3.ミステリー

キャプテンサンダーボルト

書影

著 者:阿部和重、伊坂幸太郎
出版社:文藝春秋
出版日:2014年11月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんと阿部和重さんの合作小説。伊坂幸太郎さんは、私が大好きな作家さんで新刊が出れば必ず読む。もう30作品以上を読んだ。阿部和重さんの作品は、まだ読んだことがなかった。芥川賞受賞作家だから「純文学」に分類されるのだろう。

 舞台は仙台と山形、県境に位置する蔵王。主人公は相葉時之と田中徹の二人。小学校時代の少年野球のチームメイトでもうすぐ30歳になる。章ごとに、この二人を含めて何人かの視点が入れ替わり、年代が多少前後しながら物語が進む。

 早い段階で物語の材料が提示される。1945年の東京大空襲の日に蔵王に墜落した3機のB29。その蔵王の火口湖を発生源とする致死率70%強の伝染病「村上病」。その火口湖でロケをした戦隊ヒーロー映画の突然の公開中止。そして相葉を追って来る「銀髪の怪人」。

 面白かった。「魅力的な登場人物」「巧みな伏線」「気の効いたセリフ」の伊坂作品の魅力が三拍子揃った作品。合作ということだけれども、私には伊坂さんの作品ということで、全く違和感がなかった。(それは良いことではないのかもしれないけれど)

 伊坂作品の系譜にもぴったりはまった作品だと感じた(阿部さんの作品は読んだことがないので、どういう特徴があるのか分からないのだけれど)。「グラスホッパー」「マリアビートル」の「たくさん人が死んでしまう」線と、「魔王」「モダンタイムス」「ゴールデンスランバー」の「事件の背後にある巨大な組織」の線が交わるところに位置づけられる。

 文春の情報サイト「本の話WEB」に、伊坂さんと阿部さんの対談が掲載されている。読む前でも後でもいいので、本書を読む方はご覧になることをおススメする。村上春樹さんへの想いや、合作の詳細など、とても興味深いことが語られているので。

本の話WEB「史上最強の完全合作!阿部和重、伊坂幸太郎がそのすべてを語る

 

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同級生

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:1996年8月15日 第1刷発行 2010年12月1日 第51刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 1993年というから今からざっと20年も前の作品。手元にある文庫本の帯には「ターニングポイントとなった傑作! この作品で作家・東野圭吾はますます輝きを増した」とある。この惹句に魅かれた。

 主人公は西原荘一。地域随一の名門高校の3年生。野球部の主将。物語の発端は同級生の死。野球部のマネージャーでもあった宮前由希子が交通事故で亡くなる。真相が明らかになるにつれて、この「事故」が、学校全体を揺るがす「事件」に発展していく。

 由希子は身籠っていた。産婦人科病院からの帰りに事故に会ったらしい。事故が様々な憶測を呼び、西原は「事件」の当事者になる。生徒指導の教師も事故に関わりがあることがわかり、西原と学校は鋭く対立し、ついには「殺人事件」が起きる。

 当初は同級生の死を発端とした、学校の中の様々な出来事を描いた「学園モノ」の様相だったけれど、この「殺人事件」後には、犯人捜しを軸にしたミステリーの王道が展開される。

 この学園モノからミステリーへの転換が実に鮮やかで、引き込まれた。さらにそのミステリーの背景には、高校生の友情・恋愛、教師と生徒の対立、学校の体面、それに環境問題など、様々なものが描き込まれている。多少「描き込み過ぎ」な感はあるが、物語を楽しめた。

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アイネクライネハナトムジーク

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:幻冬舎
出版日:2014年9月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの最新刊。2007年から2014年にかけて文芸誌等に掲載された5つの短編と、書下ろし1編を収録。

 簡単に各短編を紹介する。「アイネクライネ」。ある突発事故の責任をとって「罰ゲーム」のような街頭アンケートを課された、市場調査の会社に勤める佐藤の物語。「ライトヘビー」常連客から弟をいくらか強引に薦められる、美容師の美奈子の物語。「ドクメンタ」自動車教習所の更新に出かける度に、同じ女性と出会う、市場調査の会社に勤める藤間の物語。

 「ルックスライク」駐輪場で料金をネコババした犯人を突き止めに行く美緒と和人の高校生コンビの物語と、ファミレスのアルバイトの朱美とその窮地を救った邦彦の物語のオムニバス形式。「メイクアップ」高校生の頃に自分をいじめてた同級生と再会した、化粧品会社の広報担当の結衣の物語。

 ここまでの各短編で、よく読んでいると、登場人物が別の作品に顔を出していたり、親子関係だったりと複雑に相関していることが分かる。バラバラの場所に書かれた作品とは思えない。

 最後が書下ろしの「ナハトムジーク」かつてのボクシングのヘビー級チャンピョンの19年を行き来する回想に、佐藤や美奈子や藤間や美緒らが登場する。これまでに残して来た伏線のほとんどが回収され、相関図が完成する。圧巻。

 以前から度々言っているけれど、気の利いた会話、愛すべきキャラクター、巧みな伏線、が私が好きな伊坂幸太郎さんの作品の特長。本書は久しぶりにそれが全開になっている。うれしい。

 最後に。冒頭の「アイネクライネ」は、ミュージシャンの斉藤和義さんから歌詞を依頼されて、「作詞はできないので小説を」と書いた作品。読後には斉藤和義さんの「ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~」を聴こう。

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裁きの鐘は(上)(下)

書影
書影

著 者:ジェフリー・アーチャー 訳:戸田裕之
出版社:新潮社
出版日:2014年4月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「時のみぞ知る」「死もまた我等なり」に続く、超長編サーガ「クリフトン年代記」の第3部。巻末の「解説」によると7部で完結の予定だそうだ。つまりまだ中盤に差し掛かったところ、ということだ。

 前作のラストは、バリントン家の莫大な資産の継承を巡っての、貴族院の審議の途中で終わっている。嫡子のジャイルズと、庶子(であるかもしれない)のハリー・クリフトンのどちらが正当な継承者か?投票の結果は273票対273票。結論は大法官の判断に委ねられた。

 それを受けて、本作は大法官の逡巡と結論から始まる。まぁ、前作から引っ張ったものの結論は早々に出て、物語は新しいステージへ滑り出す。ハリーは新作のプロモーションのために米国へ渡り、ハリーの妻のエマは父の遺児を探すことに着手する。

 その後、上巻では、ジャイルズの母の遺産相続や、庶民院議員選挙が、下巻では、ハリーの息子のセバスティアンを巡る騒動が描かれる。前2作と同様、いやこれまで以上に起伏が激しくテンポのいいストーリー展開で、著者の作品の魅力が良く出ている。
 ところで、このシリーズでは、数人の登場人物の物語が、章ごとに入れ替わるが、「クリフトン年代記」と銘打っていることもあって、これまではあくまでも「主人公はハリー・クリフトン」だった。

 しかし、本作ではハリーは脇役に引くことが多く、特に下巻はもうセバスティアンの物語と言っても過言ではない。もしかすると、ハリー以外の「クリフトン」も主人公となることで、長大な一族の物語になっていくのだろうか?

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マスカレード・イブ

書影

著 者:東野圭吾
出版社:集英社
出版日:2014年8月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「マスカレード・ホテル」のシリーズ第2弾にして、前日譚。「マスカレード・ホテル」の主人公である、警視庁の刑事の新田浩介と、ホテル「コルテシア東京」のフロントクラークの山岸尚美が出会う前の物語。

 50~60ページの短編が3本(山岸尚美が主人公のものが2本、新田浩介が主人公のものが1本)と、表題作で150ページほどの中編を1本収録。短編は限られたページ数の中で、謎解きが2回転がる少し手の込んだミステリーになっていて楽しめる。

 表題作には、新田浩介と山岸尚美の両方が登場する。しかし、新田浩介は東京で起きた殺人事件の捜査をしていて、山岸尚美は開業時のサポートに派遣された「コルテシア大阪」に勤務、2人は会わない。ただし、同じ1つの事件を巡って2人は、かなり接近する。シリーズ第2弾の意味はここにある。

 「マスカレード」は「仮面舞踏会」。超一流のホテルに来る客は様々な事情で「仮面」を被っている。多かれ少なかれ日常とは違う自分を演じているだろうし、偽名で他人になりすましている者だっている。

 その「仮面」を、ホテルクラークは「守る」ことが仕事では必要で、刑事は「暴く」ことが事件の解明につながる。その正反対の要素の出いの妙が、「マスカレード」に込められている。このことが、本書では前作より明確になっている。

 ミステリーなのであまりストーリーには触れないけれど、「楽しめた」とだけは言っておく。謎解きとちょっとした人情話。著者の作品の特長がほどよく配合されている。

 最後に。どうやら本書全体が「マスカレード・ホテル」の「伏線」という位置づけになるらしい。もう1回「マスカレード・ホテル」を読んでみる必要がある。

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ヴァン・ショーをあなたに

書影

著 者:近藤史恵
出版社:東京創元社
出版日:2008年6月30日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

  「タルト・タタンの夢」の続編。舞台も登場人物もほぼ同じ。下町の商店街にある、三舟シェフをはじめとする4人の従業員が切り盛りするフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」を舞台に、お店の客が抱える悩みや問題を、三舟シェフが解き明かす。

 本書は7編の短編を収める短編集。しっかり焼き込んだスキレット(分厚い鋳鉄のフライパン)が錆びてしまうのはなぜか?昔からあるパン屋が店じまいしてしまったのは?いつもブイヤベースを注文する女性の正体は?といった、「謎」とも言えない「どうしてだろう?」を解き明かす。

 不満と嬉しさが半々だ。まず不満の方は、途中で物語の形式を変えたこと。前半の4編は、ギャルソンの高築くんが語るこれまでどおりの形式。後半3編は、謎を解かれる側の第三者が主人公。悩みや問題を抱えた主人公が「ビストロ・パ・マル」を訪れたり、三舟シェフに出会ったりする。

 1回ぐらいは目先が変わって新鮮でいいのかもしれない。しかし第三者を主人公だと、最後の方に三舟シェフが登場して「はい解決」となってしまう。これではレストランの面々のキャラが生きてこない。

 嬉しさの方は、三舟シェフの秘密が少しずつ明かされること。フランスの地方で修業したらしい、という以外には経歴が謎だったのだけれど、それが少し紹介される。おまけに今回は恋バナまである。さらには、前作で際立った存在感を見せた「ヴァン・ショー(スパイス入りホット赤ワイン)」の由来も明らかになる。

というわけで次巻に期待。

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半落ち

書影

著 者:横山秀夫
出版社:講談社
出版日:2002年9月5日 第1刷 2004年1月21日 第17刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2003年の「このミステリーがすごい」のランキング第1位。その後、寺尾聰さん主演で製作された映画は2005年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。10年ほど前になるが、当時話題になっていたことを覚えている。

 この作品が追う事件をざっと紹介する。現職の警察官の梶聡一郎が妻を殺害したと自首してきた。取り調べに答えた供述によると、アルツハイマー病の病状が進んだ妻から「殺してくれ」と懇願され、それに応えてしまった、ということらしい。

 供述は精緻なもので疑わしい点は全くない。ただ、自首したのは殺害から2日後。それまで求めに応じて整然と話して来た梶は、その空白の2日間の行動についてだけは供述を拒んだ。その2日間、梶はいったい何をしていたのか?

 本書は、刑事、検事、記者、弁護士、裁判官、刑務官といった、この事件に関わる6人の男性の視点で追う形で構成されている。それぞれが持つ事件についての情報も、梶との関わり方も違う。しかし、彼らが行きつくところは1つ。その2日間に何があったのか?梶が心の奥にしまっている秘密は何なのか?

 楽しめた。ミステリーとしてよく練られた作品だと思う。しかしそれ以上に人間ドラマとして私の胸を打った。妻の殺害から自首に至った梶の心の内を追ったドラマ。その結末に天を仰いだ。しかしそれだけではない。本書はそれに関わる6人の男性の人間ドラマをも描く。構成がうまい。

 最後に。上に書いた「話題になった」には、直木賞選考委員による痛烈な批判も含まれる。今となってはその批判はよく言って勇み足、悪く言えば中傷だと知られている。
 その批判の内容は本書の核心に触れるので、これから読む方は検索したりしない方がいい。実は私はその内容を知っていたのだけれど、読み終わるその瞬間まで忘れていた。自分の都合のよい物忘れに感謝した。

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アンダルシア

書影

著 者:真保裕一
出版社:講談社
出版日:2011年6月9日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「アマルフィ」「天使の報酬」に続く、外交官・黒田康作シリーズの第3作。「アマルフィ」は2009年に本書は2011年にそれぞれ映画化された(注:映画と書籍では設定や展開が大きく違う)。

 主人公は黒田康作。「邦人保護担当特別領事」という肩書を持つ外交官。外国での日本人の保護の事案に、特別な任務を帯びて派遣される。今回はスペインのカナリア諸島で、コカイン密輸の疑いで逮捕された遠洋船の乗組員の元に派遣された。ただしその乗組員の権利の保護のためではなく、スペイン軍警察との司法取引に応じるよう説得するためだ。

 と紹介したけれど、この任務は冒頭20ページで完了。今回の物語とは直接の関係はない。しかし、読み終わると周到な下敷きになっていたことが分かる。

 本編の物語は、在バルセロナ総領事館にかかって来た一本の電話から始まる。マドリード在住の日本人女性からの電話で、買い物に行ったアンドラ公国で「パスポートと財布を落とした」という。

 黒田がこの女性の救助要請に応える。ミステリー作品なので本編の物語を詳しく紹介するのは控えるが、同時期にアンドラ公国で起きた殺人事件への、この女性の関与が疑われ、その対処に黒田が巻き込まれる。それは更なる大きな事件へとつながっていた。

 アンドラ公国というのは、スペインとフランスの国境に位置する小国。かつてはスペイン、フランスの両国を宗主国とし、現在も防衛や外交はフランスに頼っている。税金がかからず銀行は顧客の秘密主義を通して来たため、「租税回避地」として後ろ暗いお金も流れ込んでいそうだ。

 そうした地政学的な背景をうまく物語に組み込み、なかなか複雑なストーリーになっている。スペインの警察官に「日本のMI6」と言われるシーンがあるが、黒田の活躍はジェームズ・ボンドばりだ。それが痛快と感じるか、「あり得ない」と白けるか。私は前者だった。

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いつまでもショパン

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2013年1月24日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「さよならドビュッシー」「おやすみラフマニノフ」に続く、岬洋介シリーズの第3作(スピンオフの「さよならドビュッシー前奏曲」を入れれば第4作)

 名古屋を舞台とした前2作と打って変わって、今回はポーランドの首都ワルシャワでの物語。5年に1度開催される国際ピアノコンクールの「ショパン・コンクール」。その一次予選のさ中に殺人事件が起きた。それも手の指10本全部を切り取られるという猟奇的な犯行だった。

 主人公は、ヤン・ステファンス。18歳。このコンクールの優勝候補。ポーランドで4代続いて音楽家を輩出する名家のホープ。それだけでなくポーランドの人々にとってショパンは特別な存在で、ヤンはポーランドの期待の星で、彼の優勝は人々の希望でもあった。

 このコンクールに、日本人が2人出場している。1人は榊場隆平。18歳。生まれながらの盲目ながら、耳から聞いた音楽を完璧に再現する天賦の才の持ち主。もう1人は岬洋介。27歳。そう、このシリーズの主役。類まれなピアノの表現力と共に、鋭い洞察力を持ち、これまでにも様々な事件を解決に導いた。

 これまでのシリーズの中で最高の作品だと思う。周辺の大国に蹂躙されたポーランドが置かれた歴史的な意味づけ、現代社会が抱えるテロとの戦い、といった大きな物語を取り込んだ骨太なストーリー。期待を背負った若者の屈託や親子の気持ちのすれ違い、そして飛躍。読み応え十分だ。

 それから、忘れてはならないのが、音楽小説としての魅力。音楽の才能も知識もない私にも、文章から音楽が聞こえてくる。前2作もそうなのだけれど、これは本当に不思議だ。

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アリスの夜

書影

著 者:三上 洸
出版社:光文社
出版日:2003年3月25日 初版1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2003年の第6回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。

 主人公は水原真彦。34歳。会社を辞めて始めたジャズバーの経営に行き詰り、資金繰りのために街金に手を出した。その後に転落を繰り返し、危ないヤツらに取り込まれ、今は店をシャブの取引所として提供している。

 しかし転落はここで止まらず、さらに何度か転がり落ちて、ようやく止まったかに見えた仕事が、怪しい芸能プロダクションの運転手。その裏の仕事(表の仕事なんてほとんどないんだけれど)で、真彦は9歳の美少女のアリスに出会う。本書の後半は真彦とアリスの逃避行を描く。

 本書は、ミステリーとは言っても「謎」はほとんどない。真彦を中心とした騒動が目まぐるしく展開していく。危機が次々と真彦を襲いそれをなんとか切り抜ける、を繰り返すジェットコースター・サスペンスだ。

 この手の物語にありがちな「都合のいい展開」はもちろんあるけれど、リアリティを求めても仕方ない。話の運びのテンポがいいので、退屈することなくドンドンと読み進めることができた。

 最後に。冒頭のシーンに結構なインパクトがある。もっと正直に言ってしまえば嫌悪感を感じる。設定がある種の禁忌に触れていて、私としてはもう少しおだやかな設定でお願いしたいと思った。ただ、それでも新人賞が取れたのかどうかは分からないけれど。

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