られて、発明の権利を取り上げられ会社を追い出されたからだ。

 もう一人の共同経営者というのは、実はダンの婚約者で、ダンはその女性への意趣返しのために「冷凍睡眠」に入ることを決める。冷凍睡眠に入れば、何十年も年を取らずにいられる。30年後に睡眠から覚めて、30歳年をとった彼女に会って鼻をあかしてやる。何とも暗い復讐を考え付いたわけだ。

 物語はこの後、思い通りというわけでないのだけれど、30年後の2000年にダンが目覚めて、30年間のギャップに戸惑いながらの暮らしや、当初の目的である復讐について描かれる。

 面白かった。「不朽の名作」なのかどうかは分からないけれど、物語を楽しめた。シンプルだけれど飽きない。ちょっとした伏線もあって楽しめる。

 繰り返しになるけれど、これは1957年の作品。つまり1970年も2000年もどちらも「未来」なのだ。著者が考えた「未来」の1970年には、掃除ロボット(今の「丸い掃除機」より、よっぽど高性能なやつ)や、「冷凍睡眠」の技術が実現している。さらに2000年にはもっとすごいことも。

 こういうことが、著者の意図とは違うかもしれないけれど、「パラレルワールドもの」な感覚を、読者に呼び起こす。あったかもしれない歴史。ちなみにこの世界は「核戦争」を経ている。

 SFファンの支持が高いのは、物語が面白いこと以外に、この「パラレルワールドもの」的な感覚や、この物語に登場する様々な設定が、この後の数多くのSF作品に繰り返し使われているので、SFの「原典」的な意味合いがあるのではないかと思う。どちらも時を経てこその価値だ。

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ミーナの行進

書影

著 者:小川洋子
出版社:中央公論新社
出版日:2006年4月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「不時着する流星たち」を読んで、もう少し著者の作品を読んでみようと思って、手に取ってみた。2003年の「博士の愛した数式」の3年後、2006年の谷崎潤一郎賞受賞作品。

 主人公は十二歳の少女の朋子。時は1972年。岡山で母子ふたりで暮らしていたが、事情で芦屋の伯母さんの家で暮らすことになった。伯母さんのご主人、つまり伯父さんは「フレッシー」という飲料水の会社の社長。その家は、高台に建てられた二本の塔があるスパニッシュ様式の洋館。朋子は「これが、家ですか?」と声を上げた。

 岡山のふたり暮らしの家とは、何もかもが違う。芦屋の家に住むのは、伯母さん、伯父さん、ドイツ人のおばあさん、お手伝いさん。そして、ひとつ年下の従妹のミーナ。その他にはスイスに留学中の従兄と、通いの庭師さんが、この家の人々として関わってくる。もう一人大事な住人がいた。いや「もう一頭」。それはコビトカバのポチ子。この豪邸には広大な庭があって、そこでカバを飼っているのだ。

 岡山の家とは何もかもが違うとはいえ、朋子の芦屋での暮らしは幸せなものだった。そこに住む人々は皆穏やかでやさしい。伯父さんは人を朗らかにする達人だったし、歳の近いミーナとは分かちがたい仲良しになった。物語は、そうした穏やかな暮らしと、それにさざ波を立てる小さな事件をいくつか描く。

 しみじみと心おだやかに読めた。小川洋子さんは、こういう物語を描く人だったと改めて思った。「博士の愛した数式」「猫を抱いて象と泳ぐ」。どちらも静かな音楽を聴いているような心地よさがあって、しかもまったく退屈しない。朋子は素直でひたむきな少女で、ミーナは本が好きで物語を作る才能がある。どちらも愛おしい。

 実は私は神戸の生まれで、歳はミーナの3つ下。何が言いたいのかと言うと、どちらも「近い」ということ。もちろん私が生まれ育った所と芦屋は、場所柄が全然違う(たぶん朋子の岡山の家の方が近い)。

 でも、芦屋とか西宮とか阪急電車とか阪神電車とか六甲山とか、名前を聞けば思い浮かべることができる。時々差し挟まれる世間の出来事は、私が子どもの頃に起きたことだ。だから、物語をとても身近に感じた。

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パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊 カリーナ・スミスの冒険

書影

著 者:メレディス・ルースー 訳:上杉隼人、広瀬恭子
出版社:講談社
出版日:2017年7月3日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」に登場した天文学者、カリーナ・スミスを主人公とした物語。映画のパンフレットが本書を紹介していた。映画でもなかなか魅力的な人物であったので読んでみた。

 物語は、男が養護施設の玄関に、かごのなかで眠る女の赤ちゃんを置くところから始まる。「母親は死んだ。この子の名はカリーナ・スミス」と書いたメモと、表紙にルビーが付いた本とともに。

 その後、カリーナの施設での暮らしぶりや、奉公したお屋敷での出来事が描かれる。父から送られた本を読むためにイタリア語を学び、その内容から天文学を志すようになる。そして本書の半分を過ぎたあたりから、映画で描かれたストーリーに合流する。

 映画を観たことが前提の作品。映画のストーリー部分も含めて、全部で200ページ足らずなので、ごくあっさりとした物語だ。映画の理解に必須、ということでもない。それでも、あのちょっとぶっ飛んだ魅力的な個性のことを知るのは楽しい。

 どのような経緯でカリブ海のあの島に現れたのか?天文学の知識をなぜ、どこで身につけたのか?父親のことをどう思っていたのか?そして、ヘンリーと魅かれあったのはなぜなのか?

 物語の登場人物には、時として読者の想像を超えた、詳細な人物設定がされていることがある。本書はその一端を表しているのだろう。映画を観て、カリーナに魅かれた人は読んでみたらどうかと思う。

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