2.小説

有頂天家族 二代目の帰朝

書影

著 者:森見登美彦
出版社:幻冬舎
出版日:2015年2月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書を手に取って感無量だった。7年あまり前に前作の「有頂天家族」を読んだ時に、既にこの第2弾が予告されていた。その1年半後の2009年4月には、文芸誌への連載が終わったという知らせが届いた。それから待つこと数年。何度か「いよいよ」というニュースがあったが出版には至らず。著者の体調不良による休筆などもあって「もう読めないのかもしれない」とさえ思っていた。

 現代の京都で暮らす狸たちの物語。相当数の狸が人間の姿に化けて京都の街で暮らしている。狸だけではない。天狗も縄張り争いをしながら住んでいる。人間だって相当クセのあるのが跋扈している。そういう設定。

 サブタイトルの「二代目の帰朝」の「二代目」とは、前作からの主要登場人物の一人である天狗の「赤玉先生」の息子のこと。100年前に壮絶な親子喧嘩の末に敗れ、大英帝国に渡っていた。その二代目が急に帰国する。拍子抜けするほどあっさりと。物語が始まって18ページで。

 「赤玉先生」は「如意ヶ嶽薬師坊」という名の大天狗なのだけれど、今はその神通力が衰えて、プライド以外にはその往年の姿は見る影もない。100年前とは二代目との力関係が違う。その急な帰国は、狸たちの世界にも緊張感を走らせた。

 という具合に、なにやら緊迫した雰囲気で始まるのだけれど、これは長くは続かない。なにしろ狸たちは太平楽なのだ。本書の主人公の矢三郎は、中でも極めつけの阿呆と言われている。帯には「阿呆の道よりほかに、我を生かす道なし」と大書されている。

 さらには、矢三郎たち狸兄弟が父から受け継いだ遺訓は「面白きことは良きことなり」。帯の背には「波風を立てて面白くするのよ。」と書いてある。そんなわけで「面白いこと優先」で、ハチャメチャとシリアスとハートフルをかき混ぜたような物語だ。

 矢三郎の、揉めれば揉めるほど湧き上がる「阿呆の血」は、父からだけでなく母からも受け継いでいたことが分かった。前作はテレビアニメ化もされたヒット作。本書を読む前に前作を読んでおくことをおススメする。

 そして...よせばいいのに最後のページに「第三部」が予告されている。もちろん期日は書かれていない。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
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ハケンアニメ

書影

著 者:辻村深月
出版社:マガジンハウス
出版日:2014年8月22日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年も「島はぼくらと」でノミネートされている。それより前に「鍵のない夢を見る」で2012年上半期の直木賞を受賞している。前々から気になっていたのだけれど、著者の作品を読むのはこれが初めて。

 舞台はアニメ業界。タイトルの「ハケンアニメ」は、「そのクールで作られたたくさんのテレビアニメの中で一番成功したアニメ」のこと。つまり「覇権アニメ」。本書は、アニメ業界でその「ハケンアニメ」を競う2つの作品に関わる3人の女性の物語。

 1人目は有科香屋子。30代半ば。中堅アニメ制作会社「スタジオ・えっじ」のプロデューサー。2人目は斎藤瞳。20代半ば。大手アニメ制作会社「トウケイ動画」のアニメ監督。3人目は並澤和奈。こちらも20代半ば。新潟県のアニメ会社「ファインガーデン」で原画を描くアニメーター。

 とてもとても面白かった。装丁も内容もライトノベル風。しかし「お仕事小説」として、主人公3人の仕事に対する想いとか姿勢とかがしっかりと伝わってくる。アニメという「ひとりで楽しめるもの」が必要な人たちへの承認も感じられる。

 心に引っかかるセリフや描写も上手い。「この世の中は繊細さのない場所だよ」。瞳が知り合いの小学生に言う言葉だ。「それでもごくたまに、君を助けてくれたり、わかってくれる人はいる」と続く。ストレートなメッセージも仕込まれている。

 アニメ業界や製作の流れを少しは知らないと戸惑うかも。そんな方のために少しだけ。アニメは徹底した分業と人海戦術で製作される。原理は「パラパラアニメ」と同じだから、1秒に何枚もの絵が必要で、それらはアニメーターが手で1枚ずつ描く。

 さらに背景を描く人も別、色を付ける人も別で、もちろん1枚ずつ着色する。1つのアニメ作品に関わる人は膨大な数に上る。乱造気味に思えるアニメ作品だけれど、一つ一つの作品には、関わった人の膨大な数の想いが載せられ、されにそれに見る側の想いも重なる。

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脱・限界集落株式会社

書影

著 者:黒野伸一
出版社:小学館
出版日:2014年12月1日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 17万部突破、NHKでドラマ化されて現在放映中の「限界集落株式会社」の続編。

 「限界集落株式会社」で、長野県幕悦町の中山間地にある「止村(とどめむら)」が、村ごと株式会社化して活性化に成功してから4年後。止村の麓の国道沿いに、「TODOME」ブランドのショッピングモールがオープンすることに。その傍らで駅前商店街はシャッター通りと化していて...という設定。

 幾人ものストーリーが並行して語られるが、主役は2人。一人は、東京から逃げ出すようにして幕悦町にやってきた健太、20歳。もう一人は、健太がバイトをしているコミュニティカフェ「コトカフェ」の主任の美穂。美穂は、前作「限界集落株式会社」でも準主役、「止村株式会社」の副社長だ。

 4年前には止村がTODOMEブランドの野菜や観光農園、キャラクター開発で成功し、この度は大きなショッピングモールがオープンして、この幕悦町は上昇気流に乗った感がある。さらには駅前の再開発の話も出てきた。止村の成功はともかく、ショッピングモールや駅前再開発は、地元の住民に幸せをもたらすのか?が本書を貫くテーマ。

 前作同様、面白かったし為にもなった。巨大資本の再開発計画に小さな商店街の有志が、どうやって太刀打ちするのか?「地方創生」なんて言葉が政府の方針の中で踊っている昨今、大きな予算の投下よりも、健太や美穂たちが必死になってやっていることの方が「実がある」んじゃないかと思う。

 少し不満も。前作よりもストーリーにムリがなくて分かりやすくなった。それは良いのだけれど、その理由は今回は「悪役」を仕立てたからだと思う。前作は「悪い人はいない」からこそ、立ちはだかる障害の克服を描くのが難しかった。今回は勧善懲悪で、分かりやすいけれど安易に流れた感がある。もちろん勧善懲悪も、エンタテイメントとしては「アリ」なんだけれど。

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本屋さんのダイアナ

書影

著 者:柚木麻子
出版社:新潮社
出版日:2014年4月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年も「ランチのアッコちゃん」でノミネートされている。

 主人公の名は矢島ダイアナ。「大穴」と書いてダイアナと読む。元ヤンの母のティアラ(勤め先のキャバクラでの名前。本名は有香子)が「世界一ラッキーな女の子になれるように」と付けた。父はダイアナが生まれてすぐにどこかに行ってしまった。

 主人公はもう一人いる。名前は神崎彩子。ダイアナの同級生。出版社の編集者をやっている父と、家で料理教室を開いている母と、3人で英国風の庭がある大きな家に住んでいる。

 本書は、この2人の女性の小学校3年生から22歳までの物語。途中までは「親友」としての2人、その後は別々の人生を歩む2人を交互に描く。互いのことを「羨ましい」と思い、認めてもいながら、些細なすれ違いで距離が離れていく。

 「ランチのアッコちゃん」よりも、ずっと深くて読み応えのある作品だった。

 境遇の違う2人が「親友」になったのはなぜか?。それは、一つには「自分にはないもの」に魅かれあったからだろう。ダイアナは彩子の優しい父母と落ち着いた家庭に、彩子はダイアナの刺激的な暮らしぶりに。

 しかし、2人は同じものも持っていた。2人が親友となるきっかけは「不思議の森のダイアナ」という絵本。本が好きであることと、この絵本への想いを2人は共有する。自分が思い描く人生から外れてしまった時、この絵本は勇気と指針を与えてくれる。そして2人をつなぐ紐帯になる。

 幼い頃に「親友」と呼び合った相手がいるなら、その人と今は疎遠になっているなら、この本を読んでみるのもいいと思う。必ずしも共感はしないかもしれないけれど、得るものはあると思う。

 本書とは関係ないけれど、「ダイアナ」って今で言う「キラキラネーム」だなぁ、と思っていたら、先日「2014年 ベスト・オブ・キラキラネーム」が発表された。

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蜩の記

書影

著 者:葉室麒
出版社:祥伝社
出版日:2013年11月10日 初版第1刷 2014年9月20日 第14刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2011年下半期の直木賞受賞作。昨年の春には役所広司さんと岡田准一さんの主演で映画化もされた。友人から借りて読んだ。

 時代は江戸時代後期1800年代初頭、舞台は九州豊後国の羽根藩。主人公は藩士の檀野庄三郎、21歳。些細な原因で城中で刃傷沙汰を起こし、死罪になるところを罪を免じられて、ある特命を受ける。それが、幽閉中の元郡奉行、戸田秋谷の監視だ。

 秋谷は、藩主の側室との密通という大不祥事を7年前に引き起こし、本来なら「家禄没収のうえ切腹」のところだが、家譜(藩の記録)編纂という役目を負って幽閉となっている。家譜編纂には厳密な期限が付いている。なんと秋谷には、10年後の8月8日に切腹、と沙汰が付いていた。つまり、3年後には死なねばならない。

 「主人公は藩士の檀野庄三郎」と書いたが、この物語の主役は秋谷だ。秋谷を庄三郎の視点から描いている。自らの命に期限を付けられた中で、人はどれだけ冷静に真摯に、お役目に家族に周囲の人々と、向き合うことができるのか?

 近国佐賀藩の山本常朝の「葉隠」の有名な一節「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」を思い出す。この後には、毎朝毎夕に改めて死ぬ覚悟をしていれば武士道の境地にする..という言葉が続く。まさに秋谷は10年間の長きにわたって「死ぬ覚悟」を続けた。

 秋谷の運命は初めに明らかにされるので、物語は「死」に向かっていくしかない。それでも暗くならないのは、抑え気味の淡々とした著者の書きぶりが、清涼な雰囲気を醸すことと、「あるかなきかの微笑み」を湛える秋谷の、静かな凛とした覚悟が伝わってくるからだ。その覚悟のほどに最後には涙が出た。

 全く違うジャンルの作品のことも思い出した。それは、有川浩さんのラブストーリー。江戸時代のこんな生真面目な武士の物語に、著者はラブストーリーを仕込んでいる。カッコいいおっさんの恋まである。

 映画「蜩の記」公式サイト

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キャロリング

書影

著 者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2014年10月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 主人公は大和俊介。32歳。「エンジェル・メーカー」という、社員数5名の子供服メーカーの営業。この会社が12月25日をもって倒産・廃業する、というところから物語は始まる。

 残りの社員を紹介する。社長は西山英代、俊介の母の友人。デザイナーの佐々木勉、丸々した体型にとっつぁん坊や的童顔。営業の朝倉恵那、歳は俊介より1つ上、美人、東大卒。そしてデザイナーの折原柊子、俊介と同い年。以前、俊介と付き合っていて結婚の話まで出たが、今はただの同僚。

 「エンジェル・メーカー」では、別事業として学童保育をやっている。子供の親をサポートするという関連。多くの親子は惜しみながらも事前に別の施設に移っていったが、一人だけ25日まで預かることに。それが6年生の田所航平くん。

 物語は、俊介と柊子の関係を捉えながら、様々なことに枝を伸ばしていく。俊介の過去、航平の別居中の両親のこと、航平の父親が務める整骨院のこと、そこが抱える借金のこと、その借金を貸している闇金業者のこと。

 著者はラブストーリーを描く作家。それも複数のカップルを同時に描くことが多い。今回も俊介と柊子だけでなく何組もの男女が描かれる。ざっと数えて5組。いつもより多い。そしていつもより様々な男女のあり方を描いた。ハッピーなものばかりではなく。

 ちょっとクサいセリフも著者の持ち味。冒頭の緊迫した場面が、読んでいる間中頭から離れず、ハラハラさせられた。うまい演出だと思う。

 著者の最新刊。昨年の10月25日発行なのに、11月4日からNHKでテレビドラマ化されて、BSプレミアムで放送された。本を原作とするのなら、先に本を読む時間として、せめて半年ぐらいは空けてほしいと思う。

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流星ワゴン

書影

著 者:重松清
出版社:講談社
出版日:2005年2月15日 第1刷発行 2014年12月24日 第59刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品は、いつも少しホロッっとくる。時には心揺さぶられる作品に出会うこともある。本書は「本の雑誌」2002年度の年間ベスト1になった作品。

 主人公は永田一雄、38歳。結婚して14年、中学1年生の息子がいる。妻のこと息子のこと仕事のこと、いろいろなことが上手く行っていない。「死のう」と決めるほどの気力もなく、「死んじゃってもいいかなあ、もう」などと考えながら終電で帰って来て、駅前のロータリーのベンチに座っているところから物語は始まる。

 一雄の目の前にワゴン車が止まる。ワイン色の古い型のオデッセイ。ドアが開いて「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから」と催促される。声の主は健太くん。車を運転していたのは健太くんのお父さんで橋本さん。...二人は5年前の交通事故で亡くなっていた。

 つまりどういうこと?一雄はもう死んでるの?そういうことは曖昧なまま物語は先に進む。橋本さん親子の説明によると、このワゴン車は、一雄にとって「たいせつな場所」に連れて行ってくれる、という。地理的な意味だけでなく、時間的にもたいせつな場所。「あれが分かれ目だった」と思うような場所に。

 すぐに「ああそうか。「タイムスリップ+やり直し」モノだな」と思ったけれど、どうやら単純にやり直しができるわけではなく、かと言って全然できないわけでもなく、もう少し複雑。この複雑さが、良く言えば物語に奥行や余韻を持たせている。悪く言えば設定が混乱しているように感じる。

 一雄がオデッセイに運ばれて、何か所かの「たいせつな場所」に行き、何かをしたり何かを見つけたりする。ほんの些細なことだけれども、それがとても大切なことなのだと、一雄も読者も知ることになる。

 私は、幸いなことに「死んじゃってもいいかなあ」と思ったことはないけれど、いつも順風満帆でもない。私の人生にもたくさんの分かれ目があったことが、今なら分かる。これからはできれば、分かれ目に気が付けるように、耳を澄まし目を開いておきたいと思った。本書にはホロッっときた。

※本書を原作としたテレビドラマがTBS系で、1月18日(日)から放映されます。
日曜劇場「流星ワゴン」公式サイト

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丹生都比売

書影

著 者:梨木香歩
出版社:出版工房 原生林
出版日:1995年11月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、著者のデビュー作「西の魔女が死んだ」に続く第2作。日本古代史最大の内乱と言われる「壬申の乱」を題材にしたとてもナイーブな物語。

 「内乱」と「ナイーブ」という2つの言葉は、お互いに似つかわしくない。本書は壬申の乱そのものを描いた「戦記もの」ではない。その前後を生きた一人の皇子を主人公とした、彼の身の回りの物語。

 主人公の名は草壁皇子。壬申の乱の一方の当事者である大海人皇子(のちの天武天皇)の第2皇子。彼は体が弱く、すぐに熱を出して寝込んでしまう。幼い子のためにあつらえた弓矢でも、それ引くこともできない。周囲の期待を集めるタイプではない。聡明で利発で文武に秀でた弟の大津皇子とは対照的に。

 時代としては、父の大海人皇子が、皇位継承の争いを避けて、出家して吉野に下っている期間を中心に描く。つまり壬申の乱の直前。タイトルの「丹生都比売(におつひめ)」とは、吉野の水銀と水を統べる神霊で、大海人皇子を加護する姫神の名前だ。

 大海人皇子が、皇位継承から身を引いたとはいっても、近江宮の大友皇子にとっては、自分を脅かす政敵に違いなく、吉野の宮にも常にきな臭さが漂う。そんな中で草壁皇子は、父母の期待に応えられない自分を不甲斐なく思い、悪夢にうなされる日々を過ごしている。そしてある日、キサという名の言葉を話せない少女と出会う。

 物語は、草壁皇子とキサの子どもらしい邂逅を描いていくうちに、周囲はきな臭さの度合いを増す。やがて大乱となることもその結果も分かっているのだけれど、息が詰まる。丹生都比売の加護はあるのか?

 父の想い、母の想い、子どもの想い。古代の内乱の渦の中心に、こんな濃やかな物語を綴ることができるとは。著者に敬服。

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破門

書影

著 者:黒川博行
出版社:角川書店
出版日:2014年1月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2014年度上半期の直木賞受賞作。寡聞にして著者のことを知らなかった。本書は「疫病神」シリーズと呼ばれるシリーズの第5作であるらしい。

 主人公は二宮。「二宮企画」という建設コンサルタント会社を営む39歳。建設コンサルタントの業務は、建設に関わる計画や設計、調査などだけれど、「二宮企画」のはちょっと違うらしい。建設現場に暴力団の妨害が入らないように話をつける仲介で、主な収入を得ている。

 二宮自身は堅気だけれど、こんな商売なのでヤクザとの関係が密接だ。それに二宮の亡くなった父親はヤクザの大幹部だった。そんなわけで、二宮のところには二蝶会の桑原というヤクザが出入りしていて、「危ない話」に二宮を巻き込む。シリーズ名の「疫病神」は桑原のことだろう。

 今回の「危ない話」は映画製作への出資話。日本と韓国が舞台のスパイ映画の製作に、二蝶会の若頭と桑原が出資する。昔、桑原と一緒に北朝鮮に渡ったことがある二宮も協力しろ、というわけだ。シナリオライターに会って質問に答える、それぐらいの協力だったはずが、「疫病神」の桑原に引き回されてヤクザの抗争にはまり込んでしまう...

 面白かった。直木賞という「大衆小説作品に与えられる文学賞」にふさわしい。ヤクザの抗争を描いているので、殴り合いもあるし血も流れる。それでも重苦しくならず、どこか軽快な感じがするのは、桑原の人物造形によると思う。

 桑原は、どうしょうもない極道だ。喧嘩っぱやい「イケイケヤクザ」なのに、損得勘定に長けていて、誰にでも平気でウソをつく。周り中に迷惑をかける。堅気の二宮を引き込んで舎弟のように使う。でも、ギリギリのところで止まって一線を越えないことと、意外なほど真っ直ぐな性根が垣間見える。

 ひどい目に会い、周り中から「縁を切れ」と言われながらも、二宮がズルズルと付き合っているのは、桑原のそういうところが分かっているからかもしれない。(もちろん、桑原みたいな男が、本当に近くにいたら、こんなこと言ってられないけれど)

※2015年1月にスカパーで、北村一輝さん、浜田岳さん主演でドラマ化されるそうです。
BSスカパー「破門(疫病神シリーズ)」公式サイト

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夏天の虹 みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2012年3月18日 第1刷発行 2014年5月18日 第12刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第7作。「滋味重湯」「牡蠣の宝船」「鯛の福探し」「哀し柚べし」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 しかし今回は、この2つの望みにはあまり触れられないままに物語が進む。前作「心星ひとつ」で叶いかけた、娘らしい「もうひとつの望み」が破れ(正確には澪が「違う道を選んだ」のだけれど)、その痛手からの立ち直りに時間を要した、というところか。

 この物語には、悪人があまり登場しない。あくどい店や心無い人々はいるけれど、「つる家」の主人や奉公人、澪が住む長屋の住人、世話になっている医師、口うるさい店のお客まで含めて、いい人だ。彼らに助けられて澪の今がある。

 ところが本書で、澪は大事な人を失ってしまう。この後どうなるのか。高名な易者の占いによると、澪の運命は「雲外蒼天(うんがいそうてん)」苦労の多い人生だが、その苦労に耐えて精進すれば、必ず青空が拝める、という。澪の行く末にまた暗雲が立ち込める。その先に青空はあるのだろうか。

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