2.小説

八日目の蝉

書影

著 者:角田光代
出版社:中央公論社
出版日:2007年3月25日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 人気作家の長編サスペンスで、2008年の本屋大賞の第6位。本屋大賞と私とは相性が良いらしく、読んでみた受賞作にハズレがほとんどない。だから期待して読んだ。

 期待が大きい分、評価が辛いのかもしれないけれど☆は3つだ(5点満点で)。この物語が投げかけるテーマというか、私に問いかけてくる問題にうまく答えられない。評価の基準が「楽しめた(役に立った)かどうか?」で、「う~ん」と考え込んでしまったのでは楽しんだことにならないので...。
 しかし、楽しめなかったからと言って、本書の価値が低いというものではない(だったら☆をもっと増やせばいいのかもしれないけど)。構成が巧みだし、何より着眼点がとても斬新だと思う。

 物語は、主人公の女性、希和子が不倫相手の6か月の子供を、思わず連れ去る場面から唐突に始まる。そして、友人の家などを転々として、恐らくは自分に迫っているであろう捜査の手から逃れる。連れてきた赤ん坊を自分の子供として育てながらの、この逃亡生活は3年半にも及ぶ。

 この逃亡記だけでも、十分に小説として成り立つ。様々な場所で様々な人々と出会い、やっと落ち着けると思ったころに、そこでの生活をいきなり断ち切って逃げる。犯罪者には安寧な生活はない。しかし、連れ去った子どもとの絆は確実に深まっていく。どうでしょう?テレビドラマの原作にぴったりではないでしょうか?

 読んでいて、「あぁ、逃げて逃げて逃げる話ね」「(自分の子ではない)子どもを愛情を注いで育てる所が、犯罪者なのに共感を得るんだな」なんて思っていた。私だけじゃなくて多くの読者がそう思ったはず。元は新聞小説だというから、毎日少しずづ読み進める新聞の読者は、逃亡生活の行方が気になりながら読んでいたと思う。
 ところが、逃亡生活に終わりの時が来たのに、本書は140ページも残っている。どうも後日談らしい。ちょっと長すぎるんじゃないの?そう思った。

 でも、そうではありませんでした。この140ページが本書の核心なんです。私が斬新な着眼点だと思ったところであり、「子どもにとって、幸せな家族とは何なのでしょう?」という、答えられない問題を問いかけてきた部分でした。
 「事件」ばかりが架空の世界では物語になり、現実の世界ではニュースになります。しかし人々は「事件の後」も、生きている限り生活をしているのです。他の仲間が7日間で地上での命を全うした後に、1匹だけ8日目を生きて迎えてしまった蝉のように、孤独で不安定な生を過ごしているのかもしれないのです。

(2010.4.12追記)
 先月末から、本書を原作としたドラマがNHKで始まりました。それに伴って、この記事へのアクセスが大幅に増えています。そのことについて「「八日目の蝉」にアクセスが集中」という記事を書きました。

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まほろ駅前 多田便利軒

書影

著 者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2006年3月25日第1刷 7月25日第4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「風が強く吹いている」の著者の作品なので手に取った。不勉強のため、2006年上半期の直木賞受賞作であることは後から知った。
 本書はどういったジャンルに当てはまるのか、言葉の矛盾に目をつぶって言えば「ソフトなハードボイルド」か。主人公は、便利屋を営む青年、多田啓介。彼自身が好んでやっているわけではないが、ヤクの売人や娼婦、そのストーカーなどの危ない人間たちと絡み、刃傷沙汰や不可解な事件を乗り越えていく。
 友人が腹を刺されて瀕死の重傷を負ったり、ヤクザに凄まれたりと、ストーリーはハードボイルドの王道なのだが、何故かノリが軽い。そうか「ライトなハードボイルド」の方が、矛盾しないしうまく言い表しているかも。

 ライトな感じを漂わせているのは、腹を刺される友人の行天春彦の存在によるところが大きい。彼の突き抜けた奇人ぶりが、シリアスな場面から暗さを取り除いている。彼は、高校時代の多田の同級生なのだが、指を落とすという大けがをした時に「痛い」と言った以外に一言も発しなかったという(どういうわけか、今は普通に喋るのだけど)。
 この物語の中でも彼の言動は常軌を逸している。そうなんだけれども、滅茶苦茶なんだけれども、その言動が事件の解決につながっている。そこが本書の面白さなんだと思う。

 面白く読めるし、短いストーリーが伏線が絡んで有機的に結びついていてよくできている。登場人物もみんな愛嬌があって好感が持てる。難を言えば、全体に漂う軽さと読みやすさが災いしてか、満足感には欠けるかも。直木賞が、年に1,2冊その時の大衆文学の秀作を選ぶ賞だとするならば「本書がそれなのかな」と、ちょっと疑問だ。

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塩の街

書影

著 者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2007年6月30日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの著者のデビュー作。第10回電撃小説大賞受賞作で、2004年に文庫本として出版されたものを、大幅に改変、加筆をして単行本として出版された。文庫として出たものを改めて単行本にしたことや、改変の経緯が著者によるあとがきに記されている。文庫の方は読んでいないから比較はできないが、著者が変更したと言っている設定などは、本書の設定の方がいいと思う。

 宇宙から飛来した高さ500mにもなる巨大な塩の結晶が、東京湾に落ちた時から、人間が塩になってしまうという奇病が世界を襲う。日本の被害者は半年で推定8千万人!道行く人はその場で塩となって動きを止めて、その姿のまま塩の柱となり、やがて崩れ去ってしまう。街は、塩で覆われ白い風景が続く。
 こんな設定の物語。こんな世界で人々はどう生きていくのか?いつか解決するのか、それとも人類は滅亡してしまうのか?

 夢も希望も持てない状況なのだけれど、実際に人々は自暴自棄になり世の中は混乱しているのだけれど、これは有川浩のデビュー作。図書館戦争シリーズで戦闘組織の中のアマアマな愛をエンタテイメントとして描いた著者だ。本書でも描かれているのは、超アマアマな恋人たちのストーリーだ。

 主人公は、高校生の真奈と20代後半の秋葉の2人。本編と単行本化で追加された4編の短編全体を通して、2人の関係が描かれている。しかし、早くも本編の第1章で登場する遼一という男性の物語が、本書のテーマを雄弁に語っていた。そのテーマは「世界が終わる瞬間まで、人々は恋をしていた。」だ。

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ラスト・イニング

書影

著 者:あさのあつこ
出版社:角川書店
出版日:2007年2月14日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 同じ著者による小説「バッテリー」第6巻の新田東と横手ニ中の試合の前後談。特に第2章「白球の彼方」では、横手ニ中の名遊撃手、瑞垣の口によってあの試合の後、彼らが歩んできた道が明らかにされる。もちろん、第6巻の最後に巧が門脇に対して投げた白球がどうなったかも語られる。

 「バッテリー」の続編であることには違いないが、主人公は瑞垣だし、話の中心は瑞垣と門脇の関係に置かれている。それぞれ中学を卒業し、今は別々の高校に通う。どちらも進学先の高校は、周囲の期待や予想と違ったものだった。門脇はあるものを追い求めるため、瑞垣はあるものから逃れるため、15才の少年とは思えない決断の末の行動だった。

 正直に言って、この本を読もうと思ったのは、あの試合がどうなったのか知りたかったからだ。「バッテリー」はあそこで終わった話だし、充分に完結しているので、その後のことは、想像したい人は想像すればいい、という意見もあろう。私も、この本が出ていなかったらそう言うだろう。でも、知りたくて読んでしまった。「後日談など知らないほうが良かった」という結果を招く可能性を省みずに….。
 少し、意味ありげな言い方をしたが、結果的に言えば、読んでよかったと思っている。「バッテリー」読者にもおススメする。巧と門脇の対決の結果も、著者は実に練りこんだ答を用意していた。直接は語られないが、巧と豪のバッテリーの強靭さも垣間見られる。それにも増して、瑞垣と門脇の2人の少年のひたむきさを感じることができる。

 そう、本書を含めた「バッテリー」シリーズに流れる通底奏音は、少年たちのひたむきさ、なのかもしれない。本書で「ほんまもんの極めつきの生意気な人」と評される巧の頑なさも、混じりけのない「少年らしい素直さ」と見る見方にも、ある人に言われて気付かされました。瑞垣や門脇の行動からも同じような衝動があるように思います。
 主人公の巧たち1年生と比べて、3年生の瑞垣や門脇、海音寺らは大人びて描かれていたため、忘れてしまいそうになりますが、彼らとてたった2歳年上なだけでまだ10代半ば。迷いや悩みも多く、自分では処理しがたいこともあるはずなのに、彼らは自分の意思で乗り越えていく。感動。

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バッテリー(1)~(6)

書影
書影
書影
書影
書影
書影

著 者:あさのあつこ
出版社:角川書店
出版日:(1)2003.12 (2)2004.6 (3)2004.12 (4)2005.12 (5)2006.6 (6)2007.4 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 第1巻は11年前、最終巻の6巻は3年前に刊行されている。噂はかねがね聞いていた。児童書だと軽く見てはいけない、と。この度、小学生の娘が春休みに読むために6冊まとめて文庫本で買ってきたのを読んだ。
 主人公は、中学1年生の天才ピッチャー原田巧。中学生の天才ピッチャーというのがどういったものがイメージしにくいのだが、彼の球を受けた人、打席に入って対峙した人、近くで見た人までもが、「あいつは天才やで」と言うような球を投げる。
 彼が岡山の小さな街である新田市に、父親の仕事の都合で引っ越して来て、やはり才能のあるキャッチャーである永倉豪と出会い、バッテリーを組む。この二人を中心に、その家族、同級生、周辺の大人たち、他校の野球部員と、渦を大きくしながらストーリーが展開する。

 「渦」という言葉を使ったが、巧自身は、周辺への関心を全く持たないにも関わらず、周りの人々を巻き込んでしまう。巧の球を受けることができる唯一人のキャッチャーの豪、巧の球を打つことに魅入られてしまった全国レベルの強打者の門脇、その他にも多くの人たちの生活を、大げさに言えば人生を変えてしまう。巧が誰も投げられない球を投げる、というその1点だけのために。

 児童書だと軽く見てはいけない、と聞いていたが、全くその通りの読み応えのある本だった。うがった見方をすると、児童書というのは、大人から見て「子どもはこうあって欲しい」というメッセージを込めたものと言えるだろう。しかし、主人公の巧はそういった子ども像には収まらない。その意味では、本書は児童書たりえないのではないか?
 彼は、より早く力強い球を投げるという目的以外の、一切の規範や常識を拒む。監督に髪を切るように言われても、野球と関係ないとして無視する。先輩の言うことにも従わない。自分を支えてくれる豪の心情さえも汲むことができない。
 そんなだから、当然衝突を生む。彼のむき出しの自我が、周囲の人々とぶつかり、お互いを深く傷つける。

 「こうあって欲しい」ということで言えば、こんな巧が色々な経験を経て成長し、周囲に受け入れられていく、という成長物語が順当なところだろう。そういった話なら児童書として安心して読める。
 著者も、巧が周囲と妥協していく方が楽だと分かっていた。それでもそれを拒んだ。巧の物語をそんな風に描いてしまっては、巧を貶めることになると思って、彼を変えることを頑なに拒んだのだ。行間から、自分が生み出した主人公が辛い思いをすることへの葛藤が伝わってくる。

ココから先はネタバレありです。

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(さらに…)

ドミノ

書影

著 者:恩田陸
出版社:角川書店
出版日:2001年7月25日初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品は「夜のピクニック」に続いて2冊目。随分前の作品を今さらどうして、という感じもしたけれど、本書に何故かずっと惹かれていてこの度めでたく読むことができた、という次第。
 著者は、面白さのツボを心得ているというか、どうすれば読者を引き付けることができるか分かっているようだ。本書は、エンタテイメントに徹していて、大人も子どもも理屈抜きで楽しめる。

 表紙をめくって少し面食らう。27人と1匹?の登場人物からのイラスト付き一言が載っている。あまり登場人物が多いと読むのに苦労しそうだから。でも、そんな心配は無用だった。27人のほとんどが、キャラクターの立ったクセのある人々だから、「あれ、これ誰だっけ?」ということにならない。
 こんなに、登場人物が多いのには訳がある。始まりは全く別々のいくつものストーリが同時進行しているからだ。それぞれのストーリーに登場人物が数人いるので、結果的に大人数になっている。そして、このバラバラのストーリーが、ある出来事が別の出来事を引き起こしながら、徐々に1つの場所になだれ込むように集約していく。タイトルとおり「ドミノ」倒し的展開だ。
 事の発端は、52歳の千葉県の主婦、宮本洋子。彼女が不用意にポーチに置いたビニール傘が、風に煽られて飛んで行ったことが、遠く離れた東京駅での大事件につながる。もちろん、そんなことは当人は一生わからないままだ。冒頭の27人にさえ入っていないし。

 数多くのクセのある登場人物の中で、私は(小学生の娘も)、エリコ姉さんが一番のお気に入りだ。こんな人が職場にいたらドキドキしてしまうだろう。次に愛すべきは額賀部長だ。この人には、笑いのツボを刺激された。これからも頑張って欲しい。

そうそう、リアリティは少し脇に置いているので、細かいことを気にすると楽しめない。読む方はリラックスして読もう。

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インストール

書影

著 者:綿矢りさ
出版社:河出書房新社
出版日:2001年11月20日初版 2001年8月22日4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「蹴りたい背中」で、2004年の芥川賞を受賞した著者の処女作。最年少の17歳で文藝賞を受賞、なんと当時は高校生だったんだ。

 主人公は高校3年生の女の子。「蹴りたい背中」の主人公と同じく(こちらの作品の方が先だけど)、少し変わっている。クラスにはうまく馴染んでいないようだ。
 男友達の「疲れてるんなら、休みたいだけ休んだら?」という言葉をきっかけに、学校に行かなくなってしまう。そして思いつきで部屋のものすべてを捨ててしまう、文字通りの意味で。そう、家具まで全部。やっぱりどこかおかしい、異常だ。

 異常なこの女子高生が、やはり少し変わっている小学生と出会い、アダルトチャットのバイトを始める。お互いの親に隠れて、押し入れの中で。
 「そんなことあるかよ」と、リアリティが飛んでしまうギリギリの設定が、良くも悪くも最後まで続く。もしかしたら、本書が業界で評価されている理由は、そんなところにあるのかもしれない。今の高校生や小学生ならこんなこともあるのかもしれない、と。

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新釈 走れメロス 他四篇

書影

著 者:森見登美彦
出版社:祥伝社
出版日:2007年3月20日初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 諸説雑誌に掲載した短篇5篇の短篇集。表題の「走れメロス」の他、「山月記」「藪の中」「桜の森の満開の下」「百物語」と、太宰治、中島敦、芥川龍之介、坂口安吾、森鴎外と、日本文学の文豪たちの作品名が並ぶ。
 表題に「新釈」とあるので、基の作品に新しい解釈を加えて描き直したものかと思った。実際はそうではなくて、基の作品のテーマや表現手法などに着想を得て、著者が書き下ろしたもの。文豪の作品のリメイクを期待する人にはハズレ、森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ、ということだ。なぜなら、舞台は京都の街、登場人物たちは腐れ大学生たちと、森見ワールドお馴染みの設定だからだ。

 雑誌への掲載時期を見ると、2005年10月号から2007年3月号と、「夜は短し歩けよ乙女」の出版前後から、「有頂天家族」の出版前まで。「走れメロス」と「百物語」には「夜は~」のエピソードが登場するし、「山月記」には「有頂天~」に通じるものがある。このように3冊の作品のつながりを楽しむ読み方も、悪くないのではないか。

 「森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ」と、「ひとまず」をわざわざ付けたのには理由がある。森見ワールドっぽさ(こんな言い方で分かってもらえるだろうか)で言うと、5篇の作品に落差があるからだ。「夜は~」「有頂天~」の雰囲気を一番強く残しているのは「走れメロス」だ。
 「山月記」と「藪の中」は森見ワールドの範疇に入るが、「桜の森の~」はかなり違った趣だ。坂口安吾がベースなだけに、悲しいような怖いような雰囲気が漂う。「百物語」は、私には面白みが分からなかった。

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図書館革命

書影

著 者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2007年11月30日初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの完結編。この巻で完結ということは前巻で予告されていた。だから、どう完結するのかが知りたくて、待ちに待ったという感じ。いろいろなシリーズを読んだけれど、こんな感じは久しぶりだった。

 あとがきによると、最終巻のネタだけは決めてあったらしい。さすがに、読み手を引き付けたまま離さない見事なネタでした。1巻、2巻、3巻と、それぞれに大規模な攻防戦や拉致事件、謀略などがあり、こうした盛り上がりを後半に置いて、それに向けて前半は徐々にスピードを上げつつ助走していく、という構成だったかと思う。今回はちょっと違う。
 堂上と郁がある作家を護衛して疾走する。途中で堂上が倒れ、郁に言う。「ここからお前一人で….大丈夫だ。お前はやれる」 郁は感極まって、愛の告白(の予告)をして、一人で任務の遂行に向かう。こんな劇的なシーンが登場するのだが、これがまだ物語の中盤なのだ。このシーン以前にも結構ハデな逃走劇やらあり、この後には、郁の大立ち回りまであって、今回は前半から終盤まで走りっぱなしなのだ。

 国際テロという事件の発端も、現在の世界情勢からすると生々しいが、その後の世間の反応などは、今まで以上に「ありえる」展開だから、なお生々しい。
 我々は、テロの危険にを身近に感じたときに、なお冷静に物事を見極められるだろうか?表現の自由や基本的人権の尊重など、憲法に明記されている権利が、テロの防止と相反すると考えられた時に、どのような行動を取るだろうか?答は、9.11直後の米国を見れば想像は付く。
 本書は、もちろんフィクションだし、著者はそんなことを世に訴えるために、このシリーズをしたためたのではないことも承知している。しかし、シリーズ全体の小気味よさの背景に、薄気味悪い未来も見え隠れしてしまう。

 結末は、私としては実に落ち着きの良い結末でした。シリーズが完結したことを祝福したいと思います。そして、登場人物たちの今後の人生について、近い将来に知る機会が来ることを願います。

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夜のピクニック

書影

著 者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:2004年7月30日発行 2005年4月5日第17刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者が人気作家であることは知っていて、何度か手に取ってみたこともあったのだけれど、読むに至らないままになっていた。幅広いジャンルを手がけているらしいので、本書が著者の作風すべてを表しているのではないとしても、読後感がさわやかで、他の作品も読んでみようと思った。

 高校生活も終わりに近づいた秋の1日の物語。1日というのは文字通り24時間の意味で、朝の8時から翌朝の8時まで80kmを歩き通すという学校行事「歩行祭」が舞台の青春小説だ。
 中学生高校生に読んでもらいたい。登場人物の高校生が「ナルニア国物語」を「なんで、小学生の時に読んでおかなかったんだろう」と、後悔する話が出てくる。「ナルニア~」がそういう本かどうかは置いて、本書は中高生の時に読んだ方が、大人になってから読むより意味があるように思う。
 もちろん、ここには青春のすべてが描かれているのではない。イジメも受験の苦しみも、「自分とは何なのだ」というような葛藤さえも、存在はするのだけれどストーリーの背景に押しやられてしまっている。そういう意味では「大人が振り返って思い描く青春」なんだろうと思う。だから、大人は「そんな時代が自分にもあったなぁ」などと懐かしんで読むことができる。逆に言えばそういいう読み方しかない。
 しかし、現在青春の渦中にある中高生には、別の読み方がある。きれいごと過ぎるように思えるかもしれないが、それでもなお読んでもらいたいと思うのは、恋愛を含む人間関係の悩みや、友人という大切なものなど、青春時代に経験をしてもらいたいと思う事柄が全編からあふれ出ているからだ。自分たちの今の生活にも、同じように大切なものがあることに気が付いてもらいたい、そうすればもっと良い青春を送ることができる。そう言った「今」を変えるような読み方だ。

 主人公は融と貴子の2人。学校では内緒なのだが2人は異母兄弟で、何の因果か高校3年のクラスメートだ。お互いに距離のとり方が分からないまま一言も言葉を交わさずに秋になっている。このまま卒業してしまえば、一生言葉を交わすこともないだろう。それで良いのがどうか分からない。少なくとも貴子の方は良くないんじゃないかと思い始めている。
 どちらか一方でも、イヤなヤツであれば悩むこともなかったのだろう。お互い相手を憎んだり無視したりしていれば、それはそれで安定しているとも言える。しかし、どうやら2人とも良き友人にも恵まれ、クラスの中でもそれなりに存在感のあるイイヤツらしいから困ったことになっている。 言葉を交わさなくても強烈に意識し合っていることは、周囲も感付くほどになっていて、2人は実は付き合っているのでは?と勘ぐられてしまう。

 24時間の間に2人の距離というか位置関係が微妙に変わる。特に貴子の心が行きつ戻りつ、本人が「こうありたい」と思うものに近づいていく。この様子が、「歩行祭」という特別な時間を舞台にして良く描き出されている。「こうなってよかった」と思える結末を期待しつつ最後まで気持ちよく読める。良き友人がいることのありがたさを噛み締めることができる1冊。

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