2.小説

海賊と呼ばれた男(上)(下)

書影
書影

著 者:百田尚樹
出版社:講談社
出版日:2012年7月11日 第1刷発行 12月6日 第12刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞受賞作品。この本は面白かった。私は本屋大賞とは相性がいいらしく、2012年の三浦しをんさんの「舟を編む」も、2011年の東川篤哉さん「謎解きはディナーのあとで」も、たいへん面白く読んだ。そして、2010年の冲方丁さんの「天地明察」以来3年ぶりに大賞受賞作に☆5つを付けた。

 本書は、国岡鐵造という名の明治生まれの石油商人の一代記。染め物業を営む家の8人兄弟の一人(恐らく次男)として生まれる。神戸高等商業学校(現・神戸大学)を出た後、小さな商社を経て機械油販売店の「国岡商店」を創業する。

 この国岡商店の発展の歴史が、鐵造の人生そのものになる。それは苦難の連続。明治から大正、昭和と、日本の歴史を振り返れば、急速な近代化の後に、関東大震災、相次ぐ恐慌、満州事変から太平洋戦争、そして敗戦と、大きく揺れる。さらに「石油」はその時の国際情勢に依存する。国岡商店は、これらに翻弄され何度も危機を迎える。

 本書は、その危機と克服を克明に描く。正直に言うと、危機の克服の仕方は、鐵造の「(困難ではあっても)この道が正しい」という判断と、それに続く社員の凄まじい頑張り、のワンパターンで、少し白けてしまう。(鐵造の「ツルの一声」で重役たちが黙ってしまう場面の何と多いことか)

 「そりゃムリでしょ」ということが成功する。つまり、「リアリティに欠ける」。しかし、その気持ちはある時点で掻き消えてしまった。それは「日章丸」というタンカーの名を目にした時だった。「日章丸事件」それは実際にあった事件だ。私が生まれる10年も前の出来事だけれど、私はその事件を知っていた。

 もしや、と思って本の表紙や帯を見返すと「出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたドキュメント小説」の文字。もちろん小説としての脚色はあるにしても、鐵造が為した強烈な成果は、出光佐三が実際に成し遂げたこと、つまり「実際にあったこと」なのだ。「リアリティに欠ける」などと、賢しらなことを思った自分を恥じた。

 「実際にあったこと」となれば、この物語から受け取るエネルギーは圧倒的だった。「正義と信念」。最近は何となく虚ろに響くこの言葉を、もう一度力強く感じることができた。

 ※下のリンクは、先日新聞に掲載された広告です。写真は「日章丸」。この写真に感じる力強さや「真っ直ぐに道を切り拓く感じ」が伝わって来る物語です。
出光興産:広告ギャラリー

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ねぇ、委員長

書影

著 者:市川拓司
出版社:幻冬舎
出版日:2012年3月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 娘が通う高校の「図書館だより」で紹介されていた本。幻冬舎の隔月誌「パピルス」に掲載された短編2編と、書き下ろしの1編の3つの物語が収録されている。どれも中高生の「恋」を描いている。

 1編目の短編「Your song」の主人公は、高校の陸上部の長距離選手の女子。体育館の物置で、同級生男子の魅力的な歌声を聴く。彼は、授業中にいなくなったと思うと、向かいの校舎の屋上で、気持ちよさそうに歌を唄っていたりする。まぁ「自由」ではあるけれど、生徒からも先生からも疎まれている。

 2編目は「泥棒の娘」。30ページ足らずの短い作品。こちらの主人公は中学生の男子の「ぼく」。彼は転校してきた学校で、彼より前に転校してきた「彼女」と出会う。「彼女」は、いつも小さなラッパ(コルネット)を持ち歩き、授業中にも歌を口ずさんだ。だから目立ち過ぎていて、多くの生徒たちに嫌われていた。

 3編目は、本書の表題作の「ねぇ、委員長」。書き下ろしの130ページの中編。主人公は、成績優秀な学級委員長の女子高校生。発作を起こして通学路で座り込んでいるところを、通りがかった同級生の男子に介抱される。彼は「学校一の問題児」。

 並べると一目瞭然。主人公が恋する相手が、周囲から疎まれている「問題児」、という物語の構成が全く同じだ(加えて3編とも「主人公の昔語り」で、物語が語られる)。統一感があると言えばいいのだけれど、正直に言うとワンパターンに倦んでしまいそうだった。男の子たちのセリフが、妙にキマっているのも、少し興ざめだった。

 ただ、表題作「ねぇ、委員長」は、比較的長い作品だったこともあって、主人公の心情が良く描けていて良かった。「昔語り」も、他の作品よりも活きている。この設定では「優等生が大人びた問題児に魅かれて恋に落ちる」というだけの、何とも底の浅い陳腐な話になってしまいがちだけれど、2人の境遇を描きこむことによって、かろうじてその陥穽を免れている。

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株式会社ネバーラ北関東支社

書影

著 者:瀧羽麻子
出版社:幻冬舎
出版日:20011年6月10日 初版発行 2012年10月15日 4版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのはこれで4冊目。「うさぎパン」では、高校生の恋愛未満の淡い想いを、「左京区七夕通東入ル」「左京区恋月橋渡ル」では、大学生の恋バナを描いた。本書が描くのは28歳の大人の女性の心模様だ。

 主人公の名は弥生。東京の外資系証券会社で7年間、バリバリ(本人曰く「150%の力で」)働いていた。あることをきっかけに転職し、北関東にある小さな町に引っ越してきた。転職先が本書のタイトルの「株式会社ネバーラ北関東支社」。健康食品の下請メーカーで主力商品は納豆だ。

 弥生は、東京の暮らしで傷ついた心身を休める避難所的にここを選んで引っ越してきた。もちろん、ここに根づくつもりなんかない。20~30%ぐらいの力で働いていて、それでうまく回っているのだから、問題もない。物語の始めの弥生はこんな感じだった。

 何故か英語が口をついて出る杉本課長、生真面目に仕事に取り組む沢森くん、東京に憧れるマユミちゃん、駅前の居酒屋の桃子さん。職場でも外でも「善い人」に囲まれてそこに溶け込み、喜びやピンチを共有する内に、弥生の心が少しずつ変わっていく。胸の内の一部がそっと温まるような、読んでいて気持ちのいい物語だ。

 私が読んだ文庫版は、書き下ろし短編「はるのうらら」を収録。マユミちゃんが高校3年生のころの物語。「おまけ」の作品かと軽く見ていたのだけれど、そうではなかった。この短編で、私は本編で見え隠れする「テーマ」が、はっきり見えた気がした。そのテーマとは「理由」だ。

 人はいろいろなことに「理由」を求めてしまう。本編でも短編でも、町の出入りにまつわる「理由」が度々語られる。弥生が東京から来た理由。桃子さんが大阪から来た理由。そして、沢森くんとマユミちゃんが東京に行かない理由、弥生が東京に帰らない理由。「○○しない」理由が寂しくも胸に沁みる。

 ここからは書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

七つの会議

書影

著 者:池井戸潤
出版社:日本経済新聞社
出版日:2012年11月1日 第1刷 11月26日 第3刷
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、直木賞受賞作の「下町ロケット」、「ルーズヴェルト・ゲーム」に続いて3冊目。前の2冊と同じく、中小中堅企業の製造業を舞台とした「経済小説」。ただし前2冊が、小さいながらも技術力をもった企業が、逆境の中を困難を乗り越えていく、「上向きのスパイラル」を描くのに対して、本書は秘匿された真実と結末に向かって、キリキリとネジを締め付けるような「下向きのスパイラル」を描く。

 舞台は、売上高1千億円の製造業、東京建電。大手総合電機メーカーのソニックの子会社で、折りたたみ椅子から、白モノ家電、住宅設備、半導体と、幅広い製品ラインアップを持つ。特定の主人公はなく、営業課の事務職から副社長まで、様々な役職の社員が章ごとに主役となって、物語を推し進めて行く。

 物語の発端は「パワハラ」。営業課の万年係長が、上司で営業のエースと目される営業課長を、社内のパワハラ委員会に訴えたのだ。実はこの会社は「営業ノルマが最優先」という体質で、上司が部下を激しく叱責する姿は日常茶飯事。この訴えも、テキトーに処理されて落着、と思われていたのだけれど、予想以上に重い処分が下された。

 このウラには、重大な秘密が隠されていた。というわけで、物語はこの秘密の周辺で起きる人間ドラマを描きながら、徐々に核心に迫っていく。まぁこの人間ドラマの殆どが、男性社員たちの確執や嫉妬を原因としたもので、彼らは揃って家庭でもギクシャクしている。その卑小さが少々類型的すぎて呆れてしまう。「またひとつ女の方が偉く思えてきた」と、古い歌の歌詞も浮かんできた。

 「下向きのスパイラル」で確執や嫉妬のドラマでは、ちょっと滅入ってしまいそうだが、それはあまり心配ない。スジを通す人もちゃんといるし、読後感は以前に読んだ2冊に劣らずスッキリとしている。心配があるとすれば、「自分だったらどうするだろうか?」と考えてしまった場合だ。不正を追及された登場人物が「この会社を守り、オレたちの生活を守るためだ」と言う。これを完全に否定する自信は、今の私にはない。 

(2013.5.15 追記)
NHKでテレビドラマ化されるそうです。東山紀之さん主演、7月13日スタート。
Yahoo!ニュース「東山紀之、NHK連ドラ主演 中間管理職のサラリーマン役

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ぼくは勉強ができない

著 者:山田詠美
出版社:新潮社
出版日:1993年3月25日 発行 1996年4月5日 23刷
評 価:☆☆☆(説明)

本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の4月の指定図書。

1991年から92年にかけて文芸誌に掲載された連作短編を9編収録。
主人公は時田秀美、高校生男子。週末には男と出かけてしまう美人の母親と、散歩の途中で出会うおばあちゃんにしょっ中恋をしている祖父と、3人で暮らしている。母親は「他の子供と同じような価値観を植えつけたくない」と考えて、秀美を育てた。そのためなのだろう、秀美は学校では先生との折り合いが悪く、度々衝突する。

衝突するのは先生だけではなく、成績が学年1位の同級生や、ぶりっこ(って今も言うのだろうか?)の美少女とも衝突する。先生や優等生は、「こうあるべき」という固定的な価値観を押し付けてくるからだ。頭がよく「自分で考える」ことができる秀美は、その価値観の欺瞞や隙を察知してしまう。ぶりっこの美少女については、そのキレイな顔の下にある打算が見えてしまう。それを見逃してやることができない。

こう書くと、あちこちでぶつかる痛々しい物語を想像するかもしれないが、そういったことはあまりない。徹底した秀美目線の描写によって、理不尽な押し付けを見事にバッサリと切ってはねのける。カッコいい。読んでいて爽快感さえ感じる。しかも、先に「あまりない」と書いたが、切った刃先で自分も傷つく痛々しさが少しはあって、それが秀美のカッコよさをさらに際立たせている。

著者は「あとがき」で、「この本を大人の方に読んでいただきたい」と書いている。「時代のまっただなかにいる者に、その時代を読み取ることは難しい」とも。だからこの物語を、大人が読むとどのように感じるのかを知りたいそうだ。

分からないことを分からない、おかしいことをおかしい、と言う、「自分」を貫く秀美はカッコいい。様々な理不尽を我慢している高校生の共感を呼んだことだろう。私はノホホンとした高校生だったけれど、あの頃に読んだとしたら、共感したと思う。(今の高校生も共感を感じるかどうかは不明だけれど)。

でも、今は違う。もっと広い範囲に目が届いてしまう。例えば、成績が1番の脇山くんが、可哀想に思える。勉強を頑張ってクラス委員長を買って出る彼に、あんなひどいことをしてはいけない。
大人や世間が押し付ける「価値観」に、秀美は反発するが、秀美だって自分の「価値観」で他人を裁いてしまう。やってることは大して変わらない。考えてみれば、「自分の「価値観」で他人を裁く」のと、「自分を貫く」とは、同じ事の裏と表で、どちらから見るかで評価が変わってしまう。

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うさぎパン

書影

著 者:瀧羽麻子
出版社:メディアファクトリー
出版日:2007年8月6日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「左京区七夕通東入ル」「左京区恋月橋渡ル」の著者のデビュー作。2007年「第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞」受賞作。

 母娘の間の関係には、いろいろなパターンがあっておもしろい。本書の主人公の女子高校生の優子と、その母親のミドリさん(優子は母のことを「ミドリさん」と呼ぶ)はとても仲がいい。ただ、ミドリさんと優子の間に、血のつながりはない。優子の実の母は優子が3歳の時に病死してしまった。

 物語は、優子の高校生活を軸に、様々な場面を切り取って描いていく。クラスメイトの早紀と富田くん、富田くんのお父さん、大学で物理学を学ぶ家庭教師の美和ちゃん、美和ちゃんの彼氏。優子が高校生になって出会った人たちとの会話によって、優子の想いが掘り起こされていく。

 パンがおいしそうだ。富田くんとは「パンが好き」という共通点で惹かれあっている。二人でパンツアーに出かけたりしている。タイトルの「うさぎパン」は、優子の心の中にあったパン。「動物パンと言えば断然うさぎに決まっている」と思うのだけれど、どこで売っているのか思い出せない。

 この「うさぎパン」の記憶の秘密や、ミドリさんとの関係、亡くなった実の母のことなど、物語にいろいろな仕掛けがあって面白い。文学賞への応募作でもあるし、ストーリーを練ったのだろう。女子高校生の屈託も伝わってもきて、おじさんには微笑ましい。

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深読み「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

 この記事は、昨日レビュー記事を書いた「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を深読みした解釈を書いています。お遊びのようなものですが、よければお付き合いください。

 村上春樹さんの作品は、インタビューに応えたご本人の談によると、本来の物語からパラフレーズ(言い換え)が行われているそうです。場合によっては、その言い換えは何段階かにわたります。村上作品にはメタファー(暗喩)が多いと言われる理由でもあります。

 そこで、暗喩を探して隠された元の物語を想像する、という楽しみ方が読者にはあるわけです。今回「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んで、思いついたことがあり、私もやってみようと、気まぐれに思い立ったわけです。

 この物語の登場人物の多くの名前に、色の名前が使われています。特に重要なのが、主人公の多崎つくるの高校時代の4人の親友たちの名前。赤松慶、青海悦夫、白根柚木、黒埜恵里。「赤」「青」「白」「黒」。

 この色を眺めて、数年前に読んだある本を思い出しました。その本は、万城目学さんの「鴨川ホルモー」。京都を舞台に繰り広げられる謎の競技「ホルモー」を戦うのは、京都大学青竜会、京都産業大学玄武組、龍谷大学フェニックス(旧朱雀団)、立命館大学白虎隊。「青」「玄(黒)」「朱(赤)」「白」

 なんと!村上春樹さんは「鴨川ホルモー」から着想を得たに違いない!

 ....というのはもちろん冗談、申し訳ありません。

 まぁその可能性はゼロではないとしても、もっとあり得る仮説としては、両者が同じものから着想を得ている、ということ。「鴨川ホルモー」のチーム名は、中国の神話で天の東西南北の四方の方角を司る4つの霊獣の名です。それに倣えば、この物語の4人で「天」「世界」「宇宙」といったものを表していると考えることができます。

 さらに、この四方の中央に「黄龍」を加えたものが、五行思想に取り入れられています(「鴨川ホルモー」の外伝「ホルモー六景」には、同志社大学黄竜陣が登場します)。ここで、この物語の親友グループ5人の最後の一人。つまり主人公の多崎つくるが重要な意味を持ちます。

 つくるは、自分の名前には色がない、ひいては自分には色彩がない、つまり特長や個性がなく「空っぽ」だと思っています。しかし、彼の名前をよく見直すと?「タザツクル」。そうです、名前の中に「キ(黄)」が含まれているのです。

 つまり、彼の役割は「黄龍」、中央を司る者だったと考えられます。物語の中で5人の親友グループは「乱れなく調和する共同体」に例えられていますが、黄龍を含めた五霊獣による「宇宙・世界」の均衡のことをそう表現しているのでしょう。

 そして、中央の「黄龍」である多崎つくるを欠くことで、「宇宙・世界」は均衡を失い....という壮大な物語が、パラフレーズ(言い換え)前の「本来の物語」。

 これが私の「深読み」です。いかがでしょう?
 お付き合いありがとうございました。

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

書影

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2013年4月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 発売前に50万部も刷られ、発売初日に10万部、3日後には20万部の増刷決定。発行部数はすでに80万部。発売日の深夜の行列をニュースで見て、これは「お祭り」だと思った。 ネット書店で予約して発売日に手に入れた私も、このお祭りに参加したことになるのだろう。

 主人公は、タイトルにもなっている多崎つくる。36歳の独身、鉄道会社で駅舎を設計管理する部署に勤めている。大学2年生の夏休みに、高校時代の「乱れなく調和する共同体のような」親友グループから追放された。

 そのショックは大きく、彼はその後の数か月を「ほとんど死ぬことだけを考えて」生きたが、なんとかそこから抜け出て今に至っている。本書はつくるが、大学2年の夏休みの出来事に、もう一度向き合うために、かつての親友たちを訪ねる(一義的にはそれが「巡礼」なのだろう)道程を描く。

 まず、率直な感想。「物足りない」。言葉の選択とかリズムとかが良いのだろう。読むこと自体が心地いい。だから先へ先へと読みたくなる。そしてどんどん読める。これはスゴイことだと思う。ただ言い換えれば、大きな引っ掛かりもヤマもない。平坦な道のりを気持ちよく歩いてゴール、そんな感じ。

 次に、著者の過去の作品との関連で、分析的なことを。当たり前だけれど「らしい」ところと「らしくない」ところがある。音楽がストーリーと深く関わっていること、主人公を「導く」女性が登場することなどは「らしい」ところだ。

 「らしくない」のは、人智を超えた不思議な出来事がなく、「1Q84」のリトルピープルのような正体不明のモノ(「考える人」のロングインタビューで、著者は「地下から這い出してくるやつ」と表現している)も出てこないこと。(読者が想像すれば、それを感じることはできる)。

 つまり、本書は「ノルウェイの森」と同じく、著者としては珍しいリアリズムの手法で書かれた作品だということだ。「ノルウェイの森」については、上述のロングインタビューで、著者自身が「本来の自分のラインにない小説」「(こういうのは)もう十分だと思った」とおっしゃっているのだけれど...

(2013.4.18 追記)
この物語を深読みした、深読み「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という記事を書きました。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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左京区恋月橋渡ル

書影

著 者:瀧羽麻子
出版社:小学館
出版日:2012年4月28日 初版第1刷発行 5月20日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「左京区七夕通東入ル」の続編。出版社は「姉妹編」と呼んでいるようだ。

 「続編」でなく「姉妹編」なのは、恐らく主人公が違うからだと思う。前作の主人公は、おしゃれな女子大学生の花だったけれど、本書の主人公は前作では花の彼氏の友達、という脇役だった山根クンだ。山根クンは京都の大学の工学部の大学院生。学生寮に住み、専門は「爆薬」。密かな楽しみは鴨川デルタ(鴨川にある三角州)での「ひとり花火」

 そんな山根クンが、実験で行き詰って気分転換のために訪れた糺の森で、白いワンピースを着た黒髪の女性と出会う。後に友人たちに「姫」と呼ばれるこの女性との出会いによって、山根クンの生活は一変してしまう。これまでの山根クンの寮生活では、「好きな昆虫」は話題になるけれど、「好きなひと」という話題はなかった。「好き」という気持ちを持て余して、何をどうすればいいのか分からない。

 とまぁ、前作に続いての「恋バナ」物語。サエないおかっぱ頭の男子大学院生の恋バナは、前作のおしゃれな女子大生のそれよりも、ずっと親しみが湧く。多少デフォルメされた不器用さと一途さに引き込まれて、気が付くとおかしくて切なくて泣き笑い。山根クン、この恋はキミの人生の糧になるよ。

 登場人物が楽しい。前作の主人公の花はもちろん、友人の龍彦や安藤クン。新たな登場人物(だと思う)の寮長は、なかなか味のある人物で、続編(姉妹編)が出るのなら活躍が楽しみだ。もう一人、物語の本筋とは関係ないのだけれど、山根クンの中学校の時の担任の理科教師が素敵だ。

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神去なあなあ夜話

書影

著 者:三浦しをん
出版社:徳間書店
出版日:2012年11月30日 初刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「お仕事小説 林業編」の「神去なあなあ日常」の続編。主人公の平野勇気が、架空の読者に向かって綴る手記の体裁を取った、7つの短編からなる連作短編集。

 勇気は、高校卒業後に母親と先生に謀られて、三重県の山奥の神去村に放り込まれて林業に携わり、曲折はありながらも村で1年間を過ごした。その間に勇気の心には、村と林業への愛情が芽生え、村の方も勇気を受け入れるようになった。と、ここまでが前作の内容。

 今回は勇気が、神去村の起源となる伝説や、居候先のヨキとみきの夫婦のなれそめ、村のお稲荷さんの言い伝え、そして20年前の痛ましい出来事などを、親しい人たちから聞く。もちろん前作から引き続き、勇気と彼が慕う年上の女性である直紀さんとの関係の進展も描かれる、居候先のシゲばあちゃんのユーモアも健在だ。

 昔語りが多いこともあって、物語を一つづつ静かに積み上げる感じだ。前作にあった、オオヤマヅミさんという山神を祭る大祭のような盛り上がりはない。しかし、その抑え目な調子に、二十歳になった勇気の成長を感じるし、山村の日常にも合っていると思う。

 前作の物語が、勇気の神去村の「現在」の体験だとすれば、本書は、勇気が神去村の「過去」あるいは「記憶」に触れる体験だと言える。小さな村の社会は共通の「記憶」が積み重なって出来上がっている。今回の体験は、勇気が村の一員となるために必要なことであったし、村が勇気に懐を開いた証でもあると思う。

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